第十三話 勝負はファッションで!? コンテストに投稿する為の作品に関して、読者を引き付けるフックが足りないと言う話になり、作中のテーマとしてファッションと商売を取り入れることにした件について
由那のタブレットを借りてから早一時間。
周りから誰が何を言っても反応を見せなかった黒髪の少女は、突然ガバッとその顔を上げた。
「せ、先輩。第三章の最新話まで読み終わりました。良かったです。ほんとにほんとに、すっごく面白かったです!」
先程までの無反応が嘘のように、如月さんは突然立ち上がると、タブレットを手にしたまま僕に向かって詰め寄ってくる。
これまで見たことのない彼女のその剣幕に、僕は戸惑意を覚えながら、どうにかその口を開いた。
「あ、うん。ありがとう」
「えっと、えっと最初はただの普通の子どもたちだったフレックやマリアたちが、章を追うごとに少しずつ成長していって、もう本当に読んでいて応援したくなって。それに何より、どこか斜に構えている主人公のアインが、身近な人のためには転生前のトラウマを振りきって体を張るところとかすっごく感動しましたし、あとあと、ただの宿の店主だったはずのクレイリーが、その宿を売り払ってそのお金で――」
「ちょ、ちょっと落ち着こう如月さん。た、楽しんでくれたのはすごくわかったからさ」
胸に由那のタブレットを抱きしめながら、僕の眼前で目をキラキラさせつつ、まるでマシンガンのように早口で感想を述べ始めた如月さん。
そんな彼女の勢いに押されながらも、僕はどうにか落ち着かせようとする。
「え……あ……す、すいません」
「は、はは……ともかく、如月さんって、本が関わると別人みたいになるね」
ようやく我に返ったのか、如月さんは突然小声になって恥ずかしそうに顔を隠す。
一方、そんな彼女を目にして、図書館で大声を出して勧誘された時のことを思い出しながら、僕は思わずそう評してみせた。
「その……良く母も私が本を読み始めたら、晩ごはんが片付かないって怒られるんです。その、私って本を読みだすと止まらなかったり、食事中に母に向かってずっと感想を言い続けちゃったりして……」
「まあそれだけ本を楽しめているってことじゃねえかな。ともかく、ベコノベの小説も……いや、昴の小説もなかなかおもしろいもんだろ」
一連の如月さんの反応を目の当たりにして苦笑を浮かべていた優弥は、助け舟を出すような形で如月さんに向かいそう問いかける。
すると彼女は、迷わず大きく首を縦に振った。
「は、はい! あの、その、最近のエンタメ系の小説って、正直これまで食わず嫌いにしていたんですけど、先輩の小説すっごく面白かったです!」
「はは、本当に? でも、楽しんでくれたみたいで嬉しいよ」
先ほどの如月さん反応を目の当たりにしたあとでもあるし、何より僕は彼女の先輩に当たる。だからこそ、サッカーで得点後のパフォーマンスとしてよくやっていた全力のガッツポーズをしそうになるのを自制心で抑えこみ、そして先輩らしい落ち着いた返答をどうにか行うことができた。
ただ、そんなふうに落ち着いた素振りを装ってはいるものの、正直言ってすごくすごく嬉しい。
やはり自分の作品を読んでもらい、そして面白いっていう感想をもらえることは、サッカーでチームが勝った時のような幸福を全身で感じずにはいられなかった。
「昴……我慢してるつもりだろうが、顔がニヤけきってるぞ。まあともかく、これを切欠に、他のも試してみなよ。俺もベコノベ住民だけど、本当に面白い作品がゴロゴロ転がってるからさ」
「本当ですか! じゃあ早速――」
「待った。落ち着きましょう、愛ちゃん。どの作品にするかにもよるけど、今から読み始めたら、ヘタしたら帰れなくなるから」
再びタブレットを操作しようとし始めた如月さんに向かい、由那はこの部屋の主として、どうにか彼女が作品の世界に行ってしまうのを阻止した。
一方、そんな由那の言葉を受け、如月さんはほんの少しだけバツが悪そうにしながら、謝罪の言葉を口にする。
「そ、そうですね。すいません」
「気にしなくていいわ。それよりまた早い時間に遊びに来た時なら、いくらでもうちで読んでいて構わないから」
由那は如月さんに向かってニコリと微笑むと、彼女に向かってそう告げる。
そんな二人の少女たちのやり取りを横目にしながら、優弥はあえて一つの危惧をその口にした。
「しかし五十万字くらいの転生英雄放浪記でこれだから、三百万字とか超えてる超長編とか読みだすと大変なことになるな」
「そ、そんな長編もあるんですか?」
「ああ。しかも一つや二つじゃないし、中には書籍化されている奴もあるからな」
驚いた素振りを見せる如月さんに対し、優弥は軽い口調でそう告げる。
すると、そんな彼の言葉に何か引っかかりを覚えたのか、如月さんは心配そうな視線を僕へと向けてきた。
「書籍化……ですか。その意味だと黒木先輩は出版が決まっているわけですし、もうプロなんですよね。なのに、高校の文芸部に入ってもらうなんて……その……」
「そこは気にしなくていいんじゃねえか。大体、昴の文章はまだまだだからな。津瀬先生に指導されて、多少マシにはなったみたいだけど」
僕が言葉を返すより早く、優弥はやや茶化した口調でそう言葉を挟んでくる。
だがその指摘自体は全くの図星だったが故に、僕は頭を掻きながら過去の事実をその口にした。
「はは、確かにそれはそうかも。最初書き始めた頃は、疑問符や感嘆符、あと三点リーダーなんて一つも使ってなかったしね」
「まあ学校の感想文やレポートではめったに使わねえからな」
「そうだね。まあ仮にプロだとしてもさ、特に問題はないよ。実際高校生でも、Jリーグの特別指定選手制度を使えばプロの試合に出れるわけだし、あんまり気にする必要は無いんじゃないかな」
日本サッカー協会が指定すれば、高校生でありながらプロの試合に参加することができる制度。そんな特別指定選手制度に選ばれた選手も、普段は高校のサッカー部に所属している。
となればである、僕が文芸部に所属することに、全く支障がないことは自明の理に思われた。
だが、そんな僕の言葉を耳にして、優弥はなぜか意味有りげに笑う。
「はは、なんていうか、お前らしいといえばお前らしいけどさ。ともあれ、文芸部の件は一段落でいいんじゃねえか、愛ちゃん」
「えっと……あの……その……不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
如月さんは感極まったのか、突然僕たちに向かって頭を下げる。
そんな彼女に向かって、僕は慌てて声をかけた。
「いや、僕たちが君の部に入るんだからさ、頭を上げてよ」
「そうよね。むしろ優弥が頭を下げるべきところよ」
「なんで俺限定なんだよ。お前らも新入部員だろ」
由那のからかいの声に、優弥は慌てて反論を口にする。
僕はそんな彼の言葉に苦笑しながら、そのとおりだとばかりに、如月さんに向かって改めて言葉をかけた。
「はは、まあそうだね。よろしく如月さん」
僕がそう口にすると、由那と優弥も彼女に向かって笑いかける。
たぶん今、藍光高校文芸部が改めて活動を再開したんだなと、僕はなんとなくそう思った。
「まあとりあえず、文芸部の件はこれで良しだな。となればだ、もう一つの件の話をするとしようぜ。せっかく集まったんだしな」
「そうだね。如月さんが小説を読んでる間にしても良かったけど、ついつい僕らも漫画を読んじゃったし」
そう、如月さんがタブレットを手にして全く反応しなくなったあと、僕たちは由那の部屋に置かれている、女性向け漫画の続きを読んでいた。
もちろん彼女を無視して話し合いを行うことに引け目を感じたからではあるが、正直言ってこれはこれで有意義な時間だったと思っている。
「で、目的としていた中世の本は、図書館で借りることは出来たのか?」
「一応ね。と言っても、僕が借りたわけじゃないけど」
「僕が借りたわけじゃない? どういうことだ」
僕の回答を受けて、優弥は怪訝そうな表情を浮かべる。
すると、僕は視線を如月さんへと向け、その理由を口にした。
「如月さんが借りようとしてた本が、僕にとってまさに本命でさ。あの、ちょっと出してもらっていい?」
「はい、どうぞ先輩」
僕の依頼を受け、如月さんはかばんから取り出した一冊の書籍を僕へと手渡してくれる。
一方、そんな僕たちの様子を見ていた優弥は、何かを悟ったように、大きく頷いた。
「ああ、なるほど。そうやって、図書館でナンパをしたわけ……って、睨むなよ、音原」
「別に睨んでなんか無いわよ」
何故か由那の表情が僅かに険しいものとなっており、優弥はごまかすように頭を掻く。
そんな二人のやり取りを横目にしながらも、僕は優弥へとその書籍を手渡した。
「『女性服の歴史と文化〜中世から現代への変遷〜』か。確かに背景を知るには手頃そうな本だな。だけどさ、これだけか?」
「いや、他のも借りたんだけど、さっきも言ったようにこれが本命かな。多分これを土台にしたら、充分以上に戦えると思うんだ」
優弥の疑念に対し、僕は自信を持ってそう告げる。
すると、隣から由那が疑問の声を投げかけてきた。
「どういうこと?」
「優弥とも話をしていたんだけど、由那の絵ってやっぱり悪役令嬢が映えると思うんだ。今回の公表されているエミナ・メルチーヌ嬢も、やっぱりそうだしね。でも、残念ながら悪役令嬢という設定を押し出していくだけじゃあ戦えない。多くの人が興味を持ってもらうには、悪役令嬢以外にもフックが必須だと思ってる」
フックとは留め金のことであり、読者を引き付ける要素のこととも言える。
つまり悪役令嬢という特徴だけでは、他のベコノベの作品の中に埋もれてしまう可能性が高い。だからそれ以外にも、読者さんを引き付ける要素が必要であり、僕はそのためのフックを求めていた。
「フックね……読者の興味を引く要素を増やすことは必要不可欠だし、それ自体はわかる気はする。でも正直、悪役令嬢が映えるってのは、あまり嬉しくないかな」
「そりゃあまあ、本人の性格が如実に反映されてるって突き付けられるのは……いや、なんでもないぜ」
絶対に睨まれることがわかっていながら、優弥は敢えて地雷を踏みに行った。
そんないつもながらのやり取りに苦笑を浮かべながら、僕はいつものように二人のやり取りへと割って入った。
「はは、でも由那の絵は僕好きだよ。悪役令嬢以外ももちろんね」
「そ、そんな褒めたってだまされないんだから」
僅かに顔を赤らめながら、由那は恥ずかしそうにそっぽを向く。
そんな彼女を目にして、優弥は意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「いや、俺もそうだぜ。特に他意はないが、ただ音原には悪役令嬢が似合うなって思ってるだけでさ」
「似合うって何よ。あんたには十分他意があるでしょ」
先ほどの恥ずかしそうな表情から一変し、由那は優弥へと食って掛かる。
そんな彼女の反応に苦笑を浮かべてながら、優弥は話題を元へと戻した。
「はは、とにかくだ、昴の言うとおりただ悪役令嬢ってだけなら、たぶんありふれ過ぎていて戦えないだろうな。で、さっきの女性服の本が本命ってことは、つまりそいつがもう一つのフックってわけだ」
「うん、僕はそう思ってる。もちろんそのためには、由那の協力が必要だけど」
優弥の問いかけに大きく頷くと、僕はこの計画のかなめとなる人物へと視線を向けた。
「わたしの協力?」
「僕は服なんて作ったことがないからさ、由那の手助けがほしいんだ」
僕はそう口にすると、その視線を飾ってあるコスプレ用の衣装へと向けた。
そう、この部屋へとたどり着くなり、如月さんに無理やり着せようとしたその数々の服へと。
「そういうわけね。いいわ、小説を書くのは無理だけど、服のことなら多少は手伝えると思う」
「ありがとう。これでピースは揃ったかな」
由那の即諾を受けて、僕は思わず笑みを浮かべる。
すると、優弥が何かに気づいたように、突然大きな声を上げた。
「そっか、なるほどそれで女性服の歴史ってわけだ。つまり服飾の変遷の知識をもとにした現代知識チートをやるってわけだな」
「うん。悪役令嬢と服飾史を土台とした現代知識によるファッションチート。どうかな?」
これが僕が出した結論だった。
悪役令嬢だけではフックが足りない。
そしてフックを加えるなら、想定される読者……つまり女性読者に向けたものが良い。そこで僕が思ったのはファッションを使えないかということだった。
「私は良いと思うわよ。それにどうせ作画をするなら、可愛い服がたくさん描けた方が楽しいもの」
「音原先輩、それって漫画家の意見ですよね。かっこいいです」
僕たちの会話を見守っていた如月さんは、キラキラした眼差しを由那へと向ける。
途端、由那の顔が嬉しそうに僅かに緩んだ。
「そ、そうかしら。まあ、女性ならそう思うものよね。そこのデリカシーの欠片もないチャラ男には、きっと理解できないでしょうけど」
「誰がチャラ男だ! 愛ちゃんの俺へのイメージがまた悪くなるだろうが」
如月さんの視線を気にしながら、優弥はすぐに抗議の声を上げる。
だがそんな彼の反応に対し、由那の対応は素早かった。
「事実だから別にいいじゃない。この男には気をつけなきゃダメだからね」
「えっと……は、はい」
由那の勢いに押される形で、如月さんは小さく頷く。
そんな彼女の姿を目にした優弥は、その場で力なくうなだれた。
「ひでぇ……洗脳だ、悪質な洗脳だ」
「だから事実を言っているだけでしょう。違うというなら証拠を見せてみなさい」
「なんで俺に証明責任があるんだよ。というか、撒いてもいない種を、無理やり回収させられるこの感じって、絶対おかしいよな」
誰に向けるともなく、優弥は不条理さをその場で愚痴る。
僕はそんな彼の反応に、思わず苦笑を浮かべた。
「どうだろう。そんなに間違ってない気もするけど」
「昴、お前まで!」
「はは、冗談だよ」
軽く肩をすくめながら僕は笑う。
すると、優弥は疲れた様子を見せながら、再び脱線しかかった話を本筋へと戻した。
「まあいいや。ともかく、ベースは悪役令嬢と服飾系の知識チートってわけか……しかし正直言うと、俺はもう一つフックを加えるべきだと思うな」
「フックを加える……か。でもあんまり要素を加えすぎると、何の作品か見えにくくならないかな?」
フックを加えること自体はもちろん悪いことではない。
しかし、たくさんの要素が盛り込まれすぎた作品は、ベコノベの作品だろうと、商業作品だろうと、焦点がぼやけてどれもが中途半端になっているものが多い。だからこそ、僕は更に追加することに少し慎重になっていた。
「それは確かに注意が必要だな。だから服飾系の知識チートからさらに広げていく形にするのはどうだ?」
「さらに広げる?」
思わぬ優弥の物言いに、僕は眉間にしわを寄せる。
だが眼前の灰色の男は、はっきりとその首を縦に振ってみせた。
「そうだ。服ってのはつまり商品だ。そして商品は作っても、それだけじゃあ意味が無い」
「つまり制作のその先、販売の要素を加えるってことね」
その声は由那の口から発せられたものであった。
それを聞いて、優弥は大きく頷く。
「そうだ。まあ悪役令嬢が服を作るわけだし、当然見た目上は、悪徳商人的な売り方をしないと意味が無いだろう」
どう意味が無いのかはわからなかったが、でも彼が意図することはわかった。
「要するに製造から販売までを、ワンパッケージとして描くわけだね」
「ああ。服飾要素は確かに女性向け漫画の原作としては良いと思う。だが、ベコノベのランキングを上がるには、それだけじゃ弱い気がするからな」
その優弥の言葉に、僕は思わずハッとする。
確かにそのとおりである。
前回の由那の新人賞原作を書いた時と違い、今回は先ずベコノベでポイントを稼がなければならない。にも関わらず、僕はいつの間にかその点を軽く見ていた。
「そうだね。ちょっと漫画原作にばかり意識が向きすぎていたかもしれない」
「ベコノベでポイントを取らないと、幾ら原作向きの作品を作ったところで、原作にはなれないわけね。確かにその通りだわ」
僕に続く形で、由那も納得したとばかりに小さく頷く。
そんな僕らの反応を目にして、優弥は満足気に一つ頷くと、意味ありげな笑みを浮かべながら一つの話を切り出してきた。
「ああ。で、昨日世界史で勉強したところなんだが、一つおもしろい家がある」
「家?」
僕はその単語を耳にして思わず聞き返す。
すると、優弥は自身満々に一つ頷いた。
「ああ。ルネサンス期にフィレンツェを支配した銀行家一家。つまり――」
「メディチ家というわけね」
少しもったいぶりながらく優弥が言葉を紡ごうとした瞬間、横から嬉しそうな声で由那が回答を挟んでくる。
美味しいところを持って行かれたような形となった優弥は、とたんに不満そうな表情を浮かべた。
「なんでお前が言うんだよ。ったく、これだから頭のいいやつは」
「メディチ家……えっと、ごめん。僕は日本史しかとってないからあまり詳しくないんだけど、ちょっと教えてもらってもいいかな?」
まださらりと流し読みしただけではあるが、確かに先ほどの女性服の本にも、ルネサンスに係る項目でその名前は記されていた。だがその詳細な内容まではわからず、僕は二人に向かってそう尋ねる。
「十四世紀頃にイタリアのフィレンツェで急速に勃興した銀行家の一家よ。もっとも、途中からは銀行家と言うよりは政治家の側面が強くなっていくけど」
「政治家で銀行家か……」
由那の説明を受け、確かに貴族ではないのだと僕は理解する。
すると、それに続ける形で優弥がその口を開いた。
「当時のフィレンツェはイタリア北部の一都市なんだが、独立した共和国でな。最初は寡頭政治って何人かの有力者が支配する体制だったわけだが、次第にメディチ家が勢力を伸ばして権力を独占したわけだ」
「ふむ、なるほどね。つまり悪役令嬢だからって、必ずしも貴族にする必要はないってことだね」
ドラマにおける悪役の役回りをするはずだった令嬢こそが悪役令嬢である。
ならば、別に貴族にする必要はないし、豪商の娘であれば、今回僕たちが考えている設定にピタリと嵌りそうな気がした。
「そういうことだ。もっともメディチ家は後に公爵を輩出して君主になるわけだが、それはこの際置いておこう」
「そうだね。あくまで異世界のモデルにするわけだからさ。となれば、主人公は都市国家の有力商人の娘で、現代から転生してきた。彼女が現代に生きている頃は服飾の勉強をしていて、その知識を使って華やかな衣服を世に広めたいってところが、たぶんストーリーの動機付けになるかな」
現実世界で色々な不幸が重なり、残念ながら服飾デザイナーとして大成出来なかった女性。
彼女は生前に好きだった乙女ゲームの世界に転生して、悪役令嬢の立ち位置から現実時代に果たし得なかった夢を追いかける。
うん、意外とイケるかもしれない。
「悪く無いと思うぜ。あとは、たぶんその転生先の世界は地味な服しかなかったり、機能性に欠いてたりしていて、もっと素敵な服を着たいって思うところから始めてもいいかもな」
「なるほど。自分の着たい服を、自分で作ればいいって気づくわけだ。あとは、彼女の着る服が評判になっていって、伝統的な服飾業の人達と対立したり、協力したりして物語が進んでいく形かな」
さらに令嬢が服を縫ったり作ることは恥ずかしいというような世界にしておけば、逆に彼女の立ち位置が際立って見えるかもしれない。そんなことを頭の中で次々と想像していくと、一気に描くべき世界観が僕の中で見えてきた。
「先輩たち。す、凄いですね」
「はは、ありがとう。それもこれも、あの本の存在に気づかせてくれた如月さんのおかげだよ」
感嘆の言葉を口にする如月さんに向かい、僕は迷わず感謝を伝える。
「よし、じゃあこれで決まりね。服に関する資料は私も用意してあげるから、昴はプロットを作り始めて」
「ありがとう、由那。遠慮無くそうさせてもらうよ」
由那からの協力の申し出に、僕は思わず顔がほころぶ。
そうして、みんなの思いが一つにまとまったところで、僕らの編集長がニヤリと笑い、はっきりと目標を宣言した。
「それじゃあ、やってやろうぜ。神楽の奴に勝って、コンテストで優勝だ」




