第二十五話 運営から届けられた一通のメッセージ!? 日間ランキングを再び駆け上がった僕が、ベコノベの運営から受け取った一通のメールには、目指し続けていた書籍化の文字が踊っていた件について
いつもの場所、いつもの時間、そしていつもの昼食。
自販機のそばにある中庭のベンチに腰掛けながら、僕はいつもの様に甘ったるい紙パックのコーヒーで喉を潤しつつ、のんびりとパンをかじっていた。
「おい、昴。昨日の夜に更新したんだよな?」
狭いベンチの隣に腰掛けた優弥は、僕とは対照的に落ち着きのない様子で、チラチラとこちらを見ながらそう声をかけてくる。
そんな彼に向かい、僕はゆっくりと口の中のパンの欠片を飲み込むと、僅かに首を傾げながら言葉を返した。
「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたのって……お前、気にならねえのか?」
「何が?」
「ランキングだよ、ランキング。俺が今朝見た時は六位だったんだぜ」
優弥はこちらに体を向けながらそう告げると、信じられないものを見る眼差しとなる。
僕はそんな彼の反応に戸惑いながらも、その言葉に一つ頷いた。
「それは見たよ。うん、過去最高だったね」
「そんなあっさりと言うなよ。というか、昨日の夜に更新ってことは、今日の昼と夜はそれ以上になってるかもしれねえんだぜ。普通はもっとそわそわとかするだろ?」
「いや、そりゃあ多少はするけどね。でも、やるべきことは全部やったからさ」
そう、僕が思いつく限りのことは全てやった。
どちらかと言うと、やりきったという満足感とその開放感が今の僕を包んでいた。
一方、そんな僕の言葉を耳にして、優弥は改めてマジマジと僕の顔を見つめてくる。
「なんかまた一皮むけたよな、お前。先週はイラストをもらっておかしなテンションで学校来てたのにさ」
「はは、でもやっぱり由那のイラストはうまいよね。あんなに作家日記にコメントが付くなんて思ってもいなかったよ」
由奈から貰ったイラストは、ベコノベの作家日記にファンイラストとして掲載した。
その直後から、読者の方からの完璧にイメージ通りという絶賛が、僕の作家日記には寄せられ続けていた。
「まあ、ちょうどお前の作品も人気が吹き返したタイミングだったしな。しかし、この前とはほんと別人みたいだし、お前。もしかして、異世界帰りとかじゃねえよな?」
「ないない。というか、ベコノベを知っている人しか伝わらないよ、それ」
ベコノベを知らない人に、突然異世界帰りと言っても反応に困ることうけ合いである。
僕はそう感じたからこそ、苦笑を浮かべながら、軽く肩をすくめてみせた。
「それはそうだが、だからこそお前に言ってんだろ。ともかくだ、お前が今すぐ見ないんなら、俺は勝手に見るぜ」
「いいよ。僕はまだクリームパンが残ってるから」
そう口にすると、僕は購買で買ってきたもう一つの菓子パンの包みを開ける。
ピリッというビニール袋の裂ける音。
だがその音は、隣の男の大声によって完全にかき消された。
「お……おい、やべぇぜ昴。ちょっと、これ見てみろよ」
「ん? え……」
優弥が見せつけてきたその画面。
そこには確かに転生英雄放浪記の名前があった。しかも上から三番目の位置に。
「はは、流石に多少は驚きやがったな。と言うか俺も驚いたよ……やったな」
「うん。日間三位……ていうか、三千ポイントって、一日で今までの半分以上入ったわけだよね」
そう、昨日までの僕の作品ポイントは五千に満たない程度。
それほどにランキング上位の一日で稼ぐポイントは桁違いだった。
「しかしすげぇな。週間ランキングにもお前のレジスタって名前と、転生英雄放浪記のタイトルが載ってるんだぜ」
「週間十位か。なんか自分のことじゃないみたいだ」
「はは、俺も隣りにいる奴がこれを書いてるなんて思えないぜ。しかし、ほんとにやりやがったな。まさか最近書いた話にも手を入れるとは、俺も流石に思ってなかったぜ」
この週末に僕が徹夜で行った作業を、優弥は頭を掻きながら口にした。
僕が自分の作品に施した手。
それはもちろん、投稿する一話一話の密度を厚くすることであったが、その対象は最新話に限らなかった。
つまり既存の話の薄いと思われる部分にも、僕は出来る限り手を入れたのである。
「以前先生が言っていた話数別解析を見てね。そうすると、ここ最近の話で、どれだけ読者さんが作品から離れているのかよくわかったからさ」
「まあ気軽に改稿できるってのは、ベコノベのいいところだよな。商業作品だと、簡単には作品に手を入れることなんて出来ねえし」
「まあね。で、やっぱり改稿を行ったら、最後まで作品を見てくれる人が増えていた。やっぱり手を抜いている場所って、読んでいる人にわかるものだね」
いつの間にか見ることを避けていた感想なども参考にしながら、不人気だったり、アクセス数が先細りし始める話には、僕は出来る限り手を加えた。
つまりいうなれば後出しジャンケン。
もちろんこれまで読んでくれている読者に迷惑をかけないよう、内容自体に手は加えず、読みやすさや描写不足を中心とした修正ではある。でもその効果は目に見えてわかるほど絶大だった。
「手抜きというより、速度を優先しすぎた結果だろうがな。しかしアクセス解析か……この前、お前に説教したあの人って、ほんとベコノベのことがわかってんな」
「まあ説教されるまで活かせてなかった僕が、ダメなんだけどね」
そう、アクセス解析を分析して作品に生かす話自体は、前の転生ダンジョン奮闘記を書いていた頃から教わっていたことだ。
でもただ書くことだけに夢中になって、いつの間にか完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
「ダメって言うけどな、あの後あの人はお前のこと褒めてたんだぜ。何故か俺まで褒められたのはちょっと予想外だったけどさ」
「優弥も?」
「ああ。自分の作品と真逆の主人公を描いているから、あの人なりにどうやってお前にアドバイスしようか悩んでたらしくてな。俺がいるから、自分は一般論やベコノベのテクニック面に限定できて助かったと、そう言ってたよ」
言われてみれば確かにそうだ。
転生ダンジョン奮闘記を書いていた頃はともかく、転生英雄放浪記を書き始めて以降、津瀬先生から作品自体へのアドバイスを受けた記憶が殆ど無かった。
どちらかと言うと、書き方の作法やベコノベにおけるテクニックなどがほとんどである。
だがそれ以上に気になること。
それが優弥の言葉の中に含まれていた。
「真逆の主人公……か」
「どうした、昴?」
僕が漏らした言葉を耳にして、優弥は怪訝そうな表情を浮かべながら、僕の顔を覗き込んでくる。
僕は軽く首を振って、逆に彼に向かって微笑み直した。
「いや、なんでもないよ。それよりせっかくだから僕も言っておくよ。優弥、君のおかげさ。ありがとう」
「な、何だ急に。なんか正面から言われると恥ずかしいな、おい」
あからさまに照れた素振りで頭を掻き始める優弥。
そんな彼に向かい、僕はさらに感謝の言葉を重ねようとしたが、思わぬ音がそんな僕の行為を妨げた。
「ん……運営からのメール?」
音の発信源へと視線を向けた僕は、ベコノベ運営からのメールが届いたことを、そのスマホの待ち受け画面から見てとった。
「運営ってベコノベのだよな? 何かルール違反でもしたのか?」
ベコノベにはいくつかの決まりが存在していた。
だがそれは、実在存在である人物を攻撃するような内容の投稿禁止や、金銭や出会いを求めるような内容の禁止などといったもので、正直言って僕とまったく無縁のものである。
だからこそ僕は、首を数度左右に振りながら、メール内容を確認しようとスマホを操作する。
「いや、特に心当たりはないけど……え?」
「どうした、昴?」
画面を注視したまま凍りついた僕。
それを不審に思ったのか、優弥は心配気な眼差しを僕へと向けて来た。
そんな彼に向かい、僕は震える声で、ぽつりぽつりと言葉を返す。
「いや、そのさ……申し出があったって、その連絡だったみたいで」
「申し出?」
「うん……シースター社の大山勝志さんって人から、ベコノベの運営を通す形で」
そう、夢にまで見た内容とともに、メールの文面にはしっかりとそう書かれていた。
一方、僕の口にした言葉から、状況を理解した優弥は、身を乗り出して大声を出す。
「シースター社って……おい、まさかそれじゃあ!」
「うん。僕の作品……書籍化しませんかって」




