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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第二章 青雲編

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第四話 打ち込むべきは二発の弾丸!? 漫画原作権を勝ち取るために編集部へと乗り込むにあたって、現在の状況をひっくり返すための二つの弾丸を、津瀬先生から持っていくように勧められた件について

「ふむ、少し気になっていたが、その様子なら大丈夫そうだな」

 予備校での個人講義の時間。

 担当チューターであり、そしてベコノベの先輩書籍化作家でもある津瀬先生から最初に掛けられたのは、まさにそんな言葉だった。


「えっと、何のことですか?」

「君のことだよ。前回の転生英雄放浪記を読ませてもらったものでね」

 津瀬先生のその発言に、僕は彼が何を言わんとしているのかようやく理解する。


「ああ……優弥にも同じことを言われましたよ。やっぱり、そんなに文章に出ているものですか?」

「どうだろう。でも私も彼同様に、普段の君とそして君の作品の両方を知っているからね」

 そう口にして、津瀬先生は胸ポケットから取り出したタバコに火をつける。そして一度煙を吐き出したところで、彼は再びその口を開いた。


「だから、もし腑抜けた顔でやってきたら、君の読者のためにも少し小うるさいおじさんになろうかと思っていた。彼らはいつもの君の作品を期待しているのだからね。でも、どうやらその必要はなさそうだ」

「はは、でも既に優弥から駄目だしされたのは事実ですよ」

 昨日の優弥の言葉を脳内で反芻しながら、僕は苦笑交じりにそう告げる。

 すると、津瀬先生は満足そうに大きく一度頷いた。


「ふむ、良いことだ。そういう友人は得難いものだからね。で、結局理由はなんだったのかね。もちろん話せる内容でなければ結構だが」

 その津瀬先生の問いかけを受け、僕はどう説明したものか一瞬迷いを覚える。だが、この人以上に頼ることのできる人物はいないと考えると、僕の直面している悩みを端的に口にした。


「実は由那が描く漫画の原作を、僕ではなく別の人が書くという話がありまして」

「由那? ……ああ、音原くんのことか。そういえば、彼女は漫画家志望なんだったな。確か新人賞を取ったと聞いたが」

「はい。それでデビューにあたり、僕が書いていた原作を無かったことにして、有名な原作者の書いた別のものに変更したいと、そんな意向があるみたいで……」

 苦い表情を浮かべながら、僕は突き付けられた現状を先生に告げる。

 途端、津瀬先生は顎に手を当てると、確認するように僕に問いかけてきた。


「それは彼女の意思かい? それとも出版社の要望かな?」

「出版社の担当編集さんの意見です。当初担当になる予定だった方が、急な人事異動でおられなくなり、代わりに引き継いだ方がどうもベコノベ嫌いだったようでして」

「ベコノベ嫌いか。確かにチラホラとそんな話は聞くが、まさか君が関わることになるとはね」

 軽く下唇を噛みながら、津瀬先生はそんなことを口にする。

 考えもしていなかった先生の言葉に、僕は驚きを隠せなかった。


「え、じゃあ珍しくはないんですか?」

「さすがに漫画の方までは知らないが、ベコノベの存在をあまりよく思っていない編集者や小説家がいるとは聞いている。幸い私自身は出会ったことはないが、友人の書籍化作家は色々と苦労したみたいでね」

「そうなんですか。やっぱりあるんですね」

 僕だけの問題ではない。

 そう知ったところで、何故か無性に悔しさと悲しさがこみ上げてきた。


 だがそんな感傷的になった僕に対し、先生は極めて冷静な口調で、僕らとは別の観点からの指摘を行ってくる。


「ああ。だが正直言って、彼らの言い分にもわかる点はある。これまでは各出版社やレーベルが開く新人賞を受賞し、商業作家としてデビューするのが一般的な筋道だった。それを突然、アマチュアが横から商業の世界に割って入ってきたようなものだ。ペリーの黒船がやってきた時に、果たして江戸の人々は喜んだかい?」

「つまりあくまでも僕らが異邦人というわけですね」

 ベコノベというサイトに対する偏見のせいではないかと思っていた僕に、ベコノベと対峙する側の視点は存在しなかった。


 言われてみれば確かに頷ける話である。

 もともと商業の舞台に住んでいる先住者たちにとって、僕らは突然やってきたよそ者でしかない。だから仮に嫌わなかったとしても、わざわざ喜んで迎え入れる必然性など、欠片も存在しなかった。


「異邦人か……確かにその通りだな。大体だ、ベコノベから商業に作品が進出せずとも、無料のネット投稿サイトの存在自体が、不都合だと思う者もいるだろう。私の友人はグレシャムの法則になぞらえて罵倒されたらしいがね」

「グレシャムの法則?」

 聞き慣れない言葉を耳にして、僕は自然と眉間にしわが寄るのを感じる。

 一方、先生は軽く顎に手を当て、そして僕にも聞いたことのある形で、問いかけてくれた。


「ああ。悪貨が良貨を駆逐するという話は聞いたことはないか?」

「あ……それって!」

 津瀬先生の喩えを耳にした瞬間、パーティの時の湯島さんの言葉が僕の脳裏に蘇った。


「どうかしたのかい?」

「いえ先日、先ほどお話した編集者さんに、悪貨はそれ自体が罪だと言われまして……」

「なるほど、意外と同じ思考している人間は多いものなのだな」

 ほんの僅かに苦い表情を浮かべ、津瀬先生は小さく息を吐き出す。だがすぐに気を取り直すと、改めてその口を開いた。


「質の悪い貨幣が出まわると、質の良いほうは流通しなくなる。日本だと慶長小判の話が有名だが、要するにモノの額面的な価値と実質的な価値が乖離した場合に、実質的な価値がより高いものは、より実質的な価値の低い物によって駆逐されるということだ」

 実質的価値の低いものが、実質的価値の高いものを駆逐する。

 それを商業作家の視点から現在の小説市場に当てはめれば、どちらが何を指しているかはあまりに明白であった。


「それって要するに、僕たちベコノベ作家が悪貨ということですよね」

「そうだ。まあベコノベ出身の私としては、素直に同意するつもりはない。だが実際にそんな見方をする者は存在するわけだ。別に君が受け入れる必要はないが、そんな考え方が存在することを、知っておくことは悪くない。なぜだかわかるね?」

「知っている者は選択することができるから……ですね」

 それは津瀬先生と初めて会った日から言われ続けている言葉。

 物事を知るということはそれだけ可能性と選択肢を広げるのだと、僕は目の前の先生から習ってきた。


「そのとおり。ベコノベの中から外を見るだけではなく、外からどのように見えているのか。さらにそこには、様々な視点や角度があるということを覚えておきたまえ。それは今後商業という舞台で戦う君にとって、きっと役に立つはずさ」

「ありがとうございます。確かに僕もその通りだと思います」

 これまでベコノベ側からの視点で、枠の外に存在する商業作家や編集者をその目にしていた。しかし、彼らには彼らの考え方があるのだと考えてみると、これまで引っかかっていた苛立ちや違和感が、スッと取れたような気がする。


「ふふ、ならば結構。さてその上でだ、次の一手をどうするかだが……まず大前提として君は彼女の漫画原作を書きたいと思っているのかい?」

「彼女は僕に書いて欲しいと言っています」

 僕は先生に向かい、由那から告げられた言葉を元に返答を行う。

 しかし先生は首を左右に振ると、僕に再考を求めてきた。


「彼女が望むことを叶えたいから書くというのならわかる。だが、彼女が君に書いて欲しいというのは、決して君の希望を現しているわけではない。言葉は正しく受け取り、正確に返し給え」

「すいません……僕は書いてみたいです。ベコノベを下に見る風潮に抗いたいのももちろんですが、それよりも純粋にチャレンジしてみたいと思います」

 それこそが僕の本心だった。


 もちろんベコノベを馬鹿にされている悔しさ、自分自身がベコノベを下に見ていた恥ずかしさ。そんな感情も当然存在した。

 だが今は、足元にあるボールを一歩でもゴールへ近づけたいという純粋な思いだけが、僕の心と体を突き動かしていた。


 そう、どうせならよりスリリングで夢のあるパスを送りたい。

 それはまさに中盤のレジスタである僕の、その心の在り方に他ならなかった。


 一方、そんな僕の思いを受けた津瀬先生は、ニコリと笑うと一つ頷く。


「グッド。その答えを待っていたよ。それでこそ、レジスタだ」

「ありがとうございます。優弥と津瀬先生と話して、ようやく自分を思い出したような気がします。相手の名前が大きければ大きいほど、派手なジャイアントキリングになるわけですから」

 ジャイアントキリング。

 それは実績で劣るものが、番狂わせを起こして格上を倒すことを意味する。


 中学サッカー時代に、優弥が守り、僕が攻め、そして何度も成し遂げたその言葉。

 にも関わらず、相手の名前と実績だけを耳にして、戦う前に逃げ出そうとした今の僕のなんと情けないことか。


 そしてだからこそ、僕は今こそ立ち向かうべき時だと思っていた。


「なるほど、ジャイアントキリングか。いい言葉だ。しかし君がそこまで言うとなると、代わりに用意されようとしている原作者は、かなり有名な人物なのだね」

「はい。その……神楽蓮ってご存知ですか?」

 僕が格上となる人気原作家の名前を口にした瞬間、津瀬先生の表情が一変する。


「神楽蓮……だと!?」

「え、どうかされましたか」

 思いがけぬ反応に、僕はすぐに聞き返す。


 でも正直無理も無いとは思った。

 僕が超えなければならない壁は、まさに今話題となっている漫画の原作を担当した人物なのだから。


 そんな僕の考えを肯定するかのように、津瀬先生は右の人差し指で一度眼鏡をずり上げる。

 そして一息つけた後に、ようやくその口を開いた。


「いや、思わぬ名前が出たものでね。少し驚いただけだよ」

「そうですよね。ドラマ化まで噂されているようですから」

「いや、正直それだけではないんだ。しかしあの神楽か……」

 そこまで口にしたところで、なぜか先生は迷いを見せながら言葉を濁す。

 僕はわずかに違和感を覚え、そんな先生に向かい声をかけた。


「先生?」

「いや、気にしないでくれ。それよりもだ、君は神楽を相手に今後どうするつもりだい?」

「一応、由那から来週編集部に行く時について来るよう言われました。彼女も不満のようですから」

 津瀬先生反応に未だ違和感を覚えながらも、僕は問われた問いに対して、そのまま回答を行う。

 すると、津瀬先生は小さく頷いた後、一つの提案を口にした。


「なるほど。そこでもう一度、話し合うというわけだろうが……黒木くん、どうせ行くのなら、彼らに打ち込む弾を二発作っていくべきだろうね」

「弾を二発……ですか」

 その言葉の意味がわからなかった僕は、軽く首を傾げる。

 途端、津瀬先生は薄く笑い、改めてその口を開いた。


「ああ。どうせ編集部に行くなら、手ぶらで行くより、実弾を持って行った方が話が早い。もちろん一つはプロットだよ」

「漫画の原作と成るプロットを持ち込むと、つまりそういうことですね」

 津瀬先生の言葉を受け、確認するようにそう問いかける。


「その通りだ。まさに持ち込みに近い形態だな。だが、それだけでは不十分だ。私がもし編集の立場なら、プロットだけで君を選ぶとは断言できない。だからこそ、より確率を高めるための二発目の弾丸が必要なのさ」

「二発目の弾丸……それは一体?」

 プロット以外に編集に提示すべきものが見当たらなかった僕は、先生に向かってその答えを求める。

 途端、津瀬先生は不敵に笑い、そして思いもしなかった弾丸の正体をその口にした。


「ふふ、それはね。ベコノベの統計データ……さ」


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