第65話「酒飲みの気まぐれ」
後ろに振り返る。3人の輩が俺の後ろに立っていた。俺の頭に肘を置いているのは茶髪で長身の男。装備は馬鹿でかい両手斧だな。その隣にいるのは金髪でピアスや装飾具を沢山つけた女。弓使いか。その後ろで腕を組んで見守っているのはスキンヘッドの……玄人だな。顔が傷だらけの剣士だ。
全く……ギルドでのガレットさんとの一件でもう絡まれることはないと思っていたんだが……こいつら、ハムリンを見ても動揺していないってことは旅をしている冒険者だな。
「別にガキがいようとかまわねえが、朝は冒険者が大勢集まるんだ。デミの奴隷になんぞ座らせてねえで俺達に席を譲りな。それがここのマナーだ」
「マナー?」
頭から肘をどかさないまま、茶髪の男がまるで諭すように話しかけてくる。……そうか、それがこの世界の常識だったな。周りを見ても半亜人は主人の後ろに立ち、席に座らず控えている。少し目立ちすぎたようだ。そして確かに、今食堂の席は満席だ。
まぁ、だからといって立たせる気なんて微塵もないけど。
「……この子は確かに俺の奴隷だけど、別に従わせているわけじゃない。幼い頃から一緒にいる、家族のような関係だ。悪いが席を譲る気はないよ。飯を食いたいならもう少し早くくれば良かっただけの話だろ? 俺達がガキだってわかってるなら、子供になんか絡まないでもっとうまいやり方で対処してくれよ」
「飯も食い終わってんのに騒いでるから言ってんだよ。冒険者の先輩のありがたい助言が聞けないのか? 少し痛い目でも見てみるか?」
食い終わったのはついさっきだ。皿から飯が無くなった瞬間に席を立てとでも言うのか。
「リッカ君、ボクは先に出てるからーー」
「立つな小娘。私達が先に席を取ったんだ。譲る必要なんて全くない」
「そうよココ。デミだ奴隷だなんてバカな理由で差別するような奴に碌な奴なんていないんだから。耳を貸す必要はないわ」
「以上が俺達の見解だ。すまないが他の席が空くまで待っててくれ。食後の茶もまだだし、しばらく動くつもりはない」
「リッカ君、ボクの為なのはわかるけど騒ぎを起こすのは良くないよ……」
ーー突然胸倉を捕まれ立たされる。
全く、血の気の多い奴だな。先に手を出したのはお前だからな。
「半亜人がいるだけでも不快だっつーのに言う事も聞けねえのかこのガキは……他の席を見ろ、どこにも座ってる半亜人なんていねえだろ。少し優しく言ってやればいい気になりやがって……」
「いい気になっているのはどちらかしら?」
「貴様こそ調子に乗りすぎているんではないか?」
いつの間にか2人は席を立ち、目の前の茶髪の男の首に小さい杖とナイフを突きつけている。反応が早いな。
「……やるつもりか? やめとけやめとけ。少し下級の依頼を達成した程度のお遊びで冒険者になったつもりでいるんだろうが、世間はそんなに甘くねえぞ。……周りの奴らの顔を見てみろ。亜人との内戦で人間が何人死んだと思ってる。そして半亜人は亜人と人間が交配した気持ちわりぃ存在だ。お前らの味方は少ねえ」
「……自分では何も考えない馬鹿が、煩いな」
「……あ?」
気付いたら右手を突き出していた。目の前の男が床に転がるのを見下しながら、少しだけ反省する。感情に流されてしまったな。どうせやるなら腹じゃなくて顔を狙えば良かった。少し脳を揺さぶれば目が覚めていたかもしれないのに。
「ちゃんと歴史の勉強をしておけ。内戦の原因は王国側の領土侵略だ。それに戦争にどちらが良いも悪いもない。殺しもお互い様だろ。内戦の後に生まれたこいつ達には何の罪もない。……それに気持ち悪いだって? 俺から見れば王国の一方的な情報に踊らされるお前達の低脳加減のほうがよっぽど気持ち悪いよ」
亜人、半亜人、奴隷。どれも差別される対象だ。アラハンは勇者が生まれた街ということもあって、街の人達も露骨な差別を嫌っていたが、王都のような都会ではこういった差別が日常茶飯事なのだろう。反吐が出るな。
「おいガキ。わたし達に手を出してただで済むと思ってるの? これでもそれなりに名が売れた冒険者なのだけど」
ピアスの女が杖を向けてくる。後ろのスキンヘッドの男も止める気はないようだ。……腐ってるな。
「リッカ君! 騒ぎを起こす必要なんてないよ! ボクが席を立てば良いだけの話だから……!」
「ごめんココ。ここまで来たらもう、俺のあり方の問題だ。簡単に引き下がりたくはない」
「冒険者さん! ギルド内での争いは困ります! 資格剥奪だってありますからね!」
ギルドの受付さんが騒ぎに駆けつけてきたみたいだ。流石にギルド内での喧嘩はまずかったか。
「……表に出なガキ。少し世間っていうもんを教えてやる」
腹を押さえながら茶髪の冒険者が悔しそうに声を出す。一発まともに貰った時点でほとんど負けのようなものなのに威勢がいいもんだ。
「先にあんたを出してあげるわ。"ドロップ"」
「ーーうおあああああっ!!!!」
ギルドの扉に体当たりしながら、茶髪のおっさんが吹き飛んでいった。……リティナさん、あの馬鹿男の自業自得ではありますが、それはちょっと可哀想ではないですかね……ピアスのお姉さんもスキンヘッドのおっさんも少し唖然としてらっしゃいますよ……
前後に開閉するギルドの両開きの扉を見つめながら、少しずつ感情が落ち着いてくる。……まずった。もっといい解決方法があっただろう。……まぁいいか。モヤモヤしていることに違いはないから少し発散させてもらおう。
「……さ、早く出ましょ」
「なかなかやるではないか青小娘。受付譲、騒がせて悪いな。外で問題を済ませてくるから不問にしてくれると助かる」
意気揚々と外に出て行く女2人。この2人にはあまり逆らわないでおこう。前からわかっていたことではあるけど、怒らせると本当に怖いな。
「……なんでこの2人はノリノリなのかな」
「……俺も少し申し訳ない気がしてきたが……騒ぎを収めるには素直に外に出るしかないだろうな」
「ごめんね、リッカ君……」
「ココ。自分が悪くないってわかってるよな?」
「……うん」
ココの頭を少し強めに撫でる。悪くないってわかっているのなら良いが、ごめんと言った罰だ。少しくしゃくしゃにしてやろう。うわ。髪さらっさらやんけ。
「な、なに……?」
「出会った頃のことを思い出してな。さ、とっとと片付けるか」
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「15分。……掛かりすぎ。ワタシなら3分よ」
「無茶言うなよ。身体能力向上の魔法も何も使ってないんだ。身一つではこれで精一杯だって」
「ま、この感じなら実戦試験もいいところまでいけるんじゃない?」
『なんだあのガキ……』
『魔法も使わずに勝ったのかよ……』
『3人を相手にして余裕綽々じゃねえか……』
別に余裕っていうほど余裕はなかったよ。でも3人同時だというのに酒屋さん1人に劣るな。連携も何もない。それぞれが自由に動き回っていただけだ。
確かにそれなりに強かった。だがそれぞれの動きが噛み合わないように気をつけて動けば、互いに足を引っ張り合って上手く動けずにいるだけだった。魔法も大味のものばかりで対人には向かないな。冒険者の戦いなんて魔獣専門だから仕方ないか。
ーーにしてもなんか強キャラ感出してた割りにこのスキンヘッドのおっさん弱かったな。……いや、弱いというより戦いやすかったというか。綺麗な戦い方だけど筋がほとんど全部読めたな。
「愛する人は相変わらず身のこなしが軽いな。誰か師がついていたのか?」
「ただの酔っ払いの独身女だけどな」
俺がここまで魔法なしでやれるようになってのは酒屋さんのお陰だ。彼女がいなければ地に伏せていたのは俺のほうだった。……感謝してもしきれないな。金髪ショートでかっこいい系の人だから少し難しいかもしれないが、今度男でも紹介してやろう。例えば全身真っ黒の大男とかな。
斧を指輪にしまいながら周りを見渡す。
……ここまでギャラリーが集まってたか。父さんとかの耳に入らないことを祈るばかりだ。
「ーーただの酔っ払いの独身女が師匠だと、何か困ることがあるのか? リッカ?」
「……………………なん、だと?」
耳元から聞こえる酒焼けした女性の声。首筋に当てられている細身の剣。見間違う筈がない……これはあの人のものだ……なんで王都に……
「酒屋さん!」
「彼女が愛する人の師匠か? ……愛する人の周りには女が多いな」
「おうココ。久しぶりだな。たく、こんなところで騒ぎを起こして……何やってんだよお前らは」
あんたこそこんなところで何やってるんだ。野次馬だらけになってる場所の中心にズカズカ入り込んでくるなんて。それに当たってる、当たってるから……!
「……な、何故ここに」
「仕入れだよ。……嫌なことを忘れるには酒が一番だからな。街の皆と馬鹿騒ぎしてたらすぐなくなっちまった。お、リティナは魔法学校に入ったのか?」
「そうよ。久しぶりね酒屋さん。気をつけて。リッカが鼻の下を伸ばしてるから」
違います。顎近くに剣が迫ってるから顔を上げてるだけです。やましい気持ちなんて微塵しかありません。
「あ? はは! 大丈夫大丈夫! こいつにそんな甲斐性はねえよ」
「酒屋さん……最近そうでもないんです……リッカ君が浮気性で……」
「……お前もあいつと同類か、このスケコマシが」
「あいつって誰すか……」
煙草好きの大男のことだろうか。茶化すネタができたな。
……それにしても王都に着くのが早過ぎるだろ。俺達が出たすぐ後くらいに移動を始めないととてもじゃないが1カ月で王都になんか着かないぞ。……どんだけ飲んでるんだこの人は……
「ロ……ロゼ副騎士団長!!!」
「あ?」
スキンヘッドの男が急に立ち上がる。砂まみれの身体を振り払いながらも、背筋を伸ばし左胸に掌を当てた。王国騎士団の礼だな。酒屋さんの知り合いか?
「魔王との戦いで亡くなられたと聞いておりました……その無念を晴らすため王国騎士団を離れ冒険者になりましたが……まさか生きておられるとは……」
「あーー……すまん、一々部下の顔なんぞ覚えて無くてな。あたしが居た時の騎士団の一員だったのか?」
「はい! ハンミット魔法学校の前衛学科に在籍していた頃から貴女の剣術に憧れ、直属の部隊に配属されておりました! ロゼ副騎士団長にまたお会いできて光栄です!!!」
……この人魔法学校出身かよ。このいかつい顔であの制服きてたのか。きついな。
「そうか。あたしはもう副騎士団長でも王国騎士でもない、隠居した身だ。てめえに何も言う権利はないが……あえて言わせてもらうなら、てめえの剣は子供を苛めるために研鑽したのか」
「……半亜人の娘を家族などといったこの若者に、甘い考えでは生きられない冒険者という職を教授しようと思い剣をとった次第です。その若者も旅に出ればすぐにわかります。亜人も半亜人も、我々人間の敵だということがーー」
「ーー"ショット"」
急に身体が軽くなる。先ほどまで俺に掛かっていた酒屋さんの重みはなくなり、その代わりに風が一陣吹きたった。気付けば正面には、スキンヘッドの男の左耳を掠めるように、酒屋さんが突きを繰り出していた。……相変わらず人間離れしたスピードだな。
「子供に罪はねえ。てめえは何様だ? 教師にでもなったつもりか? 世界を全て知ったとでも言いたいのか? そんな馬鹿なことを言ってる暇があるなら、こんなガキに負けないくらい腕を磨いたらどうだ。……元王国騎士がなさけねえ。失せな」
「……っ!」
男は今酒屋さんが迫ったことに気付いたようだ。こいつと戦いやすかったのは剣術が酒屋さんの劣化版だったからか。まあ酒屋さんの戦い方はパーティをまとめる立場には向かないだろう。先陣特攻型だからな。後衛の魔法使いの女もパーティをまとめるセンスはなかったみたいだし、実力はあるのに残念な奴らだ。
「……申し訳ございませんでした。……失礼します。いくぞ、お前ら」
そう言って男達は去っていった。
……今度からはできる限り絡まれないように俺達も少しやり方を工夫しないとな。間違ってもス〇バやミ〇ドでたむろする高校生みたいな状態で試験勉強なんてしてはいけない。冒険者どころか周りの男性全員を敵に回してしまいそうだ。
「昔のとは言え、身内が世話かけたな。ギルドで飯でも奢ってやるよ」
「もう食ったから大丈夫。こっちこそ面倒に巻き込んですみません。……それよりも、王国騎士団の副騎士団長だったなんて初めて聞きましたよ。俺の剣のお師匠さん」
「出来損ないの弟子のリッカ君。一つ良いことを教えてやるから覚えておけ。酒の席でもシラフのままでも、過去の栄光を鼻高々に語る奴はただのアホだ。……過去に縛られてるまんまじゃ、前には進めねえんだよ」
「お! 小僧! もう来てたか。なんだこの集まりは。…………ロゼちゃん、か?」
「………………、神は随分と酔狂なことをするものだな」




