夜泣鳥
ここは魔王城の大広間の前。怪しげに黒く輝く両開きの門が俺達が行く手を阻んでいた。だが門には何も防御結界等は掛かっていないように見える。
ーーつまり、この先で待っているんだ。あの怪物共が
…ここで逃げ帰ってもいいんじゃないか。そんな思いが頭をよぎってしまう。でも、それはできない。してはいけない。今日の責任から逃れることが出来たとしても、明日の責任からは逃れることは出来ない。
もう出来ると決断した。細かい方法なんて後から見つければいい。そして最善は尽くした。後はそれを最後までやりきるだけだ。
「…緊張してるの、リッカ君」
声のした方向ーー右隣を見ると、そこには白い髪をした狐獣の半亜人の少女がいた。彼女の名前はココ。年は俺と同じ17歳。彼女は幼い頃からいつも俺の傍にいてくれて、いつも俺を助けてくれた。
「……まあ、な。ここまで、本当に長かった」
「……そうだろうか?貴様達は急に時間が長く感じるのか?昨日も今日も私にとっては変わりはない。強いて言えば、私にとってはこれは始まりにすぎない。…何故ならここから私の名声が世に広まって、圧倒的な天才性を持つ私の覇道が始まるのだからな!」
左の若干痛くてうるさい女が叫ぶ。……こいつの名前はハムリン。ハンニバルと呼ばないとキレる変態科学者だ。最終決戦前だというのに今日も冴え渡っていらっしゃる。そのツインテール引っこ抜いてやりたい。
「…まあ貴様には長すぎたかもしれないな、古鉄」
「…そうだな。…オレには長すぎた。…だから、ここで終わらせる」
俺達の後ろから蒸気が上がる音と共に、まるでドラムの重低音のような低い声が聞こえる。彼の名はアンドリュー。体の9割が鉄で出来ている大男。むしろ魔獣に近い存在の彼は、俺達の中で一番の年長者であり、一番辛い人生を過ごしてきている。蒸気機関で制御された拳を強く握り、決意を固めている。
「……しみったれるのも俺達らしくないな。よし皆、いつも通りに元気に行こう!召喚!」
俺は右手の指輪からデトーレを召喚する。前世で言うとギターみたいなもんだ。
「リッカ君、こんなところで演奏する気…?」
「いいアイデアだ、それも私達らしい。愛する人よ、私も付き合うぞ。思うままに歌ってやる!」
「ちょっとハムリンさん、抱きつかないでください離れてください!リッカ君は!ボクの!許婚です!!!」
「ハムリンって呼ぶなって言っているだろ!ハンニバル!私はハンニバルだ!それに許婚?まだ結婚はしていないんだろう?そんなものに何の意味があるんだ。言ってしまえば結婚すらただの紙切れ一枚の約束にすぎない。最終決戦の前に前哨戦と行くか、小娘」
「の、望むところですよ!」
ーー激しくにらみ合う両者。
本気だ。……何で本気なんだ。
アンドリューは握っていた拳を振り上げ……思いっきり肩の力を抜き、頭を掻きはじめる。なんかもう台無しだ。
「………帰りたくなってきたぞオレは。リッカ、おふざけが過ぎるぞ」
「……あーいや……こういう展開を望んでいたわけじゃないんだが……まあいいや。肩の力は解れたみたいだな。行こうぜ、皆!」
場の空気を読まず最大出力の笑顔で特攻しよう。もうこいつらは無視だ。なに、戦いが始まってしまえばこいつらもいい加減大人しくなるだろう。……俺も楽器しまっておこう。
「話は終わってないぞ愛する人!私と小娘、どっちをとるんだ!!」
「そうだよリッカ君!今ここで決めてよ!!」
「はーい皆行くよーはぐれないでついてきてねー。あ、そこ段差あるから気をつけてな」
「「ちょ」」
ーーそのまま扉を思いっきり開け放ってやった。
「よく来たな、勇者リーー」
ゴンッ
突然後方から鉄と鉄がぶつかる嫌な音が聞こえた。それもかなりの重さだ。なんていうか、振り向きたくない。身内の失敗な気がする。さっき帰りたいとかなんとか真面目ぶってたあいつだ。
「……おい……アンドリュー……?」
「あ、ああ、すまない。ちゃんと見ていたんだが。思ったより引っかかりやすいな、これは…」
「…アンドリューさん…流石にそれはちょっと…」
「貴様、やるときはやる男だな」
「…お前はいつも言葉の選択がおかしいぞ、ハンニバル……あ、痛っ腰が………」
鉄の塊が思いっきり段差に躓いてこけていた。……この空気どうしようか。ていうか鉄の体なのになんで腰痛持ちなんだよ。
「……すまん。もう一回やり直させてもらってもいいか………?」
なんだったらもっと厳かに扉から入ってくる。それはもう、命を捨てる覚悟をしたものの目で。
逆に今はなんかこう、申し訳なさで若干涙滲んできてる。
「……よく来たな、勇者リッカ。いや、刻の召喚士、の方がいいのかな?」
あ、続けるんだ。続けちゃうんだ。意外に陽気な人だよな。この魔王。
「すまん魔王イヴィス。勇者は俺じゃないからな。大層な肩書きはいらないさ」
「そうだ。私達はただ貴様達が気に食わないだけだ。殴りにきた。なんだったら少し実験させろ。なに、悪いようにはしない。じっとしているだけでいい。起きたら色々終わってる。身体を差し出せ。傷つく前に傷つけたい」
「……ハムリンさん……話の腰を折らないでください」
「……腰が………ぁっ……」
「……本当に愉快だなお前達は。歓迎するよ。お前達、先に相手をしてやれ」
何もなかったはずの暗闇から4人の魔族が現れる。金の髪をした少年、刀を持った大男、ドレスにジャケットを羽織った女、こちらを睨みつける細身の老人。どいつも尋常じゃない殺気を放ってくる。そしてどうやら、囲まれたみたいだ。
「……やる気満々だな」
「……こいつらを倒せたら相手をしてやる。まだ死ぬなよ、召喚士リッカ」
「ああ。玉座にふんぞり返って本でも読んでろ。続きが気になるところでぶっ倒しに行ってやるから」
「ふふ…楽しみにしてるよ」
魔王が暗闇に消える。4人の魔族には隙がなく、いつこちらに襲い掛かってくるかわからない。
「……遊びはここまでだぞお前ら。ーー準備はいいか」
「できていなきゃ、ここにいないよ」
「愚問だな。実験道具はいつも持ち歩いている」
「…終わらせる。…全てを」
ーー俺が生まれてからこの世界は変わっただろうか。少しでも変わってくれていたら嬉しい。そう思うから、俺達は今日、ここで絶対に勝たなくてはいけない。
「ーー夜鳴鳥の最終公演だ、聞き漏らすんじゃねえぞ!」