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第4話

 由希子の世界には誰もいない。ときどき幾つかの過去の記憶が流れてくる。再生されるように決まってそれは父が家を出た、あの晴れた日のシーンだった。開かれたドアの向こうから眩しい陽の光が射し込んでいて小さな自分は調度あの時も今と同じように目の前で指を重ねて眩しさに逆らっていた。父はいつもの良く磨かれた革靴を履いてドアから外へ出ようとする所でその姿は逆光の写真のようにシルエットだけが浮かび上がっていたのだ。いつも見るこのシーンではもう父の顔は鮮明に写らなくなっていた。由希子の記憶の中でこの時の父の顔の詳細なデータが劣化した写真の様に薄くなっていっていつの頃からか消えてしまっていたのだ。

歌詞を創ろうと没頭する度に、こんな記憶の断片の再放送が始まり、その後で指の中に宇宙のように広がる世界は記憶から創造にモデルチェンジする。離れて行く父の姿を思い起こしたあとの、チリチリとしたやるせなさの荒れ野に創られる世界に産まれる言葉は慰めかもしれないし、励ましかもしれない。自分の中に無かった言葉が満ちてくる。これが由希子が歌詞を創る時のお決まりのプロセスだ。

 ちょうど書けそうだと思ったとき、一組の客が店に入ってきて由希子を世界から現実に戻した。場を乱したのだ。木のドアを開ける重い音で、その神様から届くはずだった歌詞は文字になり損ねて消滅した。イラッとするが外出先で書く限り仕方ない事でもあった。

 その客は小学生低学年くらいの女の子と母親という感じに見えた。上質な感じのするブラウスを着た母親はこちらに背を向けていた。女の子の落ち着いた表情をしているのが印象的だった。

「こちらの店長さんはいらっしゃいますか?」

母親の方が、例の店員に話しかけた。何となく由希子はカウンター越しに会話するその客と店員に目を向けた。

「すみません。ちょうど休憩時間を取っていて、1時間ほど外出しています」

そうですかと、その母親は残念そうに言って外へ出ようとした。

「何か御用でしたか?それならお食事をされながらお待ち頂けますよ」

ピザを自分が焼くからと店員は言った。

しかし母親は娘に何かを小声で話して、そのまま帰る様子だった。

そのとき、母親の顔がこちらを向いた。由紀子が見たことのある顔だった。

今度はいつか、どこかで、ではない。映画女優の有藤恵美だった。

彼女の特別なファンでなくとも、その顔は広く知られているような本当のスターだ。何年か前に結婚して、子供を産むために休業したはずである。TVのニュースになる程だった。たしかその後で離婚したとかで、また復帰して何作かの映画に出演したはずだ。連れている女の子は有藤恵美の娘なのだろう。


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