第十九話 ランキング坂を上り詰めろ!? まるで尻に火がついた自転車操業のような状況だけど、少しでも効率よく順位を上げるために、絶妙な投稿間隔を模索していくことにした件について
「百六十位か……ほんとに上がってきたな」
中庭のベンチに腰掛けた状態のまま、優弥は手元のスマホに視線を向けながらそう口にする。
二百五十位、二百二十二位、百九十六位、そして百六十位。
ランキングが更新されるごとに、僕の転生英雄放浪記は順調に順位を上げていた。そして同時に、僕は言いようのないふわふわとした気分になる。
そう、まるで別世界にいるような気分に。
ついこの間までは、僕の作品には一日数十人程度のアクセスしかなかった。
にも関わらず、今では十倍近い数百人が、毎日僕の作品を読んでくれている。
そしてそれだけではなく、ランキングに入ると作品に対する反響もまるで別物だった。
「昨日も四件の感想があったよ。本当に自分の作品とは思えないよね」
「一日四件か、スゲェな。俺も現役で書いてた時に、そんなに貰ったことねえよ」
「そういえば聞いていなかったけど、優弥はどんなの書いてたの?」
幾度も機会は存在したが、これまで一度たりとも聞いたことはなかった。元々ベコノベで投稿をしていたという彼が、一体どんな作品を書いていたのかということを。
だが僕のそんな問いかけに対し、優弥はただ曖昧な笑みを浮かべてみせる。
「へへ、黙秘権ってやつを行使するぜ。人間にはプライバシーってものがあるからな。ともかく、昴。あと何話くらいストックは残ってるんだ?」
「昨日の夜に十九話を書き終えたから、残り九話だね」
「相変わらず、一日一話近いペースで書いてるんだな。お前、ほんとすげえよ」
優弥はそう口にすると、思わず首を左右に振る。
一般的に言って、一日一話更新は速筆の作家が多いと言われるベコノベの中においても、十分に早い方であると自覚はあった。もちろんそれは、僕の自由にできる時間の全てを小説へと捧げた見返りではあるけれど。
「小説に捧げる気持ちだけはさ、他の作者に負けていないつもりだからさ。だからとにかく全力で書いているだけだよ」
「お前らしいといえば、お前らしい向き合い方だけどな。しかしそれでも、ストックは減ってきている……か」
そう、毎日一話ずつ書いているにもかかわらず、ストックは確実に減り続けている。
転生英雄放浪記の第一話を投稿した時点で、僕は十五話のストックを持っていた。
しかしあっというまに、その数は一桁台まで減ってしまっている。
先生と話し合ったあの夜、僕はすぐに優弥へとメールを送り返した。
ストックを使って一日二度投稿しようと。
結果として五日間で十話という更新ペースを刻み、その成果は如実にランキングの上昇へと現れていた。
しかしながらストック切れの足音は、確実に僕の背後へと迫りつつある。
「今のペースで行くと、再来週にはストックが無くなるな」
「そうだね。でも、立ち止まるわけにはいかないと思う」
前回は手にすることさえ出来なかったチャンス。
それを今、僕は手にしかけていた。ならば、力尽きるまで前へと進むしかない。
「それはそうだけどな……となれば、いっそ勝負に出るしか無いか」
「勝負?」
優弥の言葉に、僕は不穏な香りを嗅ぎつける。
そんな僕の勘を後押しするかのように、眼前の灰色の青年はニヤリと笑った。
「ああ、勝負だ。今のままだと、たぶん一番上にまでは登れない。毎日二話ずつ投稿してさえ、まだランキングの半分にもたどり着けていないんだからな」
「でもさ、たまに一話目とか二話目で、日間ランキングの一位まで爆発的に登るのもあるし……」
「そんなのもありはするな。ただそれは一話目に絶対的な魅力のある作品か、流行のテンプレを満載に詰め込んでいるか、それとも書籍化作家の新作ぐらいだ。もちろんお前の第一話に魅力がないとは言っていない。だが、全体のストーリーで見せていくのが、黒木昴の……いや、レジスタという作家の持ち味の一つだと俺は思っている」
「全体のストーリーで見せていくことが持ち味」
僕は優弥の口にした言葉を繰り返す。
確かに前作を完結した時の読者の感想も、話がブレなかったことや、きちんと伏線を回収したことを良かった点としてあげられていた。
「そうだ。となればだ、まぐれで人気が出るのを祈るんじゃなく、自分の力で人気を勝ち取る方法を考えようぜ。さっきも言ったように、お前の持ち味は全体をしっかりと見通したストーリー進行と、そして揺らぐことのない小説への意欲、この二つさ。それをどう有効活用するかって話だ」
「そう言い出したからには、優弥には何か考えがあるんだよね?」
意味ありげな表情を浮かべる優弥をその目にした僕は、ある種の確信を持ってそう問いかける。
「まあな。だから勝負に出ようって話なんだが……その前に、昴。一章で一番盛り上がりそうなのは何話目になりそうなんだ?」
「盛り上がりそうなところ? そうだね、自分の稼ぎを守るために、地方領主と対峙する回と思うから……たぶんプロット通りに進行すると、二十二話目くらいになると思う。一応、第一章の目玉のつもりなんだけどね」
身寄りの無い幼い冒険者と組んで洞窟で手に入れたお宝。
それを領主が様々な難癖をつけて取り上げたのを、主人公が奪い返す回が二十二話目だ。
逆に言えば、子どもたちが力ずくで手に入れた宝を奪われる二十話目は、不評を買うと予想している。
「二十二話目か……それがわかってるなら、むしろそこで勝負したらどうだ?」
「……どういうこと?」
「二十二話目まで一気に更新するんだ。タイミングを図りながら、ランキングが停滞しかけたところで一気に一日四回、五回……いや六回だ」
「ろ、六回!?」
僕は思わずうろたえた声をあげた。
一日二回更新でもストックが心もとないと言っていたところである。にも関わらず、一日に六話も更新するなんて正気の沙汰じゃない。
僕は慌てて、反論を口にしかける。
だがそれよりも早く、優弥は意味ありげに右の口角を吊り上げた。
「そう、一日に六回。ただしその代わりとして、翌日は投稿しない」
「え……でもそれじゃあ……」
それでは毎日投稿して、ランキングを登っていくという当初の戦略が破綻する。
そのことに優弥が気づいていないはずは無いと思いつつも、僕は戸惑いの眼差しで彼を見つめた。
しかし優弥は、自信ありげに堂々とその口を開く。
「いや、それで良いんだ。そうすれば、自信のある二十二話目を最新話の状態にしておける。つまりランキングから来た新規読者へ、自信のある話を読んでもらった直後に評価欄を見てもらえるってわけだ」
「……なるほど。最新話にしか、評価点を付けてもらう欄はない。だったら、自信のある話でわざと止めて、そこで評価ポイントが入るのを狙うってわけだね」
確かに評価点を付ける欄が表示されるのは、最新話の文末の下だけである。
これまでは何度も評価点を付ける機会を増やすことを狙って更新頻度をあげていたわけだけど、逆に自信のある話で敢えて一度止めるというのも面白い戦略かもしれない。
「ああ、その通りだ。その上、ランキングを上がれば上がるほど、加速度的に新規の読者さんはお前の作品を読みに来る。となればだ、転生英雄放浪記はこんな作品だと新規の読者さんに見せつけたところで立ち止まるってのは悪く無い方法だろ」
「ショートパスを繋いで敵陣に入り、そして二十二話で思い切ってロングシュートを狙いに行く感じだね」
飛行機で言うならば、今は助走の段階。そして二十二話目で一気に離陸する。
そんな飛行機の軌跡のように、僕の作品も上に上に伸びていきたいと思った。
「まあ、そんなとこだ。ただ勘違いすんなよ。今のところ、お前の作品がちゃんと読者の心に届いているから、こんな搦手が使えるんだ。まず作品ありき。それはお前の先生も言ってることだろ」
「そうだね。でも優弥、ありがとう。僕だけじゃたぶん毎日二話ずつ投稿して、ストックがなくなればそれで終わりだった。先生も凄いと思ったけど、優弥もほんと凄いよ」
「へへ、まあお前らの編集長をやるといった手前、少しくらいはここを使わないとな」
自分の頭を指差しながら、優弥は嬉しそうに笑う。
一方、僕はそんな彼の言葉を聞いて、不意に彼女のことが気にかかった。
「僕たちの編集長か……そういえば、最近由那って学校であまり絡んでこないよね」
「あいつはあいつで正念場なんだろう。漫画となると、俺達が手伝ってやれるのは話作りまでだ。そこから先はあいつだけの領分になる。お前が実際に執筆するのと同じでな」
それはそのとおりかもしれない。
一度由那の部屋で漫画の作り方や道具を見せてもらったが、正直真似を出来る気がしなかった。むしろ下手に手を出せば、足を引っ張ることになると思う。でも……
「なにか手伝えることないかなぁ」
「お前はまず、自分のことをしっかりやってろよ。あいつも、その方が嬉しいだろうしな」
「そうかな?」
優弥の言葉に一理あると思いながらも、僕はそう問い返した。
すると優弥は、迷いなく頷いてみせる。
「ああ、間違いないさ。俺にはわかる。なぜなら俺は――」
「お前らの編集長だから……でしょ」
僕はいたずら心から、敢えて彼の言葉を奪う。
すると、彼はイタズラっぽい笑みを浮かべ、再び首を縦に振った。
「へへ、そのとおりだ」