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ストロ・ベリー〈可愛い苺に旅を〉

作者: 松楽 輝葡

苺は周りを見た。此処から見える海は穏やかに波うっている。今はもう春で、苺の家のビニールハウスの中は暖かくなっていた。

苺には夢があった。まだ白い花が咲いていて、幼かった時の事。少女がビニールハウスの中に駆け入ってきた。そして苺の前まで来ると黄色の小さなベンチに座った。少女は苺に気づいていない様子だったが笑顔で絵本を読み始めた。

“苺はショートケーキに乗るのがゆめだった。しかしその夢は叶わず苺ジャムになってしまった。苺は酷く悲しんだが、苺ジャムの瓶に可愛らしいリボンを着けてもったのでニッコリ微笑み喜んだ。”

それだけ読み終えると、少女は満面な笑みを浮かべ、足をばたつかせた。

喜声をあげる少女の喜び中、苺は自慢の白い花が蹴り散らされないか心配した。しかし足は、苺とまだ距離があるのでほっと息を吐いた。


「ミャア」


少女の足のばたつきが止まった。苺はこの鳴き声を猫と認識した。少女は立ち上がり固まった。

(どうしたんだろ。)

少女は立ち上がった事で可愛らしい顔が葉に隠れてしまい見る事はできない。が、震える足を見るに怖がっていると想像がつく。猫が嫌いなのだろうか。

「もうどこまでついて来るの、竹輪!」

そう言い、少女はビニールハウスから飛び出て行った。竹輪と呼ばれる猫は苺の前を通り、逃げる少女の後ろを軽い足取りで追いかけて行った。


それからというもの苺はジャムになりたい、という夢を心に決めて人生を送っていた。周りのイチゴ達は皆頬を赤に染めている。苺は端麗で蜜蜂から好かれていた為、周りのイチゴよりは赤く濃度も高いと思う(白い花は換気中だったビニールハウスの中に爽やかな微風が吹いたとき取れてしまった。苺はその時の怒りで赤に染まったと思われる)。

「もう待っていられないわ。私、歩いてジャムになれる所まで行こうかしら。ではもう今夜、出発しましょう」

その為に体力を貯めなくては、と苺は目を瞑った。

それを聞いていた蜜蜂の大星(由来は大きな星のように輝いているとゆう事から女王蜂の母に付けられたのである)は光速で巣に帰り仲間に知らせた。



「朱音、接客お願いするわ。今手が放せないの」

朱音は大きく頷き膝にいた猫をどかし、お客さんの所まで全速力で走って行った。

朱音は祖父代から苺狩りを経営している為、苺を愛していた。苺オタクでもあった。毎日麺麭に苺ジャムを塗りたくり、その上にスライスした苺をのっける。そして苺の形をした皿に盛り付け、苺の携帯カバーが付いた携帯で写真を撮りツイッターにあげてから口に運ぶ。他には苺牛乳、苺ヨーグルトや苺ケーキなど、遅刻しそうな時は苺ジャムだけといつも朝は苺があって始まっていた(勿論、苺ジャムは自家製で何処でも何があっても手離さない)。

苺の季節ではない秋などには命的危機を感じ温かい家の中でプランターで育てる事にし、冬や春は一日中ビニールハウスの中にいる事の方が多いぐらいだった。ビニールハウスの中は意外に暖かく朱音が嫌いな訳がない。

しかし今は学校で出た課題を終わらせなくてはならないので家の中にいたのだ。膝に乗っていた猫は朱音のペットの竹輪と野良猫の真妹が乗っており脚の周りには砂嚢、澪香、麻呂がいた。因みにどの猫がどの名前を持っているのかは飼い猫の“竹輪”しかわからない。どうでも良いが竹輪の由来は尻尾が竹輪の様に短く良い具合の赤茶色だった為という、朱音の思い付きで付けた名前だった。

朱音は母が言った接客をするべくお客さん(苺信者)の所まで走っていった。然し、脚に猫が一匹くっ付き乍ら同じ速さで走っていたので躓きかけた。竹輪だ。竹輪は朱音の事が大好きで(朱音が只々思い込んでいるだけだ)いつも付いてくるのだ。仕方ないなぁ、と腕の中に竹輪を抱き接客をした。


「此処から其処まで、22練から24練までですね。好きな所を回って食べ歩いて下さい」

朱音は二客同時に練の説明をした。接客は6歳の時に母に教えてもらい、今では自主的に行う事もあった。

朱音には誰にも譲れない練がある。それは一番苺の香りが良く、海が一番綺麗に見える練だ。21練。今から13年前の4歳の時、苺が好き過ぎて誕生日プレゼントで貰ったのだ。それから毎日欠かさず苺達に話し掛けているし、この前は絵本を読んであげた。

一通りの説明が終わったのでビニールハウスから出た。まだ春になったばかりなので潮風が冷たかった。田舎でも都会でもない、朱音はこの街と苺が大好きなのだ。

家に帰る前に朱音は21練のビニールハウスに寄る事にした。入った瞬間、鼻からすぅっと苺の香りが身体全体に染みっわたった。あ、今日の蜜蜂達は忙しいみたいね。そんな事にまで気づいてしまうなんて、と朱音は自分を褒めた。然し、疑問に思う事があった。何故か一部に固まって動かないのだ。朱音は知っている限りの知恵を働かせた。今迄、こんな経験をした事がない朱音はうぅと犬の様な唸り声を上げながら苦悩した。そしてパッと顔を上げると手探りをする為蜂達の方へ前進した。

「ううん、蜂に問題は無さそうね。一体何がおかしいのかしら。」

朱音は片手を顎に添え、もう片手を腰に当てながら考えた。蜂は朱音が近づいた瞬間、吃驚したと言わんばかりの速さで飛んだので元気だった、という安堵の息を朱音は漏らした。だからと言って朱音の疑問が消えるとはまた別の話だ。朱音はまた唸り声を上げた。


「んみゃぁ」

「ん?あぁ、ごめん竹輪。忘れてた」

竹輪はいつの間にか朱音の腕の中から脱走していたので、朱音は一人でビニールハウスに来てしまった。

竹輪はさっきまで鼠を追いかけて遊んでいた。ついに捕まえたので自慢しようと家に帰ったが、朱音も母さんもいなかった。竹輪は、朱音はいつもの所に居ると察し、この前野良猫の真妹に教えてもらった21練までの最短距離道を軽い足取りで走ってきたのだ。途中客(迷惑な人)に捕まりそうになったが上手く交して無事、朱音の元に辿り着いたのだった。

「家に帰ったかとおもったわ。なに、そこがどうしたの?」

朱音は一点をじっと見ている竹輪の頭を今日は可笑しいわねと笑い頭を撫でた。

「さぁ何があるのかしら?」

そう言い葉っぱを掌でどかした。



大星は絶叫した。出来る限りの羽根を擦り合わせ絶叫した。

「何て事だ。あの俺達の女神、苺が義母の朱音殿に食べられてしまうとは。無惨だ」

大星は何とか苺を夜旅に行かせない為に必死に対策を考えていた。このまま大星の女神でいてくれないか、と愛の告白まで考えていた。なのに朱音は。

「あ、こんな所に」

と短な言葉を口から漏らすと苺をこの世から消した。

大星は酷く悲しんだ。他の蜂達は巣に閉じ籠ってしまった。もうこのまま大星は他の苺と一緒に朽ちてしまおうかと思った。

然しそれは、夢のまた夢になる。母の女王蜂が外に出てきたのだ。他の蜂はもうせっせと蜜を吸い集めている。目を点にし戸惑っている大星の前に女王蜂の母が立ち、拳骨を落とした。



“苺には夢があった。

それは、叶わないと分かっていても、ふと思うと夢の事を考えてしまう位苺には大切な夢だった。

苺の夢は苺ジャムになりたいという夢だった。あの透明な瓶に入り可愛いリボンを付けてもらう。これだけでいいから、夢をかなえたかった。

然し、夢と現実は異なる。

自分より大きな口に食べられてしまったのだ。幼い時からの小さな夢はあの時の小さな花の様に風に吹かれ散ってしまった。苺は悲しんだが、小さく呟かれた「甘くて今迄食べてきたやつの中で一番美味しい」という言葉を聞き逃さなかった。苺はニッコリ微笑むと、これもアリかもと笑った。”



「竹輪、お家まで競争よ!よーい、どん!」

そう叫んだ朱音はビニールハウスから飛び出し家路を最速スピードで辿った。竹輪はいきなり飛び出てった朱音に驚いたが、勿論朱音の所にすぐに辿り着き朱音の横を歩いた。

「あぁ、大変!課題終わらせなきゃ」

朱音は夕焼けに照らされながらもっとスピードを上げ走った。


朱音の夢は、もうお分かりだろう。


その頃、お母さんは鼠の死体を見て気絶していた事を朱音は知る由も無い。





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