第46話「王手への道筋」
「……将棋、というボードゲームをご存知ですか。リッカ」
「いや、ご存知ないな」
冷静に、淡々と。目の前の女の形をした異物は、怒気をはらんだ魔力を大量に垂れ流しながら講釈をたれようとしているらしい。
「異世界から来た者がこの世界に持ち込んだと言われているコマ遊びですわ。この世界で言えば……チェサに似ていますわね。わたくし、チェサよりも将棋の方が好みですの」
「……何か違いがあるのか?」
「チェサは相手の駒を倒しても何もありません。駒の数を減らした分有利になるだけですわ。でも将棋は違います。倒した駒を自分の駒として再利用できますの」
「ほう、それは戦略が広がりそうで楽しそうだな」
「でしょう?」
目の前の異物は微笑むと、遥か後方に飛び跳ねた。一瞬で岩場と森の空間に移動し、こちらを見据え直す。
「わたくしは盤上以外でも同じことを繰り返してきました。"唯一丿軍"の名に偽りはありません。わたくしの持つ駒をお見せいたしましょう。召喚。お出でなさい、貴方達」
いくつもの丸い光が周囲一帯を埋め尽くす。それは中央にいる俺達を取り囲むように。前も、右も、左も、後ろも、全ての方位が光球で埋め尽くされ、そのそれぞれは次第に生物の形を作っていく。
召喚。俺の物のような出来損ないではない。正統な召喚術。奴隷紋、又は契約紋を刻んだ魔獣を召喚する技術。だがそれは一般的な人間が使いこなせるものではない。魔力の消費量が異常だからだ。
『"マッチの火をつける魔法"に魔力を1使うとしたら、"マッチの火をつけることのできる魔獣を呼ぶ"には魔力を100使う』
これは以前ラークが言っていたことだ。どこまで信憑性があり正確なものかはわからないが、魔力消費が激しいのは紛れもない事実だ。
だからこうして、大小約200体ほどの魔獣を見る限り、あの女は人間ではないのだろう。
「……愛する人……今からでも真摯に謝罪した方がいいんじゃないか……?」
「嫌だな」
「リッカ君……これは無理だよ……」
「無理じゃない」
「意地になってないか……?」
「なってる」
ココが青い顔をしている。ハムリンも表情は冷静だが肩が上がっている。少し動揺しているようだ。大きさだけで言えば、上は俺の2、3倍はありそうなものから、俺の半分くらいのものまで。大小様々な魔獣たちが俺達を取り囲み、殺気を向けながらこちらを睨みつけてくる。……圧巻だな。"死"という言葉を間近に感じる。
「身の程を知りなさい、リッカ。殺しはしませんわ。ですが半殺し程度にはなっていただきます。貴方の愚かな考え、行為、その蛮勇を。存分に後悔なさってくださいませ」
「……俺は後悔だけは絶対しないんだよ。そう決めてるんだ」
……さて、どうするか。これだけの数をいちいち相手にするのは面倒だ。この勝負の勝ちだけを見据えろ。それ以外は捨て置け。最短で確実に勝つ道だけを見出せ。考えろ。考え続けろ。俺にはそれしかできないのだから。
「……リッカ君」
「なんだ?」
「"あれ"を使って勝つことは考えないで。あれを使わずに勝って」
「……無理を言うな無理を」
「駄目。……リッカ君なら、できるよ」
「……くそ、わかったよ。やれるだけやる。……隔絶時間」
世界は全て静止し、俺が考えるだけしかできない空間の中で、全ての可能性を探る。頭痛が酷い。ただでさえ痛かった頭がさらに沸騰しそうになる。居眠りしないで済む。丁度いい。薬物召喚が切れるまであと1分程度だろうか、まだ間に合う。間に合わせてみせる。
あの悪魔は将棋で例えていたな。それに則るなら、今ガレット側は俺の100倍位の駒があり、俺に今ある駒は自分、ココ、ハムリンのみ。……酷いな。まずはこの数の差を埋める方法を考える。これは将棋じゃない。ルールはない。なら反則でもなんでも使って数を減らしてやろう。
次に、数を減らせたとして。どうやってガレットの元に辿り着くか。距離は100と言ったところか?随分とよく通る声だな。簡易加速は攻撃を避けながらだと途中で切れそうだ。……むしろこの隔絶時間が終わった頃にはほとんど時間は残っていないだろう。俺ができるのは両刃の斧を2つ出すことくらいか。……いや、さっきのあれがあったな。
次、ガレットをどうするか。俺に倒せるか?……無理ではない。でもそれは俺が万全の状態であった場合だ。なら、他の結末を考えなくてはいけない。
痛い。考えろ。痛みになんて支配させるな。前だけ見据えろ。考えろ。考え尽くせ。俺達が勝てる方法を。まだ足りない。勝ち方は見えた、後は勝ち筋だけだ。今と未来を繋げろ。負けは許されない。もし失敗したら、あの人に、あの人達に顔向けができない。進むべき道を選び尽くせ。
「時間再開……っ!」
「リッカ君!」
「愛する人!」
頭痛が、痛みが、脳を支配する。視界も霞むほどに。だがここで膝を曲げるわけにはいかない。道はできた。あとはそれをなぞるだけだ。
「……詰め将棋の答えは見えた。いくぞ、皆」




