第51話「お嬢様(ばばあ)視点3 砂煙は二度舞う」
「……召喚。お出でなさい」
小型の翼竜を召喚し、その上に降り立つ。翼竜は走竜と似た見た目ですが、こちらは速く走ることができない代わりに空を飛ぶことができるもの。太い後ろ足の代わりに、前足に翼がついた魔獣。大型のものを出しても守りきれない分わたくしが不利になりそうですから、これで十分ですわね。
それにしてもまさか、上空でまで待ち伏せされているなんて。全く、大した策士ですこと。それにこの子達は先ほどの半亜人の子と同じく、リッカと共にアラハンから竜車に乗せて王都に連れて来た子達ですわね。わたくしも依頼ではありましたが……少しではありますが、堪忍袋の緒が段々と解れてきておりますわ。
見下されるのは少し尺ですので上に上がり少し様子を見ましょうか。竜車の中での話を聞くに、赤髪長身の大人しそうで優しそうな男の子の方が勇者。少し快活そうで青髪の女の子が才能ある魔法使い、といったところでしたか。
女の子の方は大きな杖に座りながら、男の子の方はその杖に器用に立ちながら。わたくしのほうを警戒するように見つめておりますわね。どちらも王国騎士団の服装……思い出しました。確かに王国騎士団に所属することになった、等のような会話を聞いた覚えがあります。
魔法使いのローブにしては可愛らしい刺繍の入ったものを羽織っておりますが、対して男の子の方は身の丈程の大きな剣を背中に抱え王国騎士然とした立ち振る舞いですわね。
「貴方がたは何故ここへ?王国騎士の所属であればこんなところに用はないでしょうし、彼を助けに来たにしては距離が離れすぎていると思いますけれど」
「ほんの5分前くらいですかね。この指輪にココちゃん…狐獣の半亜人の子から連絡がありまして。今ピンチだ、ドラゴンベッドに居る、助けて欲しいと。王国騎士団でも少し話題になっていたスクラップオーク関連かと思いきや、まさか貴女と戦っているとは思わなかったですけどね」
「急いで来たら来たで、ココに空で待機しててといわれるとも思わなかったわ」
呆れるように言い放つ青髪の女の子。なるほど。あの男の子の左手の小指についている指輪。あれは念信用のものということですわね。大量の魔力を込めれば王都くらいまでには届きそうではありますわ。スクラップオークと対峙した時に既にこの子達に助けを求めていた。いざ着いてみたらわたくしとの戦闘が始まっていた、と。急いで来たと言っても移動速度が速すぎますわね。
王都からここまでは約5キロ。1分で1キロ。人の出せる速度ではありません。この子達もやはりある程度の力があり、足止めをしようとしているということでしょう。
「ココちゃんはリッカから、僕達が来たらここで待機しているように言えって伝えるように言われていたらしいけど。最初の連絡はココちゃんの独断で、その次の連絡はリッカからの指示だったのかな」
「どうせあいつのことだから、"ココなら保険をかけてリティナ達を呼んでくれていると思っていた"とか言い出すわよ。実際は最初の連絡が無くても、その後にあいつ自身がワタシ達を呼んだと思うわ」
「また良からぬことを考えてるんだろうなぁリッカは……この間、僕の聖剣を賭けに使ったくらいだし。最近リッカからの呼び出しは碌なことが無いから若干不吉だよ……」
「そうね……ワタシも訓練で疲れているから早く眠りたいんだけど。でもそうはいかないみたいね。あの女、やる気よ」
「……あの女、とはわたくしのことでしょうか。やる気なのは確かにその通りですが。貴方がたにやる気がないのであれば逃げてくれて構いませんのよ?」
2人の目つきが変わる。なるほど、一週間とは言っても王国騎士に所属する身。戦う上での覚悟というものも教えられているのでしょうか。良い眼をしますわね。リッカの眼とは異なり、まっすぐ、他のものを見ようとしない純粋な眼。可愛くて少し虐めたくなりますわね。
「リッカの癖にワタシ達に指示するとか生意気だけど、あいつの考えはいつも正しいの。……ムカつくくらいに。貴女がそれを邪魔するというなら、ワタシ達は全力で貴女を止めるわ」
「過剰な信仰は身を滅ぼしますわよ?」
「信仰じゃない、信頼だ。……信用と言ってもいいかな。今度は僕達がリッカを守る。幼い頃に約束したからね」
「ワタシ達は言葉遊びをしにきたんじゃないわよラーク。とっとと行きなさい。足場はワタシに任せて」
「助かるよリティナ。行きますよ"唯一丿軍"」
「その名を知りながら挑んでくる者は多くはありません。それを評価し、少々お相手して差し上げますわ。まだまだ青臭い子供達に負けるつもりはありませんし」
「なら僕も本気を出させて頂きます。"ライトニング"、"人外領域"!」
雷系の高等魔法。自分の身体と電気を同化させるものでしたわね。使い手は多くない筈ですが、よもや15の子供が使ってくるとは。……そしてエクストラとは、聞いた事もないものですわね。勇者特有のスキルか、わたくしが聞いたことのない魔法か。後者はまずないとして、固有のスキルと考えておきましょう。どういった能力か、少し楽しみですわね。
「ーー胸を借りる気持ちで、挑ませていただきます!」
「っ!?」
電気を帯びながら剣を振りかぶり、目の前に現れる少年。速い。人間の速さではない。電気と同化するにしても自分の身体とのバランスが重要な魔法のはず。この速さは自分の身体の負荷を全く考慮していないような速度ですわ。身体が負荷に耐えられない筈。……エクストラとはそういったリスクを無視できるうスキルと考えるべきでしょうか。
左の槍は地面に置いてきてしまいましたからね。右手で受けるしかありませんが、ここまで詰め寄られると少し不利ですわね。……ふふ、中々力強い一撃ですわね。油断していたら危なかったかも。それにしてもこの子、リッカとは違って前から思っておりましたけど、あと3年もすればとてもわたくし好みの好青年になりそうですわね。半ズボンでも穿いて頂けないかしら。
「……少し驚きました。中々お速いんですわね」
「これで少しとは、僕もまだまだのようですね!」
一旦距離を離すおつもりですわね。着地地点は……また杖の上ですか。空中に滞空できるわけではないから一撃ごとに戻るおつもりかしら。わたくしも翼竜の上では少しバランスが悪いですが……まあいいでしょう。このままお相手して差し上げます。そうですわね……3分、といったところでしょうか。楽しい3分間に、忘れられない3分間に致しましょう?
「3分あげますわ。その時間でなんとかしてみなさい。たくさん、たーくさん、突いてきなさい、坊や?」
「……っ!?」
「何動揺してんのよラーク……?」
「い、いや、なんでもないよ!」
「わたくしの胸を借りるのでしょう?お貸ししますわよ?いくらでも。それとも……そこの女の子みたいな慎ましい方がお好みでしたか?」
「え。いや。そんな。大きい方が、僕は……」
「……ラーク?……何を言ってるの?……ころされたいの?」
「い、いや。真剣に、真剣に戦いましょうガレットさん!」
「あら、わたくしは至って真面目ですが。ほら、沢山の"鳩胸"をお貸ししますわ?召喚」
翼竜をそうですわね……また30体ほど。これだけいれば十分でしょう。さあ、その速度でどう戦われますか?
「召喚術ね……させないわ。グラビティ!」
「あら。慎ましやかな身体に反して、魔法の腕は立ちますのね?」
「……貶しているのか褒めているかはわからないけど……ラーク、とっとと本体をとっちめなさい!周りの魔獣はワタシがなんとかするわ!!」
「あ、ああ。任せてくれ!」
グラビティの魔法。重力操作の高等魔法ですが、彼と同じくそれを詠唱なしで繰り出しますのね。わたくしの魔獣たちは強くなった重力に逆らい飛び続けるのが精一杯みたいですわ。援護と攻撃がしっかり噛み合っていますわね。
「わたくしは落としてくださらないの?じゃあ彼に落としてもらおうかしら……ねえ。わたくしのこと、落としてくださらない?」
「え、あ、いや、よ、よろこーー」
「っ後でぶっころしてやるからねラーク!!みすみす見逃すような真似するわけないでしょ!!……でもそうね、じゃあもっと上に飛んでいきなさい。アンチグラビティ!」
「あらあらーーーーー」
「おら。ラーク。とっとと追いかけなさい」
「……はい」
あら。わたくし飛び上がってしまいましたわ。翼竜も置いて。ここは……雲の上、でしょうか。まるで御伽噺の世界みたいですわね。……これは地上に降りにくいですわね。さてどういたしましょうか。
「残り1分ほど。決着をつけましょう。ガレットさん」
「あら、迎えに来てくださったのね!ありがとう!!」
真下からわたくしに向かってきていた少年の胸に飛び込む。少し位の空中での移動はたやすいものですわ。
「あ、え!?え!?ガレットさん!?」
「今度は、わたくしが胸をお借りしますわね」
そのまま身体を翻し、彼を抱きしめながら月夜を見上げる。少しはしたないような気もしますが、まあ私も急いでおりますので。
「痛かったら申し訳ありませんね?」
「……僕の胸に両足付けて何もするつもりですか……あと、その、な、中が……」
「"胸を借りる"そういったでしょう。地上に降りるための足場が必要でしたので」
「!?さ、させない!!!」
「遅いですわ!」
ーー魔力を込め思い切り蹴り上げる。その勢いのまま地上に向かい、途中にいた女の子に手を振りながら、地上に降り立つ。
ここは大体……リッカ達にスクラップオークが捕らえられていた場所でしょうか。位置の調整を少し間違えてしまったみたいですわね。彼はもうこんなところには居ない筈ですし。
「えほっえほっ!空から降りてくるにしても、こんな隕石みたいに降りてくることないだろうに……」
「……あら、ごめんあそばせ?ですがリッカ……何故まだこんなところにいらっしゃるの?」
彼らは、全く動いていなかった。分断した扇の根元。後ろには退路もなく。1人の少年はただこちらを見つめながら立ち尽くしており、鉄の魔獣は何も言わず地面に膝をついていた。
「……何を考えているのですかリッカ。諦めたのですか?」
「いや、もう俺の勝ちだ。……俺にとっては負けみたいなものだけどな」
「何を仰ってるの……?わたくしがこの魔獣を殺せばーー」
「……なるほど、そういうことですか。最初からこれが目的だったということですわね」
再度砂埃舞うその向こう。魔獣の胸。胸部の鉄の部分は左右に開かれており、そこからはその魔獣の生体部分が見えます。確かに、先ほど彼が言っていたように元人間のようにも見えます。とても人間とは言えない薄い水色の肌。ですが、問題はそこではありません。
その魔獣の胸には、奴隷紋が刻まれていたのですから。
「まぁ……時間は稼いだ……よね……リッカの方も終わっているだろうし」
「そうね。足止めと言われていなければあの女ごとそのまま地面に叩きつけて厚さ1ミリくらいにしてやったわ」
「……まさかそれに僕は含まれてないよね?」
「さあ?あの女の下着は何色だったか確認したのラーク?」
「…………………………見えていたんだね」
「質問に答えなさいラーク」
「………………………………………………」
「無言は肯定と受け取るわ。ラークも落ちて」
「!?」




