第40話「何か言えと言うのなら」
ハムリンと走竜達が行動を共にするようになってから1週間。相変わらず俺達は魔狼の討伐依頼を受けていた。最近は場所を変え王都近くの平原が中心になってきたのだが。俺達も少しは魔獣との戦闘に慣れてきた。平原に移ってからは魔狼たちも積極的に襲ってくるようになったのだけど、それなりにこなせていると思う。でも森より平原の方が凶暴とか。ゲームだったら調整ミスだと思う。現実はゲームのようにいかないものだ。
魔狼。普通の犬の2倍はあるのではないかというその体躯。真っ黒の体毛に覆われたその姿は、文字通り色以外は昔日本にいた狼のような姿なんじゃないかと思う。前足の爪と鋭い牙、火炎系の下位魔法を使ってくるのが特徴だ。
一番数の多い魔獣なのだが、その行動の速さとシンプルながらに強い戦法からギルド中級者でもてこずることがあるらしい。今は3匹を相手にしているが、元々群れを成して襲ってくる魔狼たちは、前衛後衛と陣形を保ちつつ攻撃を行ってくる。
『リッカ! マエ! キテルヨ!』
「おう!隔絶時間!」
隔絶時間を使い相手の攻撃を観察する。おお怖い怖い。近すぎるよ。少し考え事に気を取られて過ぎたか。真正面からとびかかり俺の頭を噛みに来ている。あと60センチ程で噛み砕かれそうだ。左手の斧をわざと噛ませて、右手の斧で首を叩き切るか。決断したら後は実行するだけだ。
「時間再開!そら!」
時間が流れた瞬間に左手の斧を押し付ける。別に時間再開!なんていう必要はないのだけど、あくまでタイミングを計るためのものだ。いっせーのーせ、みたいな。
「アギャッ!」
「シィル!属性召喚だ!」
『アイヨ!』
右手の斧に魔力を込める。属性召喚。ハムリンに教わったのだが、奴隷の主は縁で繋がった者の魔力の質に応じて、武器に属性を付与できる。シィルの魔法属性は"疾風"。この使い続けて少し刃こぼれしてきた斧でも、疾風属性の魔力を付与することで鋭い切れ味を取り戻すことができる。原理はカマイタチに近い物なのだろうか。
「まず1匹!終わりだ!」
「……ギャッ!」
右手の斧で首を掻っ切る。最初は慣れないものだったがもう慣れた。これが弱肉強食だ。すまん。でも他の冒険者みたいに死体を置いて尻尾だけとるなんてことはしない。ちゃんと食ってやるから成仏してくれ。
「ーー!ハムリン!後ろに回られてるぞ!」
「心配には及ばない愛する人。私の背中は弱点じゃないからな。竜丿翼!」
ハムリンが叫んだ瞬間、彼女の背中から爆炎が舞い上がる。竜丿翼。彼女の背中の紋章(契約紋と近いが構成は異なっていた)から吹き上がるそれは、文字通り竜の翼のようなものに形を変えていく。広げれば3~4メートル程ありそうなその炎の翼は、後ろから迫ってきていた魔狼を包み込んだ。激しく燃え狂う火炎の羽。熱はそれほど持っていないようだが、あれで身動きをとるのは難しいだろう。
「焼け焦がせはしない。安心しろ。ちゃんと私が直々に葬ってやる」
「…ア……ギャ……ッ!」
「2匹目。私達の分には多いな。走竜たちにもくれてやれそうだ」
ハムリンは前を向いたまま、後ろにいる魔狼に逆手でナイフを突き刺した。流石にこなれているのか器用だな。因みにハムリンが持っているナイフは少し変わった形状をしている。本来上にいくにつれ後ろに反って行く筈の刃が、前に反り返っているものだ。彼女曰く、孤児時代から使い慣れていて使いやすいのだと言う。あと肉の筋が切りやすいらしい。
「小娘!遠くから魔力の流れが見える!魔狼の簡易魔法だ!」
「ありがとうハンニバルさん!」
直後、ココに向かって離れていた魔狼から火炎魔法が放たれる。火球1発のみだが、まともに食らえば致命傷にもなりうる。牙や爪と同じで油断ならない。当たらなければどうということはないのだが。
「えいっ!」
ココが左手でスカーフを解き、翻す。ココが持つ外套、古丿星。アラハンの本屋さんから品だが、これはある種チートアイテムと言えるかもしれない。何せ、あの布には魔法が全く通らないのだ。だからあれに上手く魔法を当てれば、敵から来た攻撃魔法を他方向に受け流すことができる。
魔狼が放ってきた火球を上手く方向を逸らすことが出来たようだ。火球は空高く飛んでいった。ココは右手に持ったクチーナの笛を指揮棒のように振り回し音を奏で始めた。
「硬葉!」
ココの持つクチーナの笛。宝石のように緑色に輝くそれは、驚くべきことに植物の成長を操ることができる。彼女が手元にある種を前方に投げるとその種は急激に成長し、灰色寄りの緑の葉と蔓が魔狼の4つの足に絡みついた。
硬葉はとても頑丈な植物だ。あれを振りほどくのには魔狼と言えど中々苦労するだろう。水をかけると柔らかくなるので水場付近ではあまり意味をなさないものではあるが、こういう場所での戦闘ではその強みを存分に発揮できる。
「上手くいった!刃葉!」
再度ココは笛を巧みに操り音を奏でる。なんでもココのお母さんから使い方は教えてもらっていたのだとか。刃葉は笛にそのまま絡みつき、まるで短刀のような形を形成する。
「ごめんなさい魔狼さん。3匹目!」
ココは距離を詰め魔狼の胸に刃葉を突き刺した。見事な流れだ。ココも随分と戦闘に慣れてきたな。この調子なら王都を出る日は近いかもしれない。
「終わったね!」
「馬鹿者!狩ったらすぐ冷やせと言っただろう!」
「わわっ!そうでした!フリーズ!」
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「愛する人。もうすぐ肉が焼けるぞ」
「おお、いつもすまないねぇ……わしがふがいないばかりに……」
「それは言わない約束だろう」
「なんで急におじいちゃんみたいになってるの……?」
魔狼の肉をハムリンに調理してもらい、昼食をとる。最近はこの流れが多いな。家でもたまにハムリンが食事を作ってくれる。これがクソ旨い。いや、旨いなんて言葉では表現しきれない。あいつ何でも作れるしセンスも半端ない。ココも別に料理が下手なわけじゃないが、少し種類が違うんだと思う。俺好みの味の家庭料理はココの方が上手い。ハムリンのはサバイバル食と外食で食うイタリアン、フレンチ、中華といったところだろうか。相変わらず色々かけ離れている。
ついでに言っておくと、ハムリンはあーだこーだいいながらうちに居座っている。部屋は違うが。母さんも母さんで家族が増えるのは楽しいだの今度はもう1人男の子が欲しいだの順応してしまっている。
「付け合せでも作ろうか」
「あ、じゃあ何か植物いります?」
「頼む。一昨日のあれにしよう」
「あれ?ああ、あれですね!」
俺は寝転がっている走竜のキィンを枕に2人が調理する様子を眺めていた。家の中ならこの風景ももう少しは絵になったんだろうなあ……2人がエプロンとかしてさ……残念ながら今はそうではない。なんせ俺の横には解体した魔狼が、正面には血だらけの腕をして後ろ向きに怪しげに微笑む愉快犯みたいな調理人がいるからな。今日のランチは"魔狼の原始風丸焼き~急揃えの香草を添えて~"ってところだろうか。
『リッカ…』
「ん?どうした?……眠くなってきたか?」
『ウン…』
「ほれ」
妖精の森は魔力が満ちていたらしく、妖精の体はそこで暮らすように順応している。シィルも知らなかったらしいのだが、体調に異常が出るわけではないが、妖精の森以外では魔力が足りず眠くなってしまうらしい。さっき縁を繋いで属性召喚もしたしな。しょうがない。
コートの内ポケットに入り、まるで掛け布団をかけるかのように床に入るシィル。
『ゴハン… デキタラ… オコシテ…』
「はいよ。ありがとな。おやすみシィル」
『オヤスミ…』
俺もなんか眠くなってきたな。昼食ができるまで寝させてもらおうかな……
「グギィ!」
「いたっ!急に何すんだお前!!」
走竜のグーギが足を踏みつけてきやがった。キィンとドォラはそんなことしないのにこいつだけは俺が嫌いなのか、何かと俺にちょっかいを出してくる。
「あ!こらグーちゃん駄目でしょ!」
「グギィッ!?」
気付かれた!みたいな顔するんじゃない。この距離で気付かない方が不思議だ!
「小娘のところの走竜はよほど頭が悪いらしいな。その点私のドォラは……うむ、よくやったドォラ!」
ドォラがねずみ捕まえてきたらしい。誇らしげに口に咥えてハムリンに見せつけている。そのねずみも食うのか。ねずみってなんかこう、衛生面的に少し怖いんだが。……魔獣食ってる奴が何を言ってるんだ、という話か。
「……こう言っては悪いですけどキィンもグーギもドォラもハンニバルさんが買ってきたんですからね……?」
「はっ!主人の躾の問題だろ?ドォラは賢いなあ。こいつを使ってお前にはおやつをつくってやろう」
「ゴギャ!」
「ハムリンさんの意地悪!」
「私はハンニバルだ!ハンニバルと呼べ!!」
ーー今日も空は快晴。澄み渡った青いキャンバスを、ほんの少しの白い絵の具が流れ落ちていく。こんな日々も悪くないなあ……右足の重みと痛みさえなければ。
「リッカ君!リッカ君からも何か言ってよ!」
「愛する人!私の言っていることは何か間違ってるか?愛する人からも何か言ってやってくれ!」
「足いてえ」




