第61話「ハーレム展開」
話は少し前に遡る。俺達は王都につき、ラーク、リティナ、ガレットさんと別れた後、アンドリューをギルドで匿ってもらえないかを相談しに来ていた。
「……と、いうことだガルディア。協力しろ」
「ちょっと待て!……寝起きで脳が追いつかない。なんで討伐対象の魔獣がここにいる。なんで討伐対象の魔獣が奴隷になってる。そしてなんでオレはこんな夜に叩き起こされているんだ……?」
ここはギルドから少し離れたガルディアの家の前。ドアの脇の植木鉢の中に隠してある鍵を取って錠を開けたハムリンはそのままズカズカと家の中に入っていき、シャツとパンツだけになっているガルディアのおっさんを玄関まで連れてきてくれた。
開いた扉の中の玄関では、首根っこをハムリンに掴まれた筋骨隆々のおっさんが情報を処理しきれずに頭を抱えていた。おはようございます。寝起きドッキリ成功です。
「……もう一度説明しなければならないのか。頭の足らん奴だな。特別にもう一度言うからよく聞けよ。魔獣が元勇者で愛する人が奴隷にした。住む場所がない。協力しろ」
「ぜんっぜんわかんねえよ! 言葉足らずにも程があるわ!! 元勇者? こいつがシュワルツだっつーのかよ!」
ココはおっさんのパンツが気に食わないのか目を伏せてうつむいている。あんまり綺麗なものじゃないしな。せめてズボンくらいちゃんと穿いてきて欲しいものだ。
「、突然すまない。久しぶりだな、ガルディアギルド長。まだ長を務めているんだな。もしよければ葉巻を分けてくれないか。グレブリアの煙が恋しくなっていたところだ」
ガルディアのおっさんは急に真剣な顔になると、首を掴んでいるハムリンの腕を振り払い、俺の隣に居るアンドリューの身体をまじまじと見始めた。
「……煙草はやめたんだよ。肺が悪くなってな。……本当にシュワルツなのか?」
「、今はアンドリューという名を使おうと思っている。色々と理由があってな」
しばし無言の時間が続く。腰に手を当て、やれやれ、意味わからねえ……と言いつつも、ガルディアのおっさんは色々察してくれたみたいだ。
「……積もる話も、あまりの葉巻もある。時間は経っちゃいるがまだ香りはいい筈だ。住む場所は追々考えてやる。納屋を空けるから今日はウチに泊まっていけ」
「、すまないな。恩に着る」
「本当にな。ガキ共ももう遅いんだから早く帰れ。ハンニバルの話で足りない部分はこいつに直接聞いておく」
貴様の理解力が足りないだけだ、と呟きつつもハムリンもそれ以上何も言う気はないようだ。
「助かるよ、ガルディアのおっさん」
「ああ。明日少しギルドに顔を出せ。じゃあな」
そういうとガルディアとアンドリューは庭の納屋の方へ向かって行った。
「ロゼちゃんには会ったのか?」
「、いや、まだだ」
「……出来る限り早く顔を見せてやりな」
「……、そうだな」
「ったく、7年もどこ行ってやがったこの野郎!……目も覚めちまったし一杯付き合え」
「、ああ。オレは葉巻にさせてもらうがな」
「あ? 俺の酒が飲めねえって言うのかよ。偉くなったもんだなおい」
……あれを大人っていうんだろうな。最低限のところまでしか踏み込まない、ちょうど良い距離感。アンドリューが先代勇者であるということを知っている人を作っておきたかった。ガルディア以上に適任はいなかったし、彼に相談して正解だったな。アンドリューも気が楽だろう。
「じゃあ俺達も風邪引かないうちに戻るか」
「これで明日ガルディアが風邪を引いていたら笑えるな」
「申し訳なさ過ぎて笑えませんよ!」
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「本当にだいぶ遅かったわね。お父さんも帰ってきて待ってるんだから、早く顔見せてあげなさい」
「リッカ君、ボクお茶の準備してくる!」
「愛する人、私はどこまでやっていい?」
「常識の範囲内までだ」
「そうか……!」
家に着く。俺の返答をどう受け取ったかは不明だが、ココもハムリンも足早にリビングに駆けていった。俺も父さんに会うのは久しぶりだというのに、顔も知らない女の子が2人もやってくると、その子供の父はどういう反応をするのだろうか。会うのが6年振りくらいだから俺にもまったく予想ができない。
「……肩。気をつけなさいね」
「……ばれてます?」
「母をなめるんじゃありません。それくらいだったら回復薬でちゃんと完治するとは思うけど、無理はしちゃ駄目よ」
母恐るべし。冒険者になっているということは流石に言ってあるけど、俺達はまだ下級だ。本来は討伐依頼になんて行ける筈はない。他にも色々ばれていると思っておこう。
「旅に出るつもりなら、今日ちゃんとお父さんに話しておきなさい」
いつもにもなく真面目な目でこちらを見つめてくる。本当に恐ろしい。よく見ているもんだな。……そうだな。父さんもちょうどいることだし。
「……いい機会だし、ちゃんと話すよ」
「よろしい。ご飯温め直すからお父さんと一緒に座って待ってなさい」
「うん。ありがとう」
日本とは違い靴を脱ぐ文化もないのでそのままリビングに向かう。今更だがこの家は結構広めだ。アラハンにも家があるというのに王都にもこんな家を建てることができるだなんて、実はうちは結構な金持ちなのだろうか。そんなに豪遊とかした覚えはないけど、貧乏だと思ったこともないな。
「あ、リツ。久しぶりだね。……この子達は、誰だい……?」
リビングに着くと、ココがお茶を入れており、ハムリンは父さんの足を揉んでいた。ハムリン。それがお前の常識の範囲内だと言うのならもうちょっとその範囲を狭めてくれ。初対面の人の足揉みする馬鹿がどこにいる。あ、こいつ変態だったか。
ソファーの右端に腰掛けながら、左足を反対側に投げ出しマッサージされているこの人こそ、今の俺の父。魔法学校で歴史の教鞭をとっているアルバという男だ。まだ帰ってきたばかりなのか、白いシャツとネクタイのまま、金髪をオールバックにしている。
細身ながらも筋肉はしっかりしているが、スポーツマンという体ではない。微塵も隙を見せないとでも言っているかのような皺もない完璧な服装だと言うのに、両手は腿の近くで指を組み、両目は少し戸惑い気味にこちらを見つめている。
「あ、すみませんお父様!ボ……わたしはリッカ君の奴隷のココと言います!」
「ああ、君がココ君だね。ミナリーから話を聞いているよ。……白い髪の狐獣の半亜人……綺麗な髪だね。リッカと仲良くしてくれてありがとう」
「と、とんでもない!ボクのほうこそとても良くして貰っていて!っぁうわ!」
「あ、大丈夫かい?火傷していないかい?」
「は、はい!大丈夫です!すみません……」
ココがお茶をこぼした。緊張する気持ちもわからなくもないけどな。俺だって久しぶりすぎて少し緊張しているくらいだ。因みにミナリーというのは母さんの名前だ。
「自己紹介が遅れ大変申し訳ないお父様。私はハンニバル。そこの者と同じく愛する人の奴隷となった身です。以後、お見知りおきを」
「あ、ああ……愛する人っていうのはリツのことかな。ハンニバル……A級の冒険者じゃないか。そんな人がなんでうちの息子の奴隷になんてなっているかはわからないけど、よろしくしてやってくれると助かるよ」
「身に余るお言葉です。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「それと、マッサージはもう大丈夫なんだけど……」
「いえいえ。毎日お仕事でお疲れでしょう。私に身を任せてください!」
「………………リツ、この子達面白いね」
「わかる」
構図が面白すぎる。どこかの王様みたいだ。横からはお茶を運んでくる給仕が、隣では足をマッサージしてくれている侍女が、みたいな。この状態では流石の父さんもなんで奴隷になったかなんて聞きづらいだろうな。今はふくらはぎから移動して足ツボマッサージされてるし。
「ず、随分と激しいマッサージだね! 少し、い、痛いんだけど……!」
「ここが痛むのですか?ここは肝臓ですね」
「痛む位置で、体の、わる、い、とこ、ろがわかる…のっかい!」
「お父様、お砂糖はいくつ入れますか?」
「ブ、ブラック、で、だいじょう、ぶ!」
どうしよう。感動の再会と言ってもいいくらい久しぶりなのに、全然そんな雰囲気じゃないな。
「父さん」
「な、ん、だい!リ、ツ!」
「母さんが凄い目で見てるよ」
「ミ、ミナリー!」
「若い女の子に囲まれて嬉しそうねえあなた~。ココちゃん、この間はハンマー買ってきてくれてありがとね~」
「え? いや、欲しいと言っていたのを覚えていたので……!」
「なんで今そんな話をするんだいミナリー!?」
……空気って大事だな。とても旅に出るという話を切り出せそうにないんだが。




