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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第二章 青雲編

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第五話 切り札は統計データ!? 予想通り原作者を降ろされそうになった僕が、土壇場でベコノベに関する統計データを開示して、予定通り編集部の人達の注目をあつめることに成功した件について

「君を呼んだ覚えはなかったが?」


 士洋社の本社ビル四階。

 会議室とされるその一室で、僕の姿を目にした男は開口一番にそう言い放った。


 ある意味予測されていた対応。

 それに応じたのは僕の隣に立つ金髪の女性であった。


「いえ、私が連れて来ました」

「なぜかな? 部外者を呼ぶ必要はないと思うのだけど」

「部外者ではありません。何しろ、私の新人賞の原作を書いてくれたのは彼ですから」

 あからさまに不快感を示してくる湯島さんに対し、由那はまったく引き下がること無くそう言い返す。


 新人作家が歯向かってくると考えていなかったためか、湯島さんはその反応に些か虚を突かれた様子を見せた。

 しかしすぐに気を取り直すと、改めて油那をたしなめるようにその口を開く。


「ふむ……だが君の応募時には、原作者はクレジットされていなかったと思う。それに何より、私たちは君個人の描写力を買って、こうして我が社の月刊誌に作品を任せるつもりなのだが」

「ですが、受賞の電話を頂いた時は、確かストーリーが良かったと言って頂きました。それはつまり、彼の原作が良かったことを意味していたと思います」

「それは前任者の勘違いだな。実は担当を引き受ける前に、君の我が社への以前の投稿作は見させてもらっている。それを見た限り、まともな原作さえ付けば、正直いつでも受賞できるレベルにあったことは一目瞭然だった。だから彼が賞賛したのは、これまでの応募作と比べてというだけの話だろう」

 由那も引き下がらなければ、湯島さんも一歩も引き下がらない。

 まさに膠着状態のその空間において、もう一人の当事者たる僕は何かを口にすべきかと迷った。


 だがそんなタイミングで、見知らぬ一人の中年男性がその姿を表す。


「なんや、立ちながらの打ち合わせかい。はっはっは、若いもんは皆元気があってええねえ」

「……副編集長」

 その場へと姿を現した中年男性を目にして、湯島さんはやや不快気な口調でそれだけを口にする。

 一方、もう一人の口論の主役は、先程までの剣幕が嘘のように柔らかな微笑みを見せた。


「えっと、確か三崎副編集長さんでしたよね。お久しぶりです」

「おお、お久しぶりやな。たぶんパーティん時は二言三言話して終わりやったから、覚えていてくれとったことが、おっちゃんには嬉しいわ」

 三崎と呼ばれた副編集長は、人好きのする温和な笑みを浮かべながらが、ゆっくりと僕たちのもとへ歩み寄ってくる。そして湯島さんの隣に置かれた椅子にちゃっかりと腰掛けると、まるで最初からこの場を仕切っていたかのように、皆に向かって着席を勧めた。


「副編集長。今日は私一人で応対するとお話していたはずですが?」

 湯島さんは眉間にしわを寄せながら、隣りに座る三崎さんに向かって、やや険のある声を発する。

 だが三崎さんは全く気にする素振りも見せず、カラカラと笑った。


「はっはっは、まあそう堅いことは言うなや、湯島くん。こんなかわいい漫画家さんが来たゆうのに、独占しようっちゅうんは、おっちゃんどうかと思うで」

 ちらりと由那に視線を送ったあと、三崎さんは再び陽気な笑い声を上げる。

 だがそんな彼の発言を、湯島さんはあっさりと切り捨てた。


「私は彼女の容貌に関して、一切興味はありません。ただ彼女が描く絵にのみ興味があります」

「そうかそうか、いやぁ若い編集者はそうでないとあかんね。で、えっと確か君が噂の原作者くんやったっけ?」

 あからさまな湯島さんの怒気を受け流し、三崎さんは僕へと話の矛先を向けてくる。


「はい、黒木昴と申します」

「兄ちゃんも若いなあ。確か二人ともまだ高校生なんやろ?」

「ええ、高校三年生です」

「凄いなぁ。いやぁ、羨ましい話やわ。おっちゃんが高校生の頃はなあ――」

「副編集長。長くなるようなら、やはり席を外して頂けませんか。私は打ち合わせの場は戦場だと思っておりますので」

 三崎さんが昔話を語りだそうとしたそのタイミングで、湯島さんは彼の言葉を遮ると、明確な拒絶を伝える。

 だがそんな棘だらけの発言も、目の前の大らかそうな中年男性には、全く突き刺さることはなかった。


「はは、君のそういう所、正直きらいやないで。やけどね、彼の存在は編集部でも議論が分かれているところやんか。それを君一人で判断してしまうっちゅうんは、些か勇み足ちゃうかな」

「いえ、その為に神楽くんを用意しました。となれば、もはや過去の原作者、しかもアマチュアの力などもはや不要でしょう」

 これまで控えていた湯島さんの本音。

 すでに隠す必要を覚えなかったのか、彼ははっきりとそれを表に出した。

 そしてだからこそ、まさに不要だとされた当事者たる僕は、初めてその口を開く。


「あの……本当に僕では力不足なんですか?」

「何を言っているのかな? 当たり前だろう。君は神楽くんよりも自分のほうが優れていると胸を張って言えるのかね」

 言い返すことは出来ないだろうという確信を持って、おそらく告げられたであろう湯島さんの言葉。

 だが僕はそんな彼に向かって、自分なりの確信を持って言い返した。


「……言えます」

 その短い言葉が僕の口から発せられた瞬間、湯島さんの顔がゆがむ。

 そして同時に、隣で椅子に腰掛ける男の瞳が怪しく光り、彼は僕に向かって興味深げに問いかけて来た。


「ほう、これはおもろいな。確か黒木くんやったね。もし良かったら、なんでそう思うか教えてくれへんかな?」

「実はここに来るまでに、神楽先生が原作を書いた漫画を全て読んできました。正直に言いますと、どれも非常に面白かったです」

「そうだろう。君に言われるまでもなく当然のことだがな」

 僕の言葉が途切れると同時に、湯島さんは間髪入れずそう口にする。

 だがそんな彼の言葉に対し、僕は迷うこと無く自らの考える神楽先生の問題点を口にした。


「ええ。ですが、一つだけ引っかかったことがあるんです。神楽先生が原作を書いた漫画は全てで三作品。そのいずれも作画は異なる方がされているようですが、どれも見事なまでに神楽先生の作品になっていました。だからこそ、僕は自分のほうが優れている点があると考えています」

「意味がわからないな。神楽くんの作品が彼らしくて、何故ダメだというのだね?」

「別にダメだとは思っていません。もし神楽先生が原作を書けば、間違いなく面白い作品にはなると思います。ですが、そこに由那の色はありません。彼女の描く世界にあわせた原作を書く能力、その点において僕は負けていないと思います」

 それが僕の出した結論であり、人気作家である神楽先生に勝てるストロングポイントではないかと考えていた。

 つまり自分の色に作品を染め上げる神楽先生よりも、彼女のことを知る僕のほうが彼女の作画を引き立てる原作を書けるという確信である。


 そんな僕が示した見解。

 それを面白そうに受け止めたのは、恰幅の良い中年男性であった。


「はっはっは、おもろいな。いや、黒木くん。なるほどなるほど。おっちゃんには、君の言いたいことがわかるで。確かに新人賞の原作も、彼女のキャラの魅力をうまく引き出す世界設定やったしね」

 三崎さんは愉快そうに笑いながら、何度も頷いてくれる。

 だが、そんな彼の反応に待ったをかけたのは、当然のことながら湯島さんであった。


「待ってください、副編集長。確かに付き合いがある関係で、彼には多少彼女のキャラの魅力を引き出すことができるかもしれません。ですが、だからといって面白い作品になるとは限りませんし、アマチュアが原作を書いたところで話題性は何もない。そんなバリューのない作品に、読者が付くと思いますか?」

「面白かったら付くんとちゃうかいな?」

 湯島さんの疑念に対し、三崎さんはあっさりと反論した。

 しかしそんな彼の見解を、湯島さんは正面から否定する。


「面白ければ許されるという時代はとっくに終わっています。面白いのは当たり前、あとはどう売り出すかが重要なのです。その意味では、人気作家である神楽蓮の原作でデビューと言う以上のバリューは、彼女にとって存在しません」

 自己の強い確信が垣間見える湯島さんの言葉。

 それが発せられると、一瞬場に静寂が訪れた。


 同時に誰も反論してこれないという確信からか、湯島さんの表情に僅かな笑みが生まれる。

 まさに外から見れば勝負あったというべき空間。


 だがたった一人、意見を口にするものがいた。

 そう、彼からバリューが出せないという烙印を押されたこの僕である。


「あの……その点なのですが、ちょっといいでしょうか?」

「……なんだね、我々は今後の売上に関わる話をしているんだ。アマチュアは黙っていたまえ」

 小うるさい蝿を見るような目つきで、彼は僕の発言を切って捨てる。

 だが、ここで引き下がる訳にはいかないとばかりに、僕は迷うこと無くその口を開いた。


「いえ、その売上に関わる話です。僕が原作を担当した場合の話ですが、ある条件が整えば、たぶん貴方の言うバリューをしっかりと出すことができると思います」

 僕のその言葉には、由那も含めて、誰もが虚を突かれたような表情を浮かべる。

 そんな中で、最も早く反応を示してみせたのは、目の前の恰幅の良い中年であった。


「ほほう、面白いこと言うなぁ。えっと……たしか黒木くんやったね。なんでそう思うのかいな?」

 その興味と好意の入り混じった三崎さんの問いかけ。

 それに対し、僕はシンプルにその根拠を口入する。


「データです」

「データ?」

 予想していない言葉だったためか、三崎さんは僅かに首を傾げる。

 そんな彼に向かい、僕はバッグの中から一つの紙の束を取り出すと、それを彼らに提示してみせた。


「はい、もし良ければこれを読んでみてもらえませんか? ベコノベのアクセス数と作品の売上に関する統計データを」

 僕が皆に見えるように提示したその紙面。

 ベコノベを経由した作品が、商業市場において確実に存在感を増していることを示す膨大な量の数字がそこには記されてあった。

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