第十五話 ランキングを駆け上がるための秘策投入!? 予約投稿の仕組みの裏を突く一つ上の投稿手段と、よりポイントを得るための投稿間隔の考え方を、津瀬先生から直接教わることができた件について
「ほう、もうプロットの準備が出来たのか」
優弥たちの協力を得て、最初の倍近い厚みとなったプロットの束。
それを講師控室で僕から受け取った先生は、少し驚いた様子を見せた。
「友達たちも手伝ってくれましたので」
「ふむ、転生英雄放浪記……か」
プロットの一枚目に描かれた文字列を目にして、津瀬先生は少し戸惑いを見せながらそのタイトルを口にする。
「何かタイトルが引っかかりますか? やっぱり少し硬いとか」
「そんなことはないさ。確かにもっと長いタイトルがベコノベに増えているが、大事なことは人目を引いて中身を伝えることだ。その意味では、タイトルから中身は想像できるからそんなに悪くはないと思う」
先生からのその言葉に、僕はほっと胸をなでおろし、一度大きく息を吐き出す。
「そうですか。いや、良かった。やはり転生ものを、そして今人気となっている作品とは、ちょっと異なる英雄像を書きたいと思って付けましたから」
「人気の英雄像?」
僕の言葉に、先生は眉をピクリと動かす。
その仕草を目にしながら、僕は大きく一度頷いた。
「はい。無職英雄戦記。あれとは逆の英雄像を描きたいと思っているんです」
「そうか……」
それだけを口にすると、先生は押し黙り、黙々とプロットに目を通していく。
そして全てを読み終えたところで、先生は小さな溜め息を吐き出した。
「あの……どうでしょうか?」
「確かにこのプロットを見る限り、君の書こうとしている主人公は、あの作品の主人公とは水と油だろうね」
その回答を耳にして、僕は先生も無職英雄戦記を知っていることを理解する。
「やはりご存知でしたか。まあベコノベで書いてる人なら、ほとんど知ってらっしゃるかとは思いますが……それで、どうでしょうか?」
「どうでしょうか、とは?」
「いけると思いますか?」
それは僕にとって、かなり勇気のいる問いかけだった。
正直言って、今回の前の作品よりも面白いものになりそうな予感を僕は覚えている。
だが、ベコノベで下位に沈んでいる作品よりも良い物だからといって、それは人気となる確信とはならない。また優弥たちは友達だからこそ、僕のプロットを第三者的に見れていないかもしれない。
だからこそ、津瀬先生に対するこの問い掛けは、僕にとってまさに勇気を振り絞ったものであった。
「ふむ、少なくとも、私には書けない主人公の話だ。だが面白そうだと思う」
「良かった。先生にそう言ってもらえると、なんというかホッとしました」
「そうか? あくまでプロットだけの評価だが、まあ君の自信になるのならば、それは結構」
先生はそう口にすると、それまでの無表情を解いて、初めていつもの冷静な笑みを浮かべる。
そこで初めて、今の言葉がリップサービスではなかったと、僕は理解した。
「それで先生。さしあたって、何か直した方が良さそうな場所とかあるでしょうか?」
「ふむ。そうだな……いや、止めておこう」
何かを言いかけた先生は、少し悩んだあと、口に仕掛けた言葉を飲み込む。
違和感を覚えた僕は、すぐに先生に向かってその理由を尋ねた。
「あの……どうしてです?」
「この話は、君自身が持っている世界観が、よく表れていると思う。特に主人公なんかはまさにね。だからこそ、君自身が持っているものを大事にした方が良い気がする。なので物語に関しては、私から忠告するのは控えるとしよう」
「僕の持つ世界観……ですか」
「ああ。無職英雄戦記と違う英雄像を目指していると君は言った。なら、なおさら自分の作ったキャラや世界を大事にした方がいい。その代わり、別のことなら教えられる。例えば作品の投稿方法や、そのための準備なんかはな。興味はあるかい?」
その津瀬先生の提案に対し、僕は一つの答えしか持たなかった。
「もちろんです。お願いします!」
「ふふ、結構。ただひとつ断っておく。私自身は何作もベコノベに投稿したわけではない。だからこれは、私が個人的にベコノベを分析して出した結論だ。それでも良いならという注意書きが付く。その上で聞いて欲しい」
僕が知るかぎり、最も知的という言葉が当てはまる人物が行った分析。
それは間違いなく、有益極まりないものだと確信していた。だからこそ、僕は深々と頭を下げる。
「はい、分かりました」
「ふふ、とりあえず投稿の話からしようか。今はどんな方法で投稿している?」
「投稿……ですか? えっと、パソコンから投稿していますが……」
津瀬先生の問いかけに対し、僕は戸惑いながらそう応える。
すると、津瀬先生は軽く首を左右に振った。
「ああ、それはそうだろう。だがそうではなくて、投稿するときに時間を決めていたりとか、曜日を決めていたりとか、そんなことをしているか知りたいんだ?」
「そうですね、だいたい夜の時間帯に投稿するようにしています。あと、無職英雄戦記が朝八時に決められて投稿されているのを見て、僕も余裕が有るときは投稿予約を行って、午前零時に投稿するようにしているんですが」
「ふむ、予約した上で定時投稿するのは悪くない方法だ。利点としては既存の読者はアクセスしやすくなる。ただし残念ながら、欠点も存在する」
「欠点?」
思いがけぬ言葉に、自然と自分の眉間にしわが寄るのを感じた。
一方、津瀬先生はいつもの笑みを浮かべたまま、僕に向かって一つの確認を行う。
「ああ。ベコノベのシステムだと、投稿されたらトップページに作品名が掲載される。それは知っているな?」
「更新された作品というところに、名前が載るんですよね」
ベコノベのトップページに存在する更新作品掲載欄。
全ベコノベ作品のうち、直近に投稿された十作品だけが、そこに名を連ねることができるシステムである。だが基本的には、次々と作品が投稿及び更新されていくため、長時間名前を載せていることは困難として知られていた。
「そう、それだ。特に初めて投稿した作品の場合、普通はそこから読者が作品にアクセスしてくれる。言い換えれば、あのトップページに長く名前を乗せることは、作品の読者を増やす上で非常に重要なことだ。だからこそ、最初は敢えて定時投稿をやめたほうが良い」
「敢えてやめる……ですか」
定時投稿を行う場合、基本的にはベコノベのシステムで投稿時間の予約を行っておくことが一般的で、投稿ミスが少ないとされている。
だからこそ、これまで定時投稿を行うことにデメリットらしいデメリットを感じておらず、正直言って僕は津瀬先生の言葉を理解できなかった。
しかしそんな僕に対し、津瀬先生は何気ない口調でその理由を説明する。
「それは簡単だ。例えば君が午前零時ちょうどに投稿の予約を行っているとする。そして同じように、午前零時に予約投稿しているものは大量に存在するだろう。そうなれば、一気に大量の作品が同時更新され、一瞬でトップページから作品の名前が流れていってしまうだろう。それでは駄目だ。となればだ、どうすればいいかわかるかい?」
「……つまり、定時に大量の投稿された、その後の隙間を狙うわけですね」
「その通り。定時投稿の時間から敢えて数分遅らせて、手作業で投稿する。そうすればよりも長い時間、トップページに作品名を載せることができる」
その先生の言葉に、僕はようやくその意図するところを理解した。
確かに更新が集中する時間を少し外したほうが、長時間人目につくことができる。それ自体は非常に理にかなっているように思われた。だが……
「なんというか、ちょっぴりせこい作戦ですね。いや、先生をせこいと言っているわけではありませんが」
「ふふ、そうかもしれんな。だが、君がプロを目指しているのなら、自分の作品を人に伝える努力をすることは非常に大事だと思う」
「えっと、宣伝も大事というやつですね。ただ良い作品を書けば、それだけで読者さんが付くって言う人もいますけど」
そう、作者はただただ面白い作品を書くことだけを追求すべき。面白い作品なら自然と評価されるし、そうでないならば作品自体がつまらない。
そんな見解を僕はベコノベの作者ブログで目にしたことがあった。
「ふん、俺に言わせれば世迷い事だな。もちろん職人気質という意味では、作品だけに集中することは悪くない。そして作品自体を作ることを目的としたアマチュアなら、それもありだろう。いつか白馬の王子さまが、その作品を皆に広めてくれると夢見るのは自由だからな。だが、君はプロを目指している。ならば座して待つのはお勧めしかねるな」
「でも、具体的にどうすれば良いのかわからなくて」
宣伝をすると言っても、具体的にどうして良いのかわからなかった。
学校の友人や家族などにお願いするのは違うだろう。しかしだからといって、他の選択肢と言っても、特に思い当たる方法はなかった。
「そうだな……さしあたって、ベコノベの作家日記を初めてみるのはどうかな。たしか君はあのブログ機能を使っていなかっただろ?」
「それはそうですが……いえ、でもそうですね。少し考えてみます」
ブログ上で誹謗中傷を行った作者が、いろんな人に怒られて炎上騒ぎになったのを目にしたことがある。それ故に僕は、これまでベコノベの作家日記には一切タッチしていなかった。そんな記事を書く暇があれば、その時間を作品に使うべきだとうそぶいて。
でも、それは逃げだったのかもしれない。自分の作品を他人に伝えられる可能性、それが存在するのならば、やはり取り組んでみるべきだろう。
「ああ。とりあえず気になる作者の日記を見てみる癖をつければいい。中には、ベコノベの執筆講座をしている作家日記なんかもある。それらも参考になるだろうし、それ以外にもどうすればうまく宣伝になるか、読者を引きつけられるのかわかるだろうからね」
「わかりました。今日帰って、見てみることにします」
「ああ、そうしたまえ。ただ矛盾するようで申し訳ないが、敢えて露出を控え、ミステリアスさを保つという選択肢も存在する。何しろベコノベの頂点にいる人物が、未だメディアへの露出などもしていないしな」
「それって、藤間先生のことですよね」
ベコノベの頂点に君臨し、商業においても成功を収めたと言われる藤間璃音。
病に倒れるまで積極的に表に出た山川修司と異なり、藤間璃音は自作がメディアミックスされているにも関わらず、一切表舞台にその姿を表していなかった。
「その通り。ただ藤間先生も、作家日記自体は使っている。読者の感想に対して、自分のメッセージで丁寧に返答するためにな。そんなあの人の姿勢に感動して、ファンになった者も少なくないと聞く」
「ファンレターを書いたら、返事が来たって感覚でしょうか?」
「そうかもしれんな。もちろんあの人の場合は、そんな計算なんてないかもしれないが、逆に自然とできているのならば、それは恐ろしいことだ」
「確かにそうかもしれません」
自然と読者を惹きつける行為ができる。
それはきっと作者として、大きな強みだと思う。だが僕は、それ以上に藤間先生の書く作品が魅力的だからこそとも思わずにはいられなかった。
「あと、宣伝以外で言っておくことがあるとすれば、十分な書き溜めを用意しておくんだな」
「書き溜めと言いますと、ストックを作っておくということですよね」
「ああ。作品を書き上げればすぐ投稿したくなるのが普通だ。だが、できれば二十話、少なくとも十話は、予め書き上げておいた上で投稿し始めたほうが良い」
十話ならともかく二十話となると、なかなかに大変である。
何しろ、転生ダンジョン奮闘記が現在二十一話なのだ。それとほぼ同じ分量を、投稿開始する前に準備するということを意味しているのだから。
「かなりの量ですけど、それは連日投稿をするためですか?」
「もちろんそれもある。だがそれ以上に、連続投稿をするために必要だからだ」
「連続投稿? 連日投稿と言うわけではなくてですか?」
よく似た言葉ながら、先生は明らかに意図して二つの言葉を使い分けている印象を受けた。ならば、おそらくその理由があるだろう。
「ベコノベのランキングシステムは、一日ごとに集計されているのは知っているかな」
「はい。二十四時間でのポイント加算分で、ランキングは変動していると聞いています」
「そう。そしてベコノベにおいて、新たな作品へのアクセスの大半は、あのランキングからと言われている。つまりランキングに載った場合、急速に多くの読者の注目を集めることができるわけだ」
「らしいですね。僕は経験していないですが、ランキング上位なら一日に数万人がアクセスするとか」
僕自身は未だランキングに一度も載ることができていない。
それ故に、優弥からの話ではあったが、ランキング上位になれば普段の数千倍の読者が読みに来るのだと聞いていた。
「そのとおりだ。そしてそのアクセス数はピラミッドのようになっている。つまり少しでも人の目に留まる為には、少しでもランキングの上を目指さなければならない。そしてそのための方法として、一日の内に何度も連続して投稿する手法が存在する。これが所謂、連続投稿というやつだな」
「すいません……よくわからないのですが、連続投稿をすることは具体的に何がいいのですか?」
「単純だよ。作品ポイント、中でも評価点を稼ぎやすくなる」
「え、でもあれは……」
津瀬先生の回答を耳にして、僕は戸惑いを覚える。
ベコノベでは同じ読者からは一度しか評価点を得ることは出来ない。だから、連続して投稿しても、大量のポイントを得ることが出来ないと僕は理解していた。
だが僕のそんな疑問を予期していたのか、先生は指を一本立てながらゆっくりとその口を開く。
「そう、その通り。君も考えたように、一度付けてしまえば、同じ作品に何度もポイントを投入することは出来ない。だが、評価点を投票する画面は最新話の文末の下、つまり一日何回も更新することで、評価点画面を何度も表示させることができる。つまり自然と、読者が評価点を入れる確率を上げることができるわけだ。そして更に重要な事は、本来ならば二日に分かれて得るはずだった評価点を一日に集中させることができる」
「……なるほど。本当なら更新ごとに貰えるはずだった評価ポイントを、まとめて一回に貰うことができるわけですね。すると、日間ランキングを少しでも高く登ることができるってわけですか」
先生の言うとおりだ。
一日分のポイントなら、確かに僕は一度もランキングに乗ることが出来なかった。
でももし二日、いや三日分のポイントを合算できれば!
「ふふ、その表情だと気づいたようだね。そう、別に二日分とは限らない。ランキングを登るチャンスと見れば、一日三度でも四度でも投稿すればいい」
「そして一日に何度も投稿するには、十分なストックが必要……だから書き溜めをしておくべきというわけですか」
なるほど、確かに理にかなっている。
もちろん、とにかく数を沢山投稿すればいいというものではないのだろう。おそらくは作品の評価点が稼ぎやすい山場でこそ取るべき手法だ。
「その通りだ。もちろんそれ以外にも、ストックを持っておくことの有用性はある。例えば作品において、主人公が不幸な目やピンチに陥る場面。そんなシーンを書いた回は、読者の不満を溜め込みやすい。そしてベコノベのシステム上、それがすぐに評価ポイントの低下やブックマークの減少に繋がる」
「そこで読者離れを防ぐために、ストックを使うというわけですね」
「正解。数話先で憂鬱なシーンから離脱できるのなら、その間だけ投稿間隔を詰めてしまえばいい。そうすれば、離脱シーンまで連続で読んでもらえるから、読者離れを最小限に抑えることができる」
「商業の週刊漫画誌なんかでは、絶対に取れない手法ですね。自分が投稿タイミングを決定できるベコノベだからこそ……ですか。しかしなるほど、確かに常にストックを持っておくべきだということがよく分かりました」
ここまで有用性が明らかならば、やはりしっかりと準備をしてストックを作る必要がある。先生の言うとおり、まずは十話を目標とするか。
自分の中でそう決意を改めていると、先生はニヤリと微笑みながら、新たな提案を僕に向かって口にした。
「まあ、ベコノベにおける投稿のテクニックとしては、それ以外にも読者のアクセス時間分布から分析して、調整する方法などもある。この辺りは以前にも簡単に説明したが、今日の講義の後にでも詳しく話すとしようか」
「あ、申し訳ありません。実は今日、この後に約束がありまして……」
せっかくの提案であり、是非伺いたいところではあった。
だが既に交わしていた約束をやぶることは、僕には出来なかった。
「ほう、ならまた今度にしよう。実際に作品を投稿するまでに、まだ時間はあるだろうからな。それよりもだ、改めて一つだけ君に確認しておきたいことがある」
「何でしょうか?」
心の中を覗き込んでくるような先生の視線を受けて、一瞬僕は反応が遅れる。
すると、そんな僕に向かい、先生は先日も行った問い掛けを再び向けてきた。
「転生ダンジョン奮闘記は、いつ完結させることができそうかな?」
次話となる第16話は8月11日19時更新とさせて頂きます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。