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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第二章 青雲編

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第八話 コンテストに秘められた編集部の思惑!? 優弥たちと作戦会議をしていく中で、今回のコンテストにおいて編集部が様々な思惑を応募要項の中に含ませていることに気づいた件について

「なんなのあいつ、本当になんなの」

 一面ピンク色の空間に、テーブルを叩きつける音が広がる。

 その音の発生源であるこの部屋の家主は、一晩寝たところでその機嫌を治すどころか更に悪化させていた。


「何なのって言ってもさ、プロの人気原作者だろ」

「そんなのどうでもいいのよ」

 やや呆れ気味の優弥の言葉に、由那は本気で噛みつく。

 すると、その反応が面白かったのか、優弥は立て続けにその口を開いた。


「じゃあ、新都大学医学部生。しかも首席入学だったらしいな」

「それもどうでもいい。ほんとありえない」

 ネット百科事典に記載されていた情報を優弥が口にしたところで、由那は突き刺すような視線を彼へと向けた。

 だが優弥は軽く肩をすくめたのみで、荒れる彼女に向かい自らの疑念をぶつける。


「あのさぁ、音原。お前ってよく学校でもモテてるだろ。男に声かけられるのも珍しくないってのに、なんでそんなカリカリしてるわけ?」

「ふん、どうせ断るだけだから別にどうでもいいのよ。付き合うって話はね。ただ気に喰わないのは、コンテストに勝ったらってこと。いつからこの私は物扱いの景品になったっていうのよ!」

 怒りのあまり、彼女は再び目の前のローテーブルに拳を叩きつける。

 その怒れる彼女の反応に困惑を覚えながら、僕は彼女を安心させようと、一つの材料を口にした。


「大丈夫だって、由那。日本では人身売買罪ってのがあって、法律で売り買いなんかは禁止されているからさ、たぶん勝手に物のように扱われることはないと思うよ」

「あのね昴、そういう常識的な問題じゃないの。というか、なんで脳筋のあなたが、そんな知識を持っているのよ」

「脳筋って……まあいいけど。ともかく、放浪記で奴隷キャラの問題を書く際に調べたからね。津瀬先生にも何かに疑問を持ったら、出来る限りきちんと原文にあたりなさいって言われたし」

 そう、きちんと資料を調べて物語を書くように指導してくださったのは、あの津瀬先生である。

 だからこそ、中世の奴隷制度を理解するに当たり、モデルと成る当時の欧州諸国の状況はもちろん、現代日本の人身売買罪に関しても僕は調べる機会を持つことができた。

 しかしそんな知識がこんなところで役立つとは、本当に世の中わからないものである。 


「ああもう、ちょっとだけ偉いと思ったけど、今はそんなことはどうでもいいの」

「そんなことかどうか知らねえけどさ、人気漫画原作者で、噂じゃ大病院の跡取りだろ。まさにダブル役満みたいな奴じゃん。何が不満なわけ。顔か?」

 由那の反応を目にしてケラケラと笑いながら、優弥は畳み掛けるようにそう問いかける。

 だが先日目にした神楽先生の容貌を思い出し、僕は思わず口を挟んだ。


「いや、モデルみたいにかっこいい人だったよ」

「なんだと、トリプル役満か。そんな役、俺でも上がったことねえよ」

 ベコノベで異世界麻雀マンガを書いてしまう程度には、優弥は麻雀好きであり、何故か悔しそうな口調で彼はそう告げる。

 しかしそんな彼の苦悩は、麻雀のルールを知らない由那によって、バッサリと切り捨てられることとなった。


「よく知らないけど、どうせあんたが弱いからでしょ。というか、麻雀の話はどうでもいいの。それにかっこいいとか悪いとか、それもどうでもいい。だいたい私にはあんな彼氏必要ないから」

「彼氏じゃなく、フィアンセの間違いじゃね?」

「どっちも違うわよ。茶化さないで」

 優弥の茶々に対し、由那はこめかみをピク付かせながら、怒声を浴びせる。

 一方の優弥は、そんな彼女の言葉を前にしても、いつもの軽薄な笑みを崩すことはなかった。


「でもさあ、正直なとこ、そんなにマジで考えなくていいんじゃね?」

「なんでよ。私のプライドと尊厳と人権が掛かっているのよ」

「だからさ、勝手に言わせときゃいいんだって。プロとして先輩なのかどうか知らねえけど、そんな約束知らないって言えば終わりじゃん」

 あくまでも、何の束縛もない口約束。

 いや、勝手に宣言していっただけだから口約束未満というべきだろうか。

 事情を聞いてそう判断した優弥は、軽く両腕を広げながらそうアドバイスする。


 そんなある種の本質をついたと思われる優弥の助言。

 しかしそれを耳にしても、由那の表情が晴れることはなかった。


「でも、知らないって言い張ったまま。あいつとずっと原作と作画の関係で仕事していくわけ? 最低でしょ」

「なるほどな。そういう意味では、奴に布石が打たれたってわけだ」

 ここに来て、優弥は腕を組んでその口をつぐむ。

 いつもの二人のやり取りから、突然訪れた沈黙。

 それを破ったのは、一つの決意を抱いたこの僕であった。


「布石か……でも、要するにその石を無効にしてしまえばいいんだよね」

「それはそうだけど……」

「じゃあ、気にしなくていいよ、由那。僕が頑張るからさ」

「え、昴……」

「僕が負けなければいいだけだよね。だから、頑張るから安心してよ」

 そう、要するにそういうことなのだ。

 結局、僕が神楽先生に負けなければ、何一つ悩む必要なんて無い。


「へへ、言うようになったじゃねえか、昴」

「この間、優弥に言われたばかりだろ。挑戦しない僕はおかしいってさ。まさに最高のジャイアントキリングの機会だよ。正直言って、後ろに引くつもりはないさ」

「言いやがったな。なんていうか、お前らしくなってきたぜ。な、音原」

 僕の言葉を受けて、優弥は嬉しそうに口元を歪める。

 一方その頃、もう一人のクラスメイトは、何だかぼうっと宙を見つめながらぶつぶつと独り言を呟いていた。


「僕が頑張るから……僕が頑張るから……私があいつに取られないように頑張る。なぜだか分かるかい、由那。僕は……僕は……いたっ!」

 優弥が軽く頭に手刀をいれると、由那は突然我に返ったように狼狽える。


「音原……気持ちはわかるけど、捏造は良くないと思うぜ。ともかく昴、神楽に勝てる自身はあるんだな」

「自信と言っていいかわからないけど、負けられないとは思っているよ。由那のこともあるし、それに戦う場所は僕らのホームだしね」

「そうだな。ベコノベは俺たちのホームで、あいつにとってはアウェイ。そう考えると、決して悪い話じゃないし、負けるわけにはいかねえよな」

 ホームで敵を迎え撃つ以上、負ける訳にはいかない。

 もちろんベコノベ作家として新米の僕が、サイトを背負って戦うなんて言うつもりはない。でもあの場所で戦う限り、今の僕に引くつもりはなかった。


「作家としては、確かに向こうのキャリアが上なことはわかっている。でもベコノベに関しては、間違いなく僕たちに一日の長があるはずさ。決して勝算は少なく無いと思う」

「だな。となればだ、あとはどうやって戦うかだが……なにか考えはあるのか?」

 その優弥の問いかけ。

 それに対して、僕は頭の中で揺蕩っていた内容を、そのまま言葉にした。


「基本的にはベコノベらしく戦うつもりだよ。でも書籍化を目指してランキングを駆け上がろうとした時と違い、今回はコンテストの日程も決まっているからね。たぶん前の放浪記の作戦を、そのまま使うことはできないかな」

「日程か……確か九月の二週目にある一次選考は編集部が行い、十月の最終選考は純粋なポイントで判断するって話みたいだな」

 それはベコノベで昨日告知された応募要項に記載されていたことであった。


 八月一杯までの募集で、一次選考が九月、最終選考が十月。

 あくまでメインが小説大賞であるがゆえに、漫画原作への応募は少ないだろうと見越したスケジュールだと僕は考えていた。


「でも変わってるわよね。最初が編集の審査で、次がポイント勝負なわけでしょ。普通なら逆じゃないの?」

「まあな。だけどその辺はたぶん、ゲスト枠があるせいじゃねえかな」

「ゲスト枠のせい?」

 優弥の回答を受けて、由那は僅かに首を傾げる。

 そんな彼女に向かい、優弥は一つ頷くとそのまま口を開いた。


「ああ。神楽先生がゲストで参加するから、編集が最終選考を内々に行ったら、色々と勘ぐられかねないだろう? だから公平な条件に見せるためにも、最終選考はポイント制にせざるを得ないってわけだ」

「そういうわけか。なるほどね」

 優弥の説明に、由那は納得したように大きく頷く。

 それに補足するような形で、僕は自分の見解を二人に告げた。


「うん、僕もそう思う。だからこそ漫画原作に向かない作品は、予め一次で落とすつもりかもしれないね」

「十分に有り得る話だな。まあ事前にそれを防ぐために、色々と規定事項を用意されたんだろう。ポイントだけで選ぶとなると、完全に編集部のコントロールを外れちまうだろうからな」

「キャラの指定の件だね」

 優弥の言葉を受けて、僕は由那の顔を見ながらそう口にする。


 今回の原作募集は、あくまで由那の描く作品の原作募集である。

 だからこそ、予め彼女のイラストから応募される作品が大きくずれないよう、何人かのキャラなどは、その容姿や大まかな設定が規定されていた。


「そうそう。音原のキャラ設定が先にあって、今回はそれに沿った作品を書かせるわけだ。敢えて言うなら、ベコノベでたまに行われるネットゲームのノベライズコンテストに近い形だな」

「そういえば、たまにコンテストやってるよね」

 国内でも有数の小説投稿サイトであるベコノベでは、様々な出版社の小説コンテストが開催されている。今回の士洋社のものもその一つではあるのだが、同時にゲーム会社主催のノベライズコンテストなども定期的に開催されていた。


 これらのコンテストに関しては元となるゲームが存在するため、普通の小説賞と異なり様々な規定が設けられる傾向にある。

 もちろんそれと比較すると、今回の原作コンテストの規定は緩やかなものではあり、僕の感覚としてはちょうど中間といったところだった。


「しかしこの応募要項を見ると、相変わらず誰かさんの描くキャラは、本人と同じで安定の悪役顔だよな」

 スマホを操作してコンテストの募集ページを開くと、優弥は意味ありげな笑みを浮かべながら由那へと視線を向ける。


「誰が悪役顔よ!」

「はは、あんまり怒ると本当に悪役っぽくなるよ」

「昴まで! もうっ」

 優弥の悪乗りに乗っかった僕は、たちどころに由那に叱責を受ける。

 僕はごまかすように苦笑しながら、話題をそらそうと、優弥のスマホを覗き込んだ。


「冗談だって。ともかく、主人公が若い長髪の美人で名前がエミナ・メルチーヌ。あと髭の壮年紳士と、若い美青年を出すこと……か。なるほどね」

「なんだかんだで、結構キャラを描かされたんだな」

「まあね。急ぎで数キャラ分のイラストを下さいって言われたけど、まさかこの為だったとは思わなかったわ」

 ほんの少し疲れた素振りを見せながら、由那は小さく頷く。

 一方、優弥は顎に手を当てながら、何かに気づいたように声を発した。


「ふむ……これはあくまで俺の予想だけど、たぶん編集部のもう一つの狙いは既存作品をはじくことじゃねえかな」

「既存作品をはじく?」

 優弥の口にした言葉を、由那は尋ね直す。


「ああ、この審査は既存の作品を転用して応募してもいいことになっている。でだ、もし既にベコノベ内で人気がある作品が応募してきたらどういうことになる?」

「ポイントが高い作品が殺到したら、誰も新規で応募しなくなるでしょうね。勝てないってわかるでしょうから」

 由那は苦い表情を浮かべながら、予期されうる事態を口にする。

 優弥はそのとおりとばかりに大きく頷いた。


「そうだ。そして人気作品が漫画原作に向いているとは限らねえ。元々それ用に書かれたわけじゃねえからな。もちろん一次選考でその辺りの作品を弾けないわけじゃないだろうが、人気作ってのはそれだけベコノベ内でのファンが多い。編集部としても無駄な揉め事を避けたいってのが本音だろう」

「無駄にマイナスのイメージは付けたくないでしょうからね。だからキャラクター縛りを用意したってわけね。これで表向きは作品転用も受け付けると言いながら、実際は漫画原作用の新規作が中心になる」

「さらに姿だけじゃなくて、名前にも編集部は決まりを作っている。これだけの縛りがあると、いくら漫画化を狙いたかろうが、今の作品のキャラクターまで変えなきゃだめになる。さすがにそこまでする奴は稀だろう」

「なるほど。そう考えてみると、一次選考までに一万五千字以上っていう条件はともかく、最終選考時点で三万字以上五万字までっていう文字数制限はそのためなんだろうね。つまり既存の長編作の応募を抑制するためでさ」

 優弥の言葉に続く形で、僕はもう一つの応募規定に含まれていた投稿作品に対するフィルターの存在を口にする。

 それに対し、優弥は大きく首を縦に振った。


「ああ。それ以外にも、へたに長編が受賞して打ち切りになったら、色々と揉めるだろうからな。その意味でも、手頃な分量の原作が欲しいってのは正直なところなんだと思うぜ」

「いずれにせよ。まずはきちんと一次を通過できる作品を……つまり漫画原作を意識した作品を作らなきゃダメってことだね」

 いくらポイントが取れる作品を書こうとも、漫画原作に向かなければ、その作品を編集部が採用する理由がない。それはあまりに当然のことだった。

 するとそのタイミングで、由那が僕たちに向かい一つの指摘を行う。


「だとしたら、まずは士洋社の月刊クラリスの作品を読むべきじゃないかしら」

「えっと、どういうこと?」

 由那の発言の意味がわからず、僕はすぐに問い返す。

 彼女はそんな僕に向かい、完全に盲点となっていた一つの重要な事項を教えてくれた。


「だって、月刊クラリスの連載になる漫画原作なんでしょ。だったら、今連載している作品とかぶっていたらダメじゃないかしら」

「あ……そうだ。確かにいくらいい原作を書いても、同じジャンルの作品は採用してもらえねえよな」

「そうだね。気づかなかったよ。ありがとう、由那」

 僕は自分の視野の狭さを反省すると、由那に向かって感謝を口にする。

 その反応を目にして、突然由那はソファーからスクっと立ち上がると、僕らの背後に並べられた本棚へと歩み寄っていった。


「貴方がコンテストで勝てば、私が描く作品だからね。となれば、月刊クラリスのカラーに沿いつつ、最近の連載作品と被らないものがいい。という訳で、早速始めるわよ」

「始める? なにを?」

 突然の由那の言葉に、僕はそう口にすると、優弥とともに首を傾げる。

 すると由那はすぐさま、意味ありげな笑みを僕たちへと向けた。


「もちろん読書に決まってるでしょ。安心して、ここ五年分の月刊クラリスとその単行本は全部ここにあるから」

 彼女はそう告げるなり、自らの目の前にある巨大な本棚を僕たちへと指し示す。

 それを目にした僕と優弥は、お互いの顔を見合わせると、とたんにげっそりとした表情を浮かべ合った。


 そう、彼女の指し示す本棚に並べられていたものは、書店ではそのコーナーにさえ立ち寄ったことがないものばかり。つまり、これまで僕たちとはまったく無縁であった、華やかな男女が表紙を飾る女性向け漫画に他ならなかった。

2章9話は来週土曜日21時更新予定となります。

今後とも『ネット小説家になろうクロニクル』を宜しくお願い致します。

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