第49話「お嬢様(ばばあ)視点」
「リッカ君!!!」
「遅くなった愛する人!!!」
ほぼ真上。わたくしの後方の炎の壁の上から2匹の走竜が降りてきているみたいですわね。先ほどのリッカのお仲間ですか。眼前の戦いに集中しすぎていたみたいですわ。自分達の作った壁は、敵に遭遇しない安全な道にもなっていたわけですわね。
「……決闘の邪魔をさせるおつもりですかリッカ。貴方は先ほど一対一で勝負すると、そう仰っておりましたが」
「ああ。じゃあ撤回する。それでもって撤退する。約束破って悪いな」
「……貴方には戦士の誇りはないのですか?」
「戦士の誇りっていうのは命を奪おうとすることなんだな。知らなかったよ」
「……詭弁を」
2匹の走竜がわたくしの両隣に降り立ち地響きをならす。少し足を取られてしまいましたわね。わざと勢いをつけて降りてきたのでしょう。この2匹、それに跨る2人。ここから3人で共に逃げるのか、それともこの2人を壁役にし彼1人撤退するのか。……そもそもこんな面倒なことをした理由はなんでしょうか。最初から2人を壁にして彼と魔獣で逃げることも可能でしたでしょうに。
なら、一対一で戦っている間にこの2人に退路を作ってもらっていた、そう考えるのが妥当でしょう。俯瞰すればこのチーズみたいに分かれた扇状の根元、そこに一本細長い道でも作ったというところでしょうか。それならば軍団を分断しつつわたくしの居る場所とは反対方向に逃げることが可能になります。
……見す見すそれを見逃すわけにはいきませんわね。
「分断・包囲しての殲滅戦と思わせておきながら、その実、撤退戦というわけですわね。認めましょう。貴方の作戦は優れていました。ですけれど相手を侮りすぎておりましてよ。逃がしませんわ」
「いいや、逃げ切ってみせるよ。お前ら!頼む!!」
「…っ!……リッカ君その肩……!?」
「……小娘、迷うな!作戦通りにやれ!!」
右に狐の半亜人の女の子、左にわたくしと同じAランクの冒険者ハンニバル。2人の走竜がわたくしの隣から一斉に駆け出す。この2人の腕に捕まり後方に離脱するつもりですわね。彼は左肩を怪我しているというのに、無茶なことを。
「愛する人!手を!!」
「リッカ君!!もっと伸ばして!!」
「これが精一杯だ…!いった!マジでいった!!肩いった!!!」
「召喚。貴方たち、彼らを止めなさい」
リッカの後ろに……そうですね、30体も居れば事足りるでしょう。地力が強いドワーフでも呼びましょうか。この中を突破できるものならしてみなさい。彼を掴むことには成功したようですけれど、そこから先に進めなければ意味はありません。
「この大量の光…あの女の召喚術か!」
「リッカ君、いける!?」
「ああ、大丈夫だ。思いっきり頼む!!!…うああああああああ!!!くそ痛いぃぃぃぃ!!!!!!!」
「……肩、外すなよ!!」
「リッカ君!ごめん!!」
2人が彼を掴んでいる腕を思いきり振り上げ、彼を前方斜め上に投げつけた。まさか投げるとは……ドワーフの上を抜ける気ですね。……そう簡単にいくと思っているのですか。
……いや、違う。怖いのはわたくしが召喚し道を塞ぐことすら予期していたこと。どこまで考えて策を練っているんですか彼は。この召喚すら予想していたとなると……
「……いえ、動かないよりはマシですわ。みな!頭上のその者を捕らえなさい!!」
「ああ、それは残念ながら無理だガレット嬢」
「させないよ!」
「っ!?」
ドワーフの軍勢の足、それに絡みつく植物のツタ。もう既に、ここまで植物は根を張り進行していたのですね。これでは確かに、飛び上がり彼を捕らえることは困難でしょう。……本当に、どこまで計算しているですか、あの男は……!
彼は身動きの取れなくなったドワーフの上を放射線状に跳んでいき、着地地点にいた先ほどの走竜に跨ると颯爽と駆けて行った。
「……なるほど、時間稼ぎはこの為でもあった。そういうことですわね……。いいですわ。わたくしが直々に追いかけます。死にたくなかったらそこをお退きなさい。女性には手を挙げない主義ですので」
「は!私とは主義が違うようだな」
「ここは通しませんよ!」
「……命知らずですわね」
走竜から降り地に降り立つ2人の女性。いい目をしています。ここでわたくしを足止めなさるおつもりですわね。……ですがその目、気に入りません。わたくしに勝てると、そう確信しているかのようなその瞳、視線、表情。彼が魔獣を逃がすまで時間もなさそうですし、先ほどまでは少し戦いを楽しみすぎました。少し本気でお相手しましょう。
「なら、かかってきなさい。力の差を見せてあげましょう」
「まさか貴様と戦うとはな……考えもしなかった。さて、どうする小娘。貴様から行くか?」
「ハンニバルさんから行っていただいて大丈夫ですよ?さっきあのいけ好かない女を縛り上げたいって言ってたじゃないですか」
「縛り上げたいのはその通りだが無謀な戦いはしない主義なんだ。小娘、ちょっと囮になってこい」
「なるわけないじゃないですか。大体ーー」
「ーー貴女方がこないなら、こちらからいきますわよ」
「「かかってきなさい!」」
時間稼ぎに乗るつもりは毛頭ありません。迅速にここを抜けて彼が逃げるのを止めませんと。
……なるほど、少しでも時間が稼げればそれで良かったということですわね。先ほどの会話は。
「またこの植物ですか……確かにこれは抜けづらいですわね」
わたくしの足元。ここまで根が張っていたのですわね。身動きがとりづらく、バランスも崩してしまいそうでしたわ。
「ああ。私の炎で強化もしているからな。バインドの魔法と小娘の硬葉。中々の連携だろう?」
これすらも。これすらもあの男の考えの内というのですか。彼が走竜で駆けてくる手前、あの短い時間でここまでの策を考えたというのですか。
これまでの戦いでも策士はいました。ですが、それを圧倒してこその王者たる者の戦い方と決め、それを実行してきました。多勢に無勢という言葉。それを戦場でわたくし一人で作り上げてきたからこその唯一丿軍の名。ですが、よもやここまで弄ばれるとは思いもしませんでしたわ。
「……ふふふ。面白くなってきましたわ。戦いはこうでなければ。わたくし、大変久しく戦いを楽しんでおりましてよ」
足元の植物をハルバードで一掃する。魔力を込めて切ればそれほど堅いものではありませんわね。召喚獣達にこれを対処させるのは難しいでしょうけど。縁で繋がっているとは言え魔獣は魔獣。中々お利口さんにはなってくれませんからね。
「さぁ次は何をお見せ頂けるでしょう。早く見せて頂かなければ、貴女方に次はなくってよ?」
「……そうだな。じゃあ次は私と少し踊ろうか。小娘、援護を頼む」
「わかりました。ハンニバルさん、お気をつけて」
前傾姿勢になり両手にナイフを構える。中々さまになっておりますわね。Aランクは伊達ではないということでしょうか。
「貴女が白兵戦だなんて……専門は解体だった筈では?」
「解体ではなく拘束だ。私の……いや、私達の接近戦はねちっこいぞ、覚悟しろガレット嬢」




