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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第一章 立志篇

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第二十八話 エピローグ!? これからプロの小説家として歩む出す決意を固めた僕が、自分の原点を確認するために怪我をしたサッカー場へと足を運び、そしてサッカーへの未練と別れを告げることにした件について

 時間はすでに後半のロスタイムにさしかかろうとしていた。


 グラウンドに立つ選手たちは、この一番苦しい時間にもかかわらず、お互いを支えあい、そして励まし合う。

 彼らのそんな姿を目にしたからこそ、僕は思わず涙を流しそうになった。


「昴……本当にここに来ていたんだな」

 突然背後から掛けられた声。

 それを耳にして、僕は目元を拭いすぐに振り返った。


「優弥……」

 そう、そこには僕と同様に、二度とこの場所へと足を運ばなくなっていた青年の姿が存在した。


「おばさんに聞いたんだ。おまえがここに来てるってな」

「そっか……珍しいね、君がここに来るなんて」

 家庭の事情でサッカー部を離れて以来、彼は頑なにサッカーとの縁を断っていた。

 だからこそ、まさかサッカー場で彼に声をかけられるなんて、夢にも思っていなかった。


 しかしどうやら、それは彼も同じ思いだったらしい。

 優弥は軽く苦笑を浮かべると、僕に向かって言葉を放つ。


「それはむしろ俺のセリフだろ。おばさん、本当に驚いてたぜ。おまえがサッカー部の応援に向かったからさ。一体どういう風の吹き回しだ?」

「純粋に応援したいと思っただけだよ。かつての仲間たちのね」

「仲間たち……か」

 そう口にすると、優也も視線をグラウンドへと向ける。


 彼が在籍していた頃のメンバーで、今グラウンド上にいるのは六人。

 誰もが優弥の離脱を悲しんだし、そして事情を知るだけに快く送り出したことを僕は覚えている。

 なぜならばその時は、僕もその一員だったから。


「本当はもっと早く来ようと思っていたんだ。でも、どうしても足を向けることが出来なかった。行けばきっと、僕は自分を呪うことしかできないとわかっていたからね。不用意に怪我をして、仲間を置き去りにした自分を」

「別にお前のせいじゃないだろ。おまえが望んで怪我したわけじゃないんだからさ」

「そうかもしれない。でも……」

 僕はそれ以上言葉を口にすることができなくなった。

 すると、目の前の灰色の青年は、頭を掻きながら思わぬことを口にする。


「はぁ、繰り返させるなよ。お前のせいじゃない。むしろ原因があるとすれば、それは俺のせいだ」

「優弥?」

「俺がチームを抜けてから、どれだけの負担がお前に掛かったかは知っている。元々、攻撃のメイクを主にやっていたおまえが、守備にまで奔走しなければならなくなったってな。あの時も、そんな負担がなければ、お前は怪我しなかったかもしれない。俺はずっとそう思っていた」

 全く考えてもいなかった、優也の告白。

 一瞬僕は、どう言っていいのかわからなかった。


 でも確実にわかることが一つだけある。

 だからそれを僕は優弥へとぶつけた。


「君のせいじゃないよ、優弥。君が心から望んでサッカーをやめたわけじゃないこと、僕は知ってるからさ」

「そりゃそうさ。でもさあ、あいつらのあんな姿を見ると、俺ももう少しだけサッカーを続けたかったな……」

 それは多分彼の本音だったのだろう。

 グラウンドを駆ける選手たちを見ながら、彼は真剣な面持ちでそう口にしたのだから。


「そうだね。でも、僕と違って君は出来るんじゃない?」

「残念ながら、それは無理だな」

「どうして? 確かにすぐには昔のようには動けないだろうけど、たった一年の――」

「ちげぇよ。出来ないっていうのはそういう意味じゃない。俺にとってサッカーってのは、黒木昴と一緒にボールを蹴るスポーツの名前なんだからさ」

 僕の言葉を遮る形で発せられた彼の言葉に、僕は一瞬泣きそうになった。

 でも、そんな僕の内心を察してか、彼は続けて言葉を紡ぐ。


「でもさ、もういいんだ。なぜならサッカー以上に、面白えことができちまったからな。そうだろ、相棒」

「優弥……」

「昔みたいに、お前と一緒につるんで何かを出来るなんて思ってなかった。だから、サッカーはもう一度出来なかったけど、俺には十分だった。ま、ボール蹴ってるのと、小説を考えてるのは、全然違うっちゃ違うけどな」

 それだけを口にすると、優弥はいつものあのニンマリとした笑みを浮かべる。

 それを目にして僕は、迷うことなく右手を差し出した。


「まあね。だからさ、十分だったなんて言わずに、これからも頼むよ、優弥」

「いや、お前たちはもう目標を叶えただろ。だから、俺の役目は終わったんだ」

 優弥は僕の差し出した手をその目にしながら、決して握ろうとはしなかった。

 だから僕は、彼に向かって再び口を開く。


「違うよ。僕たちの夢はまだ叶っていない。少なくとも最後の一つがね」

 そう、編集者になると言った優弥の夢。

 それはまだ成されていなかった。


「夢……か。でも、それは無理だな。うちには大学に行く余裕なんて無いからさ」

「優弥、あの時僕たちが言ったこと、覚えていないのかい?」

 そう、お互いの夢を語り合ったあの日、僕は彼に告げた。

 彼の夢をかなえるために、後押しするって言ったことを。


「あの時って……おいおい、確かにあの時、お前は入学金を出すって言ってくれたけど、流石にそんなわけには――」

「いや、絶対に出すよ。既に父さんたちの許可はもらったからね」

「昴……お前……」

 毅然とした僕の言葉を受けて、優弥は彼らしからぬ戸惑いを見せる。

 だけど僕は、そんな彼から視線をそらすことなく、はっきりと告げる。


「お願いだよ、優弥。もちろん君の家のことは知ってる。だから、由那とも話し合って、出来る限りのことをしようって決めたんだ。だから、あとは君次第さ」

「ったく、みんなして俺にプレッシャーかけやがって。まさか大学に行けるなんて思ってなかったから、俺はろくに受験勉強してねえんだぞ」

 その優弥の言葉。

 それを耳にした瞬間、初めて僕は口角が緩むのを感じた。

 そして思わず笑みを浮かべると、彼に向かって一つの提案を行う。


「じゃあ、夏休みは合宿だね。僕は小説を、由那は漫画を、そして君は勉強を」

「なんか俺だけつまらなそうなんだけど、ちょっとズルくねえか、それ」

 唇を僅かに尖らせながら、優弥は僕に向かってそう言ってくる。

 思わず僕は苦笑を浮かべ、そして懐かしい記憶を脳の片隅から引っ張りだした。


「はは、そうかも。でも、君と合宿なんて久しぶりだよね。ほんと一年ぶりか」

「サッカー部の合宿の後に、俺はやめたからな」

「うん、そうだったね。でもまた一緒に夢を目指すことが出来るようになった。そして君と一緒だから、僕はきちんとサッカーへの未練を口にすることが出来る。君同様に、いやそれ以上に面白いことに出会えたからね」

 僕はそう告げると、彼に向かって笑いかけた。

 途端、彼の舌打ちが僕の鼓膜を震わせる。そして同時に、差し出し続けていた右手を、彼は強引に握ってきた。


「くそ、そこまで言われたらやるしかねえじゃねえか。全く、相棒なのが俺で感謝しろよ」

「じゃあ!」

「ああ、仕方ねえな。まだ俺の力が必要だっていうんなら、手を貸してやるよ。何しろ俺は――」

「お前たちの編集長なんだから」

「その通りだ! って、俺の台詞な、それ」

 いつものように自分のセリフを奪われた優弥は、軽く下唇を噛みながら一つ頷く。

 そして同時に、グラウンドからは試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。


 同時に発生する大きな歓声。

 僕らの視線の先では、かつての仲間たちが肩を抱き合い喜びを爆発させていた。


「あーあ、俺たち抜きで勝っちまったな」

「うん。サッカー部のみんなも、前に進んだってことさ。という訳で、僕たちも負けていられないね」

 零れそうなほどの嬉しさと、ほんの僅かな寂しさ。

 それを同時に噛み締めながら、僕は優弥に向かってそう告げる。


「だな。まあとりあえずは、そろそろ約束の時間だし、あいつの家に行くとするか」

「そうだね。あんまり待たせると怖いしさ」

 優弥の言葉を受けて、僕も一つ頷く。そしてゆっくりと座席から立ち上がった。


「おう、精々あいつお手製のまずいケーキを腹いっぱい食って、あの天才の鼻を明かしてやるぜ」

「お腹いっぱい食べるくらいなら、美味しいケーキに越したことはないと思うけど」

「それもそうか。ともかく、俺達も行くとしようぜ、相棒」

 グラウンドの上で、今もかつての仲間たちが抱き合う姿をその目にしながら、優弥はそう口にした。

 僕はそんな彼に向かい、大きく一つ頷く。


「うん、これからもよろしくね、優弥」

「おう、相棒」

 そうして、かつての仲間たちに背を向け、僕たち二人は新たなもう一人の仲間の下に向かい歩み始めた。


 道は一つじゃない。

 知らなければそんなことにも気づかなかった。


 もちろん歩くことができなくなった道に後悔と未練はある。

 でもその分も、僕はこの新たなる道を精一杯駆け抜けていこうと思う。


 どこまでも広がる青空の下に、果てしなく続くこの小説家の道を。


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