疑心
みんなで座りながら、楽しくおしゃべりしていた。そんな時、
「リン…」
私の名前が呼ばれ、顔を上げると目の前に現れた懐かしい男の子。
『あ……か…なで……?』
「久しぶりだね。元気……みたいだね?」
悲しげな表情の奏。何でそんな顔するの?
分からない。
あの時以来、奏と一切話さないまま卒業したのだ。避けられ、目も合わせてくれないので、嫌われてしまったと思ってた。
『あ…うん…元気…だよ』
「良かった。」
切なげに瞳を細め微笑む奏。
「リン」
『ん?』
「あのさ…俺……あ…いや…そうだ!これ」
しどろもどろの奏は、いきなりポケットから紙キレを出し差し出してきた。
ゴミ…?
中を開くと、これは…
「俺の連絡先。連絡待ってる」
そこには、アドレスと携帯番号だった。どうして急に?
「頼む…。」
『分かった』
奏の悲痛な表情に、胸がズキンと鋭い痛みが走った。その直後、
「か~な~で~」
遠くから、走って近づいてくる女の子の声が耳に届いた。
声の方をする方に視線を向け、その姿を見た瞬間、私は言葉を失った。
なんで…こんなところにいるの?
会いたくなんてなかった。
思い出したくもなかった。
…怖い
あの時の感情を思い出す。
走ってきた彼女は、奏の腕に絡みつき笑顔を貼りつけたまま口を開いた。
「リン、元気そうで良かったわ」
『…あ…か…り…』
こんなところで会うと思っていなかった。
会いたくなかった
思い出したくない。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
気持ち悪い。
「リン。どうした?」
左隣に座っていた伊吹が、耳元で小さい声で囁いた。
私は何でもないとういう気持ちを込めて軽く首を横に振る。
朱里から視線を逸らし、奏に視線を向ければ、奏は私の右横にいる悠斗を見て、目を見開き驚いている。
…どうしたの?
「お前……」
右隣の悠斗は、奏をじっと見ながら無言で私の手をぎゅっと握ってくる。
視界の隅に入ったのは困った顔の翔と隼人。
蓮に関しては、奏を睨みつけていた。
誰も、口を開こうとしないので、
非常に居心地悪い雰囲気だ。
何か話さないと…とは思うが、一体何を?
そんなの無理に決まってる
朱里は私を睨んでいる
そんなに嫌わなくても…
奏はもう、あなたの彼氏でしょう?
あ…そっか、一緒に来たんだね。
付き合っているなら当然の事だ。
もう私なんかほっとけばいいのに。
「りんちゃん、そろそろ見回りやらないと!行こう」
そんな時、隼人の助け舟がきた。
隼人の明るい声に何だかホッとした
『…そうだね』
でも、ギロリと睨んでる朱里の視線から目を逸らせなく動けないでいた。だって、朱里の瞳は怒りに満ちていたのだ。
「リン。行くぞ」
悠斗は、私の手を引っ張ってたたせてくれた
『…ありがとう』
「チビおせーぞ!!食いすぎか?」
ケラケラ笑う蓮に、ふっと肩の力がおりた
『体重くて、動けなかったよ』
「リン、たくさん食べたもんな」
私と翔は、クスクスと笑いあった。
うん。
大丈夫。
「りん、ちょっといい?」
『…うん』
胡散臭い笑顔を張り付けたまま私を呼ぶ朱里に思わず身構える。
そっと朱里に近づけば、朱里は私の耳元で囁いた。
その言葉を聞き、動けなくなってしまった。
「リン。じゃぁがんばってね。奏行こう」
そう言って、奏の手を握っていた。
「リン、行こう!!」
『うん』
同時に伊吹は私の左手を握って歩き出した。
この時、離れて行く私の後ろ姿を、奏が深い悲しみの瞳で見ている事は、私は知る由もなかった。
頭から離れない朱里の言葉…
「本当、邪魔なんだよね。消えればいいのに。ここでも、あんたなんか嫌われてるよ?分からない?」
どうせ嫌われている?
笑っている彼らに疑問を抱く。
私のいないところでまた何か言われている?
その笑顔は本物?
作り物?
やさしい言葉は信じていいの?
信じられる?
怖い
分からない。
怖い。
天然甘党男子、悠斗。
フェロモン王子、隼人。
俺様だけどやさしい、蓮。
かわいい、伊吹。
優しい大人な、翔。
みんなが、私の中で大きい存在になってしまっている事に気づく。
出会ってまだ少ししかたっていないのに…
彼らと過ごして居心地がいいのは事実。
仲間だと言われた時は嬉しかった。
でも、それと同時に不安な気持ちになる。
大切だと思えば思う程、
裏切られた時の悲しみが深くつくから…。
どうすればいい?
不安で不安でしょうがない。
********************
奏と朱里に会ってからというものの、失態ばかりの私。
見回り中に何回も転んだり、階段から落ちかけたり、壁に激突したりと生傷が絶えなかった。昨日の足の怪我もまだ治ってないのにな…。
私、本当何やってるんだろ
溜息しかでない。
桜譁祭も無事に終わり、みんなで生徒会室で簡単なお疲れ様会をやっていた。
「おつかれ~」
隼人の掛け声とともに、みんなで紙コップに入れたジュースで乾杯をした。テーブルの周りには、L字型のソファが1つ、2人がけソファが1つある。私は2人がけソファに、伊吹と座った。
「リン、ケガ大丈夫?」
『…うん』
左斜め前に座っていた翔が心配そうに尋ねてきたので、コクリと頷いた。
「りんちゃ~ん。何か悩み事?あるなら相談のるよ?」
相談なんて、できるわけない。
その優しさは本当?
私の事本当は嫌いなんでしょ?
そんな事、口が裂けても聞けない
それに…もしそれが本当だったら…って思うと怖くて聞けないんだ。
『……。』
「そうだよ!リン!何でも話して?ね?」
黙ったまま俯いていると、右隣に座る伊吹が私の膝の上に置いてあった両手をとった。視線を上げれば、伊吹の顔がすぐそばにありドキリとした。
そんな時「チッ」と、蓮が舌打ちをした
そうだよね…私、今ウザキャラだよね。
せっかくお疲れ様会やっているのに空気悪くしてるよね。
『何でもないよ!!食べ過ぎちゃったからかな~』
アハハ~と笑ってごまかした。
大丈夫。
まだ笑える。
「リン。あいつらか?」
正面に座る悠斗がじっと見つめてきたのだが、何て答えていいか分からず、フッと視線を逸らしてしまった。
どうしよう…。
目逸らしちゃった
今の行動、怒ってるよね?
とにかく何か言わなきゃ。視線を悠斗に戻し笑顔を必死に作った。
『ち、ちがうよ~!何言ってんの~ゆうと』
あ…やば…
ブンブンと手を振ってしまい、置いてあったジュースの入っているコップに当たり、こぼしてしまったのだ。
やってしまった…
「ごめん」と言って布巾で急いでテーブルを拭き、室内にあるキッチンで、布巾を洗おうと蛇口を捻った。
『冷た!』
しかしあろうことか、水が蛇口の下にあったお皿に跳ね、思いっきり水を被ってしまったのだ(勢いよく捻ってしまったらしい)
最悪だ
今日は本当についていない
「大丈夫?」
『…うん』
すぐに、私の所に来て、ポケットからハンカチを出し差し出してくれた翔。
「リン、これ使いなね」
……大人だ。
私でもハンカチ持ち歩くの忘れる事のが多いのに。翔は、紳士だ!?
『翔、ありがとう。ちょっと着替えてくるね』
「いってらっしゃい」
優しい表情の翔に少しほっとした。
みんな優しい
でも、心の中までは分からない。
「リンは大切な仲間だ!!俺だけじゃなく、悠斗も蓮も隼人も翔も、みんなそう思ってる!!!」
前に、伊吹が言ってくれたことを思い出していた。
同時に「あんたなんか嫌われてるよ?分からない?」
という朱里の言葉も、繰り返し頭の中でこだましている。
朱里の言葉を消したりたくて、無我夢中で更衣室まで走った
急いでジャージに着替え、猛ダッシュで生徒会室に戻ってドアを開けようとした
でも、開けれなかった
立ちすくむ事しかできなかった。
「…だいたいよ~あいつムカツクな~」
伊吹…?
「あぁ」
何?何の話?
ムカツクって何?やっぱり私の事かな…?
呼び起こされる、昔の嫌な記憶。
ケラケラ笑っている隼人と蓮。隼人の笑い声でうまく聞こえない
「…----んなんじゃねぇ-」
「…---リンーーーーだな」
やっぱり私の事、話してたんだ。
胸がズキズキと痛む。
「俺は別にリンなんか何とも思ってねぇ!!ってかむしろ嫌いだ!!嫌い!!」
蓮の大きい声が響いた。
ここでも、あんたなんか嫌われてるよ?分からない?
そっか…
朱里の言葉は本当だったんだ
胸に隙間風のようなものがひんやりと吹き込んだ。
「…うぜ」
同時にドアが開く
ハッとした私と目が合うのは、目を見開き驚いている様子の蓮。
「……。」
『……。』
「お前…まさか…今の…」
『何にも聞いてないよ』
蓮は動揺しているのか、しどろもどろに言った。そんな中私は笑顔を作り平然と答えた。
聞いていない事にしよう。
そう思った。
『そ、そうだ!さっき店長から電話があってね、急遽バイトしてくれって頼まれたんだ』
「おい」
『悠斗。という事で、バイト行くね?』
「まて」
『お疲れ様でした』
私は蓮の声を遮って笑顔を作り、逃げるようにその場を後にした。
最後に見たのは、みんなの困惑顔だった…
ーーー上手く笑えていただろうか?
早く1人になりたくて、とにかく走った。
外に出ると雨が降っていた
「傘、ないや」
あんなに晴れていたのにな…
自転車をこぐ気にもなれず、雨の中1時間以上かけて自転車を押しながら、トボトボと家に帰った。
大丈夫。
私は、強い。
このくらいなんでもない。