第58話「躾」
「気をつけろ愛する人!こいつは今女の眼をしている!!」
「そうだよリッカ君!よくわからないけどボクの乙女センサーが危ないと言ってるよ!!」
なんだそれは。確かにココの尻尾はピンと垂直になってるけど。うろ覚えだが、確か犬科の動物は警戒している時や対抗意識がある時は尻尾がまっすぐになっていた気がする。幼い頃は犬が好きだったなぁ……幼いと言っても前世だけど。
ーーこら、両サイドに来るな。特にハムリン。お前ラークやリティナから見たらギルドに居たタチ悪い女という印象しかないと思うぞ。話がややこしくなってきそうだから本当に止めてくれないか。
「あら?残念ですけれど、わたくしリッカはタイプではありませんの。どちらかといえばまだ子供の気が抜けないあちらの殿方の方が……」
「……ん?え、僕!?」
「……随分とおモテになるようね?ワタシの幼馴染達は?」
「リティナ、瞳孔開いてる。怖い。本当に怖い。そして肩痛い。指を食い込ませないで……!!!」
お、いい方向に話が向いたな。……だがさっきまでの真剣な雰囲気はどこにいったんだろうか。そして随分と凄惨な話をしていたシュワルツのことを皆は覚えているのだろうか。一体どこで間違ってしまったんだろうか。
「、………帰りたくなってきたぞオレは」
「わかる。でもお前どこに帰るって言うんだよ」
両サイドがステレオで煩いけどこいつの低い声は響くな。後ろから響く声がどうにも悲しみを帯びている気がするのは気のせいだろう。俺以外誰も聞いてないし。
「……、あのガレットという女の言うことも一理ある。王都から離れ、山奥にでも行こうと思っている。……アレクサンダーを倒すにはまだ力不足だからな」
……まぁ、あんたがそう望むのならそれがいいのかもしれないな。こいつの思い的には、まだアラハンにも戻りたくはないのだろう。ちゃんと全てを終わらせてから。そう考えている筈だ。それにとやかく言うつもりもないし、引き連れる奴隷なんて少ないに越したことはない。元勇者だしな。
「ん?ああ、スクラップ。それは無理だ」
あら、聞いてたのかハムリン。
「、何故だ?」
「小娘。こいつの胸に描いてある奴隷紋を読み上げてやれ」
「え?うん……うわ、肌傷だらけですね……暗いからわかりづらいですけど……えっと……」
ココが後ろにいるシュワルツの腹を覗く。まだラークとリティナとガレットさんはわいわい騒いでるみたいだ。俺もそちらに参加したい。どうにも悪い予感しかしないんだ。何故ここでハムリンがココにこんなことをさせているのか。それだけでも怖いというのに……
「…………"私の体はリッカの物"…………ハンニバルさん…………」
「というわけだ。残念だったな、スクラップ!」
「、な」
「………っんでやねん!!!!」
なんでこんな男臭さの塊のような機械にそんな文字を刻むのか!まあ描いてあったとしても俺から離れられない理由もないからいいけどさ!!
「因みに私と全く同じ物だからな。特別な制約も課してある」
「…………聞きたくないが、なんだ」
「5キロ以上離れられない。私達は旅をする予定だからな。一緒に居たほうが色々楽だぞ?」
「、な……!?」
左に顔を向ける。なんだこいつ澄ました顔しやがってツインテールの代わりに稲植えつけてやろうか。
「ハンニバルさん……貴女って人は……」
「は?貴様が言うのか?小娘に至っては2キロだったじゃないか」
右に顔を向ける。何処を見てるんだココ。そっちには何もないし誰もいないぞ。眼を合わせろよおい。
「……そ、それは元町奴隷だからであって!」
「ココ、町奴隷には距離指定なんてないよな。ゼロだよな。町から出ることが出来たら意味ないもんな」
「…………はい。…………リッカ君の仰るとおりです。……自分で書き換えました。……流石にゼロはちょっと不便なので……」
……なんだ、どういう事だ。ココとハムリンがそんな馬鹿なことをする理由は流石にわかる。でもハムリンがシュワルツにそんなことをするメリットがあるか?どういうことか全く理解ができない。……理解が、できない……?
「お前まさか、奴隷紋の文字、読めても描けないのか……?」
「気付いたか?そうだ。召喚術なんていうマイナーなもの覚える必要もなかったしな。描いている時は小娘も草を操るのが精一杯であったし。仕方がなく私と同じ物を刻んでおいた」
他に参考資料もなかったから自分と同じものを刻むしかなかったと……?
ーーこいつはココの奴隷紋を読むことは出来ていたが、自分の奴隷紋はガルディアのおっさんに描いて貰ったと言っていた。自分では描き辛いからだと思っていたが、そんなもの鏡でもなんでも使えば事足りる。……何故気付けなかった……抜かった………
「…………言えよ」
「伝える時間などなかっただろ?」
「…………」
「、約束が違うぞ……小僧?」
「……待ってくれ。事故だ。俺は無実だ。とりあえず落ち着いてその黒く渦巻いている右腕を下ろしてくれ。勢いで契約したのは悪かった。でも契約は取り消そうと思えば、正規な手続きを踏めばちゃんと取り消せる」
「そ、そうですよシュワルツさん!……あの状況ではリッカ君も奴隷紋の文字を気にしている時間はありませんでしたし……」
(お前の時もそんなんだったけどな)
「無理ですわ。そんなことはさせませんわ」
…………あら、聞いてたのか。
「わたくしがそんなことを見逃すと思って?奴隷になった以上は貴方の所有物。ちゃんと面倒を見て差し上げないと、そこの元勇者様も可哀相でしてよ?」
なんでそこで魔獣と言わずあえて元勇者というのか。嫌味か。
「まあ……我侭で。厚化粧の。真面目で。ブスの。戯言ではございますけれども」
怖い。さっき戦ってた時より怖い。なんだよその笑顔。声も高い筈なのになんで腹に響いてくるんだよ。そして戦う前の挑発を覚えておられましたか。割とがっつり根に持つタイプなんですね。
「ああ、恐ろしい!人を襲う魔獣だなんて!一度野に放たれればまた民に襲い掛かるやも!でもリッカがご主人様であれば安心ですわね!もし契約を解除するだなんて言ったらわたくし……」
右手にハルバードを持ち、立ち上がる。左手を眼に当てオイオイと泣く演技をしつつ、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。……口元笑ってるぞコラ。待て、来るな。……ていうかなんで皆止めないんだ?
「……愛する人。今回の件、間違っているとは言えないんだがな」
「……リッカ君。言っていいことと悪いことがあるよ」
……戦う前にガレットさんに浴びせた一言は、存外女性陣全体で反感をかっているらしい。ここまでは読めなかった。
「あら、御免あそばせ?少々ちゃんとした女性の扱い方を教えて差し上げるだけですので」
「是非もないな」
「どうぞ」
放せ……おい、放せ!両脇を押さえるんじゃない!なんで急に仲良くなってるんだ!!さっきみたいにもっと好戦的に行こうぜ!!!
「リッカがあそこまで動揺してるのいつ振りだろうね」
「さあ?ラークはさっき、今までで一番動揺してたけど」
「…………すみません」
お前らもお前らで何我関せずで通そうとしてやがる……!
「おい!助けろよ幼馴染1号2号!!親友が困ってるんだぞ!!!」
「ほら、顎をお上げなさい?」
「うおっ!」
顎元に槍の刃が。なんで戦っている最中でさえここまで顔に寄っていなかった槍が、戦っていない今こんなにも目の前に突きつけられているのだろうか。意味がわからない!
「……ご愁傷様リッカ。ごめん、僕は今無力だ」
「発言には気をつけなさいリッカ。自分の言ったことにはちゃんと責任は取らないと駄目よ」
「お前ら聞いてない筈なのに察し良すぎるだろ!!」
「「幼馴染ですから」」
駄目だ、こいつらはあてにならない!
「シュワルツ!さっき振り上げた拳は飾りか!?今こそお前の力を見せ付ける時だ!!頑張れ先代勇者!!!」
「……、リッカとか言ったか。お前もロゼと会っているならわかるだろう。男はな、女に敵わないんだ」
やれやれ、と言いながら首を振る鉄の塊。
こいつ…………楽しんでやがる!!こいつも相当な馬鹿だ!!!!!
「お前そんなオチでいいの!?お前自身のことだろ!?」
「あらあらリッカ。ご自身で仰っていたではありませんか。他の者を理由にしてはいけませんわ?」
顎にとうとう刃が触れる。微塵にでも動いたら顎が割れてしまう。
「貴方の意思で言いなさい。この元勇者を奴隷と認め、共に旅をするのですか?しないのですか?」
「自分の意思もクソもないだろこんなの!!!」
「……、あいつらとの旅の最中もこんな感じだったな、懐かしい……」
「お前何浸ってんの!?何先に諦めてんの!?お前の人生掛かってるんだよ!?」
「あ、因みに私達の目的は3年以内にアレクサンダーを倒すことだ」
「、なんと。是非もないな」
「ボクはシュワルツさんが良いのであれば……よろしくね、シュワルツさん!」
「、ああ。よろしく頼む」
「はあああああ!?」
既に口など開いていない。顎もめいっぱい上げている。歯を食いしばりながら、歯の間から声を漏らすしか発音する方法がない。
「言いなさい、リッカ」
「…………一緒に、旅、します………」
「言葉足らずですわ」
「…………この、先代勇者の、奴隷と、一緒に、旅をします!!!」
「よろしい」
むさっくるしいおっさんの奴隷が増えました。




