第十一話 悪役令嬢の襲来!? 今の作品を投げ出さないと誓いながら、次作となる新作企画に悪役令嬢ものもありじゃないかと話し合っていたら、リアル悪役令嬢っぽいクラスメイトが声をかけてきた件について
昼休みの中庭。
元気の有り余っている生徒は、まるで小学生のようにドタバタと走り回っていた。
僕はそんな光景を少しばかり羨ましいと思いながら、手にした菓子パンをかじる。
「で、新作を書くかどうか悩んでると」
「まあ、まだ書くって決めたわけじゃないけどね」
菓子パンを紙パックのコーヒーで流し込み、その後に僕は応える。
すると隣に腰掛けた優弥は、腕を組みながら感心したように声を上げた。
「しかし、その先生は本物だな。アクセス解析から作品の修正点を見つける……か」
「他にも、アクセスされる時間で、自分の作品の客層を推測したり、更新タイミングを決めるのに役に立つなんてのも言ってたね」
授業が終わった後のちょっとした時間に、先生が教えてくれたアクセス解析の正しい使い方。
それは正直、僕がイメージ出来そうな方法の遥か上をいくものであった。
「しかし、その人って書籍化が決まってるんだろ? 一体、どんな作品を書いているんだろうな?」
「さあ……でも正直、興味はあるね」
確かに先生からは、ペンネームはおろか、作品のことは聞いたことがない。
初めてあった時の口ぶりからして、どうも教えてくれる気はなさそうだけど……
「案外、ギャグ小説だったりしてな」
「まさか」
優弥の言い出したことを耳にして、僕はありえないとばかりに首を左右に振る。
だが優弥は、改めて自分の見解を繰り返した。
「いや、意外とわからんぜ。高度なギャグは計算だって言うじゃん。お笑い芸人にも凄く頭の回転が速い人が多いだろ。そんなもんだよ」
「でも、流石にそれはない気がするなぁ」
「そうか? お前に言ってないのだって、案外イメージが崩れるからかもしれないぜ」
そう言われると、なんとなく否定出来ない気もしてくる。
先生は実際、どんな作品を書いているんだろうか……
「ま、その人のことは置いておくにしても、正直言って、新作を書く事自体には俺も賛成だ」
「どうして?」
「前も言ったよな、お前の話は平坦だって」
「ああ。起伏がないって言ってたあれね」
確かに、優弥に最初指摘された。
僕の作品は一話ごとの盛り上がりに欠けると。
「そう。その先生が言う、三話で読むのをやめているってのは、俺も正しい分析だと思う。なんていうか、淡々とゴールに向かて進んでいるから、最初から終わりが見えている感じがあるんだよ、お前の小説は」
「終わりが見えている?」
優弥の意図するところがわからず、僕はそのまま聞き返す。
すると、彼は少し考えこんだ後に、少しずつ話し始めた。
「つまりさ、お前の話って、次回どうなるかがわかりやすいの。主人公はもちろん、ヒロインは死なない。それに、ダンジョンに乗り込んできた人間は、粘りはするけど、最後は罠にかかるか主人公によって倒される」
「普通そうなんじゃない? 少なくともハッピーエンドで終わらせたいならさ」
ヒロインが死んでしまえば悲劇だし、主人公が死んでしまえばそこで話が終わってしまう。まして、敵が主人公たちによって倒されなければ、物語は成立しづらい。
ダンジョンの探索にきて、食べ物が足りなくなって敵が勝手に餓死しましたってなってしまうと、正直言って残念な感じしか覚えないだろう。
「まあ、それは言えるかもしれないけどな。でもさあ、人気マンガなんかだと、主人公が本当に死んでしまうんじゃないか、絶対に勝てないんじゃないかって、そう感じる時あるだろ。そういうのが足りない気がするな。読者にとっての緊張感というかな」
「確かにそれはそうかも。アクション映画なんかでも、最後はハッピーエンドと思いながら、どうなるか分からなくてハラハラしたりするし」
「そう。それが昴の小説には足りねえんだ。『続きを読まなくてもだいたいわかる。だからいいやって』、そんな感じで途中から読むのをやめている気がするな」
「だから話が進むごとにアクセスが右肩下がりになっていると……つまりそういうわけだね」
その優弥の説明は、確かになるほどと思った。
そう、言うなれば犯人がわかっている推理小説のようなものだ。先が見えてしまったら、面白さの大部分が失われてしまう。
「ああ。というわけでだ、俺は今のにテコ入れするんじゃなく、一から設計してみたほうが良いと思う。一本書いたから小説の作法はわかっているだろうし、次書くものはもっといいものになると思うぜ」
彼のそんな言葉を受けて、僕は一度目をつぶる。
そして一度うなずき、答えを出した。
「優弥……決めたよ。新作をやろう」
「オーケー。ただ一つ忠告しておくぜ。もし新作を書くにしても、『転生ダンジョン奮闘記』は中途半端に放り出すなよ」
「そんなことしないよ。自分が書きたいと思って、書きだしたんだしさ」
優弥の忠告を受けて、僕は見損なわないで欲しいとばかりに反論する。
すると、彼はニコリと微笑んだ。
「ならいんだ。いや、実はよくいるんだぜ。人気が出なかったら、作品を途中で放り投げて、いきなり別のを書き出す奴って。正直言って、最低だと思うんだよ。読んでくれていた読者ごと放り投げているんだからな」
「え……そんな人もいるんだ」
せっかく書いた自分の作品を、読者の期待を無視して放り出す。そんなことをする意味がわからず、僕は困惑する。
そんな僕の反応に気づいたのか、優弥は頭を掻きながら再びその口を開いた。
「もちろん決して数は多くないけどな。中には次の展開が思いつかなくて、筆が止まったから仕方なくって奴もいるし。そういうのは仕方ないにしても、ランキングを上がれないからって、テンプレを次々と書き散らす奴がたまにいるんだよ」
「……それはちょっとなぁ」
「だろ? 正直、昴にはそういうベコノベ作家になって欲しくないんだ」
いつもヘラヘラしていることが多い優弥の真剣な表情。
それを目の当たりにして、彼がその種の行為を心の底から嫌悪していることが、僕にはわかった。そしてそれとともに、昨日の一つの会話が不意に僕の脳裏をよぎる。
「心配いらないよ。と言うか、もしかしたら先生もそれを心配してたのかな?」
「どういうことだ?」
「いや、新作の提案をされる前に、今の作品をどれくらいで完結に持っていけるか聞かれてさ」
「なるほどな。他にも意味があるのかもしれねえが、たぶん同じ心配はしてたんだろうな」
優弥の言葉に僕も頷く。たぶん僕が終わりを決めているといったから、先生は新作の提案をしてくれたんだろう。
となれば、僕は先生や優弥の気持ちに報いるためにも、とにかくやるしか無い。
「ともかく、しばらくは平行して進めていくよ。転生ダンジョン奮闘記を書くのと、新作の企画を考えるのとをさ」
「おう。どうせなら一本に絞るんじゃなくて、色々プロットを立ててみろよ。そん中から、面白そうな奴に一本化するって形にしてさ」
「それはいいね。確かに色々資料も呼んだし、今のダンジョンものでは使えないネタちょこちょこ思いついているんだ。それを幾つか形にしてみるよ」
本当に本って凄い。
今までは、正直そこまで本を読んでいる方ではなかった。でもこの短期間の間だけでも、本の中には無限の世界も、そして未知なる知識も詰まっている事が十分に理解できた。
そしてせっかく得た知識なんだ。出来る限り有効に使ってみよう。津瀬先生じゃないけど、知ったからこそ使うという選択肢を得たわけだしね。
僕がそんなことを考えながら、頭の中でネタの取捨選択を始める。然しすぐに優弥が、そんな僕を現実へと引き戻した。
「はは、昴。なんか、ほんと昔のお前らしくなったよな」
「そう? よくわからないけど」
「いや、間違いないさ。しかし、お前がやる気だってんなら、元相棒としては手伝ってやるしかねえな。さて、どんな新作にするか……中世の資料集めたって言ってたし、いっそ流行りの悪役令嬢転生ものなんてのも面白いんじゃねえか」
「悪役令嬢……もの」
その少し高い声は僕の後方から聞こえてきた。つまり中庭のベンチの後ろから。
僕と優弥は揃って振り返る。
すると、そこには一人の金髪の女子が、少しばかり緊張した面持ちで立っていた。
「音原?」
見慣れぬ由那の姿を目の当たりにし、優弥は訝しげな表情を浮かべる。
するとそんな彼の声に押されたかのように、彼女は意を決して、僕たちが予期していなかった提案を口にした。
「ねえ、夏目、それに昴。今日の放課後、時間ない? ……ちょっと付き合って欲しいんだけど」