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9.遥かな傍らで響く声

 待ちかねていた着信音が鳴り響いたのは、蒼天が薄闇のベールをまとい、密やかな時間にふさわしい装いを整え始めたころのことだった。


『ルイフォン……?』


 透き通った響きが、彼の鼓膜を震わせる。


 その振動は、彼の心に、体に、全身に伝わっていく。


 鈴を振るような、心地の良い音色。わずかな不安と緊張が語尾をかすらせ、それが逆に、彼女の温かな吐息をじかに受けているような錯覚を起こさせる。


「メイシア……」


 携帯端末を持っていないほうの手が、無意識に彼女を抱き寄せようとした。しかし、遥かな展望塔に囚われている彼女に、彼の手は届かない。


 切なさに心臓が痛みを訴えたとき、彼の耳が彼女のかすかな嗚咽を捕らえた。


 彼を心配させまいと、押し殺したような息遣いだが、それでも彼には彼女の泣き顔が見えた。心細さと安堵とが、ない混ぜになって、涙という形で感情があふれ出したのだろう。


 ――昨日までは感じることのできなかった彼女の気配が、すぐ耳元にある。


 ルイフォンの心臓の痛みが、ふっと和らいだ。


 いまだ、彼女に触れることは叶わない。けれど、間違いなく、彼女に一歩、近づいたのだ。何故なら、彼女に言葉を伝えることができるのだから。


 彼は、もう彼女が泣かなくてすむように『大丈夫だ。安心しろ』と言い掛け……、飲み込んだ。


「メイシア、ありがとう」


『……え?』


「お前の行動で、こうして連絡を取れるようになった。お前の声を聞くことができるようになった。――ありがとう。嬉しい。……お前は凄い奴だ。俺は、お前に惚れ直した!」


 遥かな彼女に笑いかける。きっと彼女の瞳には、彼の抜けるような青空の笑顔が映っている。


『ルイフォン……!』


 想いの詰まった、ひとことが、彼の耳に飛び込んできた。そして、メイシアは声を押さえることを忘れ、堰を切ったように泣き出した。


 泣いていい。――彼女は今まで、ひとりで戦っていたのだから。


 思う存分、泣かせてやりたい。


 遠く離れた彼女には、胸を貸すこともできなければ、黒絹の髪をくしゃりと撫でることもできない。けれど、心で包み込むことならできるから……。






 初めの電話は、ほとんど会話のないままに終わった。


 無事な姿をこの目で確認したくて、途中で映像付きのビデオ通話に切り替えたら、音質が著しく落ちて満足に声が通らなくなった――という事情もある。だが、そうでなくても、黙って互いの顔を見つめ合っていたことだろう。


 それで充分だった。


 一度、電話を切ったのは、メイシアの食事の時間になったからだ。世話係となったリュイセンが部屋に来るらしい。


 メイシアが、携帯端末という連絡手段を手に入れたことは、リュイセンには、まだ秘密だ。〈(ムスカ)〉の束縛を解くまでは、兄貴分は『敵』だからだ。


 そして、無数の星々によって、紺碧の空が埋め尽くされたころ、再び、ルイフォンの端末が鳴った。






『ルイフォン、さっきは泣いてばかりで、ごめんなさい』


 気恥ずかしそうな口調で、ほんの少しだけ、おどおどと。会話を優先するために、今度は音声のみの通話にしたのだが、彼女が顔を真っ赤にしている様子が目に見えるようだった。


「謝ることはないだろ。今まで辛かったよな。本当に、お前はよく頑張ったと思う」


『ありがとう。ルイフォンの声を聞いたから、もう、大丈夫。――それより、これからのことを考えないと』


 先ほどまでとは違う、凛とした声がルイフォンの耳に響いた。


 彼女自身の言う通り、もう大丈夫だろう。ならばと、ルイフォンも気を引き締める。


「メイシア……、どうしてタオロンに武力を頼らなかったんだ?」


『え?』


「タオロンは嘘が下手だ。けど、強い。ならば、危険を冒して携帯端末を取りに行ってもらうよりも、『〈(ムスカ)〉を捕まえて欲しい』と頼むほうが向いていたはずだ。――なのにそうしなかったのには理由があるんだろ?」


 メイシアの吐息が揺れた。ルイフォンは、彼女が顔色を変えたのを感じる。


「〈(ムスカ)〉は、タオロンが俺たちの側に付いたことに気づいていない。完全に油断しているはずだ。だから、奴に頼めば簡単に片がつくだろう」


『……』


「『遠慮なんて要らない。俺に任せろ』と、タオロンは言ってくれた。奴とは連絡先を交わしたから、今すぐにでも俺から頼むことができる」


『――っ』


 鋭く息を呑む気配――。


 やはり、何かがあるのだ。彼女が携帯端末を求めた意味が――すなわち、ルイフォンに相談したいことが。


 しかし、何があるというのだろう?


 単刀直入に尋ねようとした瞬間、『ルイフォン……』と、か細く頼りなげな声が響いた。


「どうした?」


『〈(ムスカ)〉を『捕まえる』のと、……『殺す』のでは、違う……よ、ね……?」


「え?」


 唐突すぎる発言に、わけが分からずルイフォンは戸惑う。


「えっと……? とりあえず〈(ムスカ)〉は『捕まえる』けど、奴の知っている情報を洗いざらい吐かせたあとは、『殺す』だ。何故なら、奴のしたことは許されないし、死者を生き返らせた存在であることも認められな……」


『ルイフォン!』


 彼の言葉の途中で、メイシアが遮った。彼女らしくない行為に困惑している間にも、彼女は続ける。


『タオロンさんにとって、不意を()いて〈(ムスカ)〉を『殺す』のは難しくないと思う。――でも、『捕まえた』あと、ルイフォンが使うような動きを封じる薬物もない状態で、狡猾な〈(ムスカ)〉を鷹刀の屋敷にまで連れて行くのは、『殺す』よりもずっと危険なことだと思う……』


「あ、ああ、そうかもしれないけど……。でも、〈(ムスカ)〉からは情報を……」


 口を挟んだルイフォンに、またもやメイシアが言葉をかぶせた。


『もし――! 『捕まえる』必要がなくて、『殺す』のでよいのなら……、そのほうが安全で確実……よ、ね……?』


「……メイシア?」


 彼女の様子がおかしい。


 いったい、どうしたというのだろう。


 胸騒ぎに、ルイフォンの鼓動が早まる。


『ルイフォン……、答えて……。お願い……』


 すがるような涙声だった。


 質問をしておきながら、メイシアは正解を知っている。ただ、ルイフォンの肯定がほしいだけだ。


 当惑しつつも、ともかく彼は正直に答えた。


「ああ。『捕まえる』よりも『殺す』ほうが確実だ。――特に、〈(ムスカ)〉ならな」


(ムスカ)〉は、決して武力的に強いわけではない。なのに、あと少しのところまで追い詰めながらも失敗した。


 言葉巧みに人を惑わし、気を抜けば、あっという間に翻弄されてしまう。たとえ捕まえても、すぐに足元をすくわれ、逃げられてしまうような、そういう敵だ。


『……っ』


 メイシアの吐息が聞こえた。


 それから突然、ぴんと張り詰めたような彼女の声が、ルイフォンの耳朶を打つ。


『ならば、タオロンさんにお願いすべきことは『殺す』なの。――確実のために。タオロンさんの安全のために。万が一にも、ファンルゥちゃんを悲しませないために……』


「どういうことだ……?」


 ルイフォンは、猫の目を大きく見開く。


『……気づいちゃったの。〈(ムスカ)〉はもう、情報源としての価値がなくなってしまったんだ、ってことに……』


「情報源として、価値が……ない?」


 不可思議な彼女の言葉を、彼は、おうむ返しに唱える。


『危険を冒してまで〈(ムスカ)〉を『捕まえる』意味がないのなら、鷹刀が一族の意志として決定した『死』を、彼に与えるべきなの……』


「待てよ。奴からは『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』のことを……」


『ルイフォン……、『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』のことなら、私がすべて知っている。……〈(ムスカ)〉の知らない、細部までも――』


 それは透明すぎて、色を失ったことに気づかぬような声だった。


「……どういう意味だ?」


『私は……セレイエさんの記憶を持っているの。――『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』を作った、セレイエさんの記憶を……』


 ルイフォンの耳に、厳かな響きが木霊(こだま)した。


 心臓が跳ね上がった。不吉な感触が彼を襲う。


 携帯端末を握る手の感覚が薄れていき、自分が今、どこにいるのかを見失いそうになる。


 ……メイシアからの手紙を、シャオリエの店で受け取った。


 そこに、ちゃんと書いてあった。


『セレイエさんの記憶を受け取りました』――と。


 セレイエは記憶を書き込んだだけで、メイシアが乗っ取られることはないのだと知り、ルイフォンは安堵した。〈ベロ〉の言った通りだったと思った。


 安心して、それでセレイエの記憶について考察するのは後回しと決めた。それよりもメイシアと、そしてリュイセンを取り戻す算段を詰めていくべきだと頭を切り替えた。


 セレイエの記憶が、何をもたらすのかを深く考えもせずに……。


『ルイフォン……』


 かすれたメイシアの声が、彼を現実に引き戻す。


『〈(ムスカ)〉はもう……必要……ないの……』


 儚く、脆い。今にも消え入りそうな呟き。ぽつりと涙がこぼれるように、残酷なひとことが落とされる。


 あっけないほどに、あっさりと言い渡された、〈(ムスカ)〉への『死』の宣告――。


『でも、私……! タオロンさんに『〈(ムスカ)〉を殺して』なんて、頼めなかった! そうするべきなのに、できなかった! 取り返しのつかない、戻ることのできない決断が怖かった……!』


 急に声を荒らげ、しゃくりあげるようにメイシアが叫ぶ。


『ルイフォンが言った通り、〈(ムスカ)〉は、タオロンさんのことを忠実な部下だと信じている。――用心深い〈(ムスカ)〉の、こんな(ふところ)深くにまで入り込める好機(チャンス)なんて、もう二度と訪れないと思う。だから今! ここで! 決着をつけるべきなの……! 一刻も早くお願いするべき。それができるのは私しかいない。なのに……、なのに、私はっ……!』


「メイシア!」


 脅える彼女の姿が見えた。


 華奢な体を包み込んでやりたくて、ルイフォンは思わず虚空を掻き(いだ)く。しかし、彼女の慟哭は止まらない。


『初めは本当に、ただルイフォンの声を聞きたい、って気持ちだけで、携帯端末があればと思ったの。ルイフォンと連絡を取れれば、リュイセンのことを相談できるし、庭園の中と外で連携が取れれば、道が開けるかも、って』


 メイシアは、そこまで一気にまくし立て、『――でも!』と、絹を裂くような声を上げる。


『タオロンさんに手紙を書いている途中で、……気づいたの! ファンルゥちゃんの腕輪の毒針が嘘で、タオロンさんが〈(ムスカ)〉に歯向かえるのなら、携帯端末じゃなくて、〈(ムスカ)〉をっ……殺、して……って、お願いすべき……っ。……けど、そう考えたら、体が震えてきて、……ルイフォン、助けて、って――そればかりが心を占めて……!』


 悲鳴のような(むせ)びが、ルイフォンの耳で反響する。


『……だから! 初めに思いついた通り、まずは携帯端末を手に入れて――、それから、ルイフォンに相談して一緒に決めよう、って……。でも、そんなのは表向きで……本当はルイフォンに甘えて、決断を委ねて……責任を押し付けて……私……卑怯なの。……ごめんなさい。けど、ひとりで背負うなんてできなかった……! 私……、私は……!』


 彼女は、ひときわ声をわななかせ、そして、告げる。


『……ルイフォンがいなきゃ、駄目なの……!』


 メイシアの声は嗚咽に流され、消えていく。


 知らずのうちに息を止めていたルイフォンは、肺の中に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出した。


 自然と肩の力が抜ける。追い詰められているメイシアには申し訳ないが、彼女への愛しさがこみ上げてきてたまらなかった。


「嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか」


『え?』


 その声だけで、黒曜石の瞳をいっぱいに見開き、きょとんと首をかしげるメイシアの姿が見えた。長い黒髪がさらりと流れる音まで、ルイフォンには感じ取ることができる。


 彼女はただ、思ったままのことを言っただけだろう。それが、熱烈な愛の告白であることには気づかずに。――実に、メイシアらしい。


 普段なら、ややきつめに上がっている、ルイフォンの猫の目が垂れた。口元には締まりがなく、にやにやと緩んでいる。電話口の向こうの彼女に、だらしない顔が見えないのは幸いだった。


「そりゃ、お前に頼られたら、俺は嬉しいに決まっているだろ? お前を支えるのは、俺の役目なんだからさ」


『ルイフォン……。ごめんなさ……』


 言い掛けて、言い直す。


『……ううん。ありがとう……』


 ふわりと花がほころぶように、メイシアの声が和らいだ。


 出逢ったばかりのころのように、むやみに謝ったりしない。それよりも『ありがとう』で返す。――極上の笑顔と共に。


 それが、ふたりで築き上げてきたものだ。


「だいたい、〈(ムスカ)〉を『捕まえる』ならともかく『殺す』である場合、お前がひとりで背負う必要はないだろ。それは、あまりにも重すぎる。怖くて当たり前だ。いくら敵でも、命は命なんだからな」


『……うん』


「ならば、〈(ムスカ)〉の『死』を決定した親父に――鷹刀の総帥に指示を仰ぐのが(スジ)だ。つまり、お前の取った行動は正しい。タオロンだって、そんなすぐに寝返ったのがばれるようなミスはしないだろう」


『なら……、これで良かった、の……?』


 メイシアの声が震えた。きっと今、彼女の頬で涙がきらりと光っている。


「ああ。お前は最善の選択をした。最高だ! さすが、俺の惚れ込んだ女だ」


『――っ!』


 涙の通り過ぎたあとの頬が、薔薇色に染まる。彼女は泣きながら、笑っている。


『えっと……、ルイフォンは最高に頼もしくて……、その……さすが、私が好きになった人だ、と……』


 真っ赤になりながらも、懸命に言葉を返してくれる。そんな彼女の姿がありありと目に浮かんできて、ルイフォンは穏やかに微笑んだ。


「ひとりで心細かったよな。もう大丈夫だ」


 メイシアは、本当によくやったと思う。


 だから、ここから先はルイフォンの番だ。


「俺はこれから親父のところに行って、『鷹刀の総帥と〈(フェレース)〉の連名で、タオロンに〈(ムスカ)〉暗殺を依頼しよう』と提案してくる。タオロンに対しても、凶賊(ダリジィン)の総帥からの正式な依頼としたほうが礼儀に適っているだろう」


 そう言ってから「俺たちだけじゃ駄目か」と呟く。


「多少なりとも〈(ムスカ)〉に一族の情を感じている親父より、ハオリュウやシュアンのほうが、よっぽど〈(ムスカ)〉を憎んでいる。だから、あいつらにも名を連ねてもらって、タオロンに……」


 ルイフォンは、そこで言葉を止めた。


 ――本当に、それでいいのだろうか。


『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』を作り、さまざまな人々を不幸に陥れた元凶は、異父姉のセレイエだ。だが、もしも〈(ムスカ)〉が暴走しなければ、これほどまでの不幸は訪れなかったはずだ。


(ムスカ)〉は紛れもなく、皆の怨嗟の象徴。


 その幕引きを務めるのが、タオロンでよいのだろうか――?


「違う……。タオロンじゃねぇ……」


 タオロンだって、まったくの部外者ではないだろう。だが彼は、腕輪の件で騙されていたとはいえ、〈(ムスカ)〉の世話になっていた一面もある。


 だから、彼ではない。もっと別の配役であるべきだ。


 ならば、誰だ?


(ムスカ)〉の終幕を担うにふさわしい人物とは……。


「――!」


 ルイフォンは息を呑んだ。


「なんだ、ちゃんと庭園(そこ)に配置されているじゃねぇかよ……」


『ルイフォン? どうしたの?』


 急に笑い出した彼に、メイシアが不思議そうに尋ねる。


「タオロンに依頼するのは保留だ。それは最後の手段、保険だ」


『え?』


「今まで散々な目に遭わされてきた〈(ムスカ)〉に引導を渡す役が、ちょいと部外者のタオロンじゃ、皆が納得できない。もっと深く関わりのあった者。俺たちの内部の者であるべきだ」


『え、うん……、それは、そうかもしれないけど……、でも……?』


 困惑した様子のメイシアに、ルイフォンはにやりと口角を上げる。


庭園(そこ)にいるだろ? 俺たちの仲間が――鷹刀の後継者が」


『リュイセンのこと……!?』


 戸惑いと動揺。そして同時に、喜色の混じった声が返ってくる。その声色だけで、メイシアは、まったくリュイセンを恨んでおらず、それどころか、ずっと彼を心配していたことが伝わってきた。


 事実、彼女は手紙で、リュイセンの裏切りはやむを得ないものであったのだと、必死に弁護していた。その証拠として、『リュイセンは、ミンウェイの『秘密』に関することで脅されている』という重大な情報を〈(ムスカ)〉から聞き出していた。


 そして、『ミンウェイさんが関係するのなら、リュイセンは決して事情を話してくれないと思う。でも、〈(ムスカ)〉の支配がなくなれば、もとに戻れるはず。私はリュイセンを信じる』と、懸命に訴えていた。


 その便箋だけ別の封筒に入っていたことから察するに、じっとしていられないファンルゥが、初めの手紙を預かったあと、時間を置いて再びメイシアを訪れたに違いない。その間に、メイシアは新しい情報を聞き出していて、だから、新しい手紙を書いたのだ。


 ――皆が、前へ前へと突き進もうとしている。


 ならば。


『皆』で、大団円を目指すのだ。


「ああ。俺たちの仲間――『鷹刀の後継者』リュイセンだ。今は、追放処分になっているけどな」


『えっ!?』


「つまり、リュイセンは、〈(ムスカ)〉が死んで、〈(ムスカ)〉から自由になっても、このままでは鷹刀に戻ることはできない。けど、リュイセンが〈(ムスカ)〉の首級(くび)を挙げれば、それを手柄に追放を解いてもらうことが可能だろう。一石二鳥だ」


『でもリュイセンは、〈(ムスカ)〉に逆らえなくて……』


 メイシアがそう言うのは当然だろう。現在のリュイセンは〈(ムスカ)〉の言いなりであり、ルイフォンたちの敵なのだから。




「俺がリュイセンの束縛を解いてやる」




 その瞬間、メイシアが短く息を吸い、叫んだ。


『ルイフォンには分かるの!? リュイセンが囚われてしまった理由が……』


 驚愕でありながらも、歓喜にあふれた弾んだ響き。


 ルイフォンは「まだ、確証はないけどな」と答えながらも、そのテノールは自信に満ち満ちている。


「現時点では、俺の勘に過ぎない。でも、間違いないと思う。――リュイセンが俺にすら隠して、すべてを裏切るしかなかった理由……その情報(証拠)を、俺はこれから手に入れる」


 深い霧に閉ざされていたような視界が、さぁっと晴れていく。そこに現れたのは、大地にしっかりと打ち立てられた一本の道しるべだった。




「そして、リュイセンを解放する――!」




 それが、あるべき正しい道だ。


 好戦的な光を帯びた猫の目で、ルイフォンが遥かな庭園を睨みつける。その強い意思に呼応するかのように、彼の背では金の鈴が輝いた。






~ 第七章 了 ~





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