波乱
生徒総会終了後、周りの目、私を取り巻く環境は変わった。
男子からは好奇のまなざしで、女子からは殺気立った視線を常に感じていた。
はぁぁ…
またか。
朝登校すると、毎日の様に靴箱に入っている、ラブレター…
あはは~なんて。
こんなの見なくてもわかる。
「生徒会やめろ。調子のるな。」
「ブスのくせに」
全くもって低レベルの嫌がらせだ。
本当くだらない。
私は、そのラブレター(笑)を手に取ると、そのまま鞄に突っ込んだ。
今日、ゴミの日だったのに…
ったく本当、資源の無駄遣いだ。
嫌がらせの手紙は下駄箱だけではなく、毎日の様に机にも入っていた。
生徒総会が終わって早一週間。
ある意味関心する。ただ、どんどんエスカレートしている気がする
2日前は、お弁当箱が無くなっていた。
まあ、ご丁寧に「一階女子更衣室」と書かれた紙が机に入っていたから、行方はすぐに分かったんだけど…。
女子更衣室に行き探せば、グチャグチャにされた中見ごと、ごみ箱に捨てられていた。
この時はさすがに腹がたった。
食べ物を粗末にするなんて許せない!!
といっても誰がやったのかは全く見当もつかない。教室だけでなく、廊下を通る度に罵声を浴びるし、クスクスと侮辱の笑い声が針のように常に刺さっていたので、私を嫌う人はたくさんいるからだ。
まぁ、こんな事でいちいち泣くほど私は弱くない。嫌われる事にはもう慣れているから…
ストレスは溜まるけどね。
イライラを抑え平静を装う。
生徒会の仕事をしているだけなのにな。
そんなに私が悠斗達といる事が気に食わないのだろうか…?
やっぱり私がブスだから?
地味だから?
ブスな私に嫉妬したところで、彼らが私を相手にするとは到底思わない。だから、安心すればいいのにね。
生徒会の仕事は、はっきりいって忙しい。
でもやりがいを感じていた。
やり終えた時の幸福感がたまらない。
生徒会室では、伊吹、蓮、隼人がいつも騒がしい。私は翔と、悠斗と共に淡々とやる。
たまに翔が口を開いたと思ったら、大人しくなる3人。
ちらりと翔を見ると…
うぅっ、確かに怖い。
口調こそ落ち着いているのだが、笑顔の中に見える恐怖というものを感じた瞬間だった。
翔は影の支配者なのかもしれない。
* * *
私は誰もいなくなった教室で立ちすくんでいた
放課後、日直を終え生徒会室に行こうとドアから出ようとした
しかし、出れなかった。
見知らぬ2人組の女が、いきなり現れドアに立ち塞がったのだ。
「っていうかさ、毎日手紙書いてるのに涼しい顔しちゃってさ、本当ムカツクんだけど」
と、化粧ばっちり派手女が睨んでいる。
「ねぇ、生徒会やめてくれない?」
その横にいた、髪をクルクル巻いたクルクル女が詰め寄ってくる
犯人はこいつらか。
犯人の顔がおがめたぜい!犯人がわかると嬉しいね。モヤモヤが取れたみたいな…。
『やめません』
だって私は、学校を辞めるわけにはいかないんだ。
それにイジメなんかに絶対負けないんだから!こんな陰湿な事をする人達に、私は絶対屈しない。
あぁ…それにしても見た目通り陰湿な事やりそうだな…なんて考えていると、
バッチーン
辺り一面に、物凄い音がした。
……痛い。
いつの間にか目の前に現れた化粧バリバリ女が、私の左頬を思いっきり叩いたのだ。
「バカにしないで!」
『……。』
なんで思っていた事がバレたの!?
声には出してないはずなのに…
あ、もしかしてこの人…
エスパー?
化粧バリバリ女が睨んでくるが、おあいにく様、私は叩かれて泣くような女ではない。
なんで叩かれなきゃなんないのよ!!
キッと睨んだ。
バッチーン
『……。』
痛い…。
また叩かれた。
その横で、いい気味~と言いながらクスクス笑っているクルクル女。
と、そこへ誰かがこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。
「やばいよ。みほ。行こ」
クルクル女が化粧バリバリ女を連れて駆け足で教室を出ていく。化粧女は「みほ」というらしい。
チッ
舌打ちと共に出て行った。
叩かれズキズキ痛む左頬を押さえて、ただ、立ちすくむ事しかできなかった。
~ 伊吹 Side ~
「リンちゃん遅いね?日直の仕事すぐ終わるっていってたんでしょ?何かあったのかな…?」
隼人は心配な表情をうかべながら、俺に話しかけてきた。
隼人の言葉に、俺は何だか胸騒ぎがした。
『俺ちょっと見てくる』
俺は、リンの様子が気になったので、教室まで行く事にした。
「あぁ。頼む」
悠斗は眉間に深い皺を寄せたまま言った。
蓮はどことなくソワソワし、翔も心配なのかパソコンのキーボードをうつ手が止まったままだ
俺だけではなく、みんな気づいているのか?
何か悪い予感を感じているのか…?
俺は急いで教室に向かった。
廊下は静まり返っている。
そんな時、バッチーン!!とものすごい音がした。
……なんだ?今の音は
「バカにしないで」
女のヒステリックな大きい声が廊下に響いた
もしかして……
不安を感じていると「バッチーン」とまた乾いた音が聞こえた
リン?
教室まであと少しのところで、教室を出てバタバタ走り去っていく女2人組の後ろ姿が見えた
教室に急いで入ると、視界に入ったのは無表情のまま立ちすくむリン。
『…リン…?』
名前を呼べば、俺に気づいたのかリンは慌てて左頬を押さえていた手を離した。
左頬が真っ赤になっている。
俺は薄々気づいていた。
リンが苛められているだろうという事を。
同じ教室にいるのだから当然と言えば当然なのだけど。
女達がリンを見て何やらコソコソ何か言っているのに気付いた。
おそらく、俺が気づかなかっただけで、実際はもっと色々やられてしまっていたに違いない。
でも、俺は何もできなかった。
生徒会の中でリンに一番近い場所にいるのにも関わらず。
リンの事をコソコソ言っていた女達が俺に、ワザとらしい甘い声を出してくる事にも心底嫌気がさしていた。
クスクス笑いながらリンを見ている女達に、ちゃんと注意をすればよかった。
何もできなかった俺は、自分にも腹がたった
自分が情けなくて仕方がない。
リンはあいかわらず、教室では無表情だった。俺は、リンのその姿を見ると無性に悲しくなった。
でも最近のリンは、生徒会室では色々な表情を見せるようになっていた。
それがたまらなく嬉しかった。
多分みんなも同じ気持ちだろう。
リンにそっと近づく。
『リン?大丈夫?』
「…うん。大丈夫だよ。」
『何があった?』
何があったかは、だいたい想像がつく。しかしリンは「何もないよ。」と平然と答えた。
リンは、左頬が真っ赤になっているのに気づいていないようだ。
「そんな事より、ごめんね。生徒会の仕事たまっているのに、行くの遅くなっちゃって」
リンは眉を下げ、本気で申し訳なさそうな表情で言う。そんな事、どうだって良いのに。
真っ赤になった赤い頬が、何とも痛々しい
かわいそうに。
俺が近くにいながら…
俺は、意を決して話すことにした。
この事を話せば、リンに軽蔑されるかもしれない。それでも、自分の想いを伝えたかったんだ
『リン…俺、本当は…薄々気づいてた…その、女達の嫌がらせ…。きっと、俺の知らない所でも色々やられていたんだよな…。何もできなくてごめんなっ。』
「え……っそんな事…な、い!」
俺の言葉に驚いた様子のリンは、プルプル首を振って否定した。
俺は、言葉を続けた
『俺、どうしたら良いのかわからなくて…。女の嫉妬って怖いっていうし、俺がリンに話しかけたら状況がもっと悪くなるんじゃないかって思ってた…
でも、そんなの違うよな…こんな俺頼りないよな。』
俺は強くなりたい。リンを守れるくらい。
「そんな事ない。大丈夫。私は全然気にしてないよ!!」
『うそ』
強がり。一人でかかえないで。
「本当に大丈夫。こういう事には、慣れているし。別に大切に思ってない人に何かやられたって何とも思わないよ!!」
『リンが大丈夫でも俺は大丈夫じゃない!』
なんで、リンはこんな悲しい事を言うんだろうか…?それに慣れてるって…
もしかして、リンには俺の知らない心の傷があるのかもしれない。
もう黙って見てるだけなんてイヤだ。
今度こそ、俺はリンを守るんだ。そんな悲しい事は、リンに2度と言わせない。
そう。
絶対に…
「…。」
『俺はリンの事大切に思ってる。だからそんな悲しいこというな!!』
「……。」
「……。」
しばし沈黙の後、リンは微笑んだ
「…伊吹…ありがとう」
微笑んだリンの目から、一筋の涙がこぼれている事に気づいた。
~ 伊吹 Side END ~
「…伊吹…ありがとう。」
本当に嬉しかった。
伊吹がそんな風に思ってくれるなんて
私は、大切な人を作りたくなかった。
大切だと思えば思う程、裏切られた時の悲しみが大きいから。
人と深く関わりたくない。
深く関わったって良い事なかった。
もう2度と、あんな思いは味わいたくない。
また、あんな思いをするのなら、一人のが楽だ
最初から一人ならば、失うものはないから。
でも…
伊吹の大切に思っているという言葉で、心に火が灯ったみたいだった。
心の中が…温かい。
すると、
「リ、リン?」
私を見た伊吹が、急に慌ててオロオロし出したのだ
かなり焦ってる様子が分かる。急に、どうしたんだろうか…
『ん?』
首を傾げていれば伊吹は私に近づいてきた。
「泣いてる。」
そう言って私のメガネを取り、流れていた涙を指で拭ってくれた。
…え…私、泣いていたの?
気づかなかった。
でも、恥ずかしい!!人前で泣くなんて… そう思って思わず、顔を隠し座り込んだ。
するとーー…
え…
一瞬で、伊吹の温かい腕に包み込まれていたのだ。伊吹は、私を抱きしめたまま口を開いた
「リンは大切な仲間だ。俺だけじゃなく、悠斗も蓮も隼人も翔も、みんなそう思ってる」
仲間? 大切?
本当に、そう思ってる…?
私、信じていいの?
信じる?
本当に、信じれるの?
やっぱり…ムリ…。
怖い。どうしようもなく怖い。
信じたいけど、信じるのは怖い…
信じて、裏切られて、傷つくのが恐い。
だったら、はじめから人を信じたりはしない
でも…。
優しく抱きしめられ、私の中には安心感がひろがっていた。
伊吹の言葉は、嬉しい。
うん。 何か嬉しい…
安心感からか今まで蓋をしていた感情が、あふれ出してくるのが分かった。
タスケテ…
ツライノ…
ヒトリボッチハ…イヤナノ
それと同時に涙も次から次へと溢れてくるわけで…
どうしよう…止まらない。
伊吹に包み込まれたまま、しばらく声もあげず泣き続けた。
いくら強がったとしても、やっぱりひとりは心細いんだ。でも、その感情は認めちゃダメなんだ。
今だけ。
そしたら、また強くなれる。
大丈夫。
私は、強いんだ。
~隼人 side~
伊吹か出て行ってからというものの、時計ばかり気にしている悠斗。
「遅いな…。」
悠斗の呟き声が聞こえた。
悠斗も心配しているのであろう。俺も心配で仕方がない。何もなければいいが…
隣にいる蓮は、作業をしながらイライラしている。こいつも素直じゃねぇよな。
翔にいたっては、何か考え事をしているのか、パソコンの前で動かず固まっている。
翔が珍しい…
そんな時、ガチャリとドアが開いた。
俺たちは、一斉に開いたドアの方へ視線を向けた。
ドアが開くなりペコリと頭を下げるリンちゃん。
「遅くなってすみませんでした。」
「すぐに作業しますね」
無表情のまま、顔を上げた彼女を見た俺達はギョッとした。
左頬だけが赤い。
真っ赤になった頬が、何とも痛々しい。
たくさん泣いたという事がバレバレの顔。なのに平然としすぐに作業に取り掛かる彼女
どうしたんだ?何があった?
後で伊吹に問いただそう。
リンちゃんは仕事をするのが早い。
凄まじい集中力だ。
俺達は、作業中チラチラと彼女を見ていた。
1時間程でリンちゃんは作業を終え、
「お疲れ様でした。今日はバイトなのでお先に失礼します。」
ペコリとお辞儀をして走って帰っていった。バイトは5時からだと言っていたが、すでに4時40分だ。
ギリギリまでやってくれたのか…?
ふと、視界に入るのはリンちゃんの机。
近づき、そこを見ると俺は驚愕した。
綺麗に整理された書類…。正直驚いた。あの短時間でもうこんなにまとめたのか?
リンちゃん…お、恐るべし!?
「伊吹」
リンが帰っていった後、悠斗は伊吹を呼んだ
「さっき何があった?」
伊吹は話し始めた。
クラスでのリンの様子。
いじめらしき事。
走り去っていく2人組の女
おそらく叩かれただろうという事。
保健室に連れていこうとしたが、時間が勿体無いからいいと手当てを拒まれた事…
「俺は…何もできなかった。本当に悔しい」
伊吹はそう言って、目を伏せた。
「でも…」
しかし何かを決心したみたいに、悠斗を見据え口を開いた。
「今日のリンを見て思った。俺、絶対リンの事守るよ」
「…あぁ。頼む。」
「悠斗。まかせて」
「何かあったら、すぐに連絡しろ」
「分かった」
伊吹の瞳には、決意が宿っていた。
***
時計を見ると4時45分だ。
急がないと。自転車に乗り勢いよくペダルをこぐ。集中するとどうも周りが見えなくなってしまう私。
時間を忘れてしまうなんて…。
ハァハァ。
『はぁ~。間に合った…。』
4時52分。バイト先に無事に到着した。
息を整えドアを開ける。
「リンちゃん、今日はギリギリね?学校忙しかった?」
私より4歳年上の大学生。スタイル抜群の綺麗系お姉さん。名前は「若宮 唯織さん」だ。妹の様にかわいがってくれる彼女を私は慕っている。
『はい。ちょっと色々と・・・。』
「私でよかったら相談のるわよ?」
『唯織さん…。ありがとうございます!』
フフフと微笑んでいる唯織さんに、笑顔で答え、急いで支度をする。
眼鏡を外し、ウィッグをつけ整え準備完了。
さて、がんばりますか。
『いらしゃいませ』
『お待たせしました。』
ニコッと営業スマイルをお客さんにむける。
バイト先での私は、学校とは正反対と言えるだろう。
バイト仲間も年上が多く、皆優しいし、自然体でいられるし
楽しくて、お金も貰えるなんて…
学校での嫌なことを忘れられる。
ここは、そんな場所なんだ。
私は、学校という雰囲気が苦手だ。
同じ空間に閉じ込められ、陰口、裏切り、いじめなど…
集団に安心する人たち。
基本窮屈な場所だと思ってた。
でも、生徒会の皆と仕事をして分かった事がある。
生徒会の場所は意外と心地良い。
「リン~唯織から聞いたよ~」
ショートカットの執事服を着たボーイッシュな彼女が休憩中の私に話かけてきた。
彼女の名前は「青山 紫苑さん。3歳年上の専門学生だ。女性なのに執事服が似合うなんて素敵である。
『ん?』
何の事か分からなかったので、コテンと首をかしげた。すると、
「キャー!!やっぱりリンかわゆい~」
紫苑さんは、ギューッと抱きしめてきた。
う…苦しい…
紫苑さんの胸に埋れ、息がしにくいのだ。
バタバタもがいていると、そんな私に気付いた紫苑さんが『ごめん。ごめん』と笑いながら離してくれた。
ふぅ。
私の息が整ったところで、紫苑さんが口を開いた。
「リン、生徒会に入ったんだってね?すごいじゃん!」
『フフ。真面目キャラですから』
「アハハ~。リンの変装完璧だもんね。最初、制服姿見た時、驚いたもん!!」
『でしょ~』
紫苑さんは、私と初めて会った時の事を思い出しているのか、ゲラゲラ笑っていた。
私と紫苑さんが話していると、ガチャリとドアが開いた。
「おい、紫苑仕事中だ。早く戻れ」
短髪の彼の名は「真山 和樹さん」19歳。大学生だ。
紫苑さんと幼なじみだと言っていた。
バイトも一緒なんて仲が良いな。
和樹さんは、スポーツをやっているのか、引き締まった体をしている。
「ごめん、ごめん。カズキ。」
紫苑さんは、慌てて戻っていった。
紫苑さんの後ろ姿を見ながら、「…ったく」と深い溜息をこぼした和樹さん。
私も、そろそろ戻ろうかと立ち上がったところ、振り返った和樹さんは「あ、そうそう」と口を開いた。
「リンちゃん、今週の土曜日出れる?沙羅ちゃんが出れなくなったから、代わりにお願いしたいって言ってて…」
『はい。大丈夫です』
「良かった。それじゃ、よろしくね」
はいとコクリと頷いた。
当然、私には予定などない。
いつだって暇だ。
だから今回のように、よく引き受けている。