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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第二章 青雲編

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第十話 市立図書館で出会った女の子はうちの文芸部員!? 資料を探しに市立図書館に行ったら、目当てとしていた本だけではなく、学校の後輩にあたる黒髪の文学少女と出会うことになった件について

 衣山市立図書館。

 こじんまりとした街の規模に見合わず十分な蔵書数を誇り、近隣の短大生なども頻繁に利用していることで知られている。


 なんて訳知り風を装ってみたものの、僕自身はつい最近まで一度足りとも足を運んだことがなかった。

 もっともこのところは、本当に頻繁に出入りしているわけだけど。


「さて、とりあえず来てみたものの、城や政治関係の本は放浪記と大きく変わらないよな。もちろん細かいところは調べ直さないといけないだろうけど、やっぱり優先するのは服装だよね」

 ロビーで僕は一人そう呟きながら、目的とする欧州の歴史・文化コーナーへと足を運んでいく。


 そう、今回最優先すべきは服装である。

 これまで中世ヨーロッパをモデルにした作品を書いてきたこともあり、世界観構築に必要な最低限の資料や知識は、だいぶ身についてきたと多少自負しつつある。


 だが今回は、悪役令嬢にメインスポットを当てる以上、華やかな貴族の文化や服飾を描く必要があった。そして当然の事ながら、現実のパーティなるものでさえ、先日由那に同伴させてもらい、お上りさんの体で経験したものが唯一である。

 となれば、当時の華やかな貴族文化を学ぶために、資料に当たることはもはや必須といえた。


「とりあえず、悪役令嬢がどんな服や小物を使っていそうかってところからだよね。でも中世の服となると、本当に時期によってかなり違うはずなんだよな。津瀬先生も言っていたけど」

 僕は初めて津瀬先生とお会いした日のことを思い出しながら、図書館の中でも屈指の不人気コーナーである目的の一角へと辿り着く。

 そして役に立ちそうな書物を求めて、その背表紙を順に眺めていった。


「エリザベス一世の王宮事情か……これは近世になるから、もう少し手前かな」

 以前、津瀬先生にも講義頂いたことがあるが、中世は西ローマ帝国が滅亡した五世紀終わり頃以降から、十六世紀中頃の宗教改革までを表すことが多い。


 もちろんベコノベの異世界転生の舞台は、この世界とまるで同じ必要はないから、文化や時代設定は人によって異なっているし、厳密に中世でなければならない理由はない。

 でも僕は津瀬先生の言うように、世界に奥行きを与えるためには、厳密な資料をモデルにした上で、ファンタジー要素を加味したいと思っていた。


 そうして、無数に並べられた本の背表紙を順に眺めながら、僕は求める本を探し続ける。

 すると、同コーナーの端に先客となる黒髪の少女の姿を目にした。


 珍しいこともあるものだと僕は思う。

 この欧州の歴史・文化コーナーはいつも閑古鳥が鳴いていて、図書館に来るようになってから日は浅いものの、僕しか利用者はいないものだと思っていたからだ。


「取ろうとしているのはこれかな?」

 肩までかかる黒髪を持った小柄な少女は、頑張って背伸びをしながら、一番上の段にある書籍を取ろうとしていた。

 だから僕は、ゆっくりと隣まで歩み寄ると、彼女が手を伸ばそうとしていた本を指差す。


「え……あ、えっと……はい、それです」

「『女性服の歴史と文化〜中世から現代への変遷〜』か。へぇ、これもいいな」

 指差した本のタイトルを口にして、僕は先を越されたなと苦笑を浮かべる。

 そして彼女の代わりに本を手にすると、少しだけと思いながら本の中身をパラパラとめくった。


「あの……先輩?」

「ああ、ごめん。ちょっと興味深くてさ」

 書籍の中はルネサンス期の女性の服飾から、現代女性のファッションまで、それぞれを文字とイラストで丁寧に解説されており、その中世のものに関しては出典元となる絵画の資料なども各ページに記されたいた。


 それは間違いなく僕の知らない世界。

 そして同時に、当時の女性の憧れを表しているに違いない世界そのものがそこに記されていた。


 僕はちょっとした思いを胸に秘めつつ、少しだけと思いながらついつい次のページをめくっていく。そうしてしばらく経ったところで、僕はようやく目の前の少女の不安げな眼差しに気づき、苦笑を浮かべながら慌てて彼女へと本を手渡した。


「あ……ありがとうございます」

「いや、気にしないで……というかさ、むしろちょっと君に相談があるんだけど」

「え、私……ですか。えっと、なんでしょう」

 黒髪の少女は戸惑いを見せながら、不安げな表情を浮かべつつそう問いなおしてくる。

 そんな彼女に向かい、僕は端的に要点を尋ねた。


「その本さ、今日借りる予定なのかな?」

「はい。そのつもりですが……」

 依然として戸惑いの隠せぬ返事。

 そんな彼女に向かい、僕は苦笑を浮かべながらその口を開いた。


「そっか。だったら次に貸してもらえないかな」

「次に……ですか? えっと、先輩って服飾系にご興味があるんですか?」

 訝しげな表情を浮かべながら、黒髪の少女は僕に向かってそう問いかけてくる。

 確かに考えてみると、あまり男子高校生が借りるような内容ではない。だからこそ、彼女が変な顔をするのも妥当なところかと僕は納得した。


「そんなことはないんだけど、作業に必要でさ」

「作業……ですか」

「うん、ダメかな?」

 どう説明したものかわからなかった僕は、ごまかすような笑みを浮かべながら、そう口にする。

 途端、黒髪の少女は僅かにうつむき加減となると、本を強く胸に抱えた。


「いえ、別に私の本というわけではないので、ダメじゃないですけど……その、予約をしたら問題ないと思いますよ」

「予約?」

 聞いたことのない話を耳にして、僕は思わず首を傾げる。

 すると、少女は僕に向かって優しく説明をしてくれた。


「はい。司書さんに言えば、待機リストに名前を載せてもらえるはずです」

「へぇ、待機リストか。なるほど、そんなのがあるわけだ」

 僕は顎に手を当てながら、図書館に対する自らの理解の浅さを恥じずにはいられなかった。

 そして同時に、いま耳にした待機リストとおいうシステムを上手く使えば、これからより図書館利用が捗るのではないかと、僕の脳裏ではそんな打算が働き始める。


 一方、僕がそんなことを考えながら一人頷いていると、目の前の少女は不思議そうな視線を僕へと向けてきた。


「あの……先輩は、あまりこられないんですか?」

「恥ずかしながら、先月くらいから来るようになってね。正直、初心者みたいなものなんだよ」

 言うなれば図書館初心者とでも言うべきだろうか。

 もっとも、図書館に玄人とか初心者とかあるのかは知らないけど。


「そ、そうなんですか。あの……特に予約が入ってない本ですし、次は先輩になると思うので安心してください」

「なるほど、人気の本だと当然結構順番待ちになるわけだ。その意味では、ここのコーナーの本だったら大丈夫そうかな。あ、そう言えば先輩って言ってくれているけど、もしかしてこれまでに会ったことあったかな?」

 先ほどからそういえば、目の前の少女は僕のことを先輩と呼んでくれていた。改めてそのことに気づいた僕は、少し申し訳無さを覚えながらそう尋ねる。

 途端、少女は先程までのこわばっていた表情を少しだけ緩めた。

 そしてほんの僅かに口元に笑みを浮かべながら、僕に向かってあまりに当たり前なその理由を説明してくれる。


「いえ。でもその制服、藍光高校ですよね。私一年なので、多分先輩かなと」

「そっか。はは、うちの学年は今日が登校日だったからね。しかしなるほど、うちの一年生か。えっと、三年の黒木昴って言うんだけど君は?」

「如月愛って言います。黒木先輩ですね。え、黒木……先輩?」

 僕の名を二度口にした彼女は、突然目を見開くとキョトンとした表情を浮かべる。

 その反応の意味するところがわからなかった僕は、彼女に向かって尋ねてみた。


「うん、黒木だけどどうしたの?」

「あの……先輩って、もしかしてサッカー部の?」

「はは、正確には元サッカー部……かな。いろいろあって、少しだけ早く卒業してね」

 わざわざ怪我の話をする必要もないと思った僕は、軽く頭を掻きながらそう答える。

 その僕の返答に対して、わずかに怪訝そうな表情を浮かべながらも、如月さんは一つ頷いた。


「そうなんですか」

「うん、そうなんだ。しかし僕が言うのも何だけど、どうしてこんなマニアックな本を何に使うの?」

「ちょっと小説の資料に……」

「小説の資料か。なんだ、僕と同じだね」

 確かに由那ではあるまいし、服を作るためってことは無かったようだ。僕はそう考えながら、納得したように頷く。

 一方、目の前の如月さんは、僕の回答を耳にして、いつの間にかその目を丸くしていた。


「せ、先輩。小説を書いているんですか?」

「うん、そうだけど……どうかしたの?」

 僕は彼女の表情の変化の意味がわからず、やや戸惑いながらそう返答を行う。

 すると、先程までのおとなしかった如月さんの様子は一変し、突然、僕へと詰め寄ってくると、急にシャツの裾を強く引っ張ってきた。


「あの、あの、あの……もしご迷惑でなければ、うちの部に入ってもらえませんか?」

「うちの部?」

 やや小さかった声が突然大きくなり、急に積極的な態度を見せてきた彼女に僕は戸惑う。

 そんな僕に対し、如月さんは力強く頷くと、精一杯絞りだすような声で僕に向かって一つの願いを叫んだ。


「はい。幽霊部員でも構わないんです。だから、どうかお名前だけでも!」

 その切実さにあふれた声に、理由はわからないものの、彼女の願いが心からのものであると僕は理解した。


 だが同時に、僕は一つの致命的な問題に気づいた。

 だからこそ、迫ってきた彼女の肩に手を置き、少し距離を取らせる。

 そして、出来る限り小さく、そして可能な限りはっきりと彼女に向かってその問題を口にした。


「あの、如月さん。別に名前を貸すのはいいんだけどさ、図書館はお静かに……ね」

 途端、目の前の色白の後輩の頬は、それはそれはもう夕日のように真っ赤に染まっていった。


2章11話は来週土曜日21時更新予定となります。

今後とも『ネット小説家になろうクロニクル』を宜しくお願い致します。

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