第62話「大人気ない男達」
「旅?駄目だね。認められないよ」
父さんもまだ夕飯をとっていなかったらしく、とりあえず母さん以外の皆で夕飯を食べた。納屋にいるキィン達走竜にも餌をあげなければならないので、俺達の夕食後にココとハムリンに頼んでおいた。
何故自分でやらないかといえば、それは父さんと母さんに旅に出るという話をするためだ。あくまで実の家族同士で。俺のけじめに2人を巻き込みたくなかった。
客間のテーブルを挟んだ正面のソファーには母さんと父さんが。俺は一人用のソファーに腰掛けて対面している。何かの面接のようだ。父さんは食後のコーヒーを口に含むと、そんな言葉を口にした。
先ほどまでの空気とは打って変わって、厳しい表情でこちらを見つめている。睨んでいるといっても間違いではないかもしれない。
「一応なんだけど、なんでか理由を聞いてもいいかな。父さん」
「なんで、か……当然だとは思うけどね。君はまだ15歳だ。まだまだ世間も社会も知らない子供だ。そしてココ君もハンニバル君も20歳を超えていない」
「因みに、いくつになったらいいんだ?」
「……僕が認めたら、かな」
……話にならない。年を理由にしたというのに実際はその境を設定せず、自分が旅をして良いと決断したらしていいと。そう言っている。そんなの父さんの言葉次第でどうとでもなるじゃないか。20歳を超えても父さんが駄目と言ったら駄目になってしまう。
「それはいくらなんでも理不尽だと思うんだけど。年なんて関係ないじゃないか」
「確かにそうだね。でも君は反論できるほど強いのかい? 冒険者として旅をするということは数々の死地を潜り抜けなければいけない。君はアラハンの悪夢でも何も出来ずにいたと聞いている。そんな子供が世界を旅する? あまり笑わせないで欲しいね」
なるほど。年齢を理由にしたのは数ある理由のうちの一端に過ぎないということか。とりわけ俺の実戦能力と実戦経験の低さを気にかけている風に見える。最後の一言は少し感情的に思えるけど。
本当はアラハンの悪夢では俺がアレクサンダーを撤退させました、なんて言っても何の信憑性もない。それに元々アレクサンダーも実力を全て出しているわけでもないだろうから、そんなこの場限りの言葉を言っても意味がない。
どういう風に話を展開させていこうか迷うところだ。出来る限り後腐れないような形がいいのだけど。
「アルバ。リッカと同い年の男の子でも冒険者になっている子はいるわ。いつか親元を旅立つのが男というものでしょ。甘やかし過ぎるのも考え物よ」
「……ミナリー。確かに僕は学校でも冒険者になった子を数多く見てきたよ。でも、自分の力及ばず王都に戻ってきた者や、もう人間と呼べる状態ではない身体で帰ってきた者もいる。……自分の息子にそんな風になって欲しくないというのは当然だろう」
「それはそうだと思うけど……心配し過ぎな気もするわ」
母さんは玄関の会話でも思ったけど、俺の味方してくれているみたいだな。ありがたい。2人は無言で見つめ合っていた。この2人の頭の中と視線の間では、どのような会話がなされているのだろう。
「子供を守るのが親の義務だ。自分で生き抜く力がつくまでは認めることはできないよ」
「旅に憧れるのも子供の権利よ。生き抜く力というのは王都で学べるのかしら? 危険だというのもわかるけど、このまま王都とアラハンに押し込め続けるのも可哀想だと思わない?」
「……ミナリー、僕を否定するのかい」
「もう充分、と言っているだけよ」
……空気が怪しくなってきたな。既に父さんと母さんの対決になりつつある。こっちからは話に入りづらいな。しばらく2人は話し合っていたが、このまま結論が出ないと踏んだのか、またこちらに向き直り話し始めた。
「……リツ、そんなに急ぐことはないんじゃないか。例えばだけど、魔法学校でもっと実力をつけてからでも遅くはない」
「……本来そうあるべきだとは思うけど、俺は魔法学校で魔法を中心に教わることに意義を見出せない」
俺は魔法がほとんど使えない。そんな状態で魔法学校に入学して無駄に年を重ねることに意味はあるのだろうか。対処療法的に戦力を魔法で補うつもりはあまりない。自分の得意なものを伸ばしていきたい。召喚術を習えないのであれば俺が魔法学校で学ぶ意味はないと思っている。
「リツは魔法があまり使えないんだったね。魔法学校でも召喚術に関する研究がなされていないわけじゃないよ」
「それはそうだと思うけど、魔法も基礎学習的に学ぶんだろ? 俺はその時間を他のことに回したいんだ」
既に魔法は父さんの部屋にある本である程度の種類は把握している。アレクサンダーとの約束の時まで、余計なことに時間を使っている暇はない。
「……少しは親の言う事を聞く気はないのかい」
「素直に言う事を聞くだけの子供が欲しいなら、自分の感情を押し殺してそうするよ。父さんが心の底から、そうして欲しいと言うのなら」
正論であればちゃんと聞く。でもそんな、自分は大人で君は子供だからなんて考えで人を言いくるめようとしているなら、そんな言葉に耳を貸すつもりはない。勿論感情を押し殺すつもりもない。これはただの皮肉だ。
父さんは顎に右手を当て、カップに入ったコーヒーに視線を落とした。
「……教育者として職についている僕には、とてもじゃないけど言えないね。……じゃあ、一つ条件を出そう」
「無理難題でなければ」
父さんは再び目を合わせると、少し優しげに微笑んだ。……何か含みを感じる笑い方だな。母さんも視線を逸らしてため息をついているし。
「無理と取るか有利と取るか、難題と取るか寛大と取るかはリツ次第だよ。うちの学校の入学試験を受けてもらう。もし合格できれば、旅を認めよう」
「……ハンミット魔法学校の入学試験? やっぱり無理難題じゃないか」
ハンミット魔法学校。王国随一の魔法を学べる学校だ。王国各地からこの学校で勉強をするために毎年数多くの受験者が押し寄せ、その9割が涙をのんで来た道を戻っていくという。入学の難易度はこの国で一番高いと言っても過言ではない。
そして今は4月。四季でそれほど環境が変わらないこの国だがイベントの時期は決まっている。この世界での年度の始まり、とでも言えばいいのだろうか。それは9月だ。入学試験はその2ヶ月前の7月。あと3ヶ月間王都で過ごせ、そう言っているということになる。……そんな無益な時間は、正直使いたくない。
「試験が難しいと言っているか時期が合わないといっているかはわからないけど、うちの学校にはどの時期でも試験者を受け付けている編入試験というものがあってね。勿論それを受けてもらっても構わない」
「……それこそ本格的に無理難題な気がするけど」
前世でもそうだが、入学試験というものは毎年定員人数が決まっているものだ。だが編入試験はその数に指定はない。若干名、というところで上限も下限も決めてないところがほとんどだろう。この世界の編入学がどのようなものか詳しく知っているわけじゃないが、元々王道の入学方法ではない時点でお察しだ。
つまり編入学試験というのは、通常の入学試験より決定権が学校側に委ねられる。募集していないといったらそこまで。今こういう者はいらないといったらそこまで。ましてまだちゃんと制度も確立していないだろうこの世界だ。どんな理不尽な理由で不合格になるかわかったものじゃない。
「うちの学校の編入学試験は数多くの種類がある。どんな試験方式でも良いし、期限も決めない。教師という職の誇りにかけて不正や意地悪はしないしさせない。どの道うちの学校に入学できないようであればどこかで野たれ死ぬのが目に見えるというものさ」
父さんは立ち上がり俺を見下す。その目は既に父の顔ではなく、男の顔だ。
……いいじゃないか。例え不利で難題だろうと、ある程度譲歩してもらってるんだ。それがここまで育ててくれた親が出す条件なのであれば、受けてやるのが子の役目というものだろう。
「……頭の悪い聞かん坊の子供みたいに逃げ出すかい?」
「まさか。受けるよその条件。反故にするなよ」
「ああ。勿論。君がどれだけのものになったか、僕に証明してごらん」
(男ってなんでこんなに馬鹿なのかしら……)




