第二十三話 新しい投稿計画開始!? 更新回数にばかり気が取られ、ストーリーが薄くなっているという指摘を受けた僕が、ランキング対策として投稿スケジュールを方法を見つめなおすことにした件について
「おめでとう、由那!」
「ちっ、なんだかんだで、お前って本当に天才なのな」
僕に続いて、優弥も少しばかり素直じゃない賞賛を口にする。
いつもなら、由那の言い返しが始まる場面。
だが、彼女はゆっくりと首を左右に振ると、迷いの見える口調で言葉を発した。
「そんなことないわよ。ほんと偶然で……いえ、違うわ。偶然なんかじゃない」
一瞬、自信家らしい側面をのぞかせたのかと思った。だが彼女の表情は明らかに普段のそれではない。
だから僕は、彼女に向かって問い直した。
「違う?」
「ええ。さっきなんて言われたと思う? 開口一番褒められたのはストーリーよ。短編なのに、情報量と密度が濃いって」
「じゃあ……」
「ええ、昴。あなたの原作のお陰よ。だから偶然なんかじゃないの」
彼女が口にした言葉の意味。
それは僕の作ったものが、プロに認められたということである。
途端、僕は何も言えなくなり、ただただ彼女の瞳を見つめた。
そうして僕が一瞬固まった隣で、優弥はニンマリと笑う。
「やったな、昴。でも俺は最初からわかってたぜ、そんなこと。何せネームの段階で、十分面白かったからな」
「う、うん……でもそれを言うなら、アイデアの半分は優弥が出したんだ。君の力でも有るよ」
「へへ、だろう。というわけで、音原。何かおごれ」
優弥はニヤニヤした笑みを浮かべながら、真っ赤に目元を晴らした由那に向かってそう告げる。
すると、思いもよらぬ言葉が返された。
「良いわ」
「そんなけち臭いこと言わずに、金持ってんだから、少しくらいは……って、え?」
完全に想定していなかった返事のためか、優弥は一瞬動揺を見せる。
そんな彼の表情は、まるでひょっとこみたいであり、由那はさきほどまでの表情を一変させると、ようやくその顔に笑みを取り戻した。
「ふふ、だから奢ったげるって。あんた達二人に」
「良いよ別に。僕も書かせてもらって勉強になったしさ」
戸惑う優弥をよそに、僕が彼に変わってそう答える。
しかし由那は、そんな僕の遠慮を受け入れなかった。
「ダメ。お願いだから何かさせて。ほんと嬉しかったんだから」
「まあ……それだけ待望の受賞だったってことだな」
ようやく落ち着きを取り戻した優弥は、冷静に彼女の考えをそう予想してみせる。
だがそんな彼の言葉に対し、由那は小さく首を左右に振った。
「違う。いえ、もちろん無いとは言わないけど、一番はそれじゃないの。ほんとうに嬉しかったのは、誰かと一緒に物語を作れたこと。そんなの初めてだったから、本当に……本当に嬉しくて」
由那はそこまで口にすると、再び目元に手をやる。
そんな彼女を目の当たりにして、僕も思わず言葉をつまらせた。
「由那……」
「へへ、念願の賞を取ったんだぜ。そんな顔すんなよ。よし、わかった。じゃあ遠慮なくおごられるてやるよ。むしろどうせなら、音原がなにか作ってもらうってのはどうだ。なあ、昴」
「え……う、うん」
優弥が湿っぽくなった場の空気を変えようとしている事に気づき、僕は戸惑いながらも彼の提案に乗っかる。
一方、思わぬ要求を向けられた由那は、思わぬ提案に声を上ずらせた。
「わ、私が作るの?」
「そりゃそうだろ。奢るものを作ってもらうってだけさ。例えば今日食べ逃した代わりにケーキとかな」
「ケーキ……え……作るの?」
その単語を口にしたまま、由那はその場に固まる。
そんな彼女の姿を目の当たりにして、優弥は右の口角を僅かに吊り上げた。
「ははん、やっぱり音原って料理苦手なんだな」
「そ、そんなことは……普段ちょっとしないだけ」
明らかに動揺を隠しきれぬまま、由那はブンブンと首を左右に振る。
僕はそんな二人のやり取りを前にして、優弥に向かい一つの疑問をぶつけた。
「やっぱりって、優弥は前からそう思っていたの?」
「ま、キャラ的にそうだろうって予想もあったけどな。ただそれ以上に、キッチンがちょっと片付き過ぎてるだろ。普通に考えばおかしいじゃん」
「おかしい? きれい好きなら普通なんじゃない」
「いや、きれい好きで家庭的な人間なら、俺達にコーヒーを出すときに、あんなに時間はかからないさ。普段自分が飲まないだけかもしれないけど、手慣れてないってのは一目瞭然だぜ」
その言葉を耳にして、僕はまじまじと優弥を見つめる。
すると彼はニヤリとした笑みを浮かべてみせた。
「……何あんた、探偵気取り?」
「そんなことはねえよ。でも案外、将来探偵になるっていいかもな」
「編集になるんじゃなかったっけ? というか、探偵は優弥に向かないと思うよ。だいたい長時間の張り込みとか、地味なペット探しなんて耐えれないだろ」
「へへ、まあな」
僕の言葉を受け、何故か優弥は堂々と胸を張る。
そんな彼を目にして、すっかりいつもの調子に戻った由那は、呆れたように言葉を吐き出した。
「何でそんな誇らしげなのよ……」
「細かいことは気にするなよ。それよりもだ、由那は結果を出した。次は――」
「僕の番……だね」
優弥の言葉を遮る形で、僕は自分を指差しながらそう告げる。
それを受けて、優弥は大きく一つ頷き、そして改めてその口を開いた。
「ああ。で、俺は思うんだが、たぶんさっきの評価が全てじゃないか?」
「さっきの?」
優弥の指し示すものがわからず、僕は首を傾げる。
「音原に電話を掛けてきた、編集部の人が言っていたことさ」
「つまり短編なのに情報量と密度が濃かったってこと?」
「そう、それだ。さっきも言ったように、更新頻度を優先したため、最近の転生英雄放浪記は中身が明らかに薄くなっている。それでポイントを伸び悩んでいるのだとしたら、そろそろ狙いを変えてもいい頃合いだと思うな」
優弥の言っている事自体は、確かにそのとおりかもしれない。
だけど、最後に口にした言葉の意味するところが、僕にはわからなかった。
「狙いを変える?」
「そうだな……例えば無職英雄戦記のポイントを見てみろよ」
優弥に促され、僕は手元のスマホを操ると、ベコノベのページを表示する。そして存在Aの作品をクリックすると、そこには天上人の数字が記載されていた。
「えっと、現在四万ポイント位だね」
「まあ四半期でトップクラスならそんなもんだな。ところで、そのポイント内、ブックマークから入ったポイントと、評価点の割合はどうなってる?」
「えっと、ブックマーク一万六千人くらいだから三万二千ポイント。あと評価点が残りの八千ってところだね」
ベコノベのシステム上、ブックマークが一件入れば二ポイント。そして一人につき一作品に十ポイントまで評価点をつけることが出来る。
そして無職英雄戦記の集めている点数は、ベコノベの中において、極めて高いものであった。
「無職英雄戦記位になると、一人あたりが付ける評価点の平均は九ポイントくらいってとこだ。となると、だいたい九百人くらいが点数を付けてるってことになる」
「そう考えると、無職英雄戦記でも評価点を付けてる人って、意外と少ないんだね」
ざっと考えて、十七人ブックマークしてくれて、そのうちの一人だけが評価点をつけている計算となる。
どれくらいの人が評価点をつけているかなんて考えたことはなかったけど、流石にこの比率は驚きだった。
「そう思うだろ? じゃあ今度お前のを見てみろよ」
「合計がだいたい五千ポイントで、ブックマークが二千二百……評価点が六百点か……」
無職英雄戦記と同じくらいの評価を仮に貰えてるとして、評価をつけたのは六十七人くらい。まさにその差は歴然だった。
「ふむ、まあそんなもんか。ともかく、気づいたか?」
「総合ポイントにおける評価点の割合が、明らかに僕の方が少ない」
そう、僕の作品はだいたいブックマーク三十三人に対して、一人が評価してくれている計算になる。それはつまり、無職英雄戦記の半分くらいの水準であった。
「正解。ただ言っておくが、始めたばかりにしてはお前の転生英雄放浪記の評価比率はそんなに悪く無いんだぜ。前の作品を読んでいてくれた人と、これまでの連続更新を評価してくれた人がいたからだけどな」
「でも、それだけでは無職英雄戦記には届かないと……そういうわけだね」
「そうだ。この差はブックマークをつけてくれた人の満足度の差だと思う。おそらく、更新ペースが早いことを評価してくれる人は、既に点数を付け終えてくれている。ならば次に狙うのは、それ以外を求めてブックマークしてくれている層だ」
僕に向かって、優弥ははっきりとそう言い切る。それが意味することは非常に明確であった。
「つまり更新ペースよりも、作品自体の質に対して評価する人達ってことかな?」
「その通りだ。となれば、その人達のことも大事にすべきだと思わねえか?」
優弥は一つ頷くと、僕に向かってそのような問いかけを放つ。
それに対し、由那が横から言葉を差し挟んできた。
「まだ評価点を付けていないけどブックマークしてくれている人達。その潜在的なターゲットを狙いに行くってわけね」
「まあ身も蓋もない言い方をしてしまえば、そういうことだな」
「更新速度に固執せず、一話一話をしっかりと書くこと……それがやっぱり大事なんだね。口にしてみると当たり前のことだけど、ちょっと僕は見失っていたかもしれない」
僕はそう呟くと深い溜め息を吐き出す。
そして悔しさからがむしゃらに書き続けたことへの後悔が、僕を襲ってきた。
「ま、あんま気にすんなよ。更新速度を上げることは、ランキングに入るためには必要だったんだしな」
「そうそう。まあおんなじペースは無理でも、できるだけしっかりした話をなるべく早く更新していくことが大事だと思う。要するに、何でもバランスが大事っていうことよ」
「音原ってベコノベをそこまで読んでねえのに、意外と本質を突いてくるのな」
由那の発言に対し、優弥は感心したようにそう口にする。
僕はそんな二人のやり取りの中に、彼らの気遣いを感じた。だからこそ、ほんの少しだけ救われた気分になる。
「そうだね。理想は両立。その上で、少しでも早く、そしてクオリティは高く。まさにサッカーの攻撃と同じだね」
「その辺、ほんとお前らしいな。それはさておき、まだ評価点を付けていない読者を狙いに行くなら、物語の盛り上がりと区切りの部分を定期的に持ってくることも大事だ。まあそれは、お前が一番知っているだろうがな」
「うん、この前の二十二話でそれはわかったよ。あれで一気にランキングを上がったんだからね」
そう、初めて日間ランキングの八位まで上り詰めたのは、子供たちのために主人公が悪徳領主と対峙し、彼を懲らしめた回。
連続投稿とあの話のおかげで、転生英雄放浪記は一気にランキングを上り詰めることが出来た。
そう、僕は身を持って体験していたんだ。
ベコノベを駆け上がるには、戦略だけではダメで、作品自体の力が絶対に必要だってことに。
痛い目を見たけど、でも僕はその大事なことに気づいた。
だからこそ、今度は同じ過ちを繰り返さない。
「だな。で、次の勝負処になりそうな話といえば、一章の区切りがポイントになるか。確かプロットを見せてもらった限り、三十八話目だっけ?」
「予定ではね。今の一日二回更新のペースなら、だいたい四日後のつもりだったけど……」
元々は今日の夜に、三十話目を更新する予定である。
そして一章は残り八話。つまり、あと四日でこの章は終わるはずだった。
「今日は金曜日だったな。となれば、四日後は火曜日か。やっぱり予定を変えた方がいいな。昴、今日から一日一話を目指すとしよう」
「えっと、クオリティを上げるために、ペースを落とすってわけだね」
「もちろんそれも有る。だけどそれ以外にも狙いがあるんだ」
「それ以外の狙いってなによ?」
優弥の言葉を隣で聞いていた由那は、横から疑問を口にする。
すると優弥は、意味ありげに笑った。
「一章の最後が更新される日を、ベストのタイミングに調整するためさ。どうせ勝負どころの話を更新するなら、少しでも多くの読者が来る日がいいだろ? なら、特にアクセスが増える土日に合わせるのがベストってわけだ」
「なるほど、確かに今日から毎日更新していけば、ちょうど八日後は土曜日。そこに狙いを合わせるってわけだね」
「そういうことだ。週刊誌なんかと違って、ベコノベは投稿タイミングを作者が自由に選ぶことができる。それを前は更新回数で活かしたわけだが、今回は曜日をあわせに行くってわけだ」
僕なんかが思いもしていなかった優弥の計画。
それを耳にして、正直いって僕は心の底から感心した。
そしてそれは由那も同様だったようで、彼女らしく素直ではない褒め方をする。
「あんた、意外と策士ね。見た目は頭悪そうなのに」
「へん、見た目が不良の金髪に言われてもな」
口にした言葉と異なり、優弥は嬉しそうに微笑む。
そんな彼を目にして、由那はなぜか考えこむ素振りを見せた。
「あんたでさえ、策士として支えている……か。となると、私は……うん、そうね」
「どうしたんだ、難しい顔してさ。俺の頭の良さを理解して、これまでの自分の振る舞いを反省でもしたか?」
「そんなわけ無いでしょ。ただ少しだけ、人には向き不向きがあるって思っただけよ」
「つまり優弥には勉強は向いてないってことだね」
由那の言葉に続く形で、僕はそっと横から言葉を差し挟んだ。
途端、優弥は目を見開くと、頬をふくらませて反論を口にする。
「昴、お前まで……というか、お前が一番脳筋だろうが!」
本気で怒っていないことは、長い付き合いから僕はすぐに理解した。
だからこそ、彼に向かって感謝の気持ちを覚えながら、敢えて軽口を続ける。
「いや、でも僕のほうがテストの成績はちょっとだけいいしさ。まあそれはともかく、君の案でいくよ、優弥。一日一話更新。その上で今までより中身を濃密に……ね」




