第32話「絆の使い道」
「小僧、こいつをあまり甘く見てると泣きを見るぞ」
「そうなんですか?」
「こいつはハンニバル。火竜を一人で討伐して、食っちまったイカレ野郎さ。ついた名前はその竜と同じ名で"火竜"こいつの背中にはその竜の呪いの紋章が浮かび上がっているんだ」
「野郎じゃないぞガルディア。私は女だ。そんな男女の言葉の違いもわからないからお前は伴侶にも逃げられるんだ」
「ほっとけクソ眼鏡。まあいい。俺はこいつとは関係ない。むしろ嫌いだ。聖竜を討伐して尚且つ1人で食っちまうなんて言う馬鹿な女はな。ちゃんとジャッジしてやる」
「それはどうも。スプリット、ダブルダウン」
「…ちっ。カードが悪いぞ、ちゃんと混ぜてるのかガルディア!」
「混ぜてるよ…って、なんだこりゃあ」
驚くのも無理はない。さっきから硬貨の行き来が激しいが、取った後は取られ、取られた後は取ってを繰り返すテーブルの上は金が散乱していた。だがこれだけじゃない。
「掛金。金貨2枚だ」
「受けようじゃないか。だがダブルダウンだ、貴様はどうする?」
「受けるよ勿論。金貨2枚追加だ」
「……お前ら…なんちゅう勝負してるんだ…」
金貨1枚日本円にして約10万。正直一進一退だがこの馬鹿女と勝負をつけるにはこれくらいやるしかない。にしてもこの女…少し冗談で言ったつもりだったが本当にカードを全部覚えているかもしれないか。ギルドマスターのガルディアは一番初めにカードをショットガンシャッフル(パラパラってやつ)する。その後手元で普通にきるのだが、まさか最初の何ゲームかでカードの並びを掴んだのか?そう判断しないとこのゲームの運びはおかしい。負けて、勝っての流れが綺麗に行き過ぎてる。…これはあの女の手の平の上だな。
「このままでも面白いが…子供はそろそろ帰らないといけない時間だろ?最後にどんと張らないか?勿論、私が親でいい。親はゲームを降りれないからな。掛け金は子の貴様が自由に決めろ」
つまり、そういうことだ。ここまでは楽しませるだけ楽しませ、標的に自分は強いと思わせる。そこから一気に振り落とす、ということだろう。いいだろう、のってやるよ。
「わかった。オールベットだ。金貨15枚」
「…ほう…?」
「…ガキのする勝負じゃねえぞ!おいガキ!止めとけ!!!」
「「だまってろ」」
「…っ!」
ギャラリーも増えてきたし、ここで大勝して終わりならそれでかまわない。むしろここから勝負が長引くほうが俺にとっては不利だ。他の奴に絡まれる可能性も増えてくるからな。
「ちっ!ほら、カードだ」
「ありがとうマスター」
ふむ…このカードならいけるな。
「これが最後の勝負だな。準備はいいか…?」
「あ、ちょっと待って。ほんの少し」
「…居た居た。リッカ、急に集合場所の変更なんてどうしたんだい?…何をやってるんだ、君は…」
「またギルドでご飯食べるの?…また良からぬことを考えてそうねあんたは…」
お、来たな。ナイスタイミング。俺にはタイミングの女神様の加護がついているようだ。
「貴様の連れか?勝負の邪魔をさせるなよ」
「ああ違う違う。シィル、縁を繋いでくれ。縁の範囲を広げたい」
『ハイヨー』
「…?何のつもりだ、貴様」
「さあ問題はここからだ。召喚」
手元に聖剣を召喚する。それをそのままテーブルの中央に大げさに叩き置く。
「ダブルダウン。もう一枚カードを貰うよ。言っても聖剣だし金貨15枚位にはなるだろ?」
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「リッカ!?何を考えているんだ君は!?」
「……あんた…ほんと馬鹿…」
何を考えているんだこの少年は。ここでダブルダウン?最後の大勝負に行くのはわかる。でもそれでも、オールベットで聖剣まで賭けるだと…?
「こいつは…ハンニバル、これは本物の聖剣だ。オレも一度見たことがある。間違いない」
「疑ってなどいない。…貴様、何を考えている?」
「何って、最後の大勝負だろ?盛り上げないと面白くないだろ」
確かに観客はこれでもないかというほどに興奮している。それもその筈だ。この大金の賭けでも十分すぎるほどなのに、そこで聖剣の登場だ。これほど盛り上がる場も今までにないだろう。
「降りるか?」
「…ふっまさか。親は降りることができないからな。受けてやる。ガルディア、私の貯めている金が金貨30あることを証明してくれ」
「…確かに、こいつは国の金庫に金貨を大量に貯めている。だがそれも確か今までの依頼の成功報酬含めても金貨28ほどじゃないか?」
「それなら身でもなんでも売って払ってやるさ。この勝負はうける」
「…そういってるが、どうだ小僧」
「いいよ。それで。お姉さんは勝てると確信しているみたいだし」
「………こいつらイカレてやがる………」
その通りだ。私はカードを全て把握している。全てのカードの並びを頭の中に刻んでいる。ショットガンシャッフルの時にカードの並びは覚えた。私の竜眼は人間のものとは比べ物にならないほどの性能だ。隠している魔力の流れもうっすらだが見ることができるし、動体視力にも優れている。そのあとのシャッフルは流石に怪しまれるので見てはいなかったが、何ゲームかでパターンはわかった。私の頭の中には3組のトランプを合わせた全てのカードの並びが見えてる。
私のカードは、表になっているものが絵札で10。裏になっているカードも絵札で10。合計20だ。一番強い21には及ばないが、十二分に勝てる手と言える。
対してこの少年のカード。表になっている1枚目のカードは絵札で10。ここまでは表面上五分五分に見えるかもしれない。だが裏のカードは9だ。合計19。私の20に及ばない。次配られるカードは7。つまり26になってしまう。ブラックジャックは22を超えてしまうとその時点で負けだ。それはこの少年の破産を意味する。
「そうだ。私は自分の勝利を確信している。それでもやるのか、少年」
「ああ、やるよ」
「………正気じゃないぞ、小僧…」
「リッカ…負けたら一生恨むからな…」
少年の後ろに立つ赤髪の男の子は少年の仲間のようだが、あの顔を見るに本気で絶望してるようだ。…存外、最後の大勝負で運に任せているというのもあるかもしれないな。
まあ負けることは確実にない。勝たせてもらうぞ、この勝負。残念だったな少年。私の勝ちだ。世界の広さを知らなかったな。
「じゃあ俺の勝ちってことで。悪いね」
テーブルの上には、ガルディアの手から配られたカードが。その数字は…
2…だ…
「21だ!ブラックジャックだ!!!」
「うおお!!!すげえ!!!!ここで2を引くのかよ!!!!」
「この小僧ハンニバルに勝ちやがった!!」
「なんて強運だよ!?」
雑魚共が騒いでいる。いや、そんな事はどうでもいい。ありえない。ありえる筈がない。全てのカードを覚えていたんだ。こんな馬鹿なことがあるか!!!
「チャンスは必ずやってくるんだ。俺みたいにいい子にしてるとな」




