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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第一章 立志篇
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第十六話 来るべき日のためストックを貯めろ!? 十分なストックを新作投稿前に作っておくことが、ランキングに乗るために重要だと教わり、ひたすらに原稿と戦い続けることになった件について

 今日も予定通りの時間にホームルームが終わった。


 予備校もなく、そして優弥がバイトでいない今日。

 僕が行うべきはただひとつ、それはひたすらに執筆することだけだった。


「おいおい、やる気になってるのはわかるけど、大事なものを忘れてるぜ」

 僕が机の中の荷物を慌ててかばんに詰め、教室の机に向かい歩みだそうとしたところで、突然背後からやや軽薄そうな声がかけられる。

 慌てて振り向いた視線の先には、紙の束が入ったクリアファイルを片手に持つ、灰色の軽薄そうな男の姿が存在した。


「これを忘れたら、執筆にならねえんじゃないか?」

「ああ……助かったよ、優弥」

 彼が手にしていたもの。

 それは忘れず持ち帰るためにわざわざ机の上に置いておいた、新作のプロットを入れたファイルであった。


「しかし、これ見ると結構いじったみたいだな」

 クリアファイルからプロットを取り出すと、優弥は軽く斜め読みしながらそう口にする。


「うん。この前の二人の意見を参考にして、だいぶ修正してみたんだ。大筋はもちろんそのままにしているけどね」

 先日二人に見せた新作プロット。

 その中で、主人公のキャラの薄さや、ライバルキャラが引き起こす事件などの問題点を、彼らに多数指摘された。


 その中でも特に問題となったのは、主人公の立ち位置と設定である。


「転生した元英雄が世界を楽しみながら周遊するのはそのままとして、その理由をきちんと掘り下げてきた感じだな。しかし世界を救った後に、各国の王様達に疎まれて暗殺されるってのは、ちょっと重いよな」

 僕が作り上げた二作目となる転生英雄放浪記は、英雄が人生をやり直す物語である。

 ただその英雄が転生する理由の薄さが、キャラの薄さに繋がっているということが、先日の話し合いで指摘された。


 だからこそ、英雄である彼は世界の危機を救い、その直後に各国の政治的駆け引きの材料となって、最終的に暗殺されるという設定を僕は付与した。

 今まで自分が人生をかけて守ってきたものを失って、ゼロから新たな価値観や守るべきものを見出していく。

 それを僕はストーリーの基本骨格へと修正した。


 それはある意味、僕の今の状況に最も近いように思われたからだ。


「まあ確かに設定だけを見れば、少し重めの転生ものになるのかも。でも、物語の起点はあくまで転生した後からだから、最初はその部分を前面には出さないよ」

「ふむ……そこを売りにしたいならもったいない気もするけど、確かにそれがいいかもな。殺される直前から始めたら、どうしても作品自体にヘビーで暗い印象がつきまとう。なら最初はライトにさくさくと進めていって、所々で重い過去をチラ見せするってのが深みを感じさせていいかもな」

 そう、それもまた前回三人で話し合ったことだった。

 前作の転生ダンジョン奮闘記は、全編を通してシリアスで悲しい物語だった。


 無理やりダンジョンコアにさせられ殺される度に転生する少女。

 そして日常のすべての記憶を消されて、すべてを失い強制的にダンジョンマスターにさせられた主人公。


 そんな二人が憧れる当たり前の日常へと回帰するための物語、それが転生ダンジョン奮闘記である。それ故に数少ない感想の中にも、ベコノベらしからぬ作品の重さを、良くも悪くも指摘されていた。

 だからこそ今回の二作目は、出来る限り最初は明るく始めるべきだと僕たちは考えたのである。


 とはいえ、万が一書籍化すれば、ハードな部分からスタートしようかなんて妄想を僕は寝る前に考えたりもした。でも正直言って、それはまさに取らぬ狸の皮算用というものだろう。


「しかしさあ、昴。ほんと厚くなったよなぁ、これ」

 優弥は手にしたプロットの束をしげしげと眺めながら、苦笑混じりにそう告げる。

 それに対し僕は、笑いながらその理由を口にした。


「はは、まあね。と言ってもさ、下の方は実際に書き始めた部分も混じっているし」

「へ? おいおい、もう投稿を始めたのか?」

「違う違う。書き貯めだよ。津瀬先生に、十話以上ストックを持っておいたほうが良いと言われてね」

 僕は笑いながら、先日受けた助言のことを優弥へと説明する。

 途端、彼は顎に手を当てると、納得したように一度頷いた。


「書き溜めか……なるほどな。それで既に書き始めているってわけだ」

「うん。それに投稿を始めるなら、転生ダンジョン奮闘記の最終回に合わせたほうが良いとも言われてるしね」

「それってもしかして完結祝儀狙いか」


 完結祝儀。

 それはベコノベにおいて、作品を完結させた場合に読者の方から頂ける評価点のことを指している。

 しかしながら今回、先生が僕にその提案をした理由は、それだけではなかった。


「もちろんそれも有るみたい。だけどそれ以上に、今の作品の読者をできるだけ引き連れて行った方がいいと勧められてさ」

「確かにそうだな。しかし、ほんと考えてんなあ。いや、一つ一つはちょっとした工夫だけどさあ、その津瀬先生って人は確実にベコノベをよく研究してるぜ」

「そうだね。僕もそう思う。そしてそんな成果を、惜しげも無く教えてくれるあの人のために、僕は今度こそ負けたくない」

 僕はそう口にすると、強く右拳を握りしめる。

 だがそんな僕の肩に、優弥はポンと手を乗せて、笑いかけて来た。


「まあ少し肩の力を抜けよ、昴。小説は勝ち負けじゃない。大事なことは、どれだけ読者の心に届くものを書けるか。そうだろ?」

「そうだね……うん。初めてアリオンズライフと出会った時に覚えたような衝撃。それを僕も人に与えてみたいんだ」

「ふふ、そうそう。その方がお前らしいよ。どれだけ美しいゴールまでの絵を描けるか。それにこだわっていた、お前なんだからな」

 優弥にそう言われて、フィールドを駆けまわっていた頃の記憶が、ほんの少しだけ脳裏をよぎった。そして僕は思わず苦笑を浮かべる。


「はは、ちょっと試合前みたいにナーバスになっていたのかもね」

「まあ、気楽にやろうぜ。中学の時の顧問が言ってただろ。試合を楽しめない奴に、サッカーの神様は微笑まない。きっと小説でも同じさ」

「書くことを楽しめない奴に、小説の神様は微笑まない……か。確かにそうかもね。よし、決めたよ、優弥。来週、転生ダンジョン奮闘記を完結させる」





 僕は今日もモニターと向き合っていた。

 手元のレポート用紙に何度も視線を向けながら、自分の描きたかった世界を少しずつ少しずつ画面の中へと綴り、そして世界は閉じていく。


 僕がキーボードを叩く度に、そこに世界と歴史が収束され、キャラクターたちはゆっくりと帰るべき場所へと歩み始める。

 それはレジスタ……つまりイタリア語で演出家と呼ばれていた僕にとって、まさに至福の時間でもあった。


 もちろん演出する対象はまるで別物。

 サッカーと小説では、その勝手も要領もまるで異なる。

 でも、フィールドを使ってゲームメイクを楽しんでいた僕にとって、こんな出会いを得ることが出来たのは、幸運以外の何ものでもなかった。


 もちろん冷静に見れば、現実は厳しい。

 頭の中にサッカーボールを飼っていた僕にとって、今立っているフィールドは完全な別世界、ベコノベ的に言えばまさに異世界であった。


 だからこそ、最初は何が何かわかっていなくて、ただ小説が書きたいという思いだけで、前へ前へと走り続けた。

 それは異世界転生した主人公が訳もわからず、ただ前へと突き進んでいく姿に等しかったかもしれない。


 当然のことながら、出会ったばかりの異世界で、僕が得た結果は無残なものだった。

 歩むべき道もわからぬまま、遠くに見えるゴール目掛けてボールを蹴りだすこと。それはまさに意図のないパスと同じだった。


 ただ惰性でボールを闇雲に蹴るだけ。結果へと結びつかないプレイ。

 もちろんボールに触ること、つまり小説を書く事自体を楽しみ、それが目的なら今でも間違っていなかったと思う。

 だけど僕は、プロになると宣言した。にも関わらず、僕は舞い上がってしまい、先を見据えぬまま、ボールを蹴りだしてしまった。


 正直に言えば、それが楽しくなかったといえば嘘になる。

 鬱々として何処を歩いているのかさえわからなかった僕の前に、突然現れた異世界への道。

 それは閉ざされてしまったサッカーの道とは違ったけれど、本当に毎日が新鮮な驚きと興味に満ちていた。


 僕の試合を見に来てくれる人の代わりに、僕の作品を読みに来てくれる人がいる。

 僕のプレイで歓声を上げてくれる人の代わりに、僕の作品に感想をくれる人がいる。

 そしてあの頃、僕にパスをくれた仲間が、今もともに作品を作るのを支えてくれている。


 転生ダンジョン奮闘記。


 本当に書いてよかった。僕は心の底からそう思う。

 そしてだからこそ、僕は再び顔を上げて先を見つめよう。


 今歩いている道を見失わないために、そしてもう二度と、たどり着くべき場所を見失わないために。


次話となる第17話は8月12日19時更新とさせて頂きます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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