第十二話 人は見た目によらない!? 漫画とか小説とは無縁そうな今時の女子の中身が、実はオタクのガチ漫画家志望で、僕たち二人に向かって漫画作りの協力を本気で求めてきた件について
「まさか音原とこんな店に来るとはな」
ぐるりと周囲を見回しながら、優弥は苦笑交じりにそう言い放つ。
ひっきりなしに人の出入りがあり落ち着きのない店内に、あちこちで繰り広げられる談笑の洪水。
そして僕たちの目の前には、少ししなびたポテトと、サンプルより二割ほど嵩の低いハンバーガー。
そしてJKモデルのような音原由那。
「なに? 私がファーストフードを食べちゃだめっていうの?」
「いや、お店がどうこうってことじゃないぜ。それにダメというよりは……」
そこまで口にしたところで、優弥は口をつぐむ。由那の視線が明らかに強くなったためだ。
「一度言っとくけど、あなた達……というか、みんな私に偏見持ちすぎなの。クラブで遊んでそうとか、パパがいそうとか、よくもまあ人のことを好き勝手言えるものね」
「えっ、違うの?」
ついついといった様相で、優弥はそう口にしてしまった。
途端、由那はテーブルをドンと叩くと、怒りの声を上げる。
「違うに決まってるでしょ! と言うか、なに? あんたも私にケンカ売ってるの?」
「いや、ケンカは売らねえけどさ……というか、問題はそこじゃなくね?」
「だね」
僕と優弥は立て続けにそう述べる。
その瞬間、由那は顔から上記を吹き出しそうなほど真っ赤に染め上げると、慌てて話題を変えた。
「と、ともかく、私のことなんてどうでもいいの」
「……えっと、それでなんで僕たちを誘ったの?」
少しばかり可哀想かなと思った僕は、彼女の求めを察して話題転換を計る。
すると、僕の隣の席から、間髪入れずに言葉が挟まれた。
「たぶん俺達っていうより、昴と一緒が良かったんじゃねえかな」
「そうよ……いえ、そうじゃなくて……うん、その……ともかく、これを見なさい!」
学校で見せる少し斜に構えた姿とは異なり、まるで別人かと思うほど落ち着きのない素振りを見せながら、由那は僕たちの前に紙の束を置いた。
「なにこれ?」
「いいから、何も言わず見て」
僕の問いかけに、由那はただただそう返す。
僕は首を傾げながら、目の前に置かれた紙の束を手に取った。そして白紙の一枚目をどけた瞬間、僕は思わず息を呑む。
「え……漫画の生原稿!?」
「おい、ちょっと俺にも見せてくれよ。って、うわ、これすげえな。めっちゃうめぇじゃん!」
隣から僕が手にした原稿を覗き込んできた優弥は、思わぬ物を目にしてテンションをあげる。
「うん。本当に上手い。どうしたのこれ、拾ったの?」
「なんで拾うのよ。描いたの」
由那ははっきりとした口調でそう述べる。
僕は一瞬戸惑いを覚えると、確認するように問い返した。
「描いたって誰が?」
「私が……この私が描いたの」
「え……ほんとに?」
「うん」
何故か彼女は不安そうな表情を浮かべながら、僕に向かってそう返す。
途端、隣の席の男が、堪えきれないとばかりに内心を漏らした。
「え、なに。勉強もできて、絵もうまくて、喧嘩も強い。なにそれ、何処の最強ヤンキーだよ」
「誰がヤンキーよ! ともかく、ちゃんと最初から見て」
「お、おう」
初めて目にする必死そうな由那の視線に晒されて、優弥は真顔になると慌てて原稿へと視線を向け直す。
そうして僕たちは、一言も言葉を発することなく、ただ夢中にその漫画原稿をめくっていった。
「……どう?」
僕たちが最後の一枚を読み終わり、机の上に原稿を戻したところで、由那は恐る恐るそう問いかけてきた。
「いや、普通に上手いと思うんだけど」
「うん、知ってる」
僕の感想に対し、由那はまったく照れることもなくそう応える。
途端、隣からは溜め息混じりの声が吐き出された。
「なんだ、やっぱり自慢か」
「違う。本気で聞いているの。漫画としてはどう? 面白い? 続きが読みたい?」
それは初めて耳にする声だった。
派手な見た目の彼女に似合わぬ真剣な声。
それを受けて、僕たちは顔を見合わせる。そしてお互いの表情から意見が一致していると理解すると、僕が二人を代表して彼女へと答えた。
「漫画としては……うん……ちょっと」
「やっぱり……ね」
小さくそう呟くと、由那はがくりと肩を落とす。
そんな彼女に向かい、隣から優弥がその理由を口にした。
「確かに絵はすっごく上手いぜ。でもさ、ストーリーが支離滅裂じゃん、これ」
「……わかってる。自分で読んでも、そうじゃないかって思ってたから」
由那はうつむき加減のまま、そう答える。
するとそんな彼女に向かい、優弥は意外そうな表情を浮かべた。
「なんだ。殊勝じゃねえか」
「自覚はあるもの。だからあんたたちを誘ったの」
「どういうこと?」
由那の言葉の意味がわからず、僕は思わず問い返す。
すると、先程までの塞ぎこんでいたのが嘘であったかのように、彼女は僕たちに向かって噛み付いてきた。
「いつもいつも。楽しそうに創作の話をしてるじゃない。人の気も知らずに!」
「え……いや、あの……」
僕は思わず言葉を詰まらせる。
そして優弥に視線を向けると、彼も戸惑いを隠せぬ表情を浮かべていた。
「なんで……なんであんなに自由に話ができるの。ずるい、ずるいよ。ずっと黙ってたのに。これまでずっと隠してきたのに。そんな私に見せつけるように、あなた達は人目も気にせず、馬鹿話をしながらすっごく楽しそうにいっつも話してるし。その上、昴なんか、どんどん文章うまくなっていくし」
ちょっと派手で今時の女子高生という仮面が剥がれた由那は、溜まっていた感情の全てを吐露する。
一方、目の前の今にも泣き出しそうな由那を前にして、優弥もそして僕も、どうして良いかわからず、一瞬言葉を失った。
ただそんな彼女が最後に口にした言葉。
それに気づいた僕は、思い切って彼女に向かって問いかける。
「えっと……もしかして由那って、僕の作品を――」
「ええ、読んでるわ」
「と言うかさ、なんで昴の小説を知ってんだよ」
「むしろ、なんで知らないと思うの? 休み時間ごとに、二人揃ってあれだけ楽しそうに大声でぺちゃくちゃ喋ってるっていうのに」
由那は瞳に涙をためながら、キッと優弥を睨みつけると、そう口にする
その言葉を聞いて、僕は彼女が繰り返す言葉を敢えて問い返した。
「楽しそう?」
「うん、すっごく。だって私なんて、ずっと……ずーっと、一人で描いてたのに。なのにあんた達……ずるいわ」
「というかさ、なんで音原が漫画描いてんの? いらないじゃん、あれだけ頭よくて、美人ならさ」
「それって重要?」
優弥の問いかけに対し、由那はただそれだけを返す。
途端、彼は戸惑いの声を発した。
「へ?」
「私にとっては、これだけなの。無理やりやらされている勉強なんかじゃなく、他の子に合わせるために磨いてるファッションやスタイルなんかじゃなく、漫画だけ。これだけが私がやりたくてやっていることなの」
「由那……」
僕にはそれが、彼女の本心なんだとわかった。
自分が本当にやりたかったことを、一度なくしてしまったが故に。
「ねえ、私も……私も仲間に入れてよ。一緒に作品作るの手伝ってよ」
「と言われてもなぁ……」
「う、うん。でも、僕たちが話してるの小説の話だよ。由那が描いてるのは、その……」
「良いの。何よりあなた達が言ったじゃない。私の漫画はストーリーが支離滅裂だって」
詰め寄るように、そして懇願するように、彼女は僕たちへとそう告げる。
すると優弥が、僕の知らぬ単語を口にした。
「えっと、要するにネームを作るのを手伝えばいいってことか?」
「なに、ネームって?」
僕は首を傾げながら、隣りに座る灰色の男に尋ねた。
彼は顎に手を当てると、少し考えた後にその口を開く。
「漫画の筋書きみたいなものだな。小説で言う、プロットのような感じだ」
「プロットかぁ……だとすると、ちょうど僕と一緒だね」
僕は今の自分の状況を踏まえ、何気なくそう口にする。
途端、目の前の金髪の女子は、パッとその顔を上げた。
「昴と?」
「うん。僕もちょうど新作を考えているところでさ」
「そうなんだ……え、じゃあ、転生ダンジョン奮闘記はどうなるの?」
ああ、やっぱり読んでくれているんだ。
彼女がサラリと作品のタイトルを口にしたことで、僕はそう確信する。
「たぶんもう少しで完結させる……かな」
「そっか。私、結構好きなんだけど」
その由那の表情は、先程までの切実なそれでいて悲壮なものとは異なっていた。
少し寂しそうな、それでいて僕を気遣うような、そんなはかなげな笑顔がそこにあった。
「ねえ、優弥」
「……何を言い出すか予想がつくが、なんだ?」
長い付き合いだ。
たぶん彼には、僕が何を言い出すのか既にわかっているだろう。
だけど、僕は敢えてそれをきちんと言葉にする。
「由那もさ、一緒でいい?」
「昴!」
僕の言葉を聞き、由那はパッと表情を明るくさせる。
そんな彼女の反応。それを目にして、優弥は苦笑を浮かべながら、素直じゃない彼らしい言葉を口にした。
「いいんじゃね? 見た目ほど、野蛮なヤンキーじゃなさそうだし、サークルクラッシャーにしては、あまりに凶暴すぎるしな」
「誰がヤンキーでサークラよ!」
優弥の言葉に反応した由那。
言い返した彼女の言葉と異なり、その表情には安堵と喜びの入り混じった笑みが浮かんでいた。
そんな彼女の表情を目にして、僕はほんの少しだけ心が軽くなる。
「ねえ、由那、今日は予備校は?」
「私はないわ」
「僕はこの後、先生との授業がある。だから明後日の日曜日にでも、集まって考えようよ。確か日曜日は、優弥もバイト休みだったはずだし」
僕はそう口にすると、優弥へと視線を向ける。
彼は軽く肩をすくめると、ニコッと微笑んでみせた。
「ちっ……俺のシフト、バレてるのな。まあ良いや。ちょっと面白そうだし、元ベコノベ作家として、参加してみるか」
「なら明後日までに、僕も幾つかプロットをまとめておくよ」
優弥の同意を取り付けて、僕も自分に向い発破をかけるように、敢えてノルマを口にする。
そして僕と優弥は、彼女へと視線を向けた。
「決まりね!」
僕は初めて目にした。
目の前の女の子の表情に、一切の毒気のない笑みが浮かんだところを。