第53話「創られたもの」
「"他の冒険者の奴隷や、奴隷紋をつけた魔獣には危害を加えてはいけない"。確か、そういったルールがありましたわね」
「なければ困るな。……大丈夫かラーク!急に落ちてきて驚いたぞ!」
「……リティナに落とされてね」
「そうか。お前も軽々と女の子に落とされるくらいには甲斐性を獲得したんだな。お兄ちゃん嬉しいよ」
「……こんな時に茶化すなよ、リッカ」
少し奥。俺の右隣にはシュワルツが、正面にはガレットさんが。そしてその向こう、ほんの少し離れたところでラークが片膝と両手を着いていた。何をしでかしてきたんだお前は。
「わたくしに戦いを挑んだのは奴隷紋を刻む時間を稼ぐために?」
「ん?ああ、そうだな。誠に不快ではあるけど」
ガレットさんがその綺麗に整えている顔に似合わず、少し眉間に皺を寄せこちらを睨んでいた。まあ、怒るのも仕方ないよな。
「……最初から他の2人を囮役にして、貴方が刻めばよかった話ではなくて?」
「こんな機械仕掛けの身体の心臓の位置がわかるほど生物を解体したことはないからな。そこは専門家に任せておいた」
「心臓とは言えないかもしれないがな。……だが生命を維持するために心臓と同じ役割をしていることはわかった。血液の代わりに黒い水が機械の身体を循環しているらしい」
「ハンニバルさん。まだ肩を治しきっていないんですから、あまり激しく動かないでくださいね」
「この程度大丈夫だ。歩くのには何も支障ない」
ハムリンとココが戻ってきたようだ。状況を把握したのか、周りを囲んでいた炎の壁も取り払われる。既に周りに魔獣の軍隊がいないところをみると、ガレットはもう戦うことは無意味と判断したのだろう。
「無茶をさせたな、ハムリン、ココ」
「本当にな。……だが、勝利条件は達成できたようだな」
「……勝利条件とは?」
「……もう言うまでもないとは思いますが、ボク達は最初から、彼とリッカ君を契約させる為に動いていました」
「こいつを連れて逃げようが追いかけられて追いつかれる。だが貴女を倒すには分が悪い。逃げず、倒さず、どうやってこいつの身の安全を確実に確保するかを考えた時、これしかなかったよ。こんな解決法しか思い浮かばない自分が嫌になるけどな」
他に方法はあったのだろうか。俺が頭痛のせいで頭が働かなくなっていただけなのだろうか。……いや、逃げ切る道はない。これが最善だった筈だ。
「……そこまでしてその魔獣を助ける理由はなんです。お聞かせ願えますか?」
「理由を聞くのかよ。さっきまで話を聞こうとしなかった貴女が。貴女がまともに話も聞かずこいつを殺そうとしたから、こうするしかなかったんだ」
「人に危害を加える魔獣を討伐する。そこに理由を見出せと仰るなら冒険者など辞めてしまいなさい」
「……………………」
「……………………」
「……頭が固い同士言い争ったってキリがないわ。その女が聞くのが気に入らないのならワタシが聞いてあげる。リッカ、なんでその魔獣を助けようとしているのかしら?」
リティナがいつの間にか降りてきていたようだ。流石重力魔法の使い手。音もなく着地しているとは。
「ああ。先代勇者だからなこの人」
「……、もう少し流れというものを読んだらどうだ。みな固まっているぞ」
「ん?そうみたいだな」
確かに。俺と先代勇者のシュワルツ以外の、ここにいる全員が眼を見開いている。そして皆微動だにしない。唐突過ぎたか。
「……先代、とは?勇者も魔王もこの世界には各々1人しか存在できない筈です。後ろの現勇者の彼が居る限り、そんなことはありえませんわ」
「そこら辺は俺もよくわからないけど。でもこれが人間として生きていると言える状態だと思うか?」
「……そんなこと急に言われたって納得できるわけないでしょ!先代勇者はアラハンの悪夢の時にいた、あの魔族に殺されたって聞いてるわ……もっと詳細に説明しなさいよ!!」
「詳細に、か。詳細に、かあ……」
言っても俺もそこまで知ってるわけじゃないからな。その確立が割と高いというだけで。こいつが先代勇者という証明をするには材料が少ない気もする。
「……なるほどな。愛する人の言っていることはなんとなくだがわかる。先代勇者は水の魔法と転移魔法の使い手と聞く。そして歴代で唯一、徒手空拳の戦士とも。先ほどの私達との戦いはまさにそれだった」
「じゃあボク達の方を見て盗賊って言っていたのはボク達の着ている服を見たから、なのかな。確かにボクが身につけているスカーフは本屋さんの物だし、今リッカ君が着ているのは武器屋さんの物だよね」
「よくそこに気付いたな。流石だココ」
「……ちゃんと確かめる良い方法があるよ」
そういうとラークは立ち上がってシュワルツの前で止まった。何をするつもりだこいつ。そう思っているうちに、ラークは両手を使い聖剣を岩の地面に突き刺した。ラークはゆっくり顔を上げ、正面のシュワルツを見つめる。
「……これは勇者以外は抜けない。これを抜くことが聖剣の所有者である勇者の証だ」
「そうなのか?」
「ああ。一度団長に試してみてもらったことがある。突き刺したこの剣は、絶対に僕以外には抜けない筈だ。勇者が2人、この世にいるなら別だけどね」
……もしそれが本当なら、なんてシステマチックな世界だろうか。勇者にしか抜けない剣。まだ予想でしかないが、シュワルツは一度死んで、この人間とは言えないような姿で蘇った。一度死んでいたから新たな勇者としてラークが選ばれた。もしこの予想が当たっていて、そんなストーリーであるならば、本当にこの世界は、誰かに作られた等という、そんなありがちな設定に至ってしまうのではないか。
どこか作為的なものを感じてしまう。それは俺が転生者だからなのか。前世の記憶があるからこう思ってしまうだけで、この世界の人から見たらそれは普通なのだろうか。勇者と魔王が各々1人ずつ。強い者が勇者になるわけではなく、勇者として"何かしらに選ばれたから"勇者であるとするのなら。
……いや、今はそれを考えるべきではないな。スケールがでかすぎる。俺も少しファンタジーとかSF好きで小説とか読んでたからな。そう思ってしまうのは仕方ないとしても、少し突飛だ。
「……、オレはもう、人間とは言えない。それを抜くことは叶わないだろう」
「案外やってみるとできるかもしれないぞ?俺が言うんだから間違いない」
「、お前が言ったからなんだと言うんだ……」
少しココのほうを見てみると眼が合ってしまった。やはりココは少し複雑そうな顔をしてこちらを見ている。やめろ、照れるではないか。
「まあまあ。もう拘束もされていないんだ。やれるだけやってみたらどうだ?」
「人間だから勇者なんじゃない。たまたま勇者が人間だった。ただそれだけだと僕は思ってる。……やってみてくれませんか」
「……、わかった……」
シュワルツはその大木のような大きな腕で剣を握る。ちゃんとデバックはしているか神様。人間から魔獣と呼べる存在になった、ついでに死んでから生き返ったかもしれない奴に対しては、聖剣はどう機能するんだ?
なんてことを考えながらも。これがどういう結果になったとしても神がどうとかいう話に繋げるには難しいのだけれど。
それでも、こいつが元勇者だということを証明できたのなら。今はそれで良しとしよう。
「「「「「「……………………!?」」」」」」
「抜けたな。おめでとうシュワルツ。これであんたが勇者だってことが証明されたぞ」
「……、久しいな。この感触。オレは盾にしか使っていなかったが……」
シュワルツは手首を返し、月の光で照らされた刀身の輝きに眼を奪われてる。
「……じゃあ、頼むよ」
「、何をだ?」
「もう収まりがつきそうにないからな。野暮だとは思うが聞かせてくれ」
「……………………、」
「なんで先代勇者がこんなところに、そんな姿でいる。7年前。仲間を逃がした後、あんたに何があったんだ」




