第十五話 作品の質を上げろ!? 複数アカウント作家やプロの原作者に立ち向かう覚悟を定めた僕は、作品の質を上げるために父親の職場である新都大学の図書館を利用することにした件について
「確かに津瀬先生の言うとおりだな。運営じゃないから確実なことは言えねえけど、本当ならかなり悪質な奴だぜ」
駅前のファーストフード店にて、自分のスマホを操作していた優弥は、不機嫌さを隠すこと無く僕に向かってそう告げた。
「やっぱりそうなんだ。でも、なんでそんなことがわかるの?」
「作品を評価しているアカウントを見れば、だいたいわかるんだよ」
「アカウント?」
優弥の口にした言葉を耳にして、ぼくは思わず聞き返す。
すると彼は、小さく一つ頷いた。
「ああ。ベコノベに登録すると、個人個人にID番号が割り振られるだろ。この作品にポイントを入れている番号を調べると、どうもここ一週間以内に新規で作られたものが中心となっている」
「つまり最近ベコノベに登録した人ばかりってことだよね」
「そう。さらに、そいつらのことを調べてみると、この鴉って奴の作品にしか、ポイントを入れてなかったり、お気に入りをしていなかったりするわけだ。これって変だと思わねえか?」
優弥の口にした事実。
それが意味するところは明白であった。
「その鴉って人の作品だけしか見てない可能性があるわけだよね。つまり他の人気作品には見向きもせずさ」
「ああ。この鴉って奴が書いた作品目当てに、わざわざベコノベに登録したとしか考えられない。なぜならランキングに乗る前から、ピンポイントでこの作品だけを推してるわけだからな」
そう説明されると、僕もはっきりと違和感を覚えた。
普通、ベコノベで作品の投稿を開始した新人は、トップページの新着欄か作品の属性を現すタグを検索してもらうことで、初めて読んでもらうケースが多いとされていた。
もちろん中には例外があり、ソーシャル・ネットワーキング・サービス等と言われるブログや短文の呟きサイトなどを経由して、作品にアクセスして貰う方法なども存在する。
だからこそ僕は、優弥に向かって例外の可能性を問いかけた。
「そう言われてみると、ちょっと普通じゃ考えにくいよね……例えば元々他ジャンルで有名だった人とか、個人サイトで人気があった作者が、ファンごと作品を引っ張ってきた可能性はないの?」
「それも考えて調べてみたが、作品名も作者名も検索に引っかかるようなものは無かった。だから、その線は薄いだろうな」
「そっか……たまにそんなことをしている人がいると聞いてたけど、やっぱり存在するんだね」
僕はそう口にすると、とても残念な気持ちとなった。
もちろん小説を見てもらうよう努力する行為は重要である。よく言われる言葉だけど、書いて半分、届けて半分という事は、僕も日々実感しているからだ。
しかしながら、そのためなら何をしてもいいってわけじゃないと思う。
特にベコノベ運営が禁止しているような行為、つまりサッカーで言うレッドカードに値するような行為は、如何に目的のためとはいえ決して正当化されるべきではない。
「昔からたまにこの手の奴はいる。ベコノベに寄生しようとする最低な連中がな……ってか、よく見たら評価しているIDが見事に連番になってやがるな」
「連続してアカウントの登録をしたってわけだね。となると、やっぱり意図的だと考えるべきかな?」
「多分な。まあこれが累計上位なら、偶然そういうことも起こりえるかも知れねえ。だが、新人の新作な上に、まだランキングを駆け上がる直前から別の新規の連番IDからポイントが入ることとか、まさに天文学的な確率だ。普通はありえねえよ」
確かに特別な人気を誇る作品ならば、その可能性は充分に存在する。
ベコノベで投稿を開始し、人気を博してアニメ化した猫色鼠先生の『リノート』のような作品なら、当然放映直後に原作を求めてファンが殺到することもあるだろう。
しかしながら、そのような経緯も一切ない作品で、このような偶然が果たして起こるものだろうか?
「そんな人がいるとは信じたくないけど、本当なら困ったものだね」
「他にも外部のSNSやサイトを利用して、集団で評価工作を行っているような最低の連中もいる。そんなやり方が蔓延すれば、いずれ読者がベコノベのランキングを信じられなくなるはずだ。結局は自分の足を食うタコなんだけどな」
「まあランキングだけがベコノベの全てじゃないと思うけど、いずれにせよベコノベ自体のイメージは悪くなるし、本当に評価されるべき作品が埋もれることになるよね」
そう、ランキングに様々な工作が行われれば、本当に日の目を見るべき優れた作品が埋もれてしまう可能性がある。それはベコノベの作者にとっても、読者にとっても本当に不幸なことだと思われた。
「そうだな。ともあれだ、例えこいつが複数アカウントのような最低の行為をしている可能性があっても、最終的には運営に任せるしか無いさ」
「そうだね。それにいくら工作されたとしても、ルールに則って勝てば、それで問題ないわけだしね」
そう、他の作者がどんな手を使っているかなんて関係がない。
究極的には読者に、そしてコンテストを主催する士洋社の編集の人達に面白いと思ってもらえる作品を作れば、それで良いだけである。
すると、そんな僕の考えを耳にした優弥は、先程までの不機嫌さが嘘のように、突然嬉しそうに笑いだした。
「おっと、言うようになったな昴。でもそのとおりだ。読者が望む作品を読者が求めるタイミングで提供できれば、決して負けはしないさ。たとえ相手がプロだろうが、恥知らずの複アカ使いだろうがな」
「そうだね。うん、だから頑張るよ!」
結局そうなんだ。
いつも先生が口を酸っぱくして言っているまず作品ありき。
その基本に改めて気づき、僕はここに決意を新たにした。
「というわけでだ、執筆の調子はどうなんだ?」
「ぼちぼちってところかな。そうだね、とりあえずこれを見てくれない」
僕はそう口にすると、彼に向かってバックの中に入れていた紙の束を手渡す。
「いつもながら仕事がはええよな」
「はは。と言っても、まだ書けるシーンだけを先に書いているだけだけどね」
そう、優弥に手渡したのはほぼ完成したプロットと、下書き位のつもりで書いた作中の数話である。
もちろんまだ細かい詰めが終わっていないこともあり、今後更なる修正が必要であろうが、頭の中に浮かんだシーンをまとめる意味も含めて、こうして幾つかのパートは既に書き始めていた。
「プロットを一切書かない奴もいれば、作品の終わりから逆走する形で書く奴もいるらしいからな。結局のところ、お前の一番書きやすい書き方が一番だとは思うぜ」
「うん、先生にもそう言われた。もっともあの人のは、プロットの各話に文字数と書籍にした時のページ数まで書き込んでてさ、さすがにちょっとびっくりしたけど」
「らしいといえばらしい感じだな。俺なら絶対にできないけどさ」
依然会った時の印象からか、優弥はそう口にすると苦笑を浮かべる。
僕はとある出来事を思い出すと、同意だとばかりに大きく頷いた。
「僕にも無理だよ。各キャラ毎の会話の比率なんかまで、プロットノートに細かく書き込んであったからね」
「マジかよ……それはちょっとやり過ぎじゃねえか。いや、俺たちとはやり方が違うんだろうけどさ」
僕が見せてもらったプロットノートの話を受けて、優弥は頬を引きつらせながらそう口にする。
「どうなんだろう。まあ、僕は僕のやり方で書くよ」
「そうしろそうしろ。下手に真似して、このタイミングでスランプにでも陥ったら笑えないからな」
「はは、そうだね。昔、フリーキックのフォームを変更した時に、かなり痛い目にあったからさ、今回は同じ轍を踏まないことにするよ」
中学のサッカー部時代に、当時流行していたブレ球と呼ばれる無回転フリーキックにあこがれ、必死にフォーム改造に取り組んだ記憶。
結局、筋力の不足からただの棒球のフリーキックしか蹴ることができず、直接フリーキックの精度を落とすだけに終わったあの苦い出来事は、僕の中の戒めとして今も忘れたことはなかった。
「あったなあ、そんなこと。まあそれは良しとしよう。で、これを見る限り、プロットと設定に空白の部分があるんだけど、ここはどうするつもりなんだ?」
紙の束からまだ埋めれていない空白の多い一枚を取り出すと、優弥は僕に向かってそう問いかけてくる。
それを目にして、僕は苦笑を浮かべながら、その理由を説明した。
「そこね。実は中世の服飾の細かい資料が揃わなくて、まだ書き始めれないパートなんだ。もちろんファンタジーだから架空の設定で書き上げてもダメじゃないけど、できたら本物にあたりたいと思っていてさ」
「まあ、歴史作品じゃないし、そこまでこだわりすぎる必要はないとは思う。でも、余裕があって調べれるなら、きちんと調べておいた方が良いだろうな」
「うん。その上で使えなかったら、全部架空のもので書くよ。いずれにせよ、今日の午後は大学の図書館に行ってくる」
僕は軽く肩をすくめながら、優弥に向かってそう告げる。
すると、優弥は途端に怪訝そうな表情を浮かべた。
「大学? どこのだ」
「新都大学」
優弥の問いかけに対し、僕は端的にそう応える。
それを受けて、彼は納得したとばかりに大きく頷いた。
「ああ、親父さんのところか。なるほどな」
「一応、津瀬先生のところでもあるよ」
優弥の解釈も間違ってはいないけれど、僕に大学の図書館の利用を勧めてくれたのは、津瀬先生である。
だからこそ、彼に向かい僕はそう付け足した。
「確かにそうだったな。まあ資料に関しては、大学の図書館の方が充実しているだろうし、良いんじゃねえか」
「うん。僕もそう思ってる」
「しかし新都大学か。俺じゃあ絶対行けねえよな」
頭を掻きながら、優弥は溜め息混じりにそうこぼす。
僕はそんな彼に向かって、軽く茶々を入れた。
「見学に行くだけなら、簡単に行けるよ。一緒に来る?」
「そういう意味じゃねえよ、まったく……デリケートな受験生をあんまりイジメないでくれ」
首を左右に振りながら、優弥は憂鬱げな表情を浮かべる。
そんな彼に向かい、僕は先ほど向けられた言葉を敢えて口にした。
「デリケートねえ。新都大学は置いておくにしても、戸山文化大学も相当にむつかしいと思うけど、調子はどうなの?」
「クソ、原稿の進捗を聞いた復讐か? ぼちぼちだよ、ぼちぼち」
やややけになったような口調で、優弥も僕が使った言葉を敢えて繰り返してくる。
そんな彼の反応に、僕は肩をすくめると、慰めるように声をかけた。
「はは、まあ楽じゃ無いよね」
「そうなんだよ。誰か変わってくれねえかな……バイトと勉強で、みるみるうちに夏休みが消えていくわけだぜ。どうせなら海とかプールに行って、可愛い女の子と優雅な休みを過ごしたいってのにさ」
心底悲しそうな表情を浮かべながら、優弥は叶わぬ夢を口にする。
僕は彼らしいなと思いながらも、容赦なく現実を突きつけた。
「ご愁傷様。まあ、今までやっていなかったツケってやつだよ」
「そりゃあ、そうなんだけどさあ」
優弥はそう口にすると、がっくりと肩を落とす。
そんな彼に苦笑を浮かべながら、昼食代わりのバーガーを食べ終えた僕は、ゆっくりと席から立ち上がった。
「はは、ともかく僕はそろそろ行ってくるよ。優弥も勉強頑張ってね」
僕の言葉が紡がれた瞬間、優弥の口からは返答代わりの深い溜息が吐き出された。




