第68話「大論破大会」
「……、お前は一体何がしたいんだリッカ。昨日、オレがアラハンに戻らないことについてお前は肯定してくれていたじゃないか」
「肯定なんてしてない。"お前が決めたなら"それでいいと良いと思うって言っただけだ。お前が決めたことなんだから俺を巻き込むな」
話を良い様に解釈しないでくれ。俺はあくまでも、個人個人の判断を重視するという意味で言ったんだ。どこぞの説教系主人公になるつもりはないが、間違ってると思うことはちゃんと言うぞ。
「俺としてはロゼさんの気持ちも尊重したいからな。お前だけの味方をするわけにもいかない。それに別に勝った訳じゃなく、答えを先送りにさせただけだ。子供じゃないんだからけじめはちゃんと自分でつけろ。俺みたいな15歳の子供に任せるな」
アンドリューの大きい口がまた開こうとしている。……が、その口は声を発するために開くことはなく、ほんの少しのスペースが出来たところにアンドリューは葉巻を差し込んだ。何か言いたそうにはしていたが、すんでのところで抑えたみたいだ。ふふふ。こちらが子供だということを強調されると返答しづらいだろう。
少し屈み俺の方に葉巻を寄せてきたので、仕方ないが俺のなけなしの魔力で葉巻に火をつけてやる。
俺が使えるマッチ程度の火をつける魔法って、煙草を吸わない俺にとってはこうやって誰かの煙草に火をつけることくらいしか役目がないんじゃないか……? 魔法石で夜の灯りとかも整備されつつあるこの世界では、蝋燭に火を点すこともあまりない。人の煙草に火をつけるしか能がない能力ってなんだよ。ホストを目指せとでも言うのか。"ホストが異世界で亜人ハーレムを作っちゃいました"っていうタイトルでラノベでも作るか。
「………………、直接火を当てるんじゃないぞ、なるべく遠めに当ててくれ。風味が焦げて不味くなる」
「あーやだやだ。煙草吸う男はモテないぞ」
「、煙草ではない葉巻だ。別にモテようとは思っていないが、そんな話聞いたことないぞ」
おっと。流石にまだこの世界では禁煙の風潮なんてないか。ま、する必要もないのだけれど。まだそんなに発展しておらず道楽が少ないこの世界じゃ、酒、煙草、女っていうのはおそらく一般的な嗜みだ。
前の世界では禁煙禁煙うるさかったな。でも俺がまだ東の島国の病院で生まれたくらいの頃は、電車の中でも学校の職員室でも天井近くに少し身体に悪そうな匂いを発した雲が発生するという奇々怪々な都市伝説があったそうな。驚くべきことに、病院の待合室や映画館、飛行機の中でまで吸えたという話を聞いたことがある。
そんな時代もあったんだ。他人に迷惑をかけないのであれば思う存分吸うがいいさ。迷惑をかけないのであれば、な。
「折角だからちゃんと教えておいてやろう。煙草の依存性はコーヒーに含まれるカフェインやアルコールよりも高いんだ。しかも煙に含まれるタールには発癌性物質も含まれている。自分の身体に悪いだけではないぞ。煙草の先から出ている煙は非喫煙者にとっても害になるんだ。俺が旅の最中に肺を悪くしたらお前に四六時中介護してもらうから覚悟しろよ?」
「…………、お前は一体いくつなんだ。本当は30歳くらいなんじゃないのか」
「惜しいな。32歳だ」
アンドリューは何故か口から吐き出そうとしたものを口内に留めていた。行き場をなくした煙は奴の身体の隙間から漏れ始め、節々から舞い上がり始める。おおすげえ。本当に蒸気機関のロボットみたいだ。
体中から煙草の煙が出るロボットなんて絶対乗りたくないけど。操縦席に灰皿とかついてそう。もしこの世界でロボットに乗る機会があったとしてもお一人様で尚且つ禁煙席を希望します。ミ〇ノ風ドリア一つ。あとドリンクバーで。
「……、冗談だろうが、オレにはお前が子供には思えんよ」
「大人っぽいって? あんまり褒めるなよ。それとも口説いてるのか? ごめんなさい、わたし煙草を吸う男の人は無理なの……」
「……、煙草ではなく葉巻だ。それに俺はゲイではなくノーマルだ」
「あえて言うなよ。わかってるわ。逆に怖いわ」
少しまばらになってきた酒場。ハムリンとココは端の方の席に腰掛けていた。もう目から出血しているようには見えないな。その代わり手が血だらけになっている。洗えよ。手だけ血まみれって色々連想出来て怖いんだよ。
「上手くいったようだな、愛する人」
「そうだな。まあ、試合は延期になって、勝負は決着つかず、って感じだったけど」
試合に負けても勝負には勝つ、が俺のモットーだったんだが。中々上手くいかないもんだ。でも今回に限ってはこれはこれで良かった気がする。アンドリューがどう思ってるかはしらないが。
「ふふ。それも狙いの一つだったんだろう?」
「まあな。もう目は大丈夫か?」
「ああ。問題ない」
「問題なくはないでしょハンニバルさん! リッカ君聞いてよ! 血を拭きもしないからさっきまでガルディアさんが大騒ぎしてたんだから!」
「待っていれば止まると言っているのに、いつまでも右往左往するガルディアが馬鹿なだけだ」
あらあら。ガルディアお父さん可哀想に。報われないな。
「……、"上手くいった"? お前達、まさか何か仕組んでいたのか?」
「だとしたらどうだと言うんだ? まさか自分の責任を愛する人に放り投げたことに目を背け、私達を非難する気か? いいご身分だなスクラップ」
オブラートに包むとかそういうことを一切考えないハムリンさんマジかっけーっす。アンドリューがまた何も言えずに口ごもっているじゃないか。言うべきことを言うのは大事だけど言い方も大事なんだぞハムリン。俺にはできないことだから正直尊敬できる部分でもあるけど。
「、……ロゼ達はまた魔王討伐の旅に出るかもしれない。だが、こんな身体ではもう、守ってやれる自信がない」
「貴様のその思い上がりが間違いなんだ。守ってやる? 昨日のお涙頂戴の思い出話もそうだが、貴様は仲間を信用してないのか? お互いに助け合うのが仲間じゃないのか? なんで貴様が守る前提なんだ?」
「、オレが一番強かったんだ。強い者が弱い者を助けるのは当然だろう」
「……本当に私が言っていることがわかっていないみたいだな。貴様は仲間を下に見ているんだ。見下しているんだ。どうせ一対一なら私達にも勝てていたとか思っているんだろ?」
「、見下してなどはいない! だが勿論、貴様らのような子供に俺が負ける理由はない! 旅に出る前に貴様らの戦闘の指南でもしてやろうと思っていたところだ。オレと戦った時のような、危なげな戦い方ではこの先生き残ることは出来んぞ」
「ガレット嬢に殺されそうになっていた魔獣の台詞とは思えないな。貴様は助けてもらったというのに、愛する人に礼すら言っていないんだ。それもどうせ、動くことが出来たのなら自分でなんとか出来たという思い上がりからだ。貴様は7年前の戦いから何も学んでいない」
「、言わせておけば……言うに事欠いて7年前から学んでいないだと? オレは二度とあんなことを起こさないためにーー」
「ココ。ガルディアのところに行こう」
駄目だ。これは介入していいものじゃない。時間がいくらあっても足りない。昨日の疲れとさっきのちょっとしたチャンバラの疲れが相まって、俺の身体はまた大量の睡眠を欲し始めているんだ。
こんな話に付き合っていては夢世界へのダイビングが夢のまた夢になってしまう。努々(ゆめゆめ)そんなことにならないように、ギルドでは有名なハムリンさんと、先代勇者で勇名なアンドリューさんとは幽明境を異にすることにする。自分でも何言っているかよくわからなくなってきた。
「結構ずばずば言い合っているみたいだけど……放っておいていいの?」
「言いたいことは言わせておいた方がいい。何も言わず後で爆発する方が怖い。ココも何か言いたいことがあるのなら言っておいたほうがいいぞ」
お互い探り合って表面上仲良くするくらいだったら、いがみ合っていてもお互いのことを知っている方が幾分マシに感じるのは俺だけだろうか。前者は嘘つき大会みたいなものじゃないか。ぶつかる時は思いっきりぶつかった方がいい。それで分かり合えないのならそこまでだ。無理をして関係を維持し続ける必要はない。
この世界に生まれてからはそう感じることが多くなってきた。前は博愛主義といかないまでも皆仲良くできたらいいね! みたいに思っていた気もするけど。というより、多分これがこの世界では正解なんだと思う。
前世ほど道徳観念が国民に行き渡ってるわけじゃない。前の世界で犯罪だったことがこの世界では犯罪ではない場合もあるし、その逆も然り。誰彼構わず仲良くしようとするといつの間にか騙されていることの方が多い位だ。少し悪いことをしてもネットで個人情報を晒されるなんて心配はないしな。
だからこそ、統一された"一般的な思想や道徳観念"というのが出来上がっていないからこそ。各々がちゃんと話し合ってお互いを見極める必要がある。
「……ロゼさんに対してはちゃんと自分の正体を明かして欲しいと思うけど、アンドリューさんの気持ちもわかるから今は何も言えないよ。リッカ君はないの?」
勿論ココの言っていることも間違っていない。まだ俺達とアンドリューは出会ったばかりだ。まあハムリンもなんだが。お互いの意見を尊重しあうということも勿論必要だろう。俺はどちらかといえばこっちだな。
相手の意見も尊重しつつ、自分の意見もちゃんと言うようにしていきたい。それが話し合いというものだ。意見のぶつけ合いや論理のドッヂボールはこちらもダメージを食らうからな。
「俺も今は特にないな。まだアンドリューとそこまで親しいわけじゃないし。もう少しちゃんと付き合っていったら色々言いたいことも出てくるだろうけどな。でもそれはココもハムリンも、皆一緒だ」
「……ボクとは、"もっと"、"ちゃんと"、"付き合って"、くれてもいいんだよ?」
「不順異性交遊、駄目、絶対」
「そ、そういう意味だけじゃないよ!」
だけじゃない、とはなんだろうか。そういう意味も含むということだろうか。あまり深く突っ込まないでおこう。返しづらいカウンターを食らう可能性が高い。
「へえ。そういやガルディアのおっさんは?」
「またそうやって適当に受け流して……ガルディアさんは回復薬屋さんに回復薬を貰いに、走って出て行ったよ」
「もう血は止まったから無駄足だな」
「ち、血が止まる前に出て行ったから、ついさっきまでは無駄ではなかったんだよ……?」
バンッ!
「……はぁ……はぁ……ハンニバル! 薬! もって来たぞ!」
「ーー煩いぞガルディア! 今真面目な話をしているんだ!!!!」
「、薬を持ってきて貰っておいて、その態度はなんだ!!!」
「私は断った! 勝手に出て行ったのはあいつだ! 今はガルディアのことはどうでもいいだろう!」
「、どうでも良くはない! 人の温情を無碍にするな!」
「はっ! 愛する人に礼一つ言っていない貴様がそんなことを言える立場なのか? 笑わせてくれるな!」
「、オレだって自分の意思で奴隷になったのではない! あの場面では受け入れるしかなかったからだ!」
「おや? 温情はどうした? 貴様の論理では当人が望んでいなくても人の温情を無碍にしてはいけないのだろう? さっきと言っていることが違うんじゃないか?」
「……、なっ!」
「ほら、おっさん。そんなところに突っ立ってないでこっちにおいで。あれに参加してもいいことないぞ」
「…………………ああ」




