第71話「荒廃キャラの登場」
「……ココ、図書館では静かにしようか」
「え? あ、うん。ごめんなさい。でもリッカ君も酷いよ! 結構探したんだからね!」
サンドイッチの袋を押し付けられた。貴様、カレーを手伝った恩を忘れおってからに……まあ逃げたことには違いはないんだが。
「それは……すまん」
「リッカ君、この娘は、どういった関係? 勿論、ただのお友達よね?」
ミリタさんの少し怒気をはらんだ声が俺の耳をつつく。思いっきり肯定しても良いんだ。だがそれはあまり良い結果になるとは思えない。ココのことだから少し意地になって許婚とか言い出すかもしれない。……妥協点はこのくらいか?
「あ、はい。凄く仲の良い友達です。な、ココ。クラスでもよく話す方だよな?」
こういえば学生の振りをしているということをちゃんとわかってもらえるだろう。ココ、頼む。いや、こんな状況を作り出してしまったのは俺の責任なんだが。それにココとハムリンに対してあまりそういった類の話をしないようにしてきたのも悪いのだが。
「リッカ君……」
「……なんだ、ココ?」
ココは目の前のエルフの女性を食い入るように見つめている。……そっちのパターンか? また"リッカ君、浮気?"とか言ってくるパターンか? それはやめてくれ。本当にやめてくれ。心臓が一つでは心もとない事態になりかねん。
「…………可愛い! 可愛すぎるよ!!! こんな幼くて可愛い子も働いてるんだね」
「そうきたか」
確かに身長のせいか美人というよりは可愛い系の部類に入る人だとは思う。でも年は結構いってる筈だぞ。流石にガルディアと結婚している以上はロリババアという可能性は低くなってきたけど。
「ありがとう。よく言われるけれど、若く見られて嬉しいわ。可愛い子ねリッカくん。……まさか、彼女?」
「いや、彼女っていうか……」
奴隷と言ってしまうのは有りか? 個人的には言いたくないがこの場を凌ぐ手段としては中々良い選択肢な気はする。お金持ちのお坊ちゃまであれば恋人の他に奴隷の1人や2人いてもおかしくない筈だ。それをミリタさんがどう思うかは別として。
……でもなんか、こうやってごまかそうとしていることに対して罪悪感を感じつつある。もう本当のこと全部言っちゃう? 甘んじて自ら崖に身を投じる?
「あ、ボクはね、リッカ君の許婚なの!よろしくね! えーと……なにちゃん?」
あ、言う必要もなくなったわ。これで全てが水泡と化したわ。
「この方はミリタさんです」
「ミリタちゃん! うわぁ名前も可愛いね! ねえねえ! ミリタちゃんはいくつなの?」
「今年で40になるわ。もうすっかりおばさんね。あなたはいくつなの? リッカくんの、許婚の、ココさん?」
わざわざ復唱してくださらなくても大丈夫ですよミリタさん。流石に自分でも把握しておりますし。そしてわざわざ言いなおすのは、果てしなく怖いんで。目が全く笑っていない。なんで身長もお子様サイズで声も高めなのにこんなに存在感があるんだろうか。この人がこの世界のラスボスか?
「またまた~年上をからかっちゃ駄目だよミリタちゃん! リッカ君、本当はいくつなの?」
「……この人が40って言ってるってことは40なんじゃないか? ガルディアのおっさんと同じくらいと考えればそれくらいだろう」
「え? ガルディアさん?」
「私の旦那よ? 別居中だけど」
「……え?」
ココが俺とミリタさんを交互に見ている。そうだ、ちゃんと目に焼き付けておいてくれ。もしかしたらしばらく俺のこの顔は拝めなくなる可能性すらあるから。
「……なにやら騒がしいと思い覗きに来てみれば、何をやってるんだ愛する人。………………ミリタ!」
おや、ここで援軍の到着か? ミリタさんの。どないせいっちゅうねん。八方塞りやないか。八方美人になりたがりの俺としては既に立体方向にしか逃げ道がなくなってしまったが、果たしてそれは天国か地獄か。どちらにしろ死は避けられそうにない。魔力漏れ出てるんだけどこの人。肌をビシビシ刺激してくるんだけど。
後ろからは見なくてもわかる。もちろんハムリンだ。そうですよねーずっと王都にいて研究者ギルドにも所属している人が、都民も使える図書館に来ない筈がないですよねー
「あら。いいところに来たわねハムリンちゃん。久しぶりね」
「え? え?」
「久しいなミリタ! まさか図書館で働いているとは! 度々図書館には来ていたんだが、本を借りて帰ることはなかったからな! 気付かなかったよ! なおかつ愛する人と話しているとは想像も出来なかった。何の話をしていたんだ?」
そのまま2人で昔話に花を咲かせてくれれば良かったのに。それで満開になったところあたりでハムリンの初々しさを垣間見つつ、桜並木を横目に簡易加速を使ってでも校外へと逃げ延びたというのに。
「……それがねハムリンちゃん……リッカ君、浮気しているわよ」
「浮気? 小娘以外にも女を作ったのか?」
「以外にも……? リッカ君、一体どういうことなのかしら? そんなに公然と二股をしているのかしら?」
……おいおいおいおい人聞きの悪い。そろそろ俺も若干恐怖が薄れ頭の回転が追いついてきたぞ。むしろ何を怖がる必要がある。2人は俺の奴隷であるとは言え、今は共に旅に出ようとしているし一緒にギルドの依頼もこなす仲間じゃないか。
許婚云々も子供の頃の話であるし(だから軽んじて良いという話でもないが)正々堂々正直に話して誤解を解くしかもう方法は残っていないだろう。
「元々特定の女性とお付き合いした覚えはありません。彼女達は俺の大切な家族ですから。一緒にギルドの依頼もこなすパーティです」
「……リッカ君……ボク、頭が追いつかないよ……」
ココはそのままでいい。ココまで浮気どうのこうのの話に参戦するとなると心臓どころか脳もあと2、3個欲しくなってくるところだ。
「なにやら混線しているな。小娘、この人はミリタ。ガルディアの妻であり、私が随分と世話になった人だ。前に話しただろう?」
「そんな名前だった気も……でも背も低めというか……か、かなり低い、し。……ほ、本当に子供じゃないの?」
「ミリタは見た目は子供だけど頭脳は大人な人なんだ。で、愛する人。浮気とはどのことを言っているんだ?」
どのことってどういうことだ。浮気常習犯みたいな言い方をしてくれるな。
「ココちゃんもハムリンちゃんもわたしの身長をいじりすぎよ。……浮気してるのよね? リッカ君?」
「浮気……? う、浮気したのリッカ君!?」
はは。期待に反してココまで参戦したか。これはストレスで胃炎になるな。胃もあと3、4個欲しいところだ。この世界って臓器売買とかしてるんだろうか。流石に冗談だけど。
……迷っている場合じゃない。正直に述べるしかない。言い訳なんてする必要もない。正直に、言おう。言って散ろう。アメリカ初代大統領ワシントンのように正直に話して桜並木をぶった切ってやろうじゃないか。……順序が逆な気もするが気にしていられない。
「ミリタさん。簡潔に説明すると、2人とも俺の奴隷です」
「奴隷……? こんなに可愛い子を2人も? ……ちょっとおばさん、家から弓をもってきてもいいかしら。あ、頭の上に乗せるリンゴはいらないわよ? 直接頭を狙うから」
「ははは。それには及びませんよ。今からでも商店街に走ってスイカでもメロンでもキャベツでも買ってきますよ」
「あらありがとう。ではイチゴを買ってきてもらえるかしら? ちゃんと咥えてね?」
「ははは。ご冗談を」
目が本気だ。まっすぐ俺の口元を狙っている。流石エルフ、弓矢の扱いは心得ているのだろうか。ガルディアのおっさんの奥さんともなると元冒険者の可能性が十二分にある。喉の奥と一緒に俺の心も射抜かれそうだ。心の臓を。
「…………ああ、そういうことか。安心しろミリタ。心配してもらって悪いが気にすることはないぞ。この小娘のことを言っているのであれば別に浮気でも二股でもないな。本室側室みたいなものか? 奴隷にも自ら望んでなったしな、案ずる必要はない」
こらこらハムリンちゃん。火に油を、いや矢に火を付けてくれないでくれないかな。二股よりたちが悪いんじゃないかそれ。
「……なるほど。やっと全部理解しました。ミリタさん、大変失礼しました。……それはそれとして……略奪愛とかになる前に火元は消しておかなければなりませんねハンニバルさん……本室の座は譲りません……!!!」
「はっ! 貴様にそんなことができるのか? というか貴様、自分が本室のつもりだったのか? 愛する人は私の愛の炎で燃やし尽くされる運命なんだ!」
「ボクが本室です!!! ハムリンさんが炎なら、ボクは母なる大地の草木でリッカ君を縛り付けて放しません!」
「なに? お前ら俺をころす気なの? ちょっと本気で怖いんだけど」
縛り上げられながら燃やされるの? 魔法使えないのに魔女狩りに合うの? ただの拷問じゃね?
「そろそろはっきりさせてもいいんじゃないか? 愛する人、小娘と私、どちらをより女性として魅力的に感じる?」
「そ。その質問の仕方は卑怯ですよハンニバルさん! い、いや、胸だけなら負けません! 女性と母性を同じ意味で捉えればハンニバルさんに勝ち目はありませんから!!!」
「ただでかいだけではデメリットしかないだろう。なんだ? 胸がでかければそれで女らしいのか? 考えが甘いんじゃないか? 女は器量と言うだろう? 頭もいい、スタイルもいい、気立てもいいし理解もある。こんな物件そうないぞ? さあ私の中に越して来い愛する人! なんだったら内見するか?」
「そういうことを言っているから変態って言われるんですよハンニバルさんは! リッカ君もこんな変態さんよりボクみたいな素朴な子がいいよね?」
「どの口が! 枕に愛する人のシャツを仕込んでいることを私が知らないとでも思っているのか?」
「え、何それ俺知らんのだけど」
「な……! 完全犯罪だと思っていたのに……!」
「ふふ………ははは!!! 面白いわねあなたたち! よくわからないけど、とってもいい関係に思えるわ。リッカ君、ココちゃん。ハムリンちゃんと仲良くしてあげてね」
……雨降って、地、固まる。結果オーライ。俺なんにもしてないけどなんとかなったみたいだ。重畳重畳。
「一定水準は保ちながらですが仲良くしますよ」
「ボクも領域審判はさせませんが仲良くしますよ」
「私が平均で終わる女だと思うなよ? で、愛する人達はそんなコスプレをして何をしているんだ?」
…………固まりきっていなかったようだ。一難去ってまた一難。次々と問題が浮かび上がる。確かにハムリンからすれば魔法学校内の公共施設をわざわざ学生服を着ながら闊歩していく俺達は、ただのコスプレイヤーだ。ハムリンにそう思われるのは問題はないが、ミリタさんにばれるのは少々まずい。学内施設の職員だからな……
「…………なんのことだハムリン。いつも以上に面白いことを言うじゃないか。笑えるぞ。俺は課題の参考資料を探しているだけだが」
「う、うん! ボク達が学生服を着ているのなんて当然でしょ! ほ、本当に面白いなーハンニバルさんはー……」
「…………すまん。面白くて笑えたようだな。ミリタ。今の会話は気にしないでくれ。どうやら事情があるらしい」
「…………まぁ、わたしは魔法学校の教員っていうわけじゃないからあまり強くは言わないけれど……ほどほどにしておきなさいね?」
ミリタさんとひとしきり話した後、学生以外の人への解放時間を超えたらしく人もまばらになってきた。ミリタさんに『今回は見逃すけど、次からはちゃんと一般解放時間内に私服でいらっしゃい』と注意されてしまった。
うん、次からはちゃんとしよう。だから今日はこのまま粘ろう。人が居ない時間の方が探し物もしやすそうだし。
「じゃあ俺は資料を探してくるよ」
「私も少し探す資料がある。恐らくだが愛する人が探している資料とは別フロアだろう。そうだ、開発者ギルドに篭ることを伝えてなくて悪かった。衝動的に行動してしまってな」
「気にするな。時間がかかりそうなことなのか? まあ俺も試験勉強とか準備には時間がかかりそうだからいいんだけどな」
ハムリンは考えこむように若干下を向きながら腕を組み始めた。結構なんでも出来る奴だと思ってたけど、そんなに難しいことに挑戦しているのか?
アンドリューとどういう話をしていたかはわからないが、でもこれも仲を深めていくために必要な時間なのだろう。邪魔をするつもりはない。実戦試験のほうはココとか、他に手の空いてそうな人に頼むか。
「……そうだな、時間がかかるし見通しもたたない。だがやらなくてはいけないことだからな。研究者ギルドにきてもらえばほとんどいつでもいると思う。何か用があったら声を掛けてくれ」
「わかった。まあなんだ、無理しすぎるなよ」
そういうとハムリンは顔を上げ、いつものように少し意地悪げに微笑んだ。最近変態気質が薄らいできたからか、普通に美人に見えてきているから困る。……俺もまだまだだな。ちゃんとしなければ。
「お互い様だ。愛する人も程々にな。まだあの夜の戦いから時間はさほど経っていない」
「……そうだよリッカ君。頑張っている姿はかっこいいけど、たまには休むことも大切だよ」
「……ああ。ありがとう」
「ここか、召喚術のフロアは。……にしても、少ないな。一列しかない。それに召喚術に関する本というよりは、召喚術を魔法に応用させる、みたいな本が多いな。……まあないよりマシか」
壁に沿うように並んでいる大量の本棚。……本棚というよりはもう壁だな。一番上のほうの本は、俺の身長が二倍ほどあっても届きそうにない。だからこそ脚立がそこかしこに乱立しているんだろうな。
「……にしても随分長い脚立だな」
この召喚術のエリアにもその脚立があって、尚且つ相当グラグラしてる。上を見上げると脚立を折らず伸ばした状態のまま、本棚に背中を預けながら本を読んでいる女の子が居た。見上げてもパースが付きすぎて顔は良く見えないが、ひらひらした布と2本の肌色をした細木の隙間から、白い物がチラチラと見え隠れしている。
流石にそんなものを凝視する趣味もないので視線を逸らしながら、最低限の声はかけておくことにした。
「危ないぞ」
「うーん……やっぱりあんまり資料がないっすねー……召喚術なら課題を解決できると思ったんすけど、召喚石は費用対効果を考えると美しくないっすよねー……」
お、召喚術を学ぼうとしている学生もいるのか。良きかな良きかな。でもそんなところで読む必要は全くない。
「おいあんた。集中するのはいいが終いには落ちるぞ。せめて降りてから読んだらどうだ」
「あー……ここだけ読んだらおりるっすー……あとちょっとで頭の中に叩き込めるんすー……」
「夕飯前にゲームをセーブできない子供かよ。しおりでも挟んどけ」
「あとちょっと……あ、ここポイントっすねー……ペン……ペン……あれ、ペンがない?」
こいつ図書館の本にアンダーラインでも引こうとしているのか。クレイジーな譲ちゃんだな。必死に虚空を掴もうとしている声と布が擦れる音が聞こえるが、その先には何もなかったぞ。
「多分あんたが使おうとしているものは重力に逆らう機能はついてないと思うぞ」
「え? うわ! あわ! あわわ! ちょっ! 落ちる! 落ちるっす!!!」
脚立が軋む音とともに俺を覆う影が次第に大きくなってきている。走馬灯だろうか。その時間はやけに長く感じた。意識上はゆっくりと顎を上げると、俺の視界はまるで冬の吹雪のようにホワイトアウトしようとしていた。




