第四話 累計一位はハンパなくすごい!? ベコノベの帝王と呼ばれる累計ポイント一位作家に対し、頑張れば勝てそうな気がすると思ったのだけど、それは勘違いだと友人が呆れながらたしなめてきた件について
午後の授業が終わり、ホームルームを残すだけとなって、にわかに賑やかとなった教室。
今日は校内模試の結果が返ってくることもあって、普段以上に騒々しい状態といえた。
そんな騒がしさの中に乗じる形で、ニヤニヤした表情を浮かべた優弥は、僕の席に向かって近寄ってくる。
「どうだ、自信の方は?」
「うん? まあいつもどおりだよ。急に成績が上がったりしないしね」
「模試の話じゃねえよ。ベコノベだよ、ベコノベ」
優弥は苦笑を浮かべながら、僕に向かってそう告げてくる。
僕は軽く肩をすくめながら、端的に彼に向かって事実を伝えた。
「ああ、そっち……ううん、正直言うとよくわからない。でも、まだ書籍化の打診は来てないかな」
「は? 来るわけねえじゃん。まだ百ポイントの作品にさ」
「百ポイント? 何の話?」
首を傾げながら僕はそう問いかける。
すると、優弥は額を押さえながら、その口元を引きつらせた。
「作品ポイントの話だけどさ……あれ、お前もしかして見てないの?」
「だから何を?」
「自分の作品ポイントだよ。ああもう、すぐにスマホでベコノベにアクセスしてみろ」
苛立ちを見せる優弥に促され、僕はスマホでベコノベへとアクセスする。
「うん、したよ」
「よし、なら自分の作品をクリックして、画面の一番下の方を見てみろ」
言われた通り転生ダンジョン奮闘記にアクセスし、スマホを操って画面下まで動かしていく。
するとそこには、ブックマーク数と評価点と銘打たれた数字が並んで存在し、その隣には作品ポイントと書かれた数字が記されていた。
「おお、こんなところに載ってるんだ。なるほどね」
「まあな……というかさ、ランキングの上位は読んだんだよな。なら、その横にポイントが書いてあっただろ?」
「そういえば、書いてあった気もするかな」
優弥の問いかけを受けて、先日ランキング上位を読んでいった時の記憶を呼び起こす。だが正直なところ、おおまかな順位くらいは覚えているものの、そのポイントまでは覚えていなかった。だから僕はスマホを軽く操作し、総合ランキングにアクセスする。
「えっと……ランキング一位は理不尽なる転生だったっけ」
「そう、ベコノベの帝王と謳われるあの藤間璃音先生のが一位。俺は書籍化前に使ってた、ナッグノートってペンネーム時代から読んでるけどな」
優弥はやや自慢気に僕に向かってそう告げる。
一方、そんな彼をよそに、僕の視線は目の前のランキング表に釘付けとなった。
「理不尽なる転生のポイントは、えっと三十四万か……え、三十四万!?」
「……はぁ、今頃気づいたか。あのサイトの上位陣、そしてベコノベの帝王の恐ろしさが」
「どうしよう、優弥。これってつまり、あと三千四百回頑張れば首位になれるってことだよね」
単純計算すれば、あと三千四百倍で首位と並ぶ。
億とか兆とか言われれば、さすがに厳しいと感じるところではある。でもこれくらいならば、なんとなく手に届きそうな気がした。
しかし、優弥は大きな溜め息を吐き出すと、呆れたかのように大きく首を左右に振った。
「うわ……何だその前向き加減。というかさ、正直不可能だぞ」
「え、なんで?」
「なんでって……お前の作品、ポイントが止まっているからな」
ポイントが止まる。
僕にはその意味がいまいちピンとこなかった。
「それってつまり、ポイントが増えてないってこと? 誰かがせき止めているとか?」
「そんな悪戯、誰もしないしできねえよ。単純に作品もポイントも伸び悩んでいるって言っているんだ」
「伸び悩みかぁ……確かに、五話を投稿した時も感想なかったからなあ」
そう、三話目までは一話につき一度、感想がもらえている。
でも四話を投稿した四日前も、また昨晩五話を投稿した後も、例の赤い文字が僕のページに点滅することはなかった。
「だろうな。まあ原因ははっきりしている。要するに、淡々と物語が進みすぎているからだ」
「……どういうこと?」
「お前の小説には、今のところ起伏がない。例えばな、週刊漫画雑誌の作品を考えてみろ。全てがそうというわけじゃないが、基本的には毎週作品の中に小さな盛り上がりがあって、必ず次の話を読みたくなるように引きを作っている」
確かにそうだ。
週刊連載しているような雑誌は、最初からではなく途中からでも、それなりに読める物が多い。そして更に、最後に来週も読みたくなるように、物語を続けさせる。
「つまり、もっと一話ごとに話を完結させなきゃいけないということか」
「別に完結させる必要はないぜ。次の話への引きも大事だしな。でも、一話の中に一度はそれ単体で楽しめる盛り上がりは作るべきと思う」
「なるほど。確かに全体のストーリーは考えていたけど、一話ごとの魅せ方はあまり考えてなかった……」
そう、最初と最後のビジョンは明確に存在する。
その二つを線で繋ぐことを意識して、僕は小説を書き始めた。だけど考えてみれば、繋ぐための線はそれ自体が一つ一つの話であり、そして線ではなく点とも言える。
そして作品の面白さと言うのは、線としてみた面白さに加え、点自体の面白さも大事なのだ。しかしながら僕は、それぞれの点に対する演出の意識が決定的に欠けていた。
「だろ? もちろん一話ごとの盛り上がりってのは、別に小さくても良い。全体としてみれば、大きな起伏の中の一部分に過ぎないからな。でも、驚きでも笑いでもなんでも良いが、毎回新鮮な刺激を与え続けないと、あっという間に読者は離れていくぜ」
「要するに僕の話は淡々と進みすぎている。だから読者を物語に引き込めてないってわけか」
「そういうことだ。その意味では、テンプレと言われるベコノベのお約束は良く出来ている。それに従うだけで、ある程度の起伏は保証されるわけだからな。例えば……この作品だ」
そう口にすると、優弥は自分のスマホを僕に見せてくる。
そこにはベコノベの中に存在する一つの作品が表示されていた。
「無職英雄……戦記?」
「ああ、無職英雄戦記。存在Aって作者の作品でな、ちょうどお前が投稿する二週間から始まった作品だ。見てみろよ、このポイントを」
優弥はスマホを軽くタッチすると、作品ポイントを表示させる。
その数字を目にした瞬間、僕は頬を引き攣らせずにはいられなかった。
「い、一万!? 待って……僕の二週間前からってことはさ、まだ始まって一ヶ月もたってないんだけど」
「ああ。しかもこれはこの作者の処女作だ。つまり――」
「僕とまったく同じ立場ということか……」
僕は優弥の言葉を先取りする形で、そう口に出す。
それを優弥は、あっさりと首を縦に振って肯定した。
「その通り。この無職英雄戦記が、昨日と今日の日間ランキング一位だ」
「ランキング一位になると、一日で五千ポイントも入るのか……このままだと、二ヶ月ほどで首位になるよね」
一日で五千ポイント。
つまり単純計算すると、六十九日で首位となる計算だ。
だがそんな僕の予想を、優弥はあっさりと否定した。
「それはない。何しろここはベコノベだからな。どんどん人気となる作品が出てくる。たぶんこの無職英雄戦記も、一位でいられるのは明日くらいまでがいいところだろう。それよりもだ、このあらすじを見ろよ」
「大型トラックに轢かれた主人公が、異世界に転生し成り上がる……お約束と言えばお約束だね」
そう、ベコノベのお約束とも読んでいい人気パターン。
それがこの作品のあらすじにも、しっかりと記されていた。
「ああ。実際に本編でも、最初はきちんとベコノベの王道を歩んでいる。ただこの作品は少しばかりダークなんだ。一見、ありがちなテンプレをなぞっているように見せながら、よく読むと端々に思わせぶりな描写を散りばめている。そして突然、こいつは冒険者ギルドを乗っ取りにかかる」
「冒険者ギルドを乗っ取る? えっと、普通はギルドに通って、冒険者ランクを上げてって流れだよね。つまりこの存在Aって作者は、敢えてそれを無視したってことかな」
「無視というより、完全に応用だな。つまりそれが読者の期待と予想に対する裏切りだ。そしてそんな意外性がこの作品を人気にしている」
冒険者ギルドに通い、転生によって得たチート技能を使って、冒険者としての評価を一気に上げていくのがベコノベのお約束。
にも関わらず、この作者はそんなテンプレ通りの展開を逆手に取り、冒険者ギルドでランクを上げるのではなく、主人公にその組織の乗っ取りを行わせたらしい。
……悔しいけど、僕も面白い発想だと認めずにはいられなかった。
「意外性……か。僕のも最初は意外性をついたと思う。でもたぶん今のところだけを見られると、次の一手が無いまま続いているように映るよね」
「まあ正直に言うとな。で、どうする。白旗を揚げるか?」
優弥はそう口にすると、意味ありげに右の口角を吊り上げる。
彼にはこんなところがあった。僕がどんな反応を示すかわかっていながら、敢えて煽ってくる癖が。
「冗談だろ。むしろ逆にいい目標が出来た。この無職英雄戦記に、そしてこれを書いている存在Aに勝とう!」
「へへ、そう来なくちゃな。よしじゃあ、さっそく――」
「黒木と夏目。ちょっといいかな?」
突然、優弥の言葉を遮る形で、やや低い声が向けられた。
僕らは慌てて、その声の主を視線で追う。
そして次の瞬間、僕たちは自分たちの過ちを理解した。
「盛り上がっているとこ悪いんだが、そろそろホームルームを始めたいんだ。今日は構内模試の結果を返したいのでね。なので、いい加減自分の席に座ってくれないかな?」
渋い表情を浮かべた先生がそう口にした瞬間、僕らはあっというまに他の生徒の笑いものとなった。
「ばーか」
教室内の笑い声に混じって、窓際の席に座る金髪の女子の声が、僅かに僕の鼓膜を震わせたような気がした。