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逆さ授業

作者: 赤井 太一

 とある日、絵里子に同窓会の招待が来た、家族も来て良いとの旨が書かれていた。俺は一人で行けと言ったのだが、どうしてもと言うので一緒に行くことにした。

 絵里子は不思議な女性だった。俺より一つ上で、同じ中学だったが特に面識は無かった。高校で出会ったのだが、初めて会った時の第一声は「待ってたよ」だったし、何が起きても動じない人だ。俺の思考を先回りしているというか、おっとりしているように見えて鋭かったり、何かと準備の良い人だ。

 というより、絵里子が中学時代に居たクラスが奇妙だった。治療法のない病気を画期的な方法で完治できるようにした医者や、地震をピタリと当てた上に被害に遭いそうな地域から人を大勢避難させた占い師、弱冠にして経済を回復させるアイデアを出した政治家もいた。皆穏やかな性格で、何事も訓練してきたかのようだった。


 同窓会はクラスの一人が経営しているレストランで行われる。普段なら小遣いを貯めて行かなくてはならないような高級店だったので驚いた。

 その後、当時の校舎で授業をするそうだ。担任が出席できることを確信していなければできない事で、あのクラスは準備が良い人ばかりなのだなと思った。

「教室を逆に……後ろの黒板に板書するのか?」

「そうだよ、生徒の机も教卓も逆さにして授業するんだ」

 本当に変わったクラスだ、それも今回が初めてではないのだと言う。何の意味があるのかと訊いてみたが、何かのおまじないらしい。そんな変わった事をしていれば当時も噂になりそうなものだが。


 同窓会も穏やかに行われた。驚いたのは出席率で、重大な理由があって出席できない者を除けばほぼ全員が出席していた。俺の事を覚えている人が多かったのも不思議だった、目立つような後輩では無かったと思うのだが。

 やはり変な話もあった。

「野上……今は違うか、そいつなのか?」

「うん、この人だよ。あなたは連れてないんだね」

「一応忠告だけしとくから、それと今度こそだぞ」

 頭の良い人の会話とは皆こういう物なのか?話がめちゃくちゃなのに、意味は通じているらしい。

 そうしていると主催者がピアノの側に立った。遅くならないうちに授業を行おうと言ったので、皆バスに乗り込み、母校へ向かった。


 あまり来ることの無い教室だったが、当時のままだった。皆絵里子が言っていた通り、机も教卓も逆さにしていった。俺はというと、机と机の間に新たに机を置き、絵里子の隣に座らされた。チャイムが鳴る時間ではないので、担任は時計をずっと眺めていた。

「予習はしてきているな?何か問題のある者は手を挙げろ……皆順番に発表するようにな」

 何のことだ?と絵里子に小声で尋ねたが、今までに見たことが無いような真剣な表情だったので、それ以上何も言えなかった。そのうち時間が来た。

「では、授業を始める」


 突然、担任が若くなった。それだけじゃない、外は明るくなっているし、皆の髪型がどこか古い。いや、若い。隣に目をやった、絵里子も若い。俺もなにやら目線が低い、手を見ると、まるで働いたことの無いような手だった。

「うわあああああ!」

 机が大きな音を立て、誰かが叫んだ。その方向を見ると誰かが取り押さえられていた。

「離せ!分かったから!逃げないから!」

 わけがわからないので、絵里子の方を見た。呟くようにしか言葉が出なかった。

「えり……野上先輩」

「名前を呼び捨てで大丈夫、深呼吸しながら聞いて?今は十年前、私が中学三年生の頃よ」


 暴れていた人は当時自殺した先輩だと。皆が若くなったのではなく、この教室に居た者が記憶だけ残して十年前に戻ったのだと。

「もう何回目だろう、誰かを連れてきたのは初めてだよ」

 逆さ授業は何度も行われていた、体感何百年にも渡って。何度も同じ十年を繰り返しながら。

「繰り返す度にあの人を助けようとするんだけど、うまくいかないんだ」

 何故このクラスは優秀だったのか、何故皆目に見えるような成功をしたのか、全てはこのためだと言う。担任が口を開いた。

「では、世界はどう良くなるのか、どのようにして良くなるのか。野上、お前から発表しなさい」

 俺は吐き気をこらえていた。耐えがたい現状に、グロテスクな愛に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイディア自体は手垢のついたものですが、切り口はなかなかに斬新で、短編としてもまとまっているのでグッドでした。 [気になる点] もう少し長めにできたかもしれないのが、物足りないです。 [一…
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