第74話「裏の裏は裏」
「……スクラップの討伐依頼、ハンミットが関係していたのか?」
「まだ確定じゃないけどな。その可能性は高い」
昨日、ハムリンとアンドリューがギルドで言い争いをしている最中。俺はガルディアのおっさんにスクラップオークの討伐依頼についての情報を聞いていた。おっさんは周りに気付かれないように依頼書を見せてくれたのだが、それはどうにも不自然だった。
ギルドの依頼は王国騎士団から降りてくるものが大半だ。政治に関係の薄い魔獣討伐等が冒険者達の主な仕事内容になっているらしい。
だが今回のスクラップオークの討伐依頼。他の依頼書と比較してみたがどうにも怪しい。王国騎士団からの依頼書というのは数が膨大だ。ゆえにずさんな走り書きで書かれているものが多いみたいなのだが、その依頼書は荒々しく、そして異常なほど丁寧だった。
文字と文字の繋ぎが不自然だったんだ。英語の筆記体のような複数の文字を繋げた文体だというのに、その文字の繋がっている部分は少しインクが濃かった。依頼書を裏から見れば一目瞭然だ。文字と文字の間だけインクが裏まで滲んでいた。まるで一文字一文字書いたかのように。何故筆記体なのにそんなことをする必要があるのか。
……つまり、王国騎士団からの依頼書の筆跡を真似て写し書きをした者がいるということだ。だがラークの話ではスクラップオークの噂自体は王国騎士団の中でも話題になっていたらしい。つまり依頼自体はあったと考えるのが妥当だろう。
そう考えると何者かが王国騎士団からの依頼書を改ざんして、依頼内容を書き換えた依頼書を紛れ込ませた可能性が高い。
元々冒険者が数多く病院送りになっている依頼だ。そんな危険な魔獣討伐なら王国騎士が動かない筈はない。なのに何故"偵察"ではなく"討伐"だったのか。俺達も元々討伐する必要がなければ様子見をして帰ろうとしていた。それは一般的な考えの筈だ。何故偵察した後に部隊を編成し討伐するという流れになっていなかったのか。
王国騎士団は王直属。冒険者ギルドもそうだ。……考えられる可能性は多くない。"王国に悟られず、スクラップオークを討伐したい何者かがいた"というところだろう。
そしてその次に気になったのは書かれている文字のインク。流石に依頼書の紙は同一だったが、インクのほうはそうはいかないだろうと思っておっさんに聞いてみた。
『おっさん。このインクに覚えは?』
『……インクの違いなんざわかる筈ねえだろ!』
『そうか? ちゃんと調べてくれ。濃さ、太さ、匂い、筆圧。依頼は色々なところからきているとは思うが、心当たりはないか?』
『濃さ、太さ……臭い? ……そう言われるとこのインクの匂いは……王国騎士団が使っている土臭い安もんじゃねえな。よく王城への報告書で使われる、グレブリア製の高級品だ。研究者ギルドはこんな高級品使わねえし、商業ギルドも契約書でもない文書にこんなもんは使わねえ。……ハンミット魔法学校だ。それしか考えられねえ』
『確実に?』
『毎日毎日依頼書確認してるんだ。小僧に言われてから気づいたのが尺に触るが、間違えねえよ』
『よし。おっさんが言うなら間違いないな。万に一つも間違いがない筈だしその線で色々調べてみるよ』
『……待て、そこまで言われると自信がーー』
『ーーよし、明日は丁度ハンミット魔法学校に行くんだ! いやあ、楽しみだなあ! 何か見つかるかなあ! 見つからなかったらハムリンに相談するかもしれないなあ!』
『おい待て! 今ハンニバルは関係ないだろ! いや、ちょっと待て、もう少し考えてみるから! いやこの匂い、薬品系な気も……都立病院の可能性が……!』
インクにわざわざ薬を混ぜる馬鹿がどこにいるのだろうか。まあ染みついたという可能性もなきにしもあらずだが。おっさんの鼻に頼りきるわけではないが、このハンミット魔法学校が怪しいことには違いはない。
だからこそアンドリューもおっさんに任せておいた。ガルティアはスクラップオークが先代勇者と把握している数少ない人間だ。王城に提出すると言っていた報告書のほうも上手くやってくれているだろう。"スクラップオークは今現在冒険者ギルドで管理・保護"とかな。馬鹿が釣れれば儲け物だ。
「そうか。スクラップの討伐依頼、銃器の開発。ハンミットがきなくさい事は確かだな。……で、どう調べるんだ?」
「それはーー」
「ーーちょっとちょっとお二人さん! うちのことを無視しないで欲しいっす! 元カノさんとあまり仲良くしてると今カノのうちとしてはあまり良い気分じゃないっすよ!」
……空気を一気に戻してくれるなこいつは。まあちょうどお前の話をしようと思っていたから助かる。
「……なるほど。で、愛する人。このノッペラ坊……ノッペラ娘を利用するにしてもこのまま色ボケさせておくつもりか? 流石にそれは人格を疑うぞ」
別に前髪で目が隠れているだけで目や鼻や口が存在しない日本の妖怪に例えなくてもいいんじゃないかとは思うけど。
「人聞きが悪いな。利用なんてしないさ、協力だ。なーユリシス。いい加減お前さんの目的も話してくれないか? 一目ぼれなんてくだらない理由で、お前ほどのやつがこの実験室に一般人を入れると思えないんだが」
前髪で隠れてよく見えないが、その先にある2つの眼を睨みつけるように視線を送る。ここまで上手く行き過ぎている。情報を仕入れたいと思っていたところで、タイミングよく学長と繋がっている学生に一目ぼれされ、更に立ち入り禁止の部屋にまで案内され、ひいては銃器の開発場面に遭遇する。いくらなんでも都合良く進み過ぎている。
こういう場合、運が良かったっていうだけで全てを片付ける奴もいるのだろうが、生憎そこまで素直じゃないんだ、俺は。
「恋する乙女が明確な目的をもって行動するとでも? いつだって恋に恋する女の子は論理ではなく感情で行動するものっすよ!」
「お前が感情論で話すような人間かよ。さっきわざわざ"命を救ってもらったから"なんて理由をつけた癖に」
脚立から落ちたのを助けただけで。パンツを覗かれただけで。そんなもんで恋愛に発展するのは紙の束の中だけのお話だ。天性の才能を全て顔面に注ぎ込んだような美男子なら話は違うのだろうが、生憎そこまでイケメンでもない。恋をするのに理由がいらないというのであれば、さっきのくそ長い話も必要ない筈だ。
……こいつは絶対に、"全て考えてから行動するタイプの人間"だ。
「ありゃりゃ、これはごまかせそうにないっすかね……まあ強いて言えば、転生者に興味がある、というところっすかね?」
一瞬だけ彼女の眼が見えた。その瞳に光はなく、ただこちらを観察するように。あの眼は恋する乙女なんかじゃない。獲物を狙う狩人の眼だ。
「……貴様」
「……驚く事でもないだろ。途中からは気付かれるように話をしていたしな。カマかけも含めてだけど。どの時点で気付いていた?」
「確信ではなかったっすよ? でも先輩、うちが脚立から落ちるときに言ったっすよね? "重力に逆らう機能はついていない"。【重力に逆らう魔法】ならわかるっすけど【重力に逆らう機能】っていう言葉が出てくるのは、例え魔法学校の学生じゃないとしても少し不思議っすよね?」
……はっはー。これは嫌な誤算だな。こいつの興味は召喚術に対するものだけかと最初は思ってたんだが。転生者っていう可能性をも考えてやがったのか。……ボケるのも大概にしないとな。
「小さなペンに何か【機能】をつけるという発想、もしくはそういった常識を持った人はこの世界では希少であると思うのは考え過ぎっすかね……? でもでも、そのお年でまさか機械の開発チームっていうことはないっすよねえ? 研究者ギルドではまだ蒸気機関の開発で足踏みしている状態。魔法工学部内でも先輩達は見たことないっすし……なら可能性が高いのは、他の世界の知識を持つと噂の転生者ではないかと」
……虎穴に入らずんば虎子を得ず。こちとら虎くらいとならやり合えると思って立ち入ったわけだが、こいつは虎じゃない。爪を隠していた鷹だったか。いや……爪どころか眼すらも隠し、真意を悟られないように、最初から獲物を狙い、尚且つ既に首元を捕まれていたようだ。
「……まどろっこしいなノッペラ娘。私達が転生者だとして、何を知りたい」
「先ほど仰っていた"銃"と呼ばれる物の知識。それと共にその銃が存在する異世界の情報。うちはそれの代わりに、先輩に入学試験対策を教えると共に、この学校で行われていた"転生実験"の知識を提供するっす! ……スクラップオーク討伐についての情報は残念ながらわからないっすけど。……まあ、それも無関係ではない予感がしないっすか?」
楽しげに笑う少女。敵意はない。だが不敵だ。底がしれない。……ここまで綺麗にはめられたのはこの世界に来てからはじめてだな。断ることは不利益にしかならない。……認めよう、油断していた。
「……愛する人、これはしてやられたのではないか? 美人局に引っかかるとは」
「……はは。ユリシス、やりやがったな」
「ありゃりゃ? 恋する乙女は何がなんやらわからないっすよ?」
「俺もちょっとわけわからなくなってきた。……正直、まだ会ったばかりで信用しきれないんだが」
「あ、じゃあ奴隷契約でもするっすか?」




