第64話「敏感長考系不都合否定型主人公」
「なるほどね。それでワタシを頼りたいと」
「……そうでふ」
冒険者ギルド内の食堂。俺達はリティナと共に朝食を取ることになった。でも味なんてほとんど感じていない。ていうか口の中が熱い、痛い。一口啜るたびに血の味しかしないんだ。
先ほど落ちた先は幸いなことに雑草が生い茂っている場所だったんだが、その後リティナ、ココ、ハムリンにダウン追い討ちをされた。俺のコートには多数の足跡がついている。勿論そんなオシャンティーなデザインなわけではない。
なんでも"乙女心を弄んだ罰"なのだとか。……俺ももう少し冷静になるべきだった。飯は全て俺の驕り。何故か俺の目の前にあるのは熱々のスープのみ。しかも辛め。……非は俺にある、甘んじて受け入れようじゃないか…
…でもガルディア、アンドリュー。早く来てくれ。そうすれば少しはこの地獄から解放される時間が短くなるかもしれない……!!!
「……どうしましょう。あんたは、お!に!い!ちゃ!ん!……なのに妹?のワタシがお手伝いをしなければならないのかしら?」
「妹なら少しくらい兄に尽くしてくれたってバチはあたらないぞ」
「ーーココ、お姉さん。そこの馬鹿をおさえて」
4人掛けの四角いテーブル。右隣のハムリンが突然俺の腕を押さえる。リティナの左隣にいたココも立ち上がり、無表情で俺の腕を拘束する。正面にいるリティナは……子供の頃の天使のような、だが今までに見たことがないような不気味な笑顔だ。スプーンで俺のスープを掬い取り、俺の口に近づけてくる。
「……ちょ……今本当に痛いんだって……や、やめ……」
「全然食べてないじゃない。駄目よ? 育ち盛りでしょ。言われた通りちゃんと尽くしてあげるわ。ほら、お兄ちゃん? あ~ん?」
「さっきのも今のもリッカ君が悪いよ……辛いとは思うけど、今はリティナちゃんの味方をさせてもらうね……」
「さっき右頬の辺りがもぞもぞしていたから、その辺が出血しているんじゃないか?」
なんということだ……いつの間にか味方が1人もいないぞ。
「ありがと~。さ、お兄ちゃん? ……さっさと口開けろや」
天使の笑顔から一転、目の前の女子高生悪魔は眉間に皺を寄せ、俺の口に熱湯を流し込もうとしている。なんでこういう時、女性同士っていうのは急に仲良くなるんだろうか。……俺昨日もこんな目にあった気がするんだけど……
「はは……フーフーとか、してくれてもいいんだぞ。いえ、すみません、俺が悪かったです、許してください!!!」
「あはは~リッカリンは甘えん坊だねえ~ほら、ふぅー……」
……なんと口から火が出た。この人はサーカスか何かの出身だったんだろうか。さっきまで湯気が上がっていただけだった筈なのに、大き目のスプーンの中の液体は泡を出し煮立ち始める。そして俺の前髪が少しだけ焦げていた。
熱い。近づけただけでこの熱気だ。確実に沸騰している。……こんなの既に拷問じゃないか!!!
「一口ごとに情報をあげるわ。ほら、あーん?」
「……マジで言ってる?」
「大マジ」
「うぐ……痛い! 辛い! これ話なんて聞いてる余裕ないって!」
「まずはどこを受けるかにもよるわよね。ハンミット魔法学校は4学部12学科あるの。ほら次。さっさと口を開けなさい?」
「一口の情報量少なくないか!? っむぐ!?」
「一番の有名どころは実戦魔法学部ね。主に魔法での戦闘に特化して学べる学部よ。前衛学科と後衛学科があるわ。因みにワタシは実戦魔法学部の後衛学科」
「……すまん、土下座する! だからもうぐっ……辛っいたっ! せめて右頬中心に攻めるのやめてくれない!? 」
「ドゲザって何? 二番目に有名なのは実技魔法学部。こっちは戦闘っていうよりは商業向けの学部ね。農学科、天文学科、生物学科、化学科。商人に向いてる誰かさんにはお似合いの学部かもしれないわよ?」
「…………ぎぎ………」
「ココ。後ろから顎を開けさせてくれないかしら?」
「……心苦しいけど、ここは我慢だよリッカ君……後で回復薬あげるから」
「ガルディア達が来る前に食べ終わらないとな。ほら、愛する人?」
ココが俺の左脇に立ち両頬を押さえる。……そこ痛いんだってマジで。いや、痛みすらもうよくわからなくなって来ている気も。そしてハムリンが俺を羽交い絞めにする。なんで俺は朝っぱらからギルドでこんな目に合わなければならん!!!
「あがッ!!!」
「次は魔法医学部。説明をするまでもないわね。お医者さんになるための学部よ。内体学科、外体学科、薬学科に分かれているわ。募集人数に比べて倍率も高いから、今は別に学生をとるつもりはないかもしれないわね」
「ふりっ! おう、ふりっ! うごあっ!!!」
「最後は魔法工学部。ほとんど男しかいないわ。学科は3つで、機械工学科、物理工学科、電気工学科。ほとんどずっと機械をいじっている印象ね。魔法と機械の融合、ということが学部の目的みたい。……楽しいけど飽きてきたわね。顎を上に向けてくれないかしら」
え、ちょっとまって。なんで皿持ってるの。……流し込むつもり? いや、それはマジ無理だって……死ぬって……!!!
「ひょっ!? あがっっっっ!!!!」
「あれを口に全て入れれば終わるんだ。愛する人、ほんの少しの我慢だ」
「ひゃむいん!?」
「……辛いだろうけど、これで全て許されるならそれはそれでお得だと思うよ?」
「ひょひょ!?」
「こぼすといけないから少しずつね? ほら、あ~~~~~~ん?」
「ひゃめろおおおおおお!!!!!!!!……!?ひょうだ!ひゃもん!!!!」
「ゴク……ゴク……ゴク……ほう、辛さの中にも野菜の旨みが凝縮されているな。美味しかった。さて。ここまで聞いて一番受かりそうなのは魔法工学部のどこかな気がするが、勉強時間がそれなりに掛かりそうだな。実戦魔法学部の前衛でも受けてみようと思うが、皆どう思う?」
ハムリンに羽交い絞めにされてはいるがまだ少しは手が動くな。少しマナーが悪いが口元を拭おう。うむ、血も止まっているみたいだな。
確かにリティナの言うとおり実技魔法学部でもいい気はするけど、どうせ勉強するなら旅に出た後も応用できることを学んでおきたい。実戦魔法学部の前衛学科であれば、魔法とは言え前衛。攻撃魔法より自分の能力を向上させる魔法が好まれるだろう。試験科目もそういったものであれば、かなり無理矢理だが簡易加速の時みたいになんとかなるかもしれない。そして旅の備えにもなる。
「………………なんで飄々としてるのよあんた」
「奥歯の召喚石に回復薬を仕込んでたからな。即効性があって助かった。さあ、何口飲んだかわからないが、俺は見事試練に打ち勝った。質問に答えてもらうぞリティナ。前衛学科の編入試験はどんな感じなんだ?」
戦闘中にいつも回復薬を準備できるわけじゃない。最近は薬物召喚とは逆の左奥歯に回復薬を仕込んでいる。前は練習用に塩だったけど、もうそんな物を入れる意味はないからな。いや、食堂で使う分には塩の方があっていたのか……?
「ちっ……次は私が回復薬をあ~んしようと思っていたのに……使えん青小娘が」
「あはは……(ボク、ハンニバルさんと思考が一緒だ……)」
「ココ、目を逸らしても声漏れてるぞ。うおっ急になんだ?」
リティナが目の前まで迫ってきている。テーブル越しだからかなり前傾だ。あ、ないことはないんだな。少ないだけで。……いや、目を逸らしておこう……
「顎下。スープが垂れてるわ。全く、いつまで経ってもこういうところは子供なんだから」
「お前のせいだろうが! そしてやめろ! 流石に恥ずかしいわ!」
「そのままにしてるほうが恥ずかしいでしょ! ほら!」
「「………………」」
この年で(15歳もしくは32歳)、人に口元を拭いてもらうのは流石に恥ずかしすぎるんだが……横に立ってるココから魔力が流れ出しているのは気のせいだろう。もうそろそろ解放されてもいい筈なのに、何故かハムリンの羽交い絞めの力が強くなったのも気のせいだろう。絶対そうに違いないと確信しておこう。
「……仕方ないから教えてあげる。前衛学科の編入試験は実戦と筆記。実戦は教員との一対一の腕試しだった筈よ。教員に認められればそれで合格。試験官もちゃんと複数いるから、その教員がごねてもちゃんと判定してもらえるはずよ。はい、綺麗になったわ」
「……むずがゆ! ……お前達もそんな目で見てないで、そろそろちゃんと席につけ!」
「はぁーい……やはり強敵……手ごわい……」
「……今後は小娘以上に青小娘の方を警戒するべきだな……」
リティナに拭かれたところを再度腕で拭う。何か2人がぼそぼそ言っていた気がするが気にしないことにする。やっと解放された……
リティナは席に座り姿勢を戻すと、指を立てながら試験についての説明を始めてくれた。
「筆記試験は合計4科目。1つは基礎魔法学、これは魔法の初歩ね。あとは国語と数学、ツァド史ね。あんたは歴史については詳しかったわよね?」
ツァド史……この国の歴史なら自信はある。幼い頃からずっと父さんの書斎で本を読み進めていたからな。
「それなりにな。一応入学試験に使った資料とか貸してもらってもいいか?」
「そんなものアラハンから持ってきてる筈ないでしょバカ。入学試験の資料と入学後の教材が違うのなんて当たり前じゃない」
確かにその通りなのだが。つまりは編入試験は、ほとんど入学試験と近い問題が出ると思っていて良いということなのか? 編入だからといって変に授業内容も含んだ内容が出た時点で、俺が受かる可能性が一気に下がってしまいそうだ。
「問題の傾向は入学試験と近い筈だし、尚且つ後衛学科と試験科目も一緒だから……な、なんだったらワタシが教えてあげてもいいけど?」
「本当か? 悪いな、お願いするよ」
さっきまで凶暴だったからか、急に優しくなったな。飴と鞭を使い分ける小悪魔的な存在に成長していきそうでお兄ちゃんは少し寂しいよ。……そういうわけでもないか。リティナは割りと気まぐれだからな。気が変わらない内に素直にお願いしておこう。
「ま、待って待って! リッカ君! リティナちゃん! ボクも一緒に勉強してもいいかな? ボクも色々知りたいし!!!」
「私も数学であれば力になれるぞ! 青小娘、2人きりになんてさせないからな!」
「な……リッカは……どう、したい?」
「なんか沢山いると集中できなさそうだな。俺は2人きりのほうがいいんだが」
2人がリティナを警戒する気持ちはどこぞの鈍感系主人公ではない俺にはちゃんとわかる。でもリティナが好きなのはラークだ。幼い頃からそれはずっと聞いているし、つい最近、詳しく言えば王都にくるまでの道程でも聞いている。
リティナがずっとラークを好きなのは間違いない。俺のことが好きなのであれば、わざわざそんなことを俺に言う必要がないからな。つまり俺とリティナは幼馴染でもあり、前にも言った通り兄妹みたいなものでもある。
アラハンを出る時の俺に告白云々の話だって捉え方の問題だ。「ワタシはまだしてません」と言っていたが、俺が相手とは限らない。おそらくラークのことを言っていたんだ。だからこそ動揺するな、冷やかされるぞとアドバイスしたのに。リティナが変に挙動不審になるから勘違いされたんだ。
ラークのことが好きなんだから、そんな戯言が気にせずに普通にしていれば良いのに。15歳とはいえ、女とはよくわからないものだ。
「リ、リッカがそういうならしょうがないわね! ココやお姉さんには悪いけど、試験に合格するためだもの。仕方ないわ。ふ、2人きりで勉強しましょ?」
「駄目だ愛する人! この青小娘は思春期を拗らせている! おそらく碌なことが起きないぞ!!!」
「お願いリッカ君……邪魔はしないから……勉強の邪魔は。ハンニバルさんは確かに煩いかもしれないから、せめてボクだけでも……」
「うーん……まぁどの道2人には実戦の練習相手にはなってもらうつーー」
「ーー兄ちゃん、3人も女はべらせて良いご身分だな?」
……まさかまた絡まれるとは……まだ顔は見れていないが、人の頭に肘を置いてるお前こそ随分と良いご身分じゃないか。
「……まぁ少なくとも。この位のチンピラ達を下せないようでは、実戦には受からないでしょうね?」




