第二十二話 由那が漫画新人賞を受賞!? 存在Aのキャラとは似合わぬ熱い作家日記を読むことで励まされた僕だけれど、そんなことさえ忘れてしまうほど、由那の新人賞の内定に驚かされた件について
「で、見せたいものってのはなに? 正直言うとさ、早く帰って続きを書きたいんだけどさ」
気分転換も大事だと優弥にたしなめられ、ほぼ引っ張られるような形で連れてこられた由那のマンション。
そのリビングにあるソファーに腰を落ち着けたところで、僕は優弥に向かい迷わずそう切り出した。
「まあ落ち着けって、昴。焦ってもいい作品は書けねえぜ」
「それは確かにそうかも。急がばまわれって言うしね」
初めて見た。二人の意見が一致している光景を。
うん、なぜだろう。
すごく違和感がある。
僕がそんなことを考えていると、案の定、二人はいつものように言い争いを始めた。
「急がばまわれって言うならさ、ちゃんとケーキ屋によってから、家に帰ってこいよ。部屋の片付けがあるって自分だけ先に帰りやがってさ」
「家主で部屋を提供するんだから、手土産を持ってくるのはあなた達の仕事でしょう。それに女性の部屋には色々あるのよ」
僅かな苛立ちをオーラのように身に纏いながら、由那は冷たい目線を優弥へと向ける。
すると、そんな視線など全く気にするそぶりも見せずに、優弥は半笑いのままぼそりと呟いた。
「色々ねぇ。確かにローズムーンのコスプレをして、このピンクの部屋で待っててくれるならわかるけどさ、普段着の音原を見せられてもあんまなぁ」
「なんですって!」
由那の怒りの声が、この広い部屋に響き渡る。
僕はいつもと変わらぬ二人をその目にしながら、困ったように口を開いた。
「あのさ……ほんと時間がないんだけど……」
「スマンスマン。じゃあ、早速とある作家日記を見せようと思うんだが、それを見せる前に改めて確認をしておきたい。お前の今の問題が何かって言うな」
「僕の問題……か」
「ああ。と言っても、学校でも言ってたから、はっきりはしているよな。ランキングの下落と感想欄が荒れていること。この二つで間違いないな?」
眉間にしわを寄せた僕に対し、優弥は真正面からそう言い切った。
「……間違いないよ。うん」
優弥のストレートな切り出しに、僕は僅かに視線をそらす。
そう、優弥は昔からこうだ。
普段は迂遠な皮肉や言い回しを好むのに、必要と認めればズバリと本題に切り込む。
味方の体制が整うまでは、相手の攻撃をディレイディフェンスでのらりくらりと遅らせ、そして勝負どころでズバッとボールを奪いに行く、まさにそんな彼らしい習性でもあった。
「で、正直な所、現状をお前はどう考えているんだ?」
「……分からない。でも感想を見る限り確実なことは、もっと突っ込まれない話を書かなきゃいけない。しかも更新速度は落とすことなくね」
上を目指した作品が次から次へと投稿されている現状において、立ち止まることは死を意味する。だが、更新速度にこだわりすぎて、作品の穴が露呈すれば感想欄は荒れる。それは肌感覚で僕が感じていた、正直な現状であった。
しかし優弥は、そんな僕に向かってあっさりと首を横に振る。
「ふむ。たぶんだが、そいつはちょっと間違ってるな」
「え、でも実際に――」
「違う。今のお前は本質を見失っているって話だ。というわけでいいか、何も言わずこれを見てみろ」
僕の言葉を遮った優弥は、由那のノートパソコンを操り一つの画面を出す。
その何度か見たことのあるレイアウトの画面を目にしたところで、僕は思わず呻くような声を発した。
「存在A!?」
「ああ、そうだ。現在四半期一位の無職英雄戦記の作者、存在Aの作家日記だ。これは昨日アップされた記事なんだが、とりあえず読んでみろって」
それだけ告げると、優弥はノートパソコンの前から立ち上がり、僕の肩をそっと押す。
促されるような形で、僕は画面の前へと体を動かすと、そこに記された文字列を視線で追い始めた。
読者、そして作者の皆様へ
存在Aです。
先月より全十回として始めたベコノベ執筆講座も残す所あと二回となりました。
前回は投稿間隔の考え方や、投稿タイミングによるメリットデメリットをお話しました。
今回は引き続きということで、当初は作品に適した投稿時間帯のお話をしようかと思っていたのですが、ちょっと予定を変更して、感想への考え方を話してみたいと思います。
さて、皆さんご存知のように、私はすべての感想に返信を付けさせて頂く方針にしています。
その際に一つ一つに目を通させて頂き、読者の方の温かいコメントに励まされつつ、自分の作品に込めた意図や伏線が伝わっているかどうかの確認を行います。
ただ最近、重箱の隅をつつくような……いや、前提条件を勘違いしたクレームなどが中に混じることもあります。
例えばファンタジー警察などと揶揄されるような、過剰にリアリティを求める質問を含んだ感想ですね。
もちろん質問者にとっては悪意の無いものもあるでしょう。
また正直なところ、私に関しましては、そのような質問を頂いても全く問題ありません。
その際は、きちんと資料と文献を提示させて頂ますので。
ですが、それは偶々私が豊富な資料を用意に入手できる環境にいるからともいえます。裏を返せば、全ての作者がそのような環境にあるわけでは無いのです。
いまやベコノベはすごく大きなサイトです。
中には小学生で作品を投稿している子もいます。
そんな少年少女たちが、このような仕打ちを受けて反論ができるでしょうか。筆を折らずにいられますでしょうか。
私はそうは思わない。
他の作者の方が悩まれているのを目にして、敢えて声を上げたいと思いました。
その上で、読者の皆様で作者に感想を書こうとされる皆様。
その感想を送る前に、ほんの少しだけ立ち止まってみてください。
貴方のそのメッセージで、作者は前向きにもなれば後ろ向きにもなる。
そんなことを心の片隅に留めて頂きながら、感想を書いて頂ければ、作者はますますやる気を出すことに成るでしょう。
そして当講座を御覧の作者の皆様。
感想は代え難い本当にありがたいものです。
ですが、必要以上にその感想に心を囚われ過ぎないで下さい。
特に声が大きいコアな客層の意見や質問にはどうしても目が行きがちとなります。
ですが、それは大多数の読者の本来の要望とずれている事があるのです。
その上で作者で有る我々としては、感想というものと適切な距離を取りながら付き合っていくことを心がけましょう。
最後に、私は如何なる挑戦……もとい感想も受け付けます。
私は自分の作品のロジックを強く信じています。
ですが、万が一私の作品に論理的矛盾があると思うなら、いつでもコメント下されば幸いです。
それでは、最終回となる来週は、ベコノベのテンプレと呼ばれる要素の解析と本質に迫るとしましょう。
いわゆるチートや主人公最強もの、そしてトラクター転生やNAISEIなどに関してです。
具体的には、作品のあらすじを単語の並び方などは考慮しないバグオブワーズ型式の単語ベクトルモデルとして扱い、主因子法で直行回転を用い……
「最後は何を言っているのかさっぱりわからないけど……でもこれって……」
「ああ。存在Aは以前から、ベコノベの作家日記にファンや他の作者向けの記事を書いているのは知ってるな。で、ここ最近は、ベコノベを始めたばかりの人向けの書き方講座をしていたみたいだ」
「それで今回は感想の話だったというわけだね」
正直言って、最後の部分は何を言っているかわからなかった。
でも、前半部分からは、普段冷たい印象を感じる存在Aの文章に、明らかな憤りが含まれているように僕は感じた。
ただそれ以上に驚いたのは、まさに僕が直面している事を、存在Aは記事にしていたことだ。
「しかし、すげえ偶然だろ。突然、感想の話に変更したみたいだからな。で、そういうわけで、これをお前に見せた方が良いと思った。ともかく、昴。存在Aの言うとおり、感想とは適切な距離ってのが大事なんだ。俺が言うから間違いねえよ」
「あんたが言うと、とたんに胡散臭く感じるけどね」
由那は僅かに目を細めながら、優弥に向かって茶々を入れる。
そんな彼女の言葉に苦笑を浮かべるも、優弥は思わぬ事実をその口にした。
「はは、否定はしないさ。でも、マジで存在Aの言ってることは正しいと俺は思ってる。何しろ、俺も感想欄が荒れて、作品をエタらせちまった一人だからな」
「え……本当に?」
それは僕も初めて耳にする話だった。
エタ。
それはエターナルを略したものであり、作品を途中で中断し、未完のままにする行為を現すネットスラングである。
もちろん、僕も彼がベコノベで作品を書いていた事自体は知っていた。
でも作品をエタらせていたということ、そしてその理由が感想欄が荒れた事にあったとは僕も知らなかった。
「本当さ。だからお前は俺みたいになって欲しくないんだ。『異世界麻雀』をエタらせた俺みたいにな」
「異世界……麻雀。それが優弥の書いていた作品?」
優弥が麻雀にハマっていたことは僕も知っている。暇そうに授業の合間にスマホゲームをいじっていたことも。
だが、まさか麻雀を題材に小説を書いていたなどとは、完全に僕の予想外である。
「ああ。麻雀漫画にはまってた頃でな。異世界に転生したら、そこは麻雀の力で階級が決まる世界で、イカサマ技が得意な主人公が成り上がっていく話だった。ただ、実際の麻雀経験が乏しかったから、いろいろと突っ込まれまくってさ」
「高校生で普通は雀荘になんて出入りしないしね」
「まあな。そんなわけで、目新しかったからランキングの下位まで入ったんだが、ボコボコにされてやめちまった。当時は正直悔しくて寝れなかったりし、読んでくれていた他の読者さんにもすまなくて、本当に凹んだよ。だから昴、お前は俺みたいになるな」
優弥は少しだけ遠い目をしながら、僕に向かってそう告げる。
すると、突然由那が優弥に向かって謝罪を口にした。
「あんたにもそんなことがあったんだ。ごめん」
「気にするな。全部昔の話だ。過去を振り返るよりも、どうせならこれからのことを考えようぜ。なあ、相棒!」
由那に向かって微笑みかけながら、優弥は僕の方に手をのせる。
少し重くなってしまった場をの空気を、明るくしたいという彼の思いに気づいた僕は、大きく一つ頷いた。
「そうだね、優弥」
「よし。とりあえずじゃがトマ警察の連中とは適切な距離をとって、彼らに縛られすぎた内容はやめるとしてだ……あとの問題はランキングだな。昴、お前はどう考えている?」
「厳しいよね、正直言ってさ」
今日の昼の段階で、既に日間ランキングは百二十位。
ランキングが更新されるごとに、ジリジリと順位を下げていることは明白だった。
「だろうな。で、原因は何だと思ってる?」
「投稿スピードではないと思う。もちろん前のように一日六回は無理だけど、なんとか一日二回の更新は維持しているからさ」
「そう……問題はそれだ」
突然の優弥の声に、僕はキョトンとした表情を浮かべる。
「え?」
突然の優弥の声に、僕はキョトンとした表情を浮かべる。
そんな僕に向かって、優弥ははっきりと彼の考えを口にした。
「だからさ、一日に二回更新してるのが問題だって言ってるんだよ」
「で、でもさ、更新回数を増やすってのは大事だって……」
「まあな。実際にそれでも上手くいったのも事実だ。ただしあの時とは状況が違う。なあ、昴。今現在、何話ストックが残ってる?」
「ストックは無いけど」
ストックなんてとうに尽きていた。
だから今、僕は更新回数を維持するために、とにかく書かなければならない状況にある。
「まあ、計算上そうなるわな。というわけで、今は毎日二話書き上げて、それを朝と晩に投稿してるわけだ。正直、スゲェと思う。でもな、読んだらすぐに分かるんだよ、薄いってな」
「薄い?」
その言葉に、僕は思わず眉間にしわを寄せる。
一方優弥は、そんな僕の反応も予期していたのか、躊躇することなく言葉を続けた。
「ああ、明らかに一話一話が薄い。その上、早く書き上げて投稿しなければいけないって理由からか、だんだん話の展開も間延びしてきてるし、さらにじゃがトマ警察だ。突っ込みを恐れて、無難な内容にしている感があって、ほんとに希薄な話になってきてた」
「それ私も思った。今日帰ってから、アンタ達が来るまでに最近の話を読んでたけど、ちょっとスカスカよね。前だったら一話分の内容だったものを、なんか無理やり二話に分割したような感じもあるし、主人公がやたら常識人っぽく振る舞ってるし」
優弥の言葉を聞いて、由那も全く同じ感想を抱いていたのか、続けて口を開く。
そんな彼女の同意を受け、優弥は苦笑を浮かべると、僕の顔を覗き込んできた。
「ま、読者は馬鹿じゃねえってことさ。ちゃんとそれをわかってる。だから当然ランキングも落ちてくる」
「たぶん、じゃがトマ警察の件は大丈夫だと思う。でも、ストックは……」
間延びさせないためには、一話一話に集中しなければいけないとは思う。
でも一日複数回投稿するためには、とてもそんな余裕なんてないのが現状だった。
「ストックが無いならさ、別の方法で勝負しろよ」
「別?」
「そうだ。水増ししたような薄い作品で戦うんじゃない。お前の本当に書きたい作品で――」
「あ、ごめん。私の携帯。ちょっと待って」
僕の瞳を見つめながら、優弥が自らの考えを説明しかけたその時、由那の手元にあるピンク色のスマホが突然けたたましく鳴り出した。
「まったく、ほんと空気の読めない奴」
「はい、はい、そうですが。ええ、私が音原ですが……え?」
呆れ顔の優弥が横で溜め息を吐き出す中、由那は突然驚いた声を発する。
そして急に挙動不審となると、あたふたと僕らの顔を交互に見だした。
「いや、あの、はい。そ、それはもちろん是非お願いしたくですね……はい、謹んでお願い致します」
「何言ってんだアイツ?」
「さあ……」
明らかに動揺が見て取れる由那を目の当たりにしながら、僕らはお互い首を傾げる。
だがそんな僕らの反応さえ気づく余裕なく、由那は電話先の人物と懸命に話し続けた。
「あの……え、それが良かったんですか。なるほど。は、はい、分かりました。それではよろしくお願い致します」
伝わるはずもないのに、電話先の人間に向かって由那は突然頭を下げる。
途端、僕は優弥と顔を見合わせると、口々に彼女に向かって言葉を発した。
「なんか気持ち悪い顔してんなぁ、お前」
「ほんとどうしたの由那?」
僕らの何気ないそんな問いかけ。
それに対し、彼女は突然目元を濡らすと、一滴の水滴を頬に伝わらせながら、どうにか一言だけ言葉を口にする。
「決まったの」
「決まった? 何が」
僕は彼女に向かって更に問いを重ねる。
すると彼女は、目元を手で拭いながら、感極まる声ではっきりと事実を口にした。
「新人賞……士洋社の新人賞に、私が内定だって」




