第69話「股下での出来事」
「……何やってるんだお前ら」
5分ほど遅れてしまった。王都の中心、初代勇者像が雄雄しく佇んでいる広場。くそでかい。像の高さは俺の身長で膝にやっと届くくらいだ。その初代勇者の足元には見知った3人が居た。魔法学校の制服を着つつ、それぞれ喜怒哀楽の最初の3文字を表現しながら俺のことを待っていた。
「遅いわよリッカ! 髪もボサボサじゃない! 午前中ずっと寝てたの!?」
「あ、リッカ君! 見て見て! リティナちゃんが貸してくれたの!」
「……一昨日振りだねリッカ。なあ、なんで僕はここにいるんだ……?」
リティナの制服姿は昨日見ている。だがまさかココとラークまで制服になっているとは誰が予想できようか。ていうか見学するだけなんだから着替える必要ないだろ。潜入捜査をしに行くわけじゃないぞ……
ココはスカートをなびかせながらクルクルと回り、その犯罪チックな匂いまでしてくるコスプレを俺に見せ付けてくる。俺が顔が最後の"楽"の字を表現しそうになるが、腕を組んでこちらにガンを飛ばしてくるリティナと、ベンチに腰掛けながら上目遣いで見つめているラークを見てしまっては表情も強張るというものである。
「……遅れて悪い。ちょっと回復薬屋に寄っててな。似合うなココ。で、そこの赤髪の少年はどうしたんだ」
「今日は騎士団の訓練も休みだったんだけど、今朝急にリティナに起こされてね……言われるがまま同僚から魔法学校の制服を借りたら、ここに連れてこられたんだ……」
その表情にいつもの明るさは感じられない。相当ダメージになっているみたいだな。なんでだ。
「休みだからって昼まで寝てるラークが悪いのよ!」
「それはそうだけど……男の宿舎に女の子が来るなんてほぼ前代未聞らしくてね……帰ったら同期や先輩になんて言われるか……」
成程そういう事か。確かに女子禁制の男だけの宿舎に幼馴染であり義理の妹である女の子が男を起こしに来たなんていうゴシップは、閉鎖的な空間である王国騎士団内では一大ゴシップだろう。
「おい後輩! 制服プレイは楽しかったか! とかかなぅえっ!」
いつもは大人しい俺の親友が急に胸倉を掴んでくる。でもその顔で怒っているわけではなく、相変わらず、哀変わらずな顔をしている。
「……洒落にならない……洒落にならないよ……」
「泣くなよ……」
「……ほら、これはリッカのだ」
「は? 俺の?」
ラークは俺の襟を正すと、ベンチに畳んで置いてあった魔法学校の制服を手渡してきた。
「俺は着ないぞ」
「学生じゃないと学生食堂に入れないの。お昼はまだでしょ? うちのサンドイッチとカレー、絶品よ」
「ーーどこか着替えるところはないのか? 早く行かないと売り切れてしまうかもしれない、急ごう!」
「ーーリッカ君早く! カレーがボク達を呼んでるよ!」
「俺を呼んでるのはサンドイッチだ!!!」
最初からそれを早く言え。ーーサンドイッチ。それはシンプルではあるが、だからこそ素材一つ一つの味が絶妙に絡み合い口の中でシンフォニーを奏でる世界最高の料理。旨いだけではない。他の料理にはないであろう機能性も抜群だ。
元々はサンドイッチ伯爵がトランプをやりたいがために発明した一品。何かの片手間にも食事を済ますことができるそれは現代社会の時間のないサラリーマンにとっては最適のエネルギー源となりうる。挟む物の自由度もお握りより圧倒的に高いので食べていて飽きる事もない。
それが更に絶品だと? 食べに行かない理由が全く見当たらない。だからもう考えるのはやめだ。後は行動に移すのみだ。精一杯咀嚼を楽しむしかない……!!!
「……で、リティナ。僕が呼ばれた理由は?」
「久しぶりに皆でお昼食べるのもいいじゃない」
「……それだけの理由なら僕はいらなかったんじゃ……それに指輪で念信すれば済んだ話じゃないか……」
「細かいことを気にしないの。……で、制服プレイってなんのこと? またリッカの意味わからない言葉?」
「そうだね。僕にも全然なんのことかわからないよ。さあ早く魔法学校に行こう。いやあ、今日は絶好の魔法学校日和だね!」
「……?」
「そういやハムリンは?」
初代勇者のフクラハギを借りながら着替えを始める。ここなら周りからも見えづらいだろう。勇者象の背中側は人が少ないからな。さくっと着替えてしまおう。
「あのお姉さんなら一応集合時間に来たけど、研究者ギルドに行くって。"少しやることが出来たから暫く研究者ギルドに籠る、愛する人にも伝えておいてくれ"だって。……あんた愛する人とか言われて恥ずかしくないの?」
「……もうそこらへん気にしなくなってたわ……よくよく考えれば異常だよな……
これを洗脳と言うのだろうか。いつか止めてくれと言うつもりだったが、そう呼ばれることが当たり前になってすっかり指摘するのを忘れていた。
アンドリューも結局ガルディアの家で暫く療養するって言ってたな。どれだけの期間がかかるかは聞いてないけど。皆それぞれやることがあるみたいだから暫くは俺も入学試験に集中しよう。
……でも、2人とも急に籠り始めたのは昨日の喧嘩が原因か? 2人とも子供じゃないから拗ねてるなんてことはないとは思うけど。時間があったら様子を見に行ってみようかな。
「リッカ君! まだ!? カレーが逃げちゃうよ!」
「こら、覗くな! ココのエッチスケッチサスカッチ!」
因みにサスカッチとはUMAであるビッグフットの別名だ。特に言葉の選択に意味はない。でかいフクラハギの裏に隠れていることから連想しただけだ。
「ひ、ひどいよリッカ君! 身長は3メートルもないし体重も200キロもないし毛むくじゃらじゃないし体臭もひどくないよ!」
……やけにビッグフットについて詳しいな……ていうかこの世界にもいるのかよ。モンスターという観点で言えばこのファンタジーのような世界にいることの方が自然と言えば自然か。
「…………」
「……リティナ。ちょっとずつ動いてるけど、まさか覗こうとしてる?」
「そ、そんなわけないでしょ! ただ足の位置が気に入らなかっただけよ!」
常々感じる。リティナは思春期真っ盛りであると。
「そういやリティナ。お前はどうやって魔法学校に入ったんだ?」
「きょ、去年普通に王都まで来て入学試験を受けたの。勿論合格したわ。入学は来年にしようと思ってたんだけどね」
……忘れてた。こいつ、魔法に関しては天才だった。普通に凄い奴じゃないか。でも全く聞いてないぞそんな話。俺達に隠れて勉強してたのか。……普通に尊敬してしまう。言ってくれなくて若干寂しい気持ちもあるが。
「ボクはアラハンにいた時に聞いてたんだけどね。なんで入学を早めたの?」
「アラハンの悪夢さえなければ、本当は16歳で王国騎士団に入ると同時に入学する予定だったからよ。元々王国騎士団からの勧誘も、学業と並行しても良いって言う条件だったから受けたの。王国騎士団もワタシにとっては通過点よ。魔法学校にも通って、旅もして。自分がどんなことに向いているかちゃんと見極めたいの」
「「「……………………」」」
「な、何よ! 何か言いなさいよ!」
偉い。偉いわこの子。ちょっと前アホの子とか言ってマジゴメン。俺なんて目じゃないぐらい頑張ってるわ。未来のこともしっかり考えようとしていて、なんだろう、ちゃらい同級生が急に真面目になって受験勉強を始めた時みたいな焦りを感じる。マジ頑張ろう。俺ももっと頑張ろう。
「リティナ!!!」
「きゅ、急に何よ!びっくりしたじゃない!」
「リッカ君。この流れ昨日見たよ」
ココの口から呆れたような声が発せられる。だが関係ない。伝えたいことはちゃんと伝えないと、気持ちはいつまで経っても伝わらない。ズボンをネクタイも締め終わって準備も万端だ。初代勇者象の正面にいるリティナに壁ドンをかます。
「ひゃっ……」
そして思い出した。昨日の惨劇を。勢いでここまで来てしまったけどどうしようか。時間をかければかけるほど被害は大きくなるだろう。ならもうさっさとボケて終わらせよう。そうすればまあいつも通り少し飛ばされる位で済む筈だ。
「一生俺を養ってくれ」
「…………………は?」
「なんで自ら死地に向かうんだろうねリッカは……」
「多分ボケないと死んじゃう病なんだよ。不治の病なんだよ。硬葉」
「……な」
なんで俺の脚にココの硬葉が絡まっているのだろうか。これでは飛ぶことができないではないか。いや、飛ばされないように配慮してくれたのか?
「制服汚すとラーク君のお友達に迷惑かけちゃうから、顔を狙った方がいいよリティナちゃん」
「…………ココ?」
今さらっとエグいこと言ったよね?
「流石ココ。気が回るわね。助かるわ。さあリッカ? 問題よ? あんたをぶっ叩くのはワタシの右手? 左手?」
これは俺が昨日思い描いたやつじゃないか。俺には予知能力があったのか?
でも俺にはハムリンみたいに確率視点のスキルはない。……いや、俺の予知が正しければ、頬と見せかけて腹に蹴りが来るはずだ。ふ、いつもの俺とは一味違うぞ。頬をガードしつつ腹筋に力を入れる。完璧だ。
「どこからでもかかってくるがいいさ!」
「……そう」
ガンッ
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
下から上へと衝撃が突き抜ける。足を固定されているから衝撃がやわらぐことはない。
「……………………そこは、駄目、だろ」
「リティナ…………そこはダメだよ……」




