始まって終わって
ある夏の夜だった
息苦しくて目がさめる
きっと暑くて息苦しいのだろうと最初は思った
でも違う
息ができないのだ
いや、正確に言えば少しは息ができる
うまく呼吸ができずに空気を吸おうともがいた
その日は気を失うように眠り、翌日に病院へ行った
診断の結果は喘息だった
喘息とは何か理解できず
ただその病名だけが頭の中で響いた
それから毎夜 目が覚めた
息ができずに目がさめる
息をしたくて必死になる
学校ではくだらない嫌がらせを受け続けた
それを母親に相談し、母親は担任に相談すれば担任からは親にそういう話をするなとしかられる
学校に行くのも嫌になってくる
夜になれば息ができずにろくに睡眠時間も確保できない
風邪と喘息を繰り返し
病院に行くのは週2回
私たち姉弟を育てるために一生懸命働き、私を何度も病院に連れて行く
母親も疲れ切っていた
夜中になればまた私は目が覚める
必死にもがけば 母親にうるさいと怒鳴られる
前とは違って 思うようにいかなくなった体が恨めしく、悔しい思いで腕をつねった
病院に連れて行ってもらう時には軽蔑の目で見られた
何て手間と金のかかる子だろうと疎まれた
誰も信じられなかった
誰も助けてくれなかった
苦しいのにつらいのに悲しいのに
自分の存在が必要ないのだと邪魔なのだと思い始めた
そして怜を夜中に苦しめるのは喘息だけではなかった
悪夢にうなされる日々が続いた
自分の大嫌いなものが毎晩現れた
一番多かったのは蜘蛛の夢
頭をカサカサと動き回ったり体に乗ったり口の中に入ったり
そんな夢を見て飛び起きれば幻覚も待っていた
蜘蛛がベッドをはびこっていたり
目の前にいたり
そして喘息が追い打ちをかける
毎晩 気を失うように眠った
睡眠時間は3時間取れればいい方だった
怜はどんどん疲弊して
苦しい夜には早く死ねばいいと思った
朝がくれば残念に思った
どうせ僕はいらない子なのだから
この命が早く終わればいいのに と
そんな苦しい毎日を過ごして3カ月
舞が数人を連れて来て怜に紹介した
舞が連れてきたのは5人で、怜も表面上は仲良くすることにした
その中の花織とはよく遊ぶようになった
花織は怜を連れ回し、アニメや漫画など二次元の文化を教えてくれた
花織は誰にでも平等で
嘘は言わず 誰にも優しく
たくさんの人に愛され 多くの人に囲まれるような人だった
怜は花織を信じるようになっていた
花織と出会ってから
怜の考えも変わり始めていた
死にたくない
生きたいと
朝が来るたびにホッとした
花織と過ごすうちに幻覚も見なくなり
悪夢にうなされる事もなくなった
睡眠時間はみるみる増えた
喘息で夜中に目がさめることも少なくなっていった
怜は花織は何よりの恩人で かけがえのない友人であると思った
すっかり依存し始めていた
信じられるのは花織だけで、あと他は何を企んでいるかわからない
花織が誰か他の子と喋っているだけで嫉妬した
相手を敵視するようになった
そんな自分に気がついた怜は、花織と少し距離を置くようにした
自分が恐ろしく感じた
その頃からだった
彼女を感じるようになったのは
怜の中の彼女は、怜に囁くようになった
「あの子は邪魔だから、今のうちに潰しましょう」
「あの子はきっと使えるから、手玉に取っておきましょう」
その囁きを拒みながらも、気がつけばやってしまっている自分がいた
嫌がらせにも 適当に対応し、逆に倍に返すこともできるようになっていた
嫌なことは 怜の中の彼女がやってくれた
友人関係は良好で
周りの人間は怜の言葉を鵜呑みにし、動くようになった
舞は悪友だったが
下手なことをしなければ怜に被害は出ないし 問題はなかった
小学生活も高学年になると修学旅行を控えていた
もちろん 修学旅行の班は
舞と怜、花織を含むその他5人
舞と怜の仲はあまり良くなく
怜は舞を玉座から引きずり降ろそうと機会を狙っていた
舞と怜はチェスをするかのように
人を駒として動かし 権力争いをした
修学旅行の日
花織は病気で欠席した
怜はちょうど良かったと安堵する
あまり汚いことをする私を見せたくない
修学旅行が終わり
私は担任を使い、他のメンバーを使い
舞を玉座から引きずり降ろした
舞と私の人を駒としたチェスは私の勝利で終わった
私は舞との争いが終わってから
彼女の囁きを拒み 聞き入れないようにした
それでも彼女は囁き続けた
私はまた彼女に従うようになっていた
私の中の彼女の指示通りにしていれば
全て上手くいった
演技が上手になっていた
家の中では自分を「怜」と呼び
学校では「私」
本当の素では「僕」
彼女の一人称は「僕」だった
ころころと変わる話し方や接し方に自分でも驚いた
それは全部彼女がやっていたが自分でもできるようになっていた
自分がどうなっているのか怖くなることが多々あった
どれが自分だったのか
そもそも自分がどんなだったか思い出せず 彼女の言いなりだった
高校に進学して
気の置けない友人ができた
日々を過ごす中で怜の演技力に驚いた
「あの子のこと嫌いじゃなかった?よくあそこまで合わせられるな。」
その言葉に彼女は笑顔になった
同時に私も
「「あの子はまだ使える」」
彼女と私の言葉は同時だった
彼女の言葉を拒絶すれば胸がひどく傷んだ
まるで自分を否定するように感じられた
クラスメイトはいい人ばかりで、彼女は必要なくなっていた
囁く事も減った
彼女の存在を忘れ始めていた
私の誕生日が明日へと迫り、クラスメイトの事だから
きっと今頃 何をしようか頭を悩ませているだろう
個性溢れる祝いかたで私を楽しませてくれるはずだ
わくわくして歩く放課後の帰り道で
怜はある男の子に目を惹かれた
どこか懐かしさを感じさせる男の子が車道へと駆けていく
トラックが近づいて来てるのに気づいて、怜は男の子を自分と引き換えに放り投げる
男の子に触れて放すその瞬間
鮮やかな桜と男性が脳裏に浮かぶ
そして彼女は囁いた
「何色にもなれたのに、私たちはなろうとしなかったのね。」
自分の中の彼女がふっと感じられなくなった
どこにも見当たらない
いったい彼女は何だったのかわからない
そして自分も
私は何で どこにいて 結局誰だったのだろう
今はその疑問さえ無意味である