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4.菖蒲の館を臨む道筋-2

 摂政は、菖蒲の庭園に〈(ムスカ)〉を(かくま)った。


 そして、同じ場所にハオリュウを招いた。


 これが、『偶然』であるはずがない。


 摂政の、明確な意思によるもの――すなわち、『必然』。


 会食というのは名目にすぎない。摂政はなんらかの意図を持って、ハオリュウに接触してきたのだ……。






「そんな怖い顔をしないでくださいよ」


 詰め寄るルイフォンに、ハオリュウは困ったように苦笑した。


「あの庭園にある菖蒲園は、それはそれは見事なものだそうです。カイウォル殿下は風流を愛する方ですから、季節の花の館を選んでくださったのでしょう」


 ハオリュウは、低くなった声を響かせる。


 亡くなった父親そっくりの柔らかな声質と、面影を残す優しい顔立ち。争いを好まぬ、穏やかな性格だった彼の父を知る者なら、彼の言葉は心からのものだと、ころっと騙されるだろう。


 だが、あいにくルイフォンは、ハオリュウ本人をよく知っていた。


「花が盛りだなんて、ただの口実だ。――だいたい、お前自身が言ったじゃないか、足場の悪い遊歩道の散策なんて無理だと。お前の足が悪いことなんて、国中の人間が知っている。摂政だって、承知の上で誘ったはずだ」


 ルイフォンが喰らいつくと、ハオリュウは穏やかに微笑んだ。


「館の中からでも、花は楽しめますよ」


「ああ、そうだな。あの庭園に〈(ムスカ)〉がいるという情報を得ていなければ、王族(フェイラ)貴族(シャトーア)の『(みやび)』とやらを信じてやってもよかったよ。――だが、現実の問題として、俺たちはそこに〈(ムスカ)〉がいることを知っている」


 腹黒い駆け引きの機微に()けたハオリュウが、現状の不自然さに気づかないわけがない。そもそも、王宮に出入りしている彼なら、摂政の不穏な空気を肌で感じているはずだ。


 なのに、笑顔の仮面をかぶるのは、異母姉のメイシアに心配をかけまいとしているからだ。


『姉様には自由であってほしくて、あなたに託したんですよ』


 その言葉の裏には『姉様を不幸にしたら許さない』という牽制があった。だが、その更に裏側には、『姉様を安全なところに逃がすことができてよかった』との安堵があったはずだ。


 貴族(シャトーア)の世界に残ったハオリュウは、異母姉を頼ることなく、ひとりで対処するつもりだろう。けれど、そんなことをメイシアは勿論、ルイフォンだって望まない。


 つんつんと袖を引かれる感覚に、ルイフォンは隣を見やる。眉を曇らせたメイシアが、自分の出番だと言っていた。


 ルイフォンは頷き、乗り出していた体をソファーの背に預けた。代わってメイシアが、心持ち前に出る。


「ハオリュウ」


 凛と澄んだ、綺麗な声。


 だがそれは、ルイフォンが聞いたこともない、厳しい声色をしていた。


「姉様……?」


「政権を巡って、カイウォル殿下とヤンイェン殿下が、水面下で争っていると聞いたの。貴族(シャトーア)は二派に分かれ、あなたもまた巻き込まれている、って」


 ――それは、少し前に、少女娼婦スーリンが客の貴族(シャトーア)から仕入れた話だった。


 異母姉が何を言ってくるのかと身構えていたハオリュウは、ほんの少しだけ表情を緩めた。彼女が口にしたことは、ある程度、政情に詳しい者なら誰もが知っている、ただの事実だったからだ。


「ああ……、うん。それは貴族(シャトーア)なら仕方のないことだよ」


 心配性の異母姉を刺激しないよう、ハオリュウは柔らかに受け流す。


 現在、未成年の女王に代わり、摂政として政務を執っているのは、女王の実兄のカイウォルである。しかし、女王が結婚すれば、婚約者から配偶者となったヤンイェンが、女王と共に国を治めることになる。


 カイウォルとヤンイェンが手を取り合うことができるなら、なんの問題もない。だが、歳が近く、従兄弟同士でもある彼らは、幼いころから比べられて育ったために仲が悪かった。


 今まで、国政を担ってきたカイウォルとしては、ヤンイェンの臣下に成り下がるのは面白くないであろう。ふたりの軋轢は、避けようもない。


 故に、さまざまな憶測が飛び交っている。


 女王が結婚する前に、カイウォルは摂政の権限を駆使して、自分が優位になるような法を作るのではないか。それよりも、ヤンイェンがカイウォルを排除するよう、女王に働きかけるのではないか。


 更には、もっと直接的に、互いに暗殺者を放っているという噂さえもある……。


 正当性という意味では、ヤンイェンに軍配が上がる。


 だが、病気療養をしていたヤンイェンよりも、実績のあるカイウォルが実権を握るべきだと言う貴族(シャトーア)も少なからずいる。女王は象徴として残しつつ、政治は切り分けるべきではないのか――そんな声も上がっている……。


「確かに、今の王宮は不安定だ。判断を間違えれば、藤咲家は没落する。――けど、姉様。心配しないでほしいな。このくらい乗り切れなければ、この先、僕は当主としてやっていけないよ」


 異母姉を安心させるための穏やかな声で、けれど、きっぱりと言ってのける。左手に光る当主の指輪は、ただの飾りではないのだと。


 それからハオリュウは、物言いたげな目でルイフォンを見やった。


 情報屋である彼が貴族(シャトーア)の間で囁かれている噂を聞きつけて、メイシアに吹き込んだのだと思ったのだ。それで、異母姉が不安になっているのだと。


 余計なことを言ってくれたな、とばかりに、睨みをきかせる。だが、その視線を異母姉の険しい声が遮った。


「ハオリュウ、私が言いたいのは、そんな貴族(シャトーア)全般のことじゃないの」


「姉様?」


「ハオリュウが、おふたりの殿下に贔屓にされていると聞いたの。その理由は、藤咲家が今、一番、勢いのある貴族(シャトーア)だから。――あなたを味方につけることが、おふたりの力関係に大きく影響する、って……」


 深刻な顔で、メイシアは訴えた。


 しかしハオリュウは、弾かれたように笑い出した。 


「やだなぁ、姉様。飛躍しすぎだよ」


「でも……」


「確かに、僕の代になってから、藤咲家は力をつけているよ? けど、いくらなんでも、それは大げさだよ。そんな噂、何処で聞いたの?」


 ハオリュウは、自負を見え隠れさせて、胸を張る。だが、その顔が一瞬だけ強張ったことを、ルイフォンは見逃さなかった。


 ルイフォンは周りに気づかれないよう、メイシアの背中に手を回し、流れる黒髪をくしゃりと撫でた。取り合ってくれない異母弟に、瞳を潤ませかけていた彼女は驚き、ルイフォンを見上げる。


 ――と同時に、目ざとく気づいていたハオリュウは、ルイフォンを()めつけた。


 そんな姉弟へと、見透かしたような猫の目がにやりとする。それは、ハオリュウには焦りを、メイシアには勢いを与えた。


 メイシアは一度、きゅっと力を込めて唇をつぐみ、それから、凛と口を開く。


「カイウォル殿下とのふたりきりの会食は、ご自分の(がわ)についてほしいという殿下のお誘いと思って間違いないの! それが分からない、あなたじゃないでしょう?」


 強い口調に、ハオリュウの体が引けた。(たお)やかのようでいて、この異母姉は芯が強い。ずっとそばにいた彼は、よく知っている。


 ならば、跳ねのけるよりも、やんわりと受け止めるほうが賢い。――ハオリュウは、まとう雰囲気の色を少しだけ変えた。


「……まぁ、そうだと思うよ。でも、それは名誉なことでしょ? 応じるかは、さておいてさ」


 素直な肯定と共に、ハオリュウは深い溜め息を落とす。異母姉には、黒い世界に関わってほしくない。彼女の不安げな顔など、見たくないのだ。


 けれど、メイシアは更に言葉を重ねた。


「そんな気楽なものじゃない。何か、罠があるはずなの!」


 彼女は声を震わせ、異母弟へと迫る。


「そうでなければ、『あの』カイウォル殿下が、『あなた』と親睦を深めたいとおっしゃるはずがない。……あの〈(ムスカ)〉がいる館に、誘ったりしない!」


 吐き出されたのは、メイシアとは思えない、敵意に満ちた言葉だった。


 静かに聞き手に回っていた鷹刀一族の者たちが、驚きに表情を揺らす。事情を聞いていたルイフォンだって、瞳を瞬かせたほどだ。


 メイシアが含みを込めて言った内容自体は、とても単純なことだ。


 王宮内において、平民(バイスア)を母に持つハオリュウは異端視された。特に、王子であるカイウォルには冷遇されていた。それだけの話だ。


「僕が当主になったからには、昔を忘れて仲良くしたいという、カイウォル殿下のお心づもりなんでしょう。言葉を交わし、溝を埋めたい。そう思ってくださるのなら、それに乗らない手はないよ」


「ハオリュウ……」


「姉様、僕は当主なんだよ? 僕個人の、過去の確執にこだわるのは、愚かだ」


 ハオリュウの声が、静かに響く。


 漆黒の瞳は、冷ややかに冴え渡り、何者をも寄せつけない――。


「おい、ハオリュウ、いい加減にしろよ」


 鋭いテノールが、姉弟の間に割って入った。


 ルイフォンは腕を組み、顎を上げ、威圧的にハオリュウを睨みつける。


 ハオリュウの頑なな態度に、腹が立ったのだ。なおかつ、この鬱陶しいだけの不毛なやり取りを、いつまでも聞いているのも馬鹿馬鹿しかった。


「お前だって、摂政が何か企んでいるのは分かっているんだろ? でも、そう認めちまえば、メイシアが心配する。だから、あくまでも『(みやび)な食事会』だと言い張る」


「……っ!」


「見くびるなよ。『俺の』メイシアは、そんなヤワじゃねぇし、怖がっているわけでもねぇ。ただ、一緒に対策を練ろうってだけだ」


「だ、誰が『あなたの』ですか!」


「メイシアが、だ!」


 そう言いながら、ルイフォンはメイシアの肩を抱き寄せる。


 先ほど自分からルイフォンの手を握ったのとは違い、いきなりであったため、メイシアの口からは高い悲鳴が漏れそうになった。しかし、彼女はかろうじてこらえる。ここで平然としていなければ、ルイフォンの立つ瀬がないのだ。


 残念ながら、徐々に染まっていく肌の赤さは止められなかったが、彼女の異母弟もまた、別の意味で顔を真っ赤にしていたので、効果はあったようだった。


「ルイフォン!」


 ハオリュウが、唇をわななかせて叫ぶ。


「で! お前は俺の大事な『義弟(おとうと)』だ! 少しは心配くらいさせろ! 馬鹿野郎!」


「なっ……!?」


 その言葉は、よほど予想外だったのだろう。ハオリュウは絶句した。口をぱくぱくさせたまま、声が出ない。


 その隙に、ルイフォンは畳み掛けた。


「実権を握りたい摂政にとって、有力な貴族(シャトーア)のお前にする話なんて、ひとつしかないだろ」


 ルイフォンは、ハオリュウの目を正面から捕らえ、言い放つ。


「『クーデターの片棒を担がせる』――密談、だ!」


 鋭く放たれたテノールが、執務室を斬り裂く。


 その場にいた者たちが短く息を吸う音で、部屋の空気がさざ波を立てる。


「お、おい……、ルイフォン。マジかよ、それ……」


 冷や汗を流しつつ、リュイセンが呟いた。


「まぁ、実際には武力行使まではせずに、噂にも上がっているような、穏当な『法改正』程度に収めて、実権を握る可能性が高いだろう。――けど、ハオリュウを手に入れるためになら、摂政は、なりふり構わずに仕掛けてくるつもりだぜ」


「何故、そう言い切れるんですか……!?」


 噛み付くようにハオリュウが尋ねる。


「会食の場所が、〈(ムスカ)〉のいる館だからだ。――摂政は『〈(ムスカ)〉の技術を使った何か』を切り札に、お前を追い込むつもりだ。そうでなきゃ、あの館を選んだ意味がない!」


「そんな、まさか……。僕だって、カイウォル殿下が懐柔してくることは予測していました。後見人の大叔父を外したのも、僕と仲の悪い彼がいないほうが、話が円滑に進むと考えたからでしょう。何かにつけて、彼は、僕とは反対意見を言いますから」


 ハオリュウは、貴族(シャトーア)らしく後見人を同席させない理由を気にしていたらしい。


「ですが、いきなり、そこまでの話が来るとは思っていません。二度、三度、呼ばれるうちに、いずれ……ということかと。――しかし、そのころには、〈(ムスカ)〉はこちらの手にあるはずです」


「まぁ……、そうかもしれないけどさ」


 程度の差こそあれ、ハオリュウも危険を認識していることに安堵して、ルイフォンは言葉を収める。摂政本人にしか分かり得ない心の内など、議論したところで無駄なのだ。


「ともかく、お前は、陰謀の罠の中に飛び込もうとしている、ってことだ」


 ルイフォンが、そうまとめると、もはや観念したのか、ハオリュウは素直に頷いた。


「……ええ。しかし、臣下である僕には、摂政のお誘いをお断りするという選択肢はありません。ならば、〈(ムスカ)〉を捕らえる絶好の機会に変えてしまうだけです」


 ここからは見えない菖蒲の館を臨むように、ハオリュウの視線が遠くに投げられる。


「ハオリュウ……。俺はさっき、摂政に対する対策を一緒に練ろうと言ったが、実のところ、有効な手段を思いつけていない。せいぜい、お前に発信機や盗聴器の類をつけておくくらいだ。……すまん」


 ルイフォンの得意とするものは『情報』。相手が従わざるを得ないような、重要な情報を手に入れることで、優位に立つ。しかし、現在の最高権力者カイウォルに対しては、生半可な情報ではもみ消されるだけだ。


「ルイフォン、勘違いしないでください」


 ハオリュウは、父親そっくりの声で、穏やかに言う。


「現在の藤咲家は、どちらの派閥にも(くみ)しておらず、僕はカイウォル殿下と敵対しているわけではありません。殿下が〈(ムスカ)〉を庇護しているのは不愉快ですが、駒として利用しているのなら、それも容認します。――上に立つ者が、完全に清廉潔白であるなんて、あり得ないですからね……」


 だいぶ大人びたとはいえ、それでもまだ、あどけなさの残る少年の顔に、黒い影が落ちる。線の細い体をわずかに丸めた姿は儚げで、どこか危うげでもあった。


「――だから、僕が危険な目に遭うと決めつけるのは早計ですよ」


 無理やりに、であろう。妙に明るい声で、ハオリュウは笑った。


「ハオリュウ……」


「でも、僕を心配してくださったことには感謝申し上げますよ。…………、…………。…………っ、……にっ、…………義兄(にい)さ…………」


 ハオリュウの言葉が、最後まで発せられることはなかった。顔を真っ赤にして、喉をつまらせてしまったからだ。


「!」


 まさかの発言だった。


 ここまで来たからには、きっちり最後まで聞いてみたい。からかってでも、言わせてみたい――!


 信じられないような可愛らしい反応に、ルイフォンの嗜虐心がうずうずする。外見は似ていなくても、ハオリュウはメイシアの異母弟だった。


 しかし、ここで余計なことをしたら、せっかく距離を縮めてくれたことも台無しだろう。ルイフォンは心で悔しがりながら、ぐっとこらえ、諦めて平然を保った。


 そんなルイフォンの気持ちを知ってか、知らずか。


 不意に空気が揺れた。


「ハオリュウ」


 (つや)のある、魅惑の低音が響く。


 一番奥から状況を見守っていたイーレオが、ふんぞり返るようにして組んでいた足を解き、姿勢を正したのだ。


「お前はさっき、足が不自由なことを理由に『介助者』と『車』の許可を得たと言っていたな」


「イーレオさん?」


 どうして、今更のように話を戻すのかと、ハオリュウは首をかしげた。だが、イーレオは構わずに続ける。


「『車に注目されないように、介助者を強調して話を通した』というのは、『陰謀の匂いのする会食だから、腹心を連れて行く』と解釈されるように伝えた、ということだろう? ――お前、摂政相手に、暗に喧嘩を売ったな?」


「いえいえ、そんな。私……僕は『小心な子供当主』ですよ」


 そう言って、ハオリュウは目元を和らげたが、漆黒の闇を(いだ)いた瞳は、ちっとも笑ってなどいなかった。


「まったく……、お前は賢くて、度胸が座っているな」


 イーレオが口元を緩める。本当は『長生きできないぞ』と加えたかったのであるが、メイシアを無用に心配させても仕方ないので、それは呑み込んだのだ。


「まぁ、悪い手でもない。――そうしておけば、車への警戒はかなり薄くなるし、お前に関わるなら、それ相応の覚悟がいるという警告にもなる。もっとも、最近の藤咲家を見ていれば、お前がただ者ではないことは分かっているだろうがな」


「恐れ入ります」


 唐突な褒め言葉に、ハオリュウは心から恐縮する。


 親しげに話してはいるが、相手は王国一の凶賊(ダリジィン)の総帥だ。本来なら気軽に口をきくことなどできない、摂政に勝るとも劣らぬ大物なのである。


「それで、だ。――お前は『介助者に意味はない』と言っていたが、そんなわけないだろう? 何が起こるか分からぬ危険な場所に、共に赴く大事な相棒だ。それなりの人物でなければ務まらない」


「え? はい、そうなりますが……」


「俺を連れて行け」


 イーレオの親指が、ぐっと力強く(おのれ)を指した。


 美麗な顔を輝かせ、有無を言わせぬ迫力で威圧する。


「は?」


 ハオリュウの目が点になった。


 否、ハオリュウだけではない。その場にいた全員が唖然とした。


「俺ほど有能な人間は、この国にふたりといないぞ。頭が切れ、腕も経つ。お前の腹心として、これ以上の人材はいないだろう」


 (たけ)く、誇るように、イーレオは皆を睥睨する。


「な、何、考えているんだ、阿呆親父! 駄目に決まっているだろ! 常識で考えろ!」


 やっとの思いで、ルイフォンが叫んだ。それに追従するように、ハオリュウとリュイセンが『その通りだ』とばかりに頷く。


「父上らしいですね」


 一瞬だけは驚きを隠せなかったものの、すぐにいつもの鉄面皮に戻ったエルファンが皮肉げな笑みを浮かべると、チャオラウが「まったくですな」と同意した。


「ですが、父上。あなたがハオリュウの介助の者として付き添うには、致命的な欠点があります」


「なんだ、エルファン? 俺のどこに問題がある?」


 イーレオは不快げに鼻に皺を寄せる。だが、その瞳は、いたずらな子供の輝きを放っていた。


 エルファンは肩を落とし、深い溜め息をつく。


「実は、私も介助者の話が出たときに名乗りを上げようとしたのですが、同じ『欠点』のために諦めました」


「ふむ?」


「――父上。初めから、お分かりになっているのでしょう? しらばっくれるのもおやめください」


 苛立ちを見せるわけではなく、エルファンはただただ冷たく言い放つ。イーレオは、やれやれとばかりに、長い足を大きく振り上げ、足を組んだ。


「……まったく。お前は面白くないな。遊び心というものをちっとも理解していない!」


「父上の遊び心は、振り回される周りが迷惑します」


 エルファンは、ぴしゃりと切り捨て、それから「ハオリュウ」と呼んだ。


「はい、エルファンさん……?」


「私も父上も、気持ちの上ではお前についていってやりたいと思っている。だが、私たちの顔はヘイシャオと――〈(ムスカ)〉と、そっくりだ」


「あっ……」


 そう言われ、ハオリュウを含めた皆の合点がいく。


「〈(ムスカ)〉を子飼いにしている摂政なら、奴の顔を知っているだろう。お前の腹心が〈(ムスカ)〉と瓜二つというのは厄介ごとを招きかねない。だから、私たちでは駄目だ。すまない」


「い、いえ、そんな……」


「――それに、誰についていってもらうか、もう決めているのだろう?」


 エルファンにしては珍しく、優しい声だった。一瞬だが、ふわりと笑ったように見えた顔が、ハオリュウの隣を見やる。


「はい」


 ハオリュウの返事が伸びやかに響く。強い眼差しに信頼を載せて、彼は横を見上げる。


「シュアン。お願いします」


「ああ。任せろ。休みは、とっくに申請中だ。いざとなったら無断欠勤してでも、ついていってやる」


 三白眼を剣呑に光らせ、シュアンは口の端を上げる。


 本当は、先輩の仇である〈(ムスカ)〉を捕らえる役割を受け持ちたかったに違いない。だが、銃を頼みとする彼が、隠密行動に向いていないのは明らかだった。


 だから彼は、異論を挟まない。


 そのことに、イーレオも、エルファンも気づいていた。


「シュアン、頼んだぞ。大華王国一の凶賊(ダリジィン)の総帥と、次期総帥の代理だ。心して行って来い」


 にやりと笑い、イーレオは告げる。


「無論だ」


 シュアンは、不敵な笑みで答えた。


 




 こうして、菖蒲の館への道筋が定まった――。






~ 第四章 了 ~



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