第66話「対極」
ココ、リティナは少し離れて見守りながらも、少しそわそわしているようだ。まぁ、アンドリューの過去の話を聞いているからそうなるよな。ここでアンドリューが自分の正体をばらす事なんてないとは思うが。ハムリンも名前を聞いて気付いたようだ。あいつはあいつで少し不機嫌そうな態度と目で2人を交互に見ている。
「ギルド長! 7年振りだな! うちの馬鹿弟子が少し騒がせてしまっているみたいでな。すまん」
その中に自ら飛び込んできて、ほんの少し騒ぎを大きくしたのはあなたですけどね。
「……ほ、本当にロ、ロゼちゃんか! シュワルツ達とイブリースに行ってから音沙汰なかったから死んだと思っていたが……」
「……あたし達にも色々理由があって。ずっと顔を見せられずにいて申し訳ない」
「いや、いいんだ! 顔を見れただけでも良かった! 他の皆も元気なのか?」
ガルディアのおっさんも中々上手い対応をするもんだ。アンドリューから7年前に何があったか聞かされている上で、ここまで即興で会話できるとは。流石はギルド長。色々山を越えてきているのだろう。
イブリース……魔王国の名前だったか。あまり外で大声を上げて言っていい言葉でもないのだが、ギルド長であれば話は別、ということか。他の連中もあまり気にしていないようだ。騒ぎが一段落したのではけていっているしな。
「ああ。皆元気だ。……シュワルツ以外は、だけど」
「……そうか。詳しく話せるようだったら話してくれると嬉しい。だが無理には聞かん。今日はどうしたんだ?」
「助かるよ。野暮用なんだけどね。まだ、とっておいてあるか?」
「あれか。そのままにしてあるけど、どうするんだ?」
取ってある? 7年前の取り置き? 生ものでなくても熟成し過ぎだろ。
「……それにしても随分とでかい冒険者?だな! あんたはA級か?」
「……こいつか? オレの友達だよ。最近王都に来てな。恥ずかしがって兜も取らないんだ。……アンドリュー、オレの昔の知り合いのロゼちゃんだ」
兜というにも鎧というにも少し無理がありそうだが……見えなくも、ないか。
突然話を振られたアンドリューはほんの少しだけガルディアを睨み付け、その大きな腕で頭を掻いた。
「……、兜も取らずすまんな。アンドリューと言う」
「…………シュワルツ?」
ーー速攻バレか。そんな高速展開なのか。不謹慎ながら少しドキドキしてきたが。
「、アンドリューという名だ。その名は前の勇者の名だろう。彼は青髪の青年だった筈だが」
「あ……ああ、すまん。……昔の知り合いと、声が、似ていて。……悪い。ガルディア、早く中に入ろう」
酒屋さんは俺達に背中を向けギルドの中に入っていった。顔の方まで伸ばした腕は目元を拭っていたようにも見える。
ガルディアのおっさんはアンドリューの肩を少し強めに叩いた。
「ロゼちゃん、ありゃ泣いてたぜ。……こうやって偶然会ったんだ。伝えてもいいんじゃないか」
「、会わぬ、言わぬと決めていた。会わぬ、は無理だったみたいだがな。……リッカ」
「なんだ?」
「、火をくれないか?」
アンドリューは腹の脇にある開閉部分から葉巻を取り出し、一口噛み千切った後、口にくわえた。ロボットなのか人間なのかよくわからないことをするんじゃない。
「俺のなけなしの魔力を煙草に使おうとはいい度胸じゃないか」
「、煙草じゃない、葉巻だ。すまん。……吸わないと落ち着かん」
「これでいいか? スクラップ?」
いつの間にか近づいてきていたハムリン。彼女の背中から出た炎の片翼が、アンドリューの葉巻を燃やし尽くした。葉巻の香りが鼻をくすぐる。煙草には興味はないけど、勿体ないな。
「……、燃え尽きたが」
「中々火力の調整が上手くいかなくてな。すまない。もう一本貸せ」
「……、」
アンドリューは何も言わずにまた葉巻を取り出した。ハムリンがナイフで吸い口を切り落とす。
「……、お前が言いたいことはわかる。だが、言う気はない」
「それは本当に、女を泣かせてまで守り通すべきものなのか。ガルディア、口を開けろ」
「あ? なんでオレに葉巻咥えさせようとムグッ!」
「ほら吸え。火がつかんだろう」
ガルディアの口で葉巻に火を付け、それをアンドリューに渡すつもりだろうか。……男同士の煙草の間接キス……なんて極悪な罰ゲームだ……俺だったら絶対にご免被る。
「えほっえほっ! オレが肺悪いの知ってんだろ!」
「なら肺まで入れるな馬鹿者。葉巻は煙を楽しむ物なのだろ? 悪癖というのは怖いな。ほらスクラップ。火が付いたぞ。吸え」
「……、いや、それはちょっと……」
本気で嫌そうにするアンドリュー。そりゃそうだ。
「一度好きになった物は、死んだとしても止められないものだな。……女の私から見ても相当な美人だが、指輪もしていなかった。……何故彼女は今も1人なんだろうな」
「……、回りくどいことを」
アンドリューは葉巻を受け取ると、大仰に吸口を更に噛み千切り、それを地面に吐き捨てた。少し短くなった葉巻を吸うアンドリューの顔は、こちらからは煙に包まれ良く見えない。
「、過去は捨て、新しい道を進めばいい」
「……綺麗事だな」
「……リ、リッカ!」
「ん? どうした。そんな小声で」
背中の秘孔を突かれ身体が逆方向にひん曲がるかと思ったが、リティナが突いているだけだったか。俺の後ろに隠れている姿が少し懐かしいな。最初ココと会った時はこんな感じだったかも。
「こんな状況で大声出せるわけないでしょ。ワタシは朝ごはん食べに来ただけだからそろそろ行くわ。明日13時に勇者像広場に集合ね。遅刻したらぶっころすから」
また殺人予告か。相変わらず物騒な物言いをする子だ。
「なんで?」
「魔法学校、見ておいたほうがいいでしょ」
「なーる。了解。助かる」
「……ボクもお邪魔してもいいかな?」
「……ああ。そういう事なら私も参加しよう。青小娘、抜け駆けなどさせん」
いつの間にか俺の両脇に白とピンクの生物が接近していた。さっきまでの真剣な空気はどこにいった。なぜまたこういう方向に行ってしまうんだ。正面の葉巻吸って哀愁漂うおっさんと雰囲気がかけ離れ過ぎてるぞ。
「地獄耳ねあんたら……」
「ボク、耳はいいからね!」
「私の目から逃れられると思うなよ」
「そういうことなら俺は口担当かな」
「あんたは災い担当ってことかしら。仕方ないわね。あんた達も13時……いや、リッカより早く12時位に来なさい。じゃ、ワタシは行くから!」
これから授業なのだろうか。リティナは人間とは思えない速度で手を振りながら駆けて行った。俺の幼馴染ってやっぱりチートだわ。俺の簡易加速と同じくらいの速度出してるもん。へこむわ。
「えほっ……ほら、お前らも中に入るぞ。小僧、お前には報告書を書いてもらわなければならん」
「マジかよ……」
「討伐対象を奴隷にしたんだ。上に色々報告しなきゃならないんだよ」
「アンドリューに聞いておけば済む話だったんじゃないのか……?」
「いいから早く来い!」
まぁアンドリューが暫く住む場所も手配してもらわなきゃだしな……渋々ギルドの中に入っていく。
酒屋さんは入口近くの二人掛けの席に、目を伏せながら座っていた。そこにはいつもの豪快なお姉さんの姿はなく。まるで、待ち合わせをしている年頃の女の子のようにも見えた。
「……そんなところで何してるんですか?」
「リッカ。お前は依頼を受けるのか?」
質問を質問で返すなって。この世界では疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのだろうか。
「依頼は受けるつもりはないんですけど、今日は少しやらなきゃいけないことがあって」
「そうか」
また酒屋さんは目を伏せる。丸型の小さなテーブルにはチェス盤が置いてあった。この世界ではチェサだったか。どうせこれも将棋やトランプと同じで他の世界から来た者が置いて行ったとかそういうオチなんだろう。転生者のオンパレードだなおい。
盤上は……席で言えば、酒屋さん側が有利な盤面だ。埃をかぶっている状態を見ると随分と長い間ここに放置されていたんだろう。誰にも触られないまま、この途中のままの状態で。
「リッカ。終わってからでいいんだが、この続きから勝負してくれないか」
「明らかに形勢不利じゃないですか。嫌ですよ」
「そう言うな。……師匠からの一生に一度のお願いだ」
……珍しく殊勝な物腰だな。一体どうしたというんだ。
「……ロゼちゃん。それ、終わらせるつもりなのか?」
「……、」
……なるほど。この2人の様子を見るに、これはアンドリューと酒屋さんの勝負の途中の盤面というところか。変に勘ぐってしまえばラークに聖剣を渡したことで、アンドリューがアレクサンダーとの本格的に戦う前に言っていた"次の勇者に渡してやって欲しい"という約束は果たしていることになる。
「……一種のけじめ、だな。別にお前達に全て任せるというわけではないが、聖剣はラークに渡った。あたし達の旅は、一旦終わったんだ。……いつまでもシュワルツへの想いを引きずるわけにもいかない。このままだとあたしはいつまで経っても次に進めない」
……おいおい酒屋さん。本人の前でそんなこと言ってくれるなよ。
「……あの時は時間もなくてな。帰ってきたら……魔王を倒して帰ってきたら続きをしよう。そう言って私たちは最後の旅に出たんだ。今日は、見に来るだけの予定だったんだけどな。……さっきので確信したよ。あたしは結局、ずっとシュワルツに甘えきってるんだ。何かにつけ、シュワルツを理由に自分を抑えつけていた。ここでシュワルツと昔の自分に勝って、次に進む。……頼めるのは、あたしが戦いを教えたリッカか、聖剣を引き継いだラークしかいない」
酒屋さんは盤上から目を逸らしこちらを見つめる。その眼は悲しさを帯びながらも、決意が感じられた。
確かにこのまま続ければ酒屋さんは勝てるだろう。次に進みたいという気持ちも否定するつもりはない。……だがそれは、先代勇者が死んでいると確信している場合に限る。
「……小僧、相手してやりな。オレの方は後でいい」
「……………、」
アンドリューは何も言わず、腕を組み葉巻を吸いながら盤面を見つめている。こいつは一体何を考えているのだろうか。
「……わかった、指すよ」
「(アンドリュー。念話で次の手を教えてくれれば、その手をそのまま指すが)」
「、(……いや、いい。お前には手間をかけさせ悪いが、ロゼを次に進ませてやってくれ)」
「(……は?)」
お前がやるなら、お前が手を考えるならそれでいいんだよ。自分自身で酒屋さんとの関係に終止符を打つっていう事だからな。
でも俺自身の考えで打ち酒屋さんを次に進ませるとか、そんなこと絶対したくないんだが。何も知らなければそうしていたかもしれないが、俺はここに両想いの男女がいる事を知っているんだ。
そんな2人を引き裂く手伝いをしろというのか。ふざけるな。7年越しの想いを俺に砕けっていうのか。冗談じゃない。……少し、いや、大分厳しいが……チェスと将棋の違いを教えてやるよ。
「(愛するひと)」
「(……なんだ)」
「(私に任せてくれないか?)」
「(チェス、できるのか?)」
「(多少。ブラックジャックより少し得意なぐらいだ)」
「(なるほど。確かに多少だな。……考えてることは同じか?)」
「(尻拭いなんて御免だ、と考えているならそうだろうな)」
「(同じみたいだな)」
「……ありがとなリッカ。さあ、お前からだ」
「……ええ。やるからには手加減しませんよ」




