第50話「お嬢様(ばばあ)視点2」
ハンニバル様の両手のナイフ。特殊な形をしておりますわね。反りが通常とは逆のもの。あれで人を切れるかはわかりません。刃も間隔は大きいですがノコギリのように波打っておりますね。炎を纏わせているところを見ると、対象を焼き切るといった機能を持たせているのでしょう。確かにあれならどのような魔獣相手でも、拘束さえしていれば相手の急所を的確に突いて無力化することが可能でしょう。
彼女の服装も肩を出し、背中を開いた……なんとも言えぬお姿ですが軽装には違いありません。機動力による翻弄、炎を纏わせたたナイフによる会心の一撃。それが狙いというところでしょうか。ならこちらは、装備に魔力を込めそれに反発させるようにしないとですわね。
「同じところに留まっていていいのか?バインド!」
「っ!」
拘束魔法と足元の植物、この2つを使いわたくしの足を止めることが主な戦術ということでしょうか。炎の縄と植物のツタ。中々に面倒な連携ではございますが、こなせないわけではありません。一つ一つ、丁寧に。襲い掛かるこの蛇たちを断ち切っていきましょう。どれが致命的なものになるかわかりませんし。
「軽々といなすものだ」
「これくらいであれば。炎はあまり経験ありませんが、ガーデニングには少し覚えがありますので」
「長槍で土いじりとは、金持ちがやることは違うな。……私も動くとしようか。行くぞ!」
「きなさい!」
ハンニバル様がわたくしの眼前に。思った以上に移動もお速いのですわね。ナイフでの攻撃も上手いですが、わたくしの武器は槍。このリーチ差をどう覆すおつもりでしょうか。先ほどから何回切りかかってきて降りますが、近づけるような風には見えませんわね。やはり拘束してからの一撃にのみ特化した戦い方が主軸のようですわね。
なら拘束さえされなければ、彼女に打つ手はありません。
「っ重い槍を持った者の速度とは思えないな!受け流すのが精一杯だ!」
「受け流せているだけでも十二分に健闘しているのですわよ?わたくしもそれなりに力を込めて振るっていますし」
「そんな顔に見えないところが、やはりいけすかないな!竜丿翼!」
「…っ!目暗ましですか!」
突然彼女の背中から生え出る炎。周りを炎で囲まれているとは言え、間近で見るとこの明暗差は厳しいですわね。彼女から漏れ出る魔力を頼りに攻撃の筋を読むしかありませんわ。戦いに卑怯も何もありませんが、中々にダーティな戦い方をなさるようですわね。
……何も来ない?いや、既に目の前に居ない?どういうこと?いや……後ろーー
「ーー残念、上だ!」
上を見上げる。片手のナイフを振り上げたハンニバル様。なるほど、平面的に捉え過ぎていましたわね。彼女の竜丿翼は炎を操るだけではなく空をも飛べるのでした。判断を誤りましたわね。そして、わざわざ上だと告げて攻撃してくるということは……もう一つハルバードを出しましょうか。
「召喚。やはり、そういうことですわね」
左手に召喚したハルバードで前からくる弾丸を振り払う。段々と目が慣れてきましたわね。右手のハルバードで上からの攻撃は受け止めましょうか。
「っ!体制を崩していたのにまさかどちらも防がれるとはな!!」
「目に頼り切るようでは三流ですわ」
「……ボクの回転式種撒まで防ぎきるなんて」
飛んできたのは植物の種でしたでしょうか。それも3発。狙いは足元で、後ろを向いてしまっていたので少し危うかったですけれど。ハンニバル様はまた距離をとったようですわね。お2人がこの程度であるならば、早く無効化して彼を追いたいところですわね。まだ彼の走竜の魔力の気配は追えておりますし。
「でも、左手の武器は無効化したよ」
「上出来だ小娘」
「……何度も何度も。ねちっこい、とはそういうことでしたのね」
左手のハルバードに根付いている植物。先ほど足に絡み付いていたものと同一に見えますわね。それは地面にまで伸びわたくしの左腕にまで絡み付いてしまっている……拘束されてしまいましたわね。ですけれど、何度やったって無駄でしてよ。
「このような戦いを続けるのであれば、わたくしは貴女がたを無視して彼を追いますが」
「は!元々時間稼ぎが目的だからな。だが興が冷めるというなら、少し余興にでも付き合って貰うとしようか」
そういうと彼女は眼鏡を外し、その紅い眼でわたくしを見つめ直した。眼鏡を取ることになんの意味が……?
「ありがちだからあまり言いたくはないのだがな、この眼は見えすぎて困る。これで制御しておかないと眼に脳が追いつかないんだ。人間の眼は1秒を約30回に分けている、という話は聞いたことあるか?」
「……仰っている意味が良くわかりませんが」
「わからなくても教授してやる。人間の眼は常に風景を脳に伝達しているわけではない。1秒に30回、眼は映し出した映像を脳に送っているんだ。30分の1秒。それが人間に目視できる最短の時間と言えるのかもしれないな。反射神経とは別問題だが」
「……貴女は何を仰りたいのですか?」
「私の目は120分の1秒を捉える事ができる。この眼の魔力を解放すれば反射神経も補える。少しペースを上げるぞ、ガレット嬢!」
「初めからシンプルにそう告げなさいな」
つまり彼女は、これから常人の4倍で反応できると、そう告げておりますのね。ですけれどそれくらいなら魔法でなんとでもなる領域ですわ。自らの動きが速くなるわけでもなく、それだけでしたら対応……
なるほど、そういう連携が目的ということですわね。
「小娘、私は気にするな!全弾打ち込め!!」
「はい!回転式種撒!!!」
「……これは厄介そうですわね」
常人の4倍の反射神経を用いて、味方からの弾丸を避けつつ攻撃。更にその種一つ一つがわたくしの行動を抑制する能力をもっている。わたくしの動きが止まったならばそこを先ほどのバインドの魔法で補強。拘束を強化していく……唯一丿軍の名も全く意味を成さない対個人用の戦術。
「ーーですがそれを圧倒してこそ、王足る者」
「ーーっ!?」
力任せに魔力をハルバードにつぎ込み、一回転。たったそれだけで、その作戦は無と化します。
「化物か、貴様……くっ……」
「回転式種撒の弾が全て……風圧で吹き飛ばされた……」
本当に反射神経だけは強化されているみたいですが、わたくしの攻撃を受け止めるので精一杯だったようですわね。10メートル程は飛ばされていったでしょうか。よくそれくらいで耐えたものです。両肩は外れているようですが。
「余興にしては存外楽しめませんでしたわ。それでは、失礼させて頂きます」
「……ここだけは通せないんだ、悪いな。竜丿翼!!!」
「……無意味かもしれないけど……硬葉!!!」
彼女達の後方にまたしても炎の壁が。……プライドもかなぐり捨て、最後の最後まで。そこまでして彼に付き従う姿勢には感服いたしますが、その考えは王たるわたくしには相応しくありません。それは自ら考えることを諦めた奴隷に相応しいものであって、わたくしは上に立つ者。
なら、わたくしは、それを体言するまでです。
「越えられない壁、そのようなものはわたくしの辞書にはありませんわ!」
「!?上を行く気か!!」
「10メートルはあるのに!」
「この程度は壁とはいえません。わたくしを止めたいのであれば城壁でもお持ちでないと」
地面を思い切り蹴りつけ空高く飛び立つ。あの程度の高さなら余裕過ぎるくらいでしょう。空を飛ぶことはできずとも、跳ぶくらいはできましてよ。
「あら御者さん。こんなところで会うなんて奇遇ね。少しゆっくりしていかない?」
「こんばんは。またお会いしましたね。……まだここを通させるわけにはいきません」
「……次から次へと。わたくしもそろそろ限界でしてよ……?」




