第二十話 先生からの愛のムチ!? 日間ランキングを上り気が緩んだ僕が、学校近くのカフェでみんなとお祝いしていると、津瀬先生からガチで説教されることになった件について
「どうかしら?」
学校近くのオープンテラスカフェの軒先で、明らかに自信満々の笑顔が僕たちへと向けられる。
もとより整った顔をしている彼女が浮かべた表情故に、それはまさに所謂ドヤ顔以外の何物にも見えなかった。
一方、僕たちはそんな彼女の表情に気を取られること無く、手渡された作品のコピーを無言で読み続ける。
「……おい、昴。お前が書いた原作って、こんなのだったか」
「い、一応は。セリフもほとんどそのままだし、ほっかむりがいつの間にか仮面に変えられていたぐらいで……でもこれってほんと別物だよ。それくらい面白い」
そう、僕が彼女に手渡した小説形式の原作。
ほっかむりの描写を除いて、それはほぼそっくりそのまま生かされてはいる。
だが、明らかに彼女の絵の力で、作品の魅力が十倍にも二十倍にもなっていることが見て取れた。
「へへ、でしょ!」
「なんかその顔見ると、素直に褒めたくなくなるな……けど、悔しいがよく出来てる」
原稿から視線を上げ、由那のドヤ顔を目の当たりにした優弥は、げっそりした表情を浮かべながらそう口にした。
僕はそんな二人を交互に見ながら、苦笑を浮かべつつ口を開く。
「あとは、結果を待つだけだね」
「そうね。でも、なんかスッキリしたわ。しばらく描けてなかった時期もあったから、ちょうど良いリハビリにもなったしね」
「描けない時期なんかあったの?」
いつも自信満々に見える彼女とは程遠い言葉。それ故に、僕は意外そうな表情を浮かべながらそう問いなおす。
すると、由那は軽く肩をすくめてみせた。
「まあ色々と……ね。で、そっちはどうなのよ?」
「へへ、これを見てみろよ!」
僕が答えるより早く、優弥がスマホを取り出すと、彼女に向かって画面を見せつける。
途端、由那の双眸は大きく開かれることとなった。
「は、八位!?」
「そう、昨日一気に更新して、ここまで来た」
僕たちはずっと連続投稿のタイミングを計っていた。
そしてランキングが百十位となり少し停滞を感じた一昨日の夜、僕たちは計画を開始した。
そう、一日六回の連続投稿を。
結果として得たものは、夢にまで見た雲の上の世界。
つまり日間ランキング一桁という数字であり、千二百ポイントという想像もできない数字と、今までの数十倍に膨れ上がった読者の方々であった。
「しかしほんと作戦がドンピシャリ嵌ったよね」
「まあな。というわけで、ちょっとしたおめでとう会をするつもりで、俺達はこの店に来たわけだ。まあ途中で、お前が後ろをつけてくるとは思わなかったけど」
「何よ、私も仲間じゃないの。というか、あんた編集長を名乗るなら、私におごりなさいよ!」
仲間はずれにされたと感じたからか、由那は頬をふくらませながら抗議を口にする。
もちろん僕らは最初から、彼女を仲間はずれにするつもりはなかった。
ただ最近、僕たちが声をかけるより早く家に帰っていた彼女から、修羅場の匂いを感じ取っていたため、邪魔をしないよう考えていただけだ。
もっとも結果としては、彼女は無事昨晩、修羅場を乗り越えていたわけではあるが。
「音原……奢れって言われても、なんで俺が奢らなきゃいけねんだよ」
「アンタが担当している漫画家が作品を仕上げたのよ。気前よく、ケーキ二個や三個ぐらい、パンと出しなさいよ」
「二個とか三個って無茶言うなよ。というか、貧乏にねだる悪役令嬢ってマジ感じ悪いぜ。ほんとエレーナと真逆だよな」
「だれが、悪役令嬢ですって!」
作中の主人公を引き合いにされた由那は、顔を真赤にしながら優弥に食って掛かる。
そんな二人のやり取りを目の当たりにしながら、僕は間に割って入った。
「まあまあ、ふたりとも。コーヒーが冷めちゃうよ」
「いいの私は猫舌だから」
「……お子様」
ボソリと優弥が呟く。
途端、由那の両目がはっきりと吊り上がるのを僕は目にした。
「あんたは黙ってなさい!」
「はは、ふたりとも元気だねぇ」
僕は活発なやり取りを続ける二人をその目にしながら、苦笑まじりにそう告げた。
すると、優弥と由那は毒気の抜かれた表情を浮かべながら、さっきまでの対立がまるで嘘のように、口々に僕のことを評してくる。
「お前、ほんと大物だよな」
「同感。というか、ホントマイペースよね、あなた」
「そうかな?」
「いや、十年近く付き合ってる俺が言うんだぜ。間違いねえよ」
優弥は首を左右に振りながら、やや呆れた素振りを見せつつそう述べる。
その時、突然後方から思わぬ人物が声を掛けてきた。
「おや、昴くんじゃないか」
振り返った僕の視線の先。
そこには、いつものアルミフレームメガネを掛けた、津瀬先生が立っていた。
「あ、先生! どうされたんですか、こんなところで」
「ちょうど大学の研究が一息ついたのでね。これから予備校に向うところなんだが……君こそどうしたんだい?」
「ちょっとしたお祝いでして」
僕が微笑みながらそう告げると、津瀬先生は訝しげな表情を浮かべる。
「お祝い?」
「はい。昴、八位になったんです。ベコノベで」
なぜか僕以上に自信に満ちた声で答えたのは、由那だった。
彼女は自分のスマホを操作すると、ランキング画面を津瀬先生へと見せつける。
「ほう、確か一昨日の昼に百位ちょっとだったのを見たが、そこから一桁まで上がって来たのか」
「はい。先生がストックを作るよう言ってくださったお陰です。昨日六回投稿して、ようやくここまでこれました」
僕は小さく吐息を吐き出しながら、満足気にそう述べる。
だがその瞬間、津瀬先生の表情は険しいものとなった。
「六回? ちょっと待ち給え。先々週に投稿を始めた時、確か十五話ストックがあると言っていたな。あと何話残っている?」
「えっと、一話ですが……」
そう、昨日の段階で残されていたストックは七話。
そのうちの六話をピッタリ四時間間隔で、一日の内に投稿したのである。
「日間八位でストックが一話……君は何をやっているんだ。こんなところで前祝いをしている場合ではないだろ」
「えっ?」
突然の津瀬先生の叱責に、僕は思わず戸惑う。
しかしそんな僕に向かい、彼はまっすぐに語りかけてきた。
「いいか、ランキングを登るためにストックを使うのは正しい選択だ。それは私も君に言ったし、否定もしない。ランキングが上に行けば、得られる読者とポイントの数は桁違いだからな。だがせっかく上に登ってきたのならば、大事なことはそこを維持することだ」
「維持すること……ですか」
「ああ。せっかく新しい読者とポイントを貰えるこの貴重な状況。それをどれだけ持続させられるかが勝負の分かれ目なんだ。一度落ちれば、二度と這い上がってこれない。それくらいのつもりで、書籍化を目指すなら順位を維持しなければならないんだ。にも関わらず……幻滅したよ。君のプロへの思いがその程度だとは思っていなかった」
津瀬先生は深い溜め息を吐き出すと、首を左右に振る。
すると、凍りついた空気を変えようと、由那が慌てて言葉を挟んできた。
「津瀬先生、つい私達が彼と一緒に――」
「音原くん。別にそういうことではないんだ。周りがどうであろうと関係ない。彼自身の作品への向き合い方の問題だ。本当に上を目指すのならば、この大事な状況で、こんなことをしていて良い訳がない」
由那の言葉をあっさりと遮り、津瀬先生ははっきりと僕に向かって最後通告を突きつけた。
その先生の言葉。それに対し僕は行うべき反論を見いだせなかった。
「……仰るとおりです、先生」
「昴くん、最終的に書籍化を勝ち取るためには、作品が面白いのは大前提。その上で、出版社のビジネスになるものかどうかが大事なんだ。彼らは慈善事業をしているわけではないのだからな」
「あの……つまりランキングを駆け上がる事は、あくまで必要条件の一つに過ぎないってことですか?」
僕らの会話をここまで黙って聞いていた優弥は、初対面である津瀬先生に向かってそういかける。
すると、津瀬先生は迷うことなく一つ頷いた。
「その通りだ。彼らが見ているものは作品の人気だけではない。作品の構成力や質、それに執筆速度や作者の言動。その全てを見ている。ビジネスとして仕事をしているのだから、当然の話だがな。だからこそ、今すぐに君がすべきことはわかるね?」
「はい……優弥、由那」
「おう、わかってる。その先生の言うことは一理ある」
「昴……私は漫画を仕上げたわ。次は貴方の番。頑張ってきなさい!」
謝ろうとしかけた僕に向かい、二人は次々と背中を後押ししてくれる。
正直言って、本当に情けないと思った。
見たことのないほどのポイントと感想、そして順位。
それを目の当たりにして、完全に舞い上がっていた自分が。
でもそれ以上に、僕は感謝の気持ちを覚えた。
僕の背を躊躇なく後押ししてくれる、この場のみんなに対して。
「うん。じゃあ、僕は帰ります。ふたりとも、ごめんね。それと先生、ありがとうございました」
僕はそれだけを口にすると、迷うこと無く自宅に向かってまっすぐに駆け出した。




