第十話 作品に役立つアクセス解析の使い方!? 自分の作品の問題点をアクセス解析によって洗い出された結果、やはり今の作品を早く完結させ、次の新作の準備を始めるべきという結論にたどり着いた件について
「か、完結って、どういうことですか?」
突然先生に突きつけられた言葉に、僕は戸惑う。
「さしあたっての、目安を聞きたいということさ。君に与えられた一年という時間。それはあまりに短い。その上で、今書いている作品で勝負するつもりなのか、それとも別の選択肢も考えるのか、そのあたりを早めに考えておくべきだと思ってね」
「それはもちろん、今の転生ダンジョン奮闘記で書籍化できればいいと思っています」
先生の問いかけに対し、僕は強い口調でそう告げる。
だが、そんな僕へと返されたのは、冷たい現実であった。
「ふむ……単刀直入に言おう、今のままでは厳しいと私は思う」
「な……」
僕は思わず絶句する。
それはそうだ。
書き始めて三週間、ただ転生ダンジョン奮闘記のことだけを考えて頑張ってきた。それが、そんな努力の結晶が、根本から否定されたように感じたためだ。
だが、そんな僕の動揺を見て取ったのか、先生はすぐに首を左右に振る。
「いや、君の作品がダメだと言っているんじゃない。でも、現在書いている十三話までをそのまま生かすのなら難しいということだ……そうだな言葉で言ってもわかりづらいか」
先生はそう口にすると、手にしていたタブレット端末を僕へと手渡してくる。するとそこには、数字の羅列と棒グラフが描かれていた。
「あの……これは何ですか?」
「それは君の作品のアクセス解析だ。ベコノベの機能の一つだよ」
「アクセス……分析」
「ああ。つまり君の作品に、何時頃どれくらいの人数がアクセスしたのか、またどの話に何人がアクセスしたのか、それらは全てデータとして閲覧できる」
「そんなものがあったんですか」
そんな機能があるなんて知らない。だから僕は驚いた表情を浮かべずにはいられなかった。
一方、そんな僕の反応を前にして、先生は苦笑を浮かべる。
「やはりな。まあ、知らない者が多くても無理はない。別に小説を書くことにも読むことにも、このデータを知らなくて支障はでないからな」
「でも、先生がそう言うからには、意味があるということですよね。つまり知っている者は――」
「そう、知っているものは選ぶことができる。このデータを生かすという選択肢をな」
僕の言葉を途中から奪い取り、先生は堂々とそう宣言した。
だが、そんな先生に対し、僕は頭の中に浮かんだ一つの疑問をぶつける。
「選ぶことができるっていうのはわかります。でも、何人がアクセスしたかなんて、人気が有るか無いかくらいしかわからない気がしますけど」
「そんなことはないさ。例えばだ、そこに表示されている話数別アクセスの棒グラフ。それはどのような形になっている?」
先生の言葉を受け、僕は改めて目の前のグラフを目にする。
三話目まではほぼ横一閃の高さ。
でもそのあとからは、一話ごとに右肩下がりで、棒グラフは短くなっていった。
「えっと、途中からだんだん棒が短くなっていって、まるで下り坂みたいです」
「そうだな。一方、これがあのアリオンズライフの話数別アクセスだ」
先生はそう口にすると、タブレットを軽やかに操り、アリオンズライフのアクセス解析ページを表示させる。
そこで僕が目にしたのは、極めて水平に近い棒グラフの姿であった。
「凄い……まったく棒グラフが縮んでいかない。それどころかところどころ……」
「ああ。それは各章のクライマックスの場面だな。その部分だけ読み返している読者がいるということだ」
そう、各章のクライマックスやボスとの戦いの話の部分は、周りの話より突出してアクセスが増えている。それが作品の各所に見られるということは、それだけ盛り上がる場所が作品の中に多いということだった。
「やっぱり違いますね……これ」
「まあな。だがこれを見て、どちらの作品が良いとか悪いとか、そんなことを言いたいのではない。君に見て欲しいのは、君の作品のアクセスが減り始めている場所だ」
「四話目からアクセスが減り始めていましたね」
「そう。つまり、三話目の時点で、読者の多くが続きを読むことを辞めたということだ」
真正面から突きつけられた津瀬先生の言葉。
それに僕は思わず絶句した。
「そんな……」
「残念ながら事実だ。そしてプロになるつもりなら受け入れるべきだと、私は思う。その上で、次にどうするかだ」
「どうするか……ですか?」
戸惑う僕は、津瀬先生の言葉をそのまま繰り返す。
すると、先生は右手の指を三本、僕の前で立ててみせた。
「私が思うに、三つの選択肢があると思う。一つ目はこの棒グラフの存在を忘れ、人気が出るのを祈りながら、このまま書き続けること。二つ目は、棒グラフでアクセスが減った話の部分を、手直しして面白くしていくこと」
「つまり不人気の部分に今からテコ入れをするってわけですね」
「ああ。これは商業誌のランキングシステムなんかでは、到底出来ない方法さ。まさにネット小説ならではのやり方と言える。こうやってどの部分が支持され、どの部分が支持されていないかを数字で理解でき、更に今から修正が出来るのだからな」
確かに先生の言うとおりだ。
毎週の人気不人気なんかは、週刊漫画誌ならある程度わかるかも知れない。でもそれでさえ、一度載せた話は不人気だと判明しても引っ込められない。
でも僕たちベコノベの投稿作家は違う。
いくらでも修正することができる。
「確かにそれはいいかもしれません。あのそれで先生……三つ目は?」
「三つ目はシンプルだ。書籍化を目指した新たな作品を書くということだ」
全く予想していなかった先生の言葉。
それを耳にした瞬間、僕は思わず驚きの声を上げる。
「新たな作品? え、転生ダンジョン奮闘記の他にですか?」
「他にだ。だから私は聞いた。今の作品をあとどれくらいで完結できるかとな」
「でも……」
「いや、君の気持ちもわかる。自分が好きで書き始めた話だ。だから無理やり終わらせろと言うつもりはないさ。そんな権利もないしな」
先生はそう口にすると、改めて僕の顔を覗き込んでくる。
「ただ、君には知っておいて欲しい。もし君が書いているのが商業雑誌なら、人気がなければ打ち切られる。そしてそれを決断するのは、編集者であり出版社だ。だがベコノベの場合、そんな人物はいない。つまり作品にピリオドマークを打てるのは君しかいない」
「それは……そうですね。もちろん、転生ダンジョン奮闘記の終わらせ方自体は決めています。そこまでの過程を調整して話の長さも決めようとは思っていました」
確かに先生の言いたいことはわかる。
作品を終わらせる権利を持つのは僕だけだ。
そしてそのタイミングを決められるのも。
「最初と最後を決めて書き始めたわけか。なるほど、それ自体は悪く無い。話に一本筋が通るからな。だが過程で調整するということは、その間の部分で投稿話数を調整するということだと同義だ。つまり味の薄い醤油みたいに、いくらでも水でうすめることができる」
「引き延ばすと薄味になると、そういうことですか」
「まあ、キャラの掛け合いで見せる作品なんかもあるから、一概には言えない。でもどうせなら、下味からしっかりと付けられたものを、食べたい人は多いと私は思っている」
「つまりプロット段階から、もっとしっかり煮詰めて作るべきと?」
転生ダンジョン奮闘記は早く書きたいという気持ちが強くて、最初と最後だけを決めると、その間のことを考えず一気に書き始めた作品だ。
それ故に、きちんと考えていた最初の部分が終わると人気が落ちていった。それはやはり妥当なのかもしれない。
「もちろんプロでも、一々プロットを作らない人もいると聞く。だが、君ならわかるだろ。起点と終点が決まっていても、そこまでに経由するルートで、ゴールへの道のりはまるで別物となる。そしてサッカーのプレイスタイルからレジスタ……つまり演出家と呼ばれた君なら、そのたどり着く道筋をしっかりと演出できるんじゃないかな。少なくとも私はそう思っている」
「過程を演出する……ですか」
「ああ。つまりふわふわしたボールではなく、しっかりと意志のあるボールを、次々と繋いでいく。そんなサッカーの方が、観客は試合に夢中になるものだ。違うかい?」
まさにそのとおりだ。
闇雲に前線にロングボールを蹴って点数が入るのも、そして次々と流れるようにパスが回されて点が入るのも、サッカーにおいては同じ一点。
でも、観客は後者のサッカーを好む。
そして僕も、そんなサッカーが好きだった。
「いえ、先生の仰るとおりです。むしろ僕もしっかりと間を演出したい」
「結構。ただもちろん、ここで結論を出す必要はない。君が今書いている作品を修正することも選択肢としては十分にありだからね。だがらよく考えたら良い。自分がどんなサッカーを、いや、どんな戦略で書籍化を目指すのかをね」
先生はそう口にすると、僕に向かってニコリと微笑んでくれた。
その表情を目にして、僕は途端にやる気が出てくる。だが同時に、一つの疑問が僕の脳裏をよぎった。
「あの……先生。一つ聞きたいんですが、サッカーをしてたなんて、先生に言ったことありましたっけ?」
「ん? いや、話を聞いたことがあっただけさ。君がかなりのレベルの選手だったってね」
先生はそれだけを口にすると、胸元から新たなタバコを取り出し、虚空に向かって煙を吐き出した。
少しばかりの違和感、それを僕は覚える。
しかしそんな僕に対して、先生が機先を制するように口を開いた。
「ともかく、どうするかは家に帰って、ゆっくり考えて来たまえ。何しろ君には、今からやらなければいけないことがあるからね」
「やらなければいけないこと?」
「ああ、本業だよ。ここは予備校だからね。というわけで、楽しい勉強の時間というこうか」
そうして、いつものように予備校講師である津瀬先生の授業が始まった。
不正解という僕だけの考え方が欠片も尊重され無い、そんな個人授業が。