第45話「貴女様の母君は大変立派に隆起したおヘソをお持ちなのですね」
「、なんだと……?」
「ハムリン!辺り一帯を照らしてくれ!!」
「む?任せろ愛する人!竜丿翼!!」
ハムリンは紅い翼を広げ空に飛び立った。竜丿翼の炎が岩場全体を照らし始める。この岩場の全貌も見え始めた。
「、いつ気付いた……?」
「ついさっきだよ」
何故俺は足を滑らせた?今日は快晴。ここは火竜が住み着くような乾燥地帯だ。水気なんてありはしない。なのに森とも距離が離れているこの中央部分でさえ、地面が異常に滑りやすくなっている。
答えは、この黒い水だ。
「これは……岩場が、黒い……?」
「岩の色じゃないよね……これは……水?」
「ああ。これがあんたの転移魔法の種だ」
転移魔法といっても、範囲を限定せずに転移できるレベルはそれこそ神の域だ。こいつの転移魔法はこの黒い水限定で発動できるのだろう。あいつの魔力に見えたものはこの黒い水の筈だ。
俺に向けた奴の最初の攻撃……夜王、とかいったか。俺の後方に放出したこの黒い水に転移して、俺の背後をとったのだろう。……夜襲なんてするもんじゃないな。昼間に来ていればこのカラクリにも早めに気付いたかもしれない。いや、気付かないまでも初めから警戒することは出来たはずだ。
「俺達が来たのも、そこら中に撒き散らしているこいつでわかったってところか?」
「……、中々賢いようだな。だが、わかったところでどうする。この一帯全てを気化させるつもりか?熱で焼け死ぬ覚悟があるならそうしてみるがいい」
「いや、その必要はない」
鉄の巨体の足に植物が絡みつく。ココの硬葉だ。よくよく見るとこいつ中々かっこいいな。スチームパンク感半端ない。家に置いておきたいくらいだ。
「、!?なんだこれは!!!」
「簡単には抜けられないよ。そしてこの葉は凄く水を吸収するの。ちょっと怖いけど黒い水も吸わせてもらったよ」
奴の関節の間にまで入り込んだ硬葉は既に巨体の全身に絡みつき始めている。うわあ……ロボットの触手プレイとか誰得なんだよ……
「岩場一帯は無理でも、この植物の水気を抜くくらいわけないさ。貴様の転移魔法は発動できまい」
「戦闘中に敵の考察なんて真面目に聞くからこんな手に引っかかるんだ。残念だったな、古鉄丿豚人」
先ほど、このデカブツと話している最中にココとハムリンに念話で指示をしておいた。ここまで上手くいくとも思ってなかったけどな。ハムリンの炎の温度調節の技、ココの植物操作がなければ出来なかったことだろう。
「、く……卑怯だぞ貴様ら!正々堂々正面から戦え!!!」
「……あ?さっきからずっと背後から攻撃してきた奴が何言ってやがる。もう悪さするなよ。あと、もうちょっと人里離れたところに住んでおけ。じゃ、俺達帰るから」
「帰るの!?」
「止めは刺さないのか?今は無事だとは言え、私達は襲われたんだぞ」
「……ああ。見逃してやるよ。俺にはこいつは殺せない」
「……、何のつもりだ」
本当なら話を聞いておきたい。……だけどそれは野暮かもしれない。こいつにも"色々理由があって"こういうことになった筈だ。俺の予想が正しければ、だけど。
「何をなさっているのリッカ。早く止めをお刺しなさい」
俺達が入ってきた森の出口近く。騎士の装備とは言えこの場にはそぐわない口調の女性が、そこに立っていた。ゆっくりと近づいてくるそれは、恐怖すら感じてしまう。恐らく、この人には逆らってはいけない。レベルが違う。
「……ガレットさん」
「上位の冒険者ですら難しかった古鉄丿豚人の討伐依頼。ここまで追い詰めるとは本当に素晴らしいと思いますわ。ですけれど、最後の最後で人語を理解する魔獣に対して情が移ってしまったのですか?」
「……どうしようと俺達の自由だろ。この依頼は俺達が受けたんだ」
「わたくしも依頼を受けましたの。他にも同時に受けている方は大勢いらっしゃいますわ。依頼を受けた当日の夜に出向く者は、流石にわたくしだけかと思っていましたけれど」
同時に同じ依頼を受けれるのかよ。……まあ優先順位の高い依頼だ。でもちゃんと説明しろよ、ガルディア。
「獲物を横取りする気はございませんが、貴方がたがその魔獣を見逃すというなら話は別ですわ」
「……愛する人、あの女は厄介だ。敵に回さないほうが良い。同じAランクの冒険者だが、私と違って白兵戦にも長けている」
ハムリンが俺の傍に降り立った。表情から察するに、まだハムリンもどちらに同調すべきか決めあぐねているのだろう。急に見逃すといった俺、討伐すべきといっているガレットさん。理は確かにあちらにある。
「……愛する人。何か理由があるんだな?」
「ああ。あいつをここで殺すわけにも、殺させるわけにもいかない」
「じゃあボク達は、リッカ君にしたがうよ」
ココは近づいてきて俺に同意してくれた。ハムリンもやれやれ、と言った感じでこちらの味方をしてくれるように見える。すまん、みんな。俺の我侭につき合わさせて。
「……わたくしが討伐して良いということですわね?貴方がたが何を考えているかはわかりませんが、やる気がないのなら立ち去りなさい。邪魔ですわ」
「例えばの話だが、こいつが元人間だったとしたら、貴女は討伐するのをやめるか?」
「、……!?貴様……」
「うっさいな、あんたは黙ってろよ」
ガレットさんは視線を逸らさず、こちらを見つめ続けている。動揺は見えない。
「……いいえ、やめませんわ。この魔獣に過去何があろうと、冒険者達を病院送りにしたことに違いはありませんもの」
「襲われたから襲い返しただけだろ。正当防衛だ。貴女も意地になってるんじゃないか?」
「わたくしが意地になっているとしても、わたくしには意地を通す力があります。貴方にはそれがないでしょう?貴方が殺すか、わたくしが殺すか。この場にはその選択肢しかありませんわ」
……なるほど。話がわかるタイプかと思いきや、中々頑固で面倒なタイプみたいだな。自分に絶対の自信を持っているタイプ。……俺が大っ嫌いなタイプだ。自分は強い、だから自分の理念を押し通す。そこにはなんの対話も考えもない。王者たる者の考え方、ということだろうか。気に食わないな。
とても勝てると思わないが、個人的にぶん殴りたくなってきた。
「貴女を説得するという手があるな」
「言葉が足りなかったのかしら……私は一歩たりとも引きませんわよ」
「引かなくていいよ。その分俺が押すから。口で言ってもわからないなら、拳で納得させるしかない」
「!?愛する人!何を考えている!それは駄目だ!!」
「リッカ君、この人は駄目だよ!絶対に勝てない、それだけは、わかる……」
そうだな。身体からあふれ出る魔力量。人間のものとは思えない。……アレクサンダーのそれより多いだろう。正直、震える足を抑えるのが精一杯だ。でも俺だって、自分が正しいと信じた道を曲げるつもりは微塵もない。
「その眼……わたくしと戦う気ですの?」
「それしかないから、そうするしかないだろ」
「勝ち目のない戦いに臨むほど貴方は愚かなのですか?」
「……なんだ、ビビってるのか?」
安い挑発。頭痛もあってか頭が回りきらないな。あと少しで薬物召喚の時間が切れる。戦うならとっとと戦い始めないといけない。
「それは挑発のおつもりですか?」
「わかった。あんたにもわかりやすいようにもっと高尚な挑発をしてやるよ」
「ーーうだうだ言ってないで、とっととかかって来いよ。我侭で厚化粧の真面目ブスが」