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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第一章 立志篇
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第十七話 トップページに踊る赤い感想の文字!? 無事処女作を完結させたところ、読者の方たちからたくさんのお祝い感想をもらうことができて、嬉しさのあまり思わず涙目になってしまった件について

 前と同じマンションの最上階。

 普段は人気がないというこの広い部屋の真ん中で、僕たちは肩が触れる程度にまで密集しながら、目の前の一台のノートパソコンを覗き込んでいた。


「じゃあ、押すよ」

 僕は両隣を順に見た後に、二人に向かってそう告げる。

 すると、じれったそうな表情を浮かべていた灰色の男が、急かすように僕の肩を掴み揺すってきた。


「良いから早く押せって」

「ほんと夏目って機微がわからないっていうか、ほんとドライね」

 彼の反対側で、同じようにモニターを覗き込んでいた由那は、呆れたようにそう口にした。


「おいおい、音原がそれをいうかよ。お前、この間も隣のクラスの男振っただろ。それも、手紙さえ読まずに」

「な!? こ、こんなところでそんな話しなくてもいいでしょ!」

 顔を真っ赤に染め上げた由那は、頬をふくらませながら優弥に抗議する。

 すると、軽く肩をすくめた灰色の男は、突然僕に向かっていやらしい笑みを浮かべてきた。


「昴、お前はどっちがドライだと思う?」

「どっちがというかさ……人がこう震えながらボタンを押そうとしているのに、勝手に別の話題で盛り上がれる二人とも、十分にドライだと思うよ」

 怒る気持ちは欠片もなかったが、二人とも相変わらずだなという思いで、僕はそう口にした。

 途端、由那は申し訳無さそうな表情を浮かべる。


「はぁ……それもそうね。ごめん、昴」

「おいおい。抜け駆けはずるいぞ、音原」

「私は良識ある乙女だから。どこかのチャラ男とは違うわ」

 謝罪を口にして、一分も持たなかった。

 そんな感想を覚えながら、僕は苦笑しつつ目の前のモニターへと向き直った。


「えっと、ともかく押すね」

 その言葉を合図として、僕はマウスのボタンをクリックする。

 この時、この瞬間、僕の中に存在した一つの世界が幕を閉じた。


「終わったんだな」

 優弥のほんの少しだけ感傷じみた声が、僕の鼓膜を震わせた。

 だから僕は、あえて明るく彼に向かって微笑む。


「そうだね、終わった。そしてこれからが始まりさ」

「確か明日の予定だっけ?」

「うん。最終話のあとがきには、明日、新作を投稿すると書いてる」

 由那の問いかけに対し、僕は一度頷く。

 すると彼女は、いつもの硬い表情をほんの少しだけ崩して笑ってくれた。


「そっか。昴、お疲れ様」

「ありがとう。でもまあ、そんなに疲れたって気はしないけどね。もちろん人気はそこまで出なかったけど、ほんと楽しかった。なんていうかさ、初めてボールを蹴り始めた頃の気持ちっていうのかな」

 そう、全く思い通りに動かず、ボールに遊ばれていたあの時代。

 でも、サッカーを純粋に一番楽しめたのもあの頃だった。


 そして、たった今完結させた転生ダンジョン奮闘記を書いてる最中は、もちろん苦しいこともあったけど、いつもあの頃のような夢の中にいる気分だった。


「ほんと、未だ頭の中はサッカーなのね」

 少し皮肉っぽい言葉を由那は僕へと向けてくる。


 でも、僕にはそれが言葉通りではないことがわかっていた。

 彼女の表情が、いつになく柔らかかったから。


 だから僕は、そんな彼女の言葉をそのまま受け入れる。


「そうだね。それが僕の原点だから」

「でも、これからは別の道を歩き始めるわけだ!」

「はは、もう歩いていたつもりだったんだけどね。でも地図もコンパスもなしに、冒険に出るのは危険だってわかったよ。いくら優秀な助言者が居たとしてもね」

 優弥に向かって苦笑混じりにそう告げると、優弥は右の口角を吊り上げて自分を指差した。


「へへ、俺のことだな」

「津瀬先生のことでしょ」

 優弥の言葉に対し、すぐに由那が突っかかる。

 いつものやり取り。それを目の当たりにしながら、僕は二人に向かって感謝を告げた。


「由那も含めて、三人ともだよ。本当にみんなが居てくれてよかった。楽しかったし、途中から少しだけ巻き返せたのは、そのおかげだって思ってる」

「な、何だよ、恥ずかしいな。それにこれからだろ。これからが本番だ」

「そうそう……っていうか、私も自分のを仕上げないといけないし」

 由那はそう口にすると、小さく溜め息を吐き出す。

 そんな彼女に向かい、優弥は真正面からその進み具合を問い質した。


「そういえばどうなったんだ、新人賞の原稿」

「とりあえず、昴が書いてくれた文章をネームにしてみたところ。えっと……ほら、これがそう」

 由那は棚の上においていた原稿を取ってくると、それを優弥へと手渡す。

 僕は立ち上がってそれを後ろから覗き込み、そして思わず言葉を漏らした。


「……上手い」

「へ? 何が?」

 由那は本当に何のことかわからない様子で、軽く首を傾げる。

 僕はその反応に驚きつつ、確認するように彼女へと問いかけた。


「いや、これってネームなんだよね。下書きというか、作品の流れを書いただけのもの」

「そうよ。たった三十二枚しか無いんだから、ちゃんと全体の割り振り決めて、その上でコマを作らないといけないの。だからどうしても必要なのよ」

「……それにしては、ちょっと絵が上手すぎないか? ネームってもっと走り書きというか、セリフと流れだけを書くイメージだっただけど」

 やはり優弥も同じ思いだったようだ。


「そうかしら」

「そうだよ。っていうか、昴の原作は読んだけど、こうやってコマに割り振られて流れを読むと、ほんと音原って上手いのな」

「そう思うよね。僕もちょっと驚いた……ここまで変わるんだって」

 まったく同意見であったため、僕も優弥の言葉に頷く。

 すると、由那は赤い顔をしながら思わずそっぽを向いた。


「もう、ほめても何も出ないんだからね」

「ちっ、アイスコーヒーのお代わりもらおうかと思ったのに」

「あんたの求めるものって安いわね……それくらいは別に、無理に褒めなくても入れてきてあげるわよ」

 溜め息混じりにそう口にすると、由那は僕と優弥の空となったグラスを手にして、そのままキッチンの方へと歩み去っていった。


「しかし……あいつは本物だな。というか、これまで賞をとってなかったのが不思議なくらいだ」

「そうなの? 由那くらいのレベルの人がウヨウヨいるわけじゃなく?」

「いや、たぶん本当に上手いと思う。これはあくまでネームだとしても、この間の応募原稿は、とても独学で絵を覚えたとは思えないくらいだっただろ」

 しみじみとした優弥の言葉。

 それこそが彼の本音であることを、僕にはっきりと感じさせた。


「なんというか、足を引っ張ってないといいんだけどね」

「そんなことはないさ。むしろ悪役令嬢ものという題材を与えたのは、凄く良い仕事だったと思うぜ」

「それは僕もちょっとだけ思ってる。ほんと由那の絵って凄く合うよね。中世の悪役令嬢ものって」

 そう、由那の少し写実的なイラストは、本当に中世の令嬢を美しく栄えさせる。

 それは彼女が描いたキャラ見本を見ただけで、はっきりと分かった。


「ああ。そして今読んだ限り、これはネームの段階でも十分に面白い。ほんとお前は普通に良い仕事したよ。あとはアイツ次第さ」

「僕をおだてても、由那と違って何にも上げないよ」

 気恥ずかしさを押し隠すために、先ほどの彼の言動を逆手に取って、僕はそう告げる。

 すると優弥は、すぐに首を左右に振った。


「そんなつもりはねえよ。でもそれくらい、コンパクトにまとめることができてたってことさ」

「どうなんだろ。ただ僕の次回作とも共通するんだけど、始めと終わり、そして途中の山と谷を絶え間なく作るようには意識してみたよ」

「それは私も感じたわ。でも主人公である悪役令嬢に、ねずみ小僧みたいなほっかむりをさせるのは、ちょっとやり過ぎな気がしたけど」

 アイスコーヒーを注いできた由那は、そう告げながら僕たちの前にグラスを置いていく。

 僕には氷入りを、そして優弥には氷無しを。


 そんな彼女の行為に感謝を覚えつつ、隣りに座る優弥は、意味ありげな笑みを浮かべた。


「だから面白えんじゃねえか。金髪の長い髪のお嬢様が、マヌケなほっかむりをする。そのギャップがいいんだよ」

「……なに。私の方を見ないでくれる。間違ってもほっかむりなんてしないから」

「誰も音原にしろなんて言わねえよ。あの悪役令嬢は見た目と違って、心優しく品があるからな。それとホッカムリとのギャップが良いじゃねえか」

「……あんた、ほんとムカつくわね」

 由那がキッと優弥を睨む。だが彼は、軽く肩をすくめてごまかそうとした。

 そんな二人のやり取りに僕は苦笑を浮かべながら、間に入るように言葉を差し挟む。


「はは、まあ由那がほっかむりをするかは置いておくにしても、やっぱりせっかく絵がつくんだから、ビジュアル的なインパクトがあるのは良いと思うよ」

「それはわかるけど、なんかエレガントさが著しく下がるのよね。まあ原作を書いた誰かさんの世界観の問題でしょうけど」

「というか、昴って何故か昭和を生きてるからな。いまどきねずみ小僧なんて伝わらんぜ」

「別にねずみ小僧とは言わせてないよ。でもさ、見た目は面白いでしょ」

 二人の反論を受け、僕は頭を掻きながらそう口にする。

 すると、優弥は薄く笑いながら軽く頷いた。


「まあな。だから俺は反対ではないさ。むしろもっとやれ、それと音原もやれ」

「だーかーら! なんで私がやらなくちゃいけないのっ!」

 優弥の軽いフリに対し、顔を赤らめて反論する。

 僕はそんな彼女の姿に、新たな可愛らしさを認めながら、敢えて気になっていた本題を切り出した。


「ともかくさ、だいたいどれくらいで仕上がりそうなの?」

「そうね。再来週には描き上げれるかしら」

 何気ない僕の疑問に対し、由那は思わぬ回答を口にする。

 途端、僕の隣りに座っていた灰色は、驚きの表情を浮かべた。


「は……まじで言ってんの? 三十二枚を二週間?」

「そうよ。何かおかしい?」

「プロの人でさえ、アシスタントの人に手伝ってもらって、週刊でも苦労しているって聞くぜ」

 それは確かに僕も聞いたことがある。


 もちろん求められている作品のクオリティが違うのもあるだろうけど、二週間でこれを完成させるのは、あまり詳しくない僕でさえ大変だとわかった。

 でもそんな僕たちの危惧を、由那は軽く一蹴する。


「確かにそういうものかもしれないわね。それに私も普段ならとうてい無理よ」

「じゃあどうしてなんでできると思うの?」

「これがあるからに決まっているじゃない」

 由那はそう口にすると、僕が彼女に手渡した原作となる紙の束をその手にし、言葉を続けた。


「原作があって、ネームも仕上がっていれば、三十二枚くらいちょろいものよ」

「……これだから天才は始末に終えん」

「何よ凡才」

 皮肉げな優弥の物言いに対し、由那はすぐに言い返す。

 だが、そんな彼女の言葉は優弥の胸の傷をえぐったのか、彼は唇を尖らせながら反論した。


「うるせえ。昔は近所の奥様方に、『夏目さんとこのお子さんは何でもおできになって凄いですわね』って言われてたんだ」

「錆びついた過去の栄光ね。それに今ではこんなのになっちゃってるし」

「こんなのって言うな、こんなのって。それに俺だって、お前らに負けるつもりはないからな」

 突然優弥の口から飛び出したその宣言。

 それには僕だけでなく、由那をも戸惑いわせた。


「へ、アンタ何か始めるの? またサッカー?」

「やらねえよ。お前には言ったろ、俺には無理だって。別のことだよ別のこと」

「またベコノベに投稿者として戻ってくるとか?」

「それも悪くないけど、やめておくかな。それよりも面白そうなことを見つけちまったから」


 僕の予想もはずれ……か。

 正直、サッカーでもなく、ベコノベでもないとなると、僕には思い当たるものが浮かばなかった。

 それは由那も同様であったようで、彼女は怪訝そうな表情を浮かべながら、優弥に向かって真正面から問いただす。


「もったいぶらなくていいから、何するつもりなの?」

「お前たちの監督」

「へ?」

 僕は一瞬何を言ったのかわからず、情けない声を出したままその場に固まる。

 新しい高層マンションの最上階に、何処からか隙間風が吹き込むかのような感覚を僕は覚えた。


 そんな凍りついた空気に慌てたのは、発言した当人である。


「だからさ、お前たちの監督だよ。一番の読者であり、アドバイザー。ま、言ってみれば編集みたいなもんだな」

「編集……か。いいね、それ!」

「昴!?」

 急に前のめりになって僕が賛同すると、由那は驚きの声を上げる。

 一方、僕は冗談ではなく、本気で今の彼の言葉を受け止めるつもりだった。


「むしろさ、編集みたいなものじゃなくて、真剣に編集者を目指してみれば?」

「はは、無理無理。そこの金髪くらい頭が良かったら別だろうけどさあ、俺には無理だよ。金もねえしな」

 由那をあげつらいながら、優弥は冗談めかして笑う。

 だけど僕は気づいていた。

 彼のこのごまかすような笑いの中に、諦めに似た成分が含まれていることを。


「……ねえ、優弥。本気で頑張ってみない?」

「何をだ、昴? 監督をか」

「それでもいい。でも、その先にあるものさ」

「……またなんか先を見ようとしていやがんな」

「僕は優弥ならできると思う。由那、君もそう思わない?」


 僕は優弥から視線を外すこと無く、側にいる由那に向かって賛同を求める。

 彼女は少し戸惑った様子を見せたが、すぐに同意の言葉を口にした。


「え……そりゃあ、こいつはいけ好かないけど、作品に関して言ってることは、比較的まともよね」

「だからさあお前ら、そんな簡単に言うなって。金の問題はどうするんだ、金の問題は」

「僕が出すよ」

 はっきりと、そして迷いなく僕はそう告げた。

 途端、優弥は何のことかわからず、キョトンとした表情を浮かべる。


「は?」

「僕のこの転生英雄放浪記が書籍化できたら、それを優弥の大学の入学金にする」

「冗談言うなって。そんなことできるわけ――」

「僕は本気だよ、優弥。それくらいのつもりで僕は書く。一年なんてもう悠長なことは言わない。大学入学までに本にするくらいのつもりで……って、もちろん僕がこけたら、君も共倒れになる提案だけどね」

 彼の言葉を遮る形で、僕ははっきりとそう告げた。

 そこで初めて僕が本気であることに気づいたのか、優弥はいつもの笑みを表情から消し去る。


「……お前のことだからマジなんだよな?」

「うん。僕の作品は君があって作れているんだ、優弥。だから、君を大学に行かせられる可能性があるなら、願ったりかなったりさ」

「そうね。あんたも居た方が、少しだけ私の作品も良くなりそうだし、私も賛成。たぶんあんたでも取れる奨学金はあるだろうから、それくらいは調べてあげるわ」

「音原!」

 予期せぬもう一人の協力者をその目にして、優弥はいよいよ驚きを隠せなくなった。

 すると、その反応を引き出したことに、由那はニンマリと笑みを浮かべる。


「ふふ、いい顔ね。その顔が見たかったの」

「ちっ、言ってろ」

 してやられた悔しさからか、それとも気恥ずかしさのためか、優弥は視線を逸らしながらそれだけを言い返す。

 そんな彼の表情は、最近の何処か気だるさを感じさせるものではなく、昔の……そう、一緒にサッカーをしていたあの頃のようなものに変わっていた。


「優弥。三人とも目指すところは別々だけどさ、一緒に頑張ろうよ」

 僕は真正面から、彼に向かってそう口にした。

 それは僕のわがままであることも理解している。そして口にしていることが、どれだけ子供っぽい夢想であるかも。

 でも僕はもう一度、彼とともに走りだしたかった。


 そうして生み出された僅かな沈黙。

 それは、自嘲気味に笑った優弥の言葉で破られた。


「へ、なんか分の悪いかけだよな。昴は小説を頑張る、音原は漫画を頑張る。なのに俺は、二人の作品の手伝いと受験勉強をやらなきゃいけないなんてな」

「失礼ね。私は普段からきちんと勉強しているから、受験を目指して慌てる必要がないだけよ」

「はいはい、音原様はお優秀でございますからね」

 優弥は少し皮肉げに言葉を返すと、途端に音原は頬をふくらませる。

 僕はそんな二人のやり取りを目の当たりにしながらも、一切笑うこと無く、重ねて問いを口にした。


「どうかな、優弥」

「……お前って、いっつも前しか見てないのな」

「うん。でも、今から僕が歩こうとしている道は、君が教えてくれた道だよ」

 そう、僕が今走りだした道は、優弥が手を引いて招いてくれた道。

 彼がアリオンズライフを、そしてベコノベを僕に教えてくれてなければ、僕はまだ暗闇の中に立ち尽くしていたはずだ。

 そしてだからこそ、今度は僕が彼の背中を押す。


「ちっ、そう言われると、なんか責任取らねえと行けねぇ気がしてきた。くっそ」

「素直になりなさい」

「うるせえ、俺にもプライドってあるんだよ」

「見栄もでしょ」

 目の前の灰色の青年の表情が変わったことに気づき、由那はそう口にするなりニコリと微笑む。

 一方、優弥は少し悔しそうな表情を浮かべながら、僕の方へと向き直ると、彼の中にある迷いを吐露した。


「……なあ、昴。お前は俺なら目指すことができると思うか?」

「うん。他の誰でもなく、君ならね。それに、君が居てくれないと困るんだ。だから……」

 それ以上は言葉にならず、ただただ優弥を見つめる。

 すると、彼は一度大きな溜め息を吐き出し、そして彼らしからぬ涼やかな笑みを浮かべた。


「俺がいなければ……か。そういやそうだったな。俺がチームを抜けた後、攻撃の起点だったはずのお前が、俺の穴を埋めようと守備に奔走しちまってたよな。あんなこと繰り返させるわけにもいかねえし、何より相棒から頼まれて嫌だなんて言えるかよ」

「じゃあ!」

「ああ。やってやるよ。一蓮托生ってやつだ」

 迷いの吹っ切れた優弥のその言葉。

 それを受けて、僕も、そして由那も喜びを露わにする。


「うわ、なんか前向きな事を言うのって、似合わないわ。でも、まあよろしくね」

「似合わねえって言うなよ。一応、俺も昔は熱血サッカー少年だったんだ」

「熱血かどうかはわからないけど、守備しろって怒鳴りまくるキャプテンではあったよね」

 まだサッカーを辞めて灰色の人間になる前、特に中学時代に彼がキャプテンを務めていた頃は、チームの最後列から大声で指示を出し続けるまさにチームの要であった。


「へへ、まあな。というわけで、これから俺についてこい」

「何よ、これまでと別人みたいに。一体、何様のつもり?」

 優弥の反応に苦笑を浮かべながら、由那は少しからかうような口調でそう口にする。

 途端、優弥は顎に手を当て、そして思わぬ言葉を吐き出した。


「何様か……そうだな、編集長様だ」

「編集長?」

 意味がわからなかった僕は、思わず聞き返す。

 だが彼は、自信満々に頷いた。


「そう、たった三人だけのチーム。漫画家と小説家と編集長。さて、その中で誰が一番偉い?」

「小説家と原作者を兼ねる僕じゃない?」

「うわ、思わぬ伏兵が出てきやがった。てっきり絡んでくるのは音原だって思ったのに」

 咄嗟の僕の発言に、優弥は目を白黒させる。

 僕はそんな彼の反応を目の当たりにして、ニコッと微笑んだ。


「はは、残念だったね」

「はん、まあいいや。ってわけで、今日からここが俺達の城だ」

「ここって私の家よ」

「そうともいう」

「そうとしか言わないわ」

 優弥の発言を呆れながら、由那は改めて彼を窘める。

 しかし、優弥はまったく動じる素振りを見せず、彼女の言葉を軽く笑い飛ばした。


「へへ、まあ細かいことは気にするなって。それよりもだ、どうなったか見ねえ?」

「見るって、何を?」

 僕は首を傾げながら、優弥に向かって問いかける。

 すると彼は、ノートパソコンの前へと移動すると、そのキーボードを軽くタッチした。


「こいつだよ。さっきアップしたんだ。アクセスがどうなってるか気になるだろ」

「そりゃあ、確かにそうだけど……でもまだ十分くらいしか――」

 僕はそこで言葉を失った。


 優弥が何気なく更新したベコノベの画面。

 そこには、画面いっぱいの数の感想が、僕に向かって届けられていた。


次話となる第18話は8月13日19時更新とさせて頂きます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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