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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第一章 立志篇
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第三話 ついに小説を投稿!? 処女作をネットに投稿してみたら、「作者だけがわかっている設定や用語が多く読みづらい」と言われてしまったんだけど、励ましも書かれていたので俄然やる気が出てきた件について

「夢……いや、現実……か」

 ほんの僅かな淡い光。

 それが目元を僅かに照らすと、俺はゆっくりと自らの意識が覚醒していくのを感じる。

 全身が痛い。いや、それ以上にここはベッドの上ではない!?

 俺はその事実に驚き、地面に倒れ込んだままの姿勢で、慌てて周囲を伺う。

 初めて目にする、医師造りの床。

 初めて目にする、むき出しの岩でできた壁。

 初めて目にする、ぼんやりとした光を放つ不可思議な天井。

 そう、全てが初めて目にするものばかり。

 つまり俺は、自分が倒れている場所を知らなかった。

「……どこだ? 俺は確か……え、あれ……」

 無い。

 記憶が無い。

 名前も、住所も、歳も、何もかもが抜け落ちている。

「馬鹿な……いやそれ以外のことはわかる。言葉も喋れる。でも、自分に関する記憶だけが、綺麗さっぱり抜け落ちている。これは夢――」

「残念ながら、夢ではありませんよ。マスター」

 突然後方から向けられた冷たい声。

 俺は驚き、一瞬で身を起こした。そして身構えながら、声のした方向へと視線を向ける。

 そこにいたのは一人の女性。

 黒ずくめのドレスに身を包んだ、まるで西洋人形のように整いすぎた美貌を持つ美しい女性がそこに佇んでいた。

(レジスタ著 転生ダンジョン奮闘記冒頭より一部抜粋)






 翌日の昼休み。

 中庭の自販機前にあるベンチへと腰掛けた僕は、借り物の本を読みながら、待ち合わせの人物をのんびりと待っていた。


 昼休みという時間を無駄にしないためにか、僕のベンチの前をドタバタといろんな生徒が通り過ぎていく。

 忙しなくそして騒がしい空間。そんな中において、僕はまるで自分が空気のような存在だと思った。


 外界への意識を限りなく遮断し、ただ本だけに集中して、いつしか物語の中に自分が溶け込んでいく。そして本との愉快で心躍らせる会話が成立し、僕は傍目も気にせず、ただ次から次へとページをめくっていく。

 もちろん自販機の前で足を止める生徒もたまに存在した。


 だが、向かいに座っている僕のことを気にかける生徒は皆無であり、何度も繰り返し読んだ本であるが、今日もこの読書に僕は没頭できていた。

 そう、その人物が来るまでは。


「え……アリオンズライフ!?」

 突然、目の前で甲高い女性の驚きの声が発せられた。

 途端、意識を急に現実に引き戻されると、僕は顔を上げてその声の主へと視線を向ける。


「ん? ああ、確か、えっと……」

 両手を腰に当てながらその場に佇んでいたのは、艷やかで長い金髪を持つスラリとした女子生徒。

 そう、確か昨日クラスで見た……えっと……


「音原よ、音原由那!」

 僕が脳裏から名前を引っ張り出してくるより早く、待ちきれなかった彼女は自ら名乗ってきた。


「ああ、確かそんな名前だったような、違ったような……で、どうかしたの?」

「そんな投げやりな……ま、まあいい。それより、それはあんたの?」

 僕の言葉を耳にした彼女は、その端正な顔の眉間にしわを寄せる。正直言って、せっかくの美人がもったいなと僕は思う。

 だがそんな残念な美人にも配慮を欠かさぬ僕は、敢えてそれを指摘しない。それどころか、彼女の気分を変えてあげようと敢えて軽く笑って見せた。


「はは、残念だけど違うよ。これは借り物なんだ」

「借り物……じゃあ、それは誰のなの?」

 目の前のやたら容姿が整った女の子は、怪訝そうな表情を浮かべながらそう問いかけてくる。

 すると、僕は脳裏に浮かび上がった灰色の男の名をそのまま告げた。


「優弥……えっと、夏目優弥ってわかる?」

「……あんたじゃないから、クラスメイトの名前くらい知ってる。ちっ、でもよりにもよって夏目のか」

 音原という名のクラスメイトは軽く舌打ちすると、そのまま下唇を噛む。

 一方、彼女がそんな反応を示す理由がわからず、僕は軽く首を傾げる。


「音原さんもこれに興味あるの?」

「ばっ、馬鹿言わないで。何で私が、そんな子供っぽいの……」

 ピアスをつけた耳元を真っ赤に染めながら、彼女は否定の言葉を口にする。だがその口調は、些か弱々しいものだった。


「どうしたの?」

「っつ、なんでもない。それよりあんた、小説書こうとしているみたいね」

「あれ、良く知ってるね?」

 彼女にそんな話をした記憶は無い。というか、そもそも彼女と言葉を交わしたのは昨日が初めてである。たぶん。

 だからこそ、僕には彼女がそんなことを知っている理由がわからなかった。


「あれだけでかい声で、あのアホとしゃべっていたら、クラスの全員が知ってるに決まってるでしょ。同じクラスの人間のことなら、普通は少しくらい気に留めるもの」

「そういうものかな? でもそうだとすると、もしかして音原さん――」

 彼女の言葉から僕は一つの疑念を抱き、そしてそれを口に仕掛けた。

 だがそのタイミングで、待ち合わせをしていた灰色の軽薄な男がその姿を現す。


「よう。待たせたな、すば……え、ええ!」

「ん? どうかしたか、優弥」

「ちょっと待って、俺言ったよな。音原に嫌われるなって。なのに、何でお前、彼女をキレさせてるんだよ」

「えっ、何か怒ってるの?」

 優弥にそう言われて、僕は改めて自分の状況を冷静に見てみる。

 ベンチに腰掛けながら本を読んでいる僕が、顔を真っ赤にした女子に見下されている。


 ああ、なるほど。そう見えなくもないか。

 そう気づいた僕は、苦笑を浮かべながら誤解を解こうと、口を開きかけた。

 だがそれよりも早く、別の声が彼へと向けられる。


「たった今までそんなことは全く無かった、うん。少なくとも、貴方が私のことをどう思っているか、わざわざ教えてくれるまでは」

「あ……いや、その、悪気はないんだ。うん、ほんと」

 自らの失敗を理解したのか、優弥は両手を突き出しながら、慌てて言い訳を口にする。

 でもそんな彼の言い分を、音原が聞くことはなかった。


「知らない。ほんとデリカシーのないあなた達は、オタクの面汚しよ。二度と顔も見たくない」

 音原はそう告げるなり、僕たちから視線をそらして歩み去っていった。

 そうして、残された男二人はお互いの顔を見つめ合う。


「はぁ、音原はホント感じ悪いよな」

「そうかな? 今のは優弥が悪かったと思うけど」

 優弥の発言に対して、ややフェアではないと思った僕は、そう評する。

 しかし、彼が持論を曲げることはなかった。


「そんなことはないさ。大体だ、オタク趣味の奴なんかキモいから、寄って来ないでくれっていうあの嫌味な感じ。派手なJK読者モデルみたいな見た目でさ、そのくせにやたら成績もいいし、ほんといけ好かねえよな」

「そうかな、別に音原さんはそんな派手だとは思わないし、ただの僻みのように聞こえるけど」

「あのさあ、お前って見る目なさすぎ。アイツがたまにつるんでる奴らって、声の大きなギャルばっかりだぜ。あ、まさかお前、音原に気があるのかよ。悪いことは言わねえから、アイツはやめとけ」

「別にそういうのじゃないさ。ただ、他の子達とはちょっと違うかなって思っていただけでね。こう、なんていうか、同じ匂いを感じるというか……」

 うまく言葉にはならなかった。


 だけど、前線の攻撃陣とアイコンタクトでつながっている時のような、本質的な考え方を共有できるような感覚。それを僕は彼女から感じている。

 しかし残念なことに、そんな僕の感覚は、優弥と共有することが出来なかった。


「あん、何だ同じ匂いって。アイツと同じ香水使ってんの?」

「だからそういうのじゃないよ。あくまで例えだよ、例え。でも、さっきの彼女の言葉を考えると……まあ、どうでもいいか。それよりもさ、ベコノベに書いてみたよ」

「って、おお。ほんとに書いてきたのかよ!」

 僕の話題転換に食いつくなり、優弥は驚きの声を上げる。


「え、なにその反応? 昨日書いてくるって言ったよね?」

「いや、そうだけどさあ……で、もうベコノベにアップしたのかよ?」

「うん。書かれているマニュアル通りにアップしたから、たぶん」

 一応、ベコノベのヘルプと、アップロード画面の注釈を見ながら投稿したから、大丈夫なはずだ。たぶん。


「たぶんって……まあ良いや。タイトルは?」

「転生ダンジョン奮闘記」

「そのまんまだなぁ。まあ良いか、えっと……これだな」

 僕からタイトルを聞いた優弥は、スマホでベコノベにアクセスすると、早速検索を行う。

 そして僕の作品をクリックするなり、次々とページを読み進め始めた。


「どうかな?」

 僕の問いかけに対し、返事はなかった。

 それどころか、優弥の口からは「むぅ」とか「マジか」と言った独り言が何度もこぼれる。

 そして第一話の最後まで読了した瞬間、彼は視線を上げると僕の目をマジマジと見た。


「……おい。確認するけど、これってお前が書いたんだよな?」

「そりゃあね」

「本当に?」

「もちろんさ……あ、もしかしてペンネームって知らないんだろ。ペンネームってのはさ――」

 本名で投稿していなかったが故に、他人の物だと思われたかも知れない。

 そう考えた僕は、優弥に向かって苦笑交じりに説明を行おうとした。

 しかしそんな僕の言葉を、彼は途中で遮る。


「知ってるさ、ペンネームくらいは。というか、レジスタっていうペンネームを選ぶ辺り、いかにもお前らしいとは思うしな。しかしだ……意外とよく出来てる」


 よく出来ている。


 その言葉に、僕は思わずにやけてしまった。

 だけど、昨日作品を書き上げた時に理解した一つの事実。それが脳裏によぎった瞬間、僕は思わず首を左右にふる。


「ありがとう。でも、正直ダメだった」

「は? 初めて書いてこれだろ。これのどこがダメなんだ?」

「同じ処女作でも、全然届いていないんだ。これにね」

 僕はそう口にすると、一冊の本を提示する。

 そう、今回の作品作りで最も影響を受け、そしてそれ故に全く届いていないことを自覚させられた、このアリオンズライフを。


「おいおい、勘弁してくれよ。アリオンズライフみたいなレベルで書けたら、すぐにプロだぜ」

「うん、そうだね。でも、やるからにはプロになりたい。そして山川先生は、処女作でこれを書いた。正直、及ばないと気付かされたよ」

 レベルが違う。

 書き始めてすぐ、僕はそれを痛感した。


 中身はともかく、書き方などかなりの部分を、山川先生を参考にしながら書き進めたつもりである。

 しかしながら文章のテンポ、作品へのスムーズな道入、違和感のないイベント進行。

 その全てにおいて、致命的なまでに大きな差を感じずにはいられなかった。


「いや、サッカー部の頃から、将来日本代表になるくらいのつもりで練習していたお前だから、さもありなんとは思うけどさあ……でも、いきなり山川修司に戦いを挑もうなんて、そんなアマチュアは普通いないぜ」

「それは、そうかもしれないけど……でもさ、小説を書き始めてから改めてこれを読むと、全然違うって事がわかったよ。本当に山川先生は凄いと思う」

「そりゃそうだ。だけどさあ、それがわかるようになったんだろ? つまりはサッカーと同じじゃん」

 サッカーと同じ?

 思わぬ例えを出され、僕は僅かに戸惑う。

 すると、優弥はニコリと微笑んで、その意図するところを口にした。


「わかりやすく言うとだ、テレビでサッカーを見てるだけだと、プロのミスを目にした時に下手くそって思うことがあるよな。だけど実際にサッカーを体験して、そしてスタジアムで彼らを見たら――」

「桁違いに上手い。プロは正直レベルが違う」

 僕は彼の言葉を先回りして、迷わずそう告げる。


 そう、テレビの俯瞰視点で見るものと、スタジアムで目にするものは全く違う。

 ましてやピッチ上に自分がいる場合、もはやそれは別次元に等しい。

 それ故に現役時代、僕は間違っても、プロと同じ土俵にいるなどとは思ったことがなかった。


「ああ、その通りだ。つまり、昴も山川修司の凄さが少しわかるようになった。それだけでも、十分進歩したってことだろ」

「……ふむ」

「なんか納得行かない顔だな」

 僕の反応が鈍かったためか、優弥は僅かにムスッとした表情となる。


「いや、そんなことはないさ。でもなるほど、作品の上手さを理解する……か」

「ああ。大事なことだぜ。小説に限らず、漫画でもアニメでもなんでもいい。ただ作品を楽しむだけではなく、何故その作品が面白いのか、それを分析することが大事なんだ」

 やや熱っぽい口調で、優弥は僕に向かってそう語ってくる。

 でもそんな彼の言葉は、確かに納得できるものであった。


「なるほどね。面白い作品を面白いと感じるその理由……か。しかし優弥、ほんと伊達にベコノベに投稿してはいないね」

「はは、これはベコノベで書いていた頃の、投稿仲間からの受け売りなんだ。それよりさ、一つ気になったんだけど、これ最初のところに誤字があるぜ」

「へ? ほんと?」

 思ってもみなかった指摘に、僕はキョトンとした表情を浮かべる。

 すると優弥は、すぐに明らかな変換間違いを指摘してきた。


「ああ。始まって七行目だ。たぶん『石造りの床』とするところが、『医師造りの床』になっている。床を作るのは医者じゃねえよ、大工さんだ」

「別にこのダンジョンは大工さんが作ってはいないけどね。でも、ともかく直すとするかな。えっと、ベコノベにアクセスして、ログインを……ん?」

 誤字を直そうとスマホからベコノベにアクセスしたその時、僕は見慣れない文字列を目にした。これまで見たことのない赤い文字列を。


「どうした?」

「いや、感想が来たっていう赤いメッセージが画面に写っている。昨日はこんなのなかったんだけど」

「お、おい。まだ一話目だよな。まじかよ!?」

 そう口にしながら、優弥は僕のスマホを覗き込んできた。

 一方、そんな彼に向かい、僕は念のための確認を行う。


「優弥……君じゃないよね?」

「目の前でさっき読んだばかりだろ。そんな暇があったかよ。それよりもだ、なになに、『作者だけがわかっている設定や用語が多すぎて、すごく読みづらい』……ああ、それな。それは俺も思ったところだ」

 少なくとも好意的な言葉ではないことは、一緒に感想を目にした僕にもすぐにわかった。


「どういうこと?」

「たぶんお前の頭の中では、作品のストーリーが最後までできている。そうだろ?」

「うん、仮のものだけどね」

 そう、実際に物語の最初と最後の絵は浮かんでいる。


 そして始まりから終わりまで繋がるパスルート、つまりその道中の道筋もおぼろげながら僕の頭の中には存在していた。

 だが頭の中で完成しかかった絵の存在こそが、実際は問題点を含んでいるのだと優弥は語る。


「でもな、読者はそれを知らない。与えられる情報の全てはこの第一話に書かれていることだけだ。つまり、この第一話に書かれていることを理解するには、あまりに情報量が少なすぎる」

「……要するに、説明が足りないってわけだね」

 僕はここに来て、ようやく優弥達の指摘する問題点を理解した。


「その通りだ。もちろんすべてを語る必要はない。オチが最初に分かってしまったら興ざめだしな。でも、作者が持っている情報量と、読者に与えられている情報量があまりに違いすぎると、読み手は全く物語を理解できなくなる。特に一話目は、普通は情報量がゼロから始まるだけに、適度な情報開示を行わなければならないもんなんだ」

「なるほど……やっぱり、なかなか難しいものだね」

 難しい。


 もちろん書き始めてすぐ、素晴らしい物が出来るはずなんてない。それならば努力なんて必要ないと、僕でさえ思うからだ。

 でも、アリオンズライフには及ばずとも、自分が書き上げた『転生ダンジョン奮闘記』の第一話は、十分に面白いのではないかと密かに思っていた。

 そんな僕の過信に冷水を浴びせるのは、この感想だけで十分だった。


 僕は深々と溜め息を吐き出すと、そのまま肩を落とす。

 しかし、そんな僕を横目で見ながら、突然優弥は何かに気づくと、僕のスマホを覗き込み直す。そして横から画面を操作し、突然大きな声を上げた。


「昴! そう悲観することもなさそうだぜ」

「へっ?」

 何を言っているのかわからず、僕は僅かに首を傾げる。

 すると彼は、僕に向かってスマホの画面下部を指し示してきた。


「ほら、ここに書かれているさっきの感想の続き部分を読んでみろよ」

「続き? えっと、『ただダンジョンが転生するというのは面白いアイデアですね。初投稿のようですが、これからも執筆頑張ってください』……って、優弥!」

「この人、お前に期待してるぜ!」

 さっきまで僕の胸の中に揺蕩っていた、ひどく濁った感情。それが瞬く間に蒸発していくのを感じ取った。それどころか、言い知れぬ幸福感が僕を包み込む。


「優弥……なんていうか、書いてよかった!」

「はは。まだ一話だけだけどな。でも、最初から感想をもらえるとはな。ラッキーといえばラッキーなんだろうけど、まったく」

 そう口にすると、優弥は苦笑を浮かべる。

 そんな彼に向かい、僕は拳を握りしめて強く宣言した。


「僕、頑張るよ!」

「ああ、せっかく付いた初感想だ。大事にしてえよな。となれば、まずは作戦会議だ。次の二話と三話をどうするか、放課後考えようぜ!」

 僕に向かって優弥は微笑み、そして親指を突き立ててきた。

 彼に向かって、僕は全く同じ様に右手の親指を突き上げる。そしてすぐに、僕の頭の中は次の展開のことで埋め尽くされていった。







「あ、お兄ちゃんおかえり」

 玄関を開けた僕は、下着にTシャツだけを羽織ったラフすぎる格好の女性をその目にする。


「……ただいま。というかさ、お客さんだったらどうするつもりだよ」

「なにが?」

 目の前のツインテールの少女は、棒アイスを加えながら軽く首を傾げる。

 本気で自らの格好に羞恥心を覚えていないらしいことを理解し、僕は目の前の残念な妹をその目にしながら、深い溜息を吐き出した。


「だからその格好だよ、恵美。もう子供じゃないんだからさ」

「だって、最近暑いもん。もうすぐ夏だよ、お兄ちゃん」

「夏だから、良いとか悪いって問題じゃなくてさ……」

 そこまで口にすると、僕はこれ以上の恵美に何を言って無駄だと悟り、靴を脱いで玄関から家に上がる。

 すると、なぜか恵美は僕の顔を突然覗き込んできた。


「お兄ちゃん、最近なにか良いことあった?」

「いいこと? ダメな妹に苦労していることなら、たくさんあるけど」

「いや、そういうのいいから。じゃなくて、お母さんも言ってたけど、最近お兄ちゃんがなんか楽しそうだなって……あ、もしかして!」

 そう口にすると、恵美は意味ありげな笑みを浮かべる。

 それを目にして、僕はとたんに嫌な予感を覚えずに入られなかった。


「……なんだよ。多分考えているようなことはないからな」

「ええ、彼女できたんじゃないんだ。つまんない」

「つまんないって言われてもさ……ともかく、僕は忙しいから、また後でな」

 僕はそれだけを告げると、話は終わりだとばかりに、そのまま二階へ続く階段へと向かう。


「やっぱり何か隠してるよね。うーん、なんだろ」

 階段を登っていく僕の背中に向かい、恵美の独り言がそっと向けられる。

 だが小説を書いていることを、わざわざおしゃべりな妹に明かす気に成れなかった僕は、何も聞こえなかったふりをしてそそくさと自室へ足を早めた。


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