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刻の召喚士  作者: jnsto
青年期 『竜丿墓 スクラップオーク』
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第56話「勇者シュワルツ3」

暗い。部屋の中の明かりも全て落ち、あの女も今はこの広い部屋のどこかで寝ているのだろう。そしてオレも、こんな身体でも眠気はくる。次第に身体の力が抜けていき、機械で作られた目を閉じようと考えている。当たり前のこともちゃんと命令をしないと動かないこの身体にも、段々と慣れてきた。





「……ひそひそ。ごめんねガバナーター。今ここから出すわ」

「、?急にどうした。それもこんな時間に。お前がここを出れると言ってから1日も経っていないぞ」


いや、それどころか体感的には半日も経っていない気がする。時計などはなく正確な時間はわからないのだが。こいつの起床時間などから考えるに、今は深夜だろう。こんな時間に何を言っているんだこいつは。


「……こそこそ。アレクサンダーをここに入れないようにしていたら、少し怪しまれているみたい」

「……、何故お前がそんなことをする必要があるんだ……?」


魔王国で働いている以上、ある程度幹部などの話も聞かなければならない筈だ。逆らえば命を落とす可能性だってある。相手は人間を殺し続けてきた魔族だ。いくら優秀な科学者とは言え、命令を聞かない者はただの厄介者でしかない。


それに、怪しまれているのなら。もうただの置物と化しているオレなど捨て置けばいい。大事な実験対象ではあるのだろうが、自分の命には代えられない筈だ。





「(貴方は私の実験対象だけれど、同じ人間でもあるもの)」


「……、お前、猫を被っていたな」

「(もう少し被り続けるわよ。だってこの話も聞かれているかもしれないし。敵を騙すならまず味方から。貴方を隠し続けるのにもそれなりに苦労しているのよ。聞かれているかもしれないから、このうざったい話し方も続けるわ。大丈夫。この容器の中にいる限り貴方の声は私にしか響かないから)」


念話だ。頭の中に直接声が響いている。……奴隷契約でもされていたのか?


いや、今はそんなことはどうでもいい。この女、魔族に捕らえられてからずっと演技をしていたのか?

何のためにだ。……興味のあることであれば何でもする、そんな異常な科学者を2年間演じて魔王国の中で生き延びてきたというのか。


「、何が目的だ。お前にそんなことをする義理は無い筈だろう」

「あるある!だって私は君のお母さんだもん!」

「(ま、母である前に人間なのだけど。いくら好きで生物実験をやっているとは言え、人体実験には興味ないわ。まだそれくらいの人情は残っているつもりよ)」


「、つまりは、アレクサンダーが来ないうちに逃げろと。そういうことか」

「そうそう。鳥は空へ飛立つものよ!」

「(本当は、貴方には全く別の魂を入れるように言われていたの。実験自体は魂を転生をさせることが目的だから、魂自体はなんでも良かったの。でも、私はそれをしなかった。人間が運ばれてきたんだもの。人間の身体に別の生き物の魂を入れるなんて、想像しただけでも吐き気がするわ)」


その人間を弄り回しこのような身体にしておいてよく言うな。……だが。


「、逃げてももうオレには何もない。……逃がしたとして、お前はどうするんだ」

「なになに?心配してくれてるの?ありがとね!でも私はここから出ることができないの!」

「(魔法の一種みたいね。私はこの研究所から出ることはできないわ)」


「……、やはり軟禁されていたのか。好きでここにいると、そう言っていたのも演技だったのか」

「すきすき。大好きよ!」

「(生物や魔獣の研究自体はね。でもそれはここから出ない理由ではないわ)」


研究自体には興味がある。だがそれもこの研究所から出ることが出来ないから。出ることが出来ればこんなことはしていない。そういうことなのだろうか。


「……、身体が動かずとも、魔法ならオレがなんとかする。1人おめおめと逃げられる筈がないだろう。一緒に逃げるぞ」

「でもでも。あなたは何もできないもの!」

「(貴方はもう、水系統の魔法以外使うことはできないわ)」


……この身体、そんな制約もあるのか。


「……、魔法すらまともに使えなくなっているのか、オレは」

「うんうん。残念だけど諦めて!」

「(貴方の心臓には水竜の核が埋め込まれている。生体部分のほとんど全て、魔法を含めた機能は熱エネルギーに回しているの。貴方の既に身体全体が蒸気機関と化しているわ。……この世界の技術でまともに貴方を動かすには、それしかなかった)」


「、難しいことを言うな」

「アハアハ!人間の言葉は難かしい?」

「(……難しく考えなくていいわ。君はアラハンに戻ることだけを考えていればいいの)」


……アレクサンダーとの戦いで、最後にあいつらに告げた言葉。


「……、何故それを」

「よなよな。寂しい想いをしていたね」

「(いつも貴方の寝言が聞こえてたわ)」


ーー諦めていた。諦めたつもりでいた。でも、自己問答すれば、諦めることなんてできないことは自分でもわかっていた。


「……、機械の身体でも寝言など言うのだな」

「らくらく。だって私は天才だもの!」

「(だから貴方を逃がすくらいわけないわ)」


オレは、あいつらに、また会いたい。だが、恩人を見捨て1人助かるなんて出来る筈がない。


「……、ばれたらお前は殺されるだろう。……オレがここに居ればお前が死ぬことはない」

「だめだめ!貴方はカラスみたいな留鳥じゃないわ!次へと飛び続ける渡り鳥よ!」

「(だからちゃんと、家に帰りなさい。またいつか。ここと同じ世界かはわからないけど……どこかでまた会いましょうね)」


足元が光る。……転移魔法か。ほとんど水を入れているだけのこの容器の下に随分と大げさな機械が設置されているとは思っていたが、これは転移魔法を使用するためのもの、ということか。


ーー最初からオレを助けるつもりで準備をしていたのか。





「やあアリア。実験には成功したみたいだね。だけどこんなに部屋を暗くして、何をしているんだい?」


爆発音。オレを包む黒い水が揺れる。この声には聞き覚えがある。アレクサンダーだ。この水の向こう、部屋の中では一体何が起こっているんだ……!


「、アレクサンダー……!」

「やばやば!ばれてしまったわ!」

「(くるのが早いわね……転移装置の魔力はまだ溜まりきっていないというのに)」


ーー奴に殺された記憶が蘇る。オレを殺した死神の足音は、部屋の奥のほうから、段々とこちらに近づいてくる。


「そいつに情でも移ったのかい?流石にそれは見逃せないよ。今は魔獣もどきと言っても言っても勇者の身体だしね。ほら、転移魔法の準備をしているのもわかってるから。今やめれば何もしないよ」

「やだやだ!もうちょっとだもの!!」

「(貴方の魔力も込めなさい。そうすれば転移魔法が発動するわ)」


そんなことができるものか!こんな身体だが、助けてくれたのには感謝している!その恩人を見捨て、1人のうのうと逃げ延び生き長らえろというのか!!


「……使えないな。実験は成功だけど、お前はもう駄目だ。水を媒介にした転移魔法だね……邪魔させてもらうよ」

「、オレはもう一度死んだ身だ!!オレを犠牲にすれば、それで済む話だ!!」

「いやいや!私は残るから!」

「(私は半分強制されたとは言え、人間を裏切った。色々な生物の合成魔獣キメラを作り、奴に提供していたの。身体も心も真っ黒なカラス。今更、生に未練はないわ。魔獣とは言え、命を弄びすぎたのよ。私は)」


そんなことはオレには関係ない!オレに関係あるのは、お前がオレの命を救ってくれたこと、それのみだ!!!


「うぜえな……"水丿渇望オーケアノス"。枯れていけ」

「、アリア!駄目だ!!アリア!!!!!!」

「えんえん!……やっと名前を呼んでくれたね、ガバナーター」

「(もう私は助からない。早く魔力を込めて、転移魔法を発動させて)」


オレの身体を包んでいた水が徐々になくなっていく。水位は既にオレの口元ほどになっている。


オレを守るように両手を広げた白衣の女性の姿が見えた。足の力が抜け、よろけた彼女はこちらに振り返り、両手をオレが入っている容器のガラスに付けた。既に身体に力は入っておらず、両手で身体を支えていないと崩れ落ちてしまうのだろう。


彼女はオレを見上げ、目を合わせる。王国でも珍しい黒く長い髪をなびかせ、白く人形みたいなその女性は、次第に表情を失い頭を垂れていく。


……割れろ、割れろ!何故割れない!オレは勇者だろ!目の前の女も救えないで何が勇者だ!!何が最強だ!!!こんな身体を持っているのに、こんなに拳を叩きつけているのに!何故オレは彼女を救いにいけない!!!!


「、アリア!!!!!!アリア!!!!今助ける!!!!」

「……随分といかつい姿になったね、シュワルツだった物。今お前も、もう一度殺してやるよ」


殺されてなどやるものか!お前はオレが殺す!!割れろ!!!割れてくれ!!!!


「……馬鹿馬鹿……あんまり我侭を言っちゃ駄目よ……ガバナーター」


もう身体に力など入らない筈なのに、それでも彼女は顔を上げ微笑んだ。彼女の口が動く。


"生きて"





……彼女に戻されたこの命。ここでこのまま殺され、無駄にするわけにはいかない。


生き延びる。生き延びてやる。そしてまたここに戻り、復讐してやる。今は惨めに、女を盾にして逃げさせてもらう。だが、覚えておけ。


貴様だけは、オレが殺す……!!!


「、アリア…………すまない……………すまない!!!!!」

「……パタ、パタ。……やっぱり私は、カラスなの。いつまで、経っても、コップの、水は……飲めないの」





「転移魔法が発動したか。……まあいい、所詮中身は魔獣。今までの合成魔獣キメラと同じで、新しい身体に慣れずどこかで野垂れ死ぬだろう。……魔獣と心を通わせ命を失った悲しき科学者、と言ったところかな。お涙頂戴の物語にしては三流もいいところだね。今度はもっとまともな人間を連れて来ようか。馬鹿と天才は紙一重とは言うものの、馬鹿な天才は使えない屑ということがわかったからね」

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