第44話「夜の王」
-----「どいて立花君!こんなの、嬉しくない!」------
嬉しいか嬉しくないかなんて関係ない。
俺がただ、そうしたかっただけなのだから
ただ、勝手に、身体が動いていた。
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「ぁぁぁぁああああああ!!!!」
なくなった。確かに俺の頭から、記憶から、また思い出が抜け落ちていった。それはもう思い出すことはないけれど、思い出せもしないけど、俺の大事な記憶だったと、それだけは確かにわかる。……始まりと終わりが思い出せない。俺が変わることができたきっかけの、最初と最後だけが抜け落ちている。思い出せない。いくら思い出そうとしても、何も浮かばない。
「リッカ君!?」
「愛する人!おい!!」
「……大丈夫、頭痛が酷いだけだ」
時間は既に動き始めている。岩場の中央。膝を付いてうずくまってしまっていたらしい。両腕の中にいるココとハムリンが心配そうにこちらを見ているが、大丈夫だ。意識を戦闘に集中させろ。
「……また"あれ"を使ったんだね……ごめんなさい、ボク達が油断していたから……」
「……これが聞いていた時間召喚か。すまん……反動が凄いと聞いたが、大丈夫か?」
「ああ。気にするな、何も問題ない」
いつの間にか頬を濡らしていたよくわからない液体を拭い取り、前を見据える。先ほどまで俺達が立っていた場所には黒い巨体が。俺達の居た場所は大きなクレーターになっており、奴の攻撃の破壊力を物語っていた。
奴との距離は30~40メートル。あのスピードならすぐにまた攻撃をしてくる距離だろう。なんとかして奴の動きを止めて、安全に逃げるための布石を打たなければならない。
「(油断云々の問題でもなさそうだ。あいつ、転移魔法の使い手と見た)」
「(魔獣が転移魔法……?高等魔法の一つだぞ?)」
「(あれはスピードじゃない。魔力の流れも異常な程穏やかだった。あいつは移動したんじゃない、あの場所に"現れたんだ")」
「(……なるほどな。厄介そうだ)」
ハムリンが縁を繋いでくれた。……繋いでくれたからといって薬物召喚の反動がなくなるわけじゃないのが不便なところだが。アラハンの悪夢の時のような妖精達の異常な量の魔力量があれば別だが、ハムリンは普通の人より若干魔力量が多い程度だ。
あと4分半程度。それを過ぎれば俺の魔力は枯渇し、30分のインターバルを置かなければ物理召喚すら出来なくなる。……難問だな、これは。
「(拘束魔法で動きを止められるか?)」
「(可能だ。自由に動ける状態でないと転移魔法は発動できない)」
「(オーケー、じゃあそれでいこう)」
縁での念話は主から見て放射上にしかできない。つまり、俺→ココ、俺→ハムリンはできるがココとハムリン間の念話は不可能ということだ。……全く、どこまで冷遇されているんだこの世界の召喚術は。
「(ココ。遠距離から俺の援護をしてくれ)」
「(……うん、わかった。気をつけてねリッカ君)」
「(ハムリン。俺があいつを引き止めるから隙を見て拘束魔法を頼む)」
「(了解だ)」
俺が腕を解放すると、ココとハムリンは後方に飛びのいていった。さっきから頭痛が酷いがそうも言ってられないな。時間もないし。……残り時間であいつを捕縛する。大丈夫、俺達ならやれる筈だ。
「おいデカブツ!お前の相手は俺だ!お前が後ろから襲ってくるような卑怯者だとしても正々堂々相手をしてやるから、かかってこい!!」
我ながら心にもないことを言っていると思う。でもまあ、言葉がわかる相手でもないだろう。とりあえず大声を出して俺に的を絞らせることにする。
「、盗賊に何を言われようが響かんな……」
「……喋れるのかよあんた。なんで俺たちが盗賊なんだよ?」
瞬間、闇が俺を支配する。奴だ。奴の転移魔法。俺の真正面、距離は2メートルもない。改めて見ても凄い迫力だな。全身の関節から水蒸気のようなものが吹き出ている。表情は変わりようがないみたいなのでわからないが、相当お怒りにも見えるな。……時間は惜しいが、このまま戦うよりマシだ。話せる相手なら、少し交渉してみよう。
「、そんなチグハグで珍妙な格好をした冒険者がいるものか」
「……あ?」
自分の服装を見直す。アラハンで買ったお気に入りのシャツ。ココの衣装は深い色の地に刺繍の入った民族衣装、そしてそれに似合わない割とお洒落気なスカーフ。ハムリンは背中ががら空きの襟の付いたシャツ、今は竜丿翼を発動しやすいように俺の男臭いコートをはだけさせていたな。……返してもらうのを忘れてた。
「確かに」
「、殺されたいのなら殺してやる。逃げたければ逃げるがいい。……いつもはそう告げてから冒険者と対峙しているが、貴様らは……殺す!!!」
なんでだよ!交渉決裂かよ!始めてすらいないのに!!!
「、夜王!!!」
奴の右腕に闇が帯びる。見た目だけでもとてつもない量の魔力がそこに集中しているのがわかる。あれは身体の一部に魔力を集中させる技か?後ろに避けたとして、あれが遠距離攻撃も兼ねる攻撃ではないとは限らない。避けるのが正解の筈だ!
「簡易加速…………っ!?隔絶時間!」
右に飛びのいたのに、奴が既にいない。状況を確認しろ、前にはいない、左には奴の攻撃がまるで濁流のように流れている。やはりあれは一方向に対してある程度の距離を持った攻撃みたいだ。俺の右側にも何かがいる気配はない。……また後ろをとられたか!
「時間再開!っ!?くそ!!!」
岩場に足を取られた!地面が少し濡れているのを忘れていた!後ろは振り向けたが、奴はもう既に次の攻撃に移っている。右腕に漆黒が集まり……またさっきのやつか!回避はできない、いなせるか!?
「、夜ーー」
「ーー回転式種撒!!!」
奴の右腕の左に弾かれ、俺のすぐ右にクレーターができる。ココの回転式種撒。あれは植物の種を高速で打ち出す技だ。前の世界だとテッポウウリとかがそんな能力を持っていた筈だ。……それとは比べ物にならないな。この巨体の攻撃の方向をずらせる程の威力があるとは。傷一つ付いてないが、そんな贅沢なことは言っていられない。
「助かった、ココ!さっきの忍者の話じゃないが、あんたその図体にしてはちょこまか動くのな!!」
「、小賢しいのは貴様達のほうだ。中々やるみたいだが、いなしきれるか?」
「……ああ。あんたの技の種もわかったしな。……反撃開始だ!」




