第十二話 みんなで文芸部に加入!? バイト終わりの優弥を呼び出して、一日にして部員が四倍となった文芸部だけど、僕と由那がデビュー前のセミプロだと知って如月さんが卒倒しそうになった件について
「遅かったわね」
駅の真向かいにそびえ立つタワーマンションの最上階。
その一室にやってきた灰色の男に向かい、由那はやや不満気な口調でそう口にした。
「さすがに帰って着替えなきゃいけなかったからな。これでも結構急いできたんだぜ。というか、人のバイトが終わった途端、急に電話かけてきやがって。俺も別にそんなヒマじゃ……って、だれ、その可愛い子」
言い訳混じりの愚痴をピタリと止めると、優弥は部屋のソファーに腰掛けた一人の女性に視線を合わせる。
一方、初対面のチャラそうな男性を目にして、如月さんはどうして良いかわからず戸惑いを見せた。
だから僕が代わりに、彼に向かって紹介を行う。
「僕たちの後輩でね、一年の如月愛さんだよ」
「へぇ、まだうちの学校に、こんな原石が眠っていたとはな。俺は夏目優弥っていうんだけど、以後よろしくな、愛ちゃん」
先程までの不満気な表情が嘘のように、優弥は満面の笑みを浮かべながら自己紹介を行う。
そんな彼の表情を目にして、由那は心底呆れたような表情を浮かべた。
「初対面で愛ちゃんなんて、ほんと馴れ馴れしいのね」
「由那も、最初から愛ちゃんって呼んでた気がするけど」
「私は良いの。女同士だし」
由那は頬をプクッと膨らませながらそう反論する。
そんな僕らのやり取りを目の当たりにして優弥は苦笑を浮かべると、そのまま彼は本題を切り出した。
「で、今日の呼び出しは本当のところ何なんだ?」
「ちょっと優弥にお願いがあってね」
「お願い?」
僕の言葉に、優弥は軽く首を傾げる。
すると横から由那が、彼に向かって一つの宣告を行った。
「ええ。貴方、文芸部に入れておいたから、九月からそのつもりでお願いね」
「ちょ、ちょっと待て。なんだ入れておいたってのは。普通お願いと言われたら、入ってくれるかどうかをお願いするものだろうが。なのになんで、入った後のことをお願いされるんだよ」
由那の傲慢極まりないお願いに、優弥は苦言を呈する。
だがそんな彼の言葉を、由那はあっさりと却下した。
「だって他に使えそうな知り合いなんていないもの。だいたいアンタの名前を借りたって、別に誰も損しないじゃない」
「そういう問題じゃねえよ。というか、お前たちの俺の扱いひどすぎねえか」
右の口角を引きつらせながら、優弥が僕たちに向かってそう言ってくると、如月さんが不安そうな眼差しを彼へと向けた。
「あの、ダメ……ですか」
「い、いや、そんなことないぜ。うん」
黒髪の少女の悲しそうな瞳を目にした瞬間、優弥は反射的に首をブンブンと左右に振ってしまう。
そんな彼の反応を目の当たりにした由那は、してやったりといった表情を浮かべ、確認の問いを放った。
「じゃあ、入るのね?」
「お前に言われると、途端に入りたくなくなるな……まあ良いや。文芸部ってんなら、俺たちのやってることとあまり変わらねえだろうしな」
「やってることと変わらない……ですか」
優弥の言葉を耳にして、如月さんは理解できないといった表情で言葉を続ける。
するとそんな彼女に向かい、苦笑を浮かべながら優弥は説明を行った。
「ああ、そいつが小説を書いて、俺が編集と言うか参謀を務める。そんなことをやってるんだよ俺たち」
「で、私がそれを漫画に書く形ね。というわけで、最後の部員はこんな奴だけど、見捨てないであげてね部長さん」
由那は右の口角を吊り上げながら、嬉しそうにそう言い放つと、途端如月さんは挙動不審となる。
「え、ええ! も、もしかして部長って、私のことですか?」
如月さんは自分を指差しながら、全く戸惑いを隠せずそう問いかける。
一方たった今、由那が発したその言葉は僕としても納得のいくものであった。
「そっか、部活だと部長が必要だよね。うん、まあ如月さんが妥当だよね」
「そうそう。あ、でも安心しなさい。その馬鹿にセクハラされた時は、私がきちんと躾してあげるから」
残念なものを見る眼差しで、由那は優弥を眺める。
するとすぐに、優弥の怒気混じりの声が響き渡った。
「躾って、おれは犬かよ」
「犬って言ったら犬に失礼でしょ」
あっさりした口調で、優弥の言葉を切り捨てる由那。
そんな二人のやり取りを前にして、如月さんは僅かに落ち着いたのか強張っていた表情が僅かに緩んだ。
「ふふ、先輩たち面白いですね」
「まあ、この二人はいつもこんな感じだから」
如月さんの言葉に頷きながら、僕は苦笑を浮かべつつ一つ頷く。
そんな僕に向かい、眼前の二人から次々と非難の声が上がった。
「昴、自分だけ部外者づらするんじゃねえぞ」
「そうよ、どうせすぐに脳筋だってバレるんだから、黙ってなさい」
「ははは、そうかもね」
脳筋だと言われれば、自分でもそうかなと思うところはある。
だから僕は特に否定しなかったわけだけど、それは目の前の二人にとって不満だったようだ。
「あいつ、脳に筋肉があることを誇りに思っているんじゃねえか」
「有り得る話ね。皮肉が通じない相手がこんなに面倒だとは……」
二人はこぞって失礼なことを口にする。
でもまあ、それもこれも一緒に馬鹿を出来るから故のことだと僕は思った。だから、ただただ彼らの言葉に笑みを見せる。
すると、優弥が毒気の抜けたような表情を浮かべ、そして話題の矛先を変更した。
「ま、ともかくだ、文芸部ってどんな活動をするわけ?」
「そうですね、毎年文化祭の際には、文芸誌を一冊発行してきたみたいです。あ、先輩たちは別に大丈夫です。私だけでも、なんとか発行できるくらいの原稿はありますから」
「十分な原稿か、愛ちゃんは本当に書く人なわけね」
優弥はそう口にすると、ニコリと微笑む。
その褒め言葉を受けて、如月さんは恥ずかしそうに、両手の人差し指を顔の前で合わせ始めた。
「いえ、読むのも大好きなんです。スタンダールやコンスタン、あとユーゴーとか」
「えっと、どんな作品なのかな……それ?」
如月さんが口にした謎の言葉。
それを耳にした僕は、思わず頭を掻きながら聞いたことのない作品名を耳にして思わずそう聞き返す。
すると、隣に立っていた由那が、溜め息を一つ吐き出すと、困った素振りを見せる彼女に代わって口を開いた。
「作品名じゃなくて、全部フランスロマン主義の作者名よ。というか、最低でもユーゴーくらいは、書き手だったら知っておきなさい」
「え、えっと……じゃあ黒木先輩は、どんな小説を読んだり書かれたりするんですか?」
由那の僕に向けた発言に苦笑を浮かべながら、如月さんは気を使って僕に向かいそう問いかけてくれる。
それに対して、僕が返す回答は一つしか無かった。
「僕はファンタジー……かな」
「ファンタジーですか、ちょっと意外です。いえ、決して悪い意味ではなくて、もっとスポ根系とか、そんな系統かなって思っていました」
「はは、確かにそういうのも好きだけどね。でも、異世界ファンタジーを読んで感動したから小説書き始めたんだ。えっと、山川修司先生って知ってる?」
「えっと、あまり詳しくはないのですが、確かライトノベル系の作者さんですよね」
やや自信なさげな口調で、如月さんはそう答える。
それを受けて僕は、少し迷いながらも一つ頷いた。
「ライトノベル系作家か……うん、まあそうだね。僕らが書いているベコノベ出身の作家先生なんだけどさ」
「まあラノベ作家とか、ベコノベ作家とか、その辺りの定義論は荒れるからな。最近はヘヴィノベルとかレフトノベルなんて言われるような作品もあるし、まあエンタメ小説系の作者って言っておけば間違いないんじゃないか」
僕の迷いを察してくれたのか、優弥はより大きな括りを用意して話をまとめてくれる。
「そうかもね。まあいずれにしても、ベコノベって言うネットの小説投稿サイトの作品を読んでハマってさ、僕もそこで異世界もののファンタジーを書いてるんだ」
「ベコノベ……ですか。名前は聞いたことはあるんですが、見たことはなくて。すいません」
「はは、謝らないでよ。僕もさっきの……えっと、なんとかって人の名前とか、正直全然分からなかったし」
申し訳無さそうに頭を下げる如月さんに対し、僕は自分の無知を敢えてさらけ出す形でそう告げる。
しかしそんな僕の言葉を耳にした由那は、再び深い溜め息を吐き出した。
「なんとかって、まったく……ともかく、普段フランス文学とかを嗜む愛ちゃんに、ベコノベが合うかしら」
「そんなの読んでみなけりゃわかんねえって。だいたいだ、脳筋のこいつがベコノベにはまったくらいだぜ」
「貴方のその例え、近いようで遠い気がするけど……でもまあ、確かに何事も試して見なければわからないわよね」
優弥の言葉に対して、素直に頷きはしなかったものの、由那は顎に手を当てながらそう口にする。
「だろ。そういえば、文学ってわけじゃねえが、山川修司先生の名前を冠した文学賞が、今度できるみたいだな」
「そうなの?」
それは初耳である。
と言っても、賞レースなんかはベコノベ以外のものはほとんど見ていなかったので、新しい新人賞かなと僕は思った。
しかし、そんな僕の予想を、優弥はあっさりと否定する。
「確か来年か再来年くらいからって話らしいぜ。その年度に出版されたラノベ及びライト文芸作品を対象とするらしい。まあ言う成れば、ラノベの芥川賞みたいなやつだ」
「それを言うなら、芥川賞というより直木賞でしょ」
優弥の例えを耳にして、由那はバッサリとそれを切り捨てる。
それが少し悔しかったのか、すぐに優弥は言い返した。
「どっちでも良いだろ、雰囲気さえわかれば良いんだしさ。ともかく昴、いずれ目指す賞が増えたな」
優弥のその言葉に、僕はハッとさせられる。
なるほど、商業デビューを控えている以上、僕の放浪記もその新しいラノベの賞の対象となる可能性があるわけか。でも、今は……
「確かに……ね。でもまずは、今度の原作権を取ることが最優先かな。そのためにも、神楽先生には負けられないね」
「そういえば、ついにベコノベに参戦するって告知してたな」
「神楽先生が?」
僕は優弥の言葉にすぐに反応する。
途端、優弥は大きく頷くとともに、ローテーブルの上に置かれていたタブレット機器を指差した。
「ああ。音原、そこのタブレット借りていい?」
「……関係ないところは見ないでよね」
やや警戒心を露わにしながら、由那は電源を入れると、ロックを解除して優弥へと手渡す。
「え……いや、はは、あとが怖いからそんなことはしないって。ともかく、これだ」
タブレットを受け取った優弥は、ほんの少しだけ悪戯心を出そうか迷った様子を見せたものの、素直にネットブラウザを立ち上げると一つの僕に一つのブログを見せてきた。
「神楽先生のブログか……確かに、士洋社からのゲストとして参加すると、告知されているね」
「ああ。しかもコメント欄を見ると、結構好意的に受け止められている。もちろんここにコメントしている奴は、神楽のファンなんだろうけどさ。中には、アマチュアにいい作品がなかった場合の為に、新人の尻拭いをさせられるのは可哀想なんてコメントもあるな」
「ちょっと待って、私だってあんな奴に尻拭いなんてして貰いたくはないわよ」
「昴にだったら、尻を拭われ……いつっ!」
意味ありげな笑みを浮かべながら余計なことを言おうとした優弥は、由那に腕をつねられて言葉を遮られる。
「今のは優弥が悪いよ、うん」
つねられた腕をさする優弥を目にして、僕は深く溜め息を吐き出す。
一方、タブレットを目にしようと近寄ってきた如月さんは、軽く首を傾げながら、一つの問いを口にした。
「あの音原先輩、どうして先輩が怒ってるんですか?」
「それは……お願い、そんなこと言わせないで」
由那は顔を赤くしながら、それ以上言葉を紡ぐことができず黙りこむ。
すると、如月さんは恥ずかしそうに、慌ててブンブンと首を振った。
「あ……いや、そんな意味じゃないんです。その、コメント自体の話なんですが、新人の尻拭いってのがどうして先輩の話になるんですか?」
「あれ? 愛ちゃん聞いてないの?」
優弥は不思議そうな表情を浮かべ、如月さんに向かいそう問いかける。
その問いかけの意味がわからなかった如月さんは、キョトンとした表情となった。
「聞いてない……何をですか?」
「そこの二人、デビューが決まってるから」
僕たちを指差しながら、優弥はそう告げる。
「へ……デビュー?」
「ああ、由那は漫画の新人賞、それに昴はベコノベの小説で、シースター社からスカウト受けてるから」
頭を軽く掻きながら、優弥はその事実を告げる。
途端、如月さんの目が大きく見開かれると、驚愕の声が部屋の中に響き渡った。
「新人賞……スカウト……え、えええ!」




